第4話 『 アマガミさんとクレーンゲーム 』
放課後にゲームセンターに寄ると、見知った後ろ姿を見つけた。
ミディアムの金髪に赤いジャージを腰に巻いた女子。さらに近づくと、台車のガラスに顔が反射してその人物が誰かであるか断定することができた。
アマガミさんだ。
見つけるや否や、僕の身体は無意識に彼女の元に駆け寄っていた。
「何してるの、天刈さん」
「ふおおおおお⁉」
突然背後から声を掛けたせいか、アマガミさんはこれまで聞いたことのない奇声を上げた。
「お、おお前ぇぇぇ。急に後ろから声掛けてくんじゃねえよっ」
「ごめん。まさかそんなにびっくりするとは思わなくて」
キッと双眸を鋭くして睨らまれる。
顔の前で両手を合わせて謝ると、アマガミさんは「めんどくせぇ」と舌打ちしながら後頭部を掻いた。
「なんでこんなとこまでお前と鉢合わせなきゃ……ハッ⁉ お前、まさかあたしのことストーカーしてんのか?」
「まさか。此処に来たのはたまたまで、天刈さんを見つけたのは偶然だよ」
偶然ねぇ、と懐疑的な視線を向けられる。
信用ないなぁ、と苦笑しつつ、僕は先ほどまでアマガミさんが立っていたそれに視線を移した。
「クレーンゲームやってたんだ」
「あたしがクレーンゲームやってたらなんか文句あんのかよ」
「全然。いいよねクレーンゲーム。僕もたまにやるよ」
「こんなのただのぼったくりマシーンだろ」
と露骨に不機嫌そうに舌打ちするアマガミさん。
「あ、もしかしてこの景品獲ろうとしてた?」
僕が指摘すると、アマガミさんは更に不機嫌になった。
「べつにたまたま見かけて可愛いと思ったから獲ろうとしてたわけじゃねぇ」
「あはは。頑張って獲ろうとしてたんだね」
「ふんっ」
そっぽ向きながら答えたアマガミさんに、僕は不覚にも笑ってしまった。
たぶん、偶然見かけたこのぬいぐるみに一目惚れして獲ろうとしてたのだろう。けれど中々上手くいかず悪戦苦闘しているところに僕が声を掛けたといったところか。
「天刈さん、どれくらいプレイした?」
「あ? ……たぶん、千円くらいだったと思う」
「そっか。これ、たぶんあと数回かやれば獲れると思うけど、どうする?」
そう聞くと、アマガミさんは一瞬顔をぱぁっと明るくした。しかしすぐにハッと我に返ったように首を左右に振ると、
「いや、そう思って何度やっても獲れなかった。だから絶対獲れねぇ」
「クレーンゲームに絶対なんてないよ。ちょっと見てて」
「あぁ? お前何して……」
眉間に皺を寄せるアマガミさんを横目に、僕はポケットから財布を取り出すとそのまま小銭を機械に投入した。
「せっかく途中まで頑張ったのに、最後の最後で諦めるなんて勿体ないよ」
「なんだてめぇ。あたしに説教してんのか?」
「説教なんて滅相もない。僕はただ、天刈さんに諦めは似合わないと思っただけ」
「……何を偉そうに」
「知ってるから。天刈さんが有言実行する人だってこと。この前、僕に勝つって宣言して、本当に勝ってみせたでしょ」
「…………」
意表を突かれたように声を噤むアマガミさんを視界の端に捉えながら、僕は手元のボタンを操作していく。
「だから僕は、天刈さんには諦めっていう辞書はない人だと思ったんだ」
「あたしだって諦めることくらいあるっつの」
「そっか。それならそれでいいんだ。諦めるのだって勇気のいる選択だからね」
「お前は何が何でもあたしを褒めたいんだな」
「あはは。案外そうかも」
「変わったヤツ」
失笑するアマガミさんに、僕はにこりと笑って返した。
その間にもアームがピロロロ~、と呑気な音を鳴らしながらゆっくりと降下していって、やがて降下限度を迎えたアームが閉じていき、そして猫の頭を掴んだ。
「お? おおぉ! なんか持ち上がってる⁉ あぁでも超揺れてる! 今にも落ちそうだぞ!」
隣で実況してるアマガミさん。熱中している彼女には気付かれないようこっそりと笑みを浮かべながら、僕は元の位置に戻ってくるクレーンアームを目で追った。
数秒後。足元でことん、と軽い音が鳴り。
「すげえええ! お前っ、マジか! 一発で獲りやがった⁉」
興奮のあまりその場で跳ねるアマガミさん。
およそヤンキーとは思えない可愛い反応を見せてくれる彼女に微笑みを浮かべながら、僕は膝を曲げて落ちてきた猫のぬいぐるみを取ると、
「はい。どうぞ」
「――――」
目を瞬かせたアマガミさんが僕と差し出されたぬいぐるみを交互に見る。
「欲しかったんでしょ、猫さん」
「いやいや。お前が獲ったんだからお前のだろうが」
「何言ってるのさ。途中まで頑張ってたのは天刈さんでしょ。僕はちょこっと手伝っただけ」
それに、このまま持ち帰っても手柄を横取りしたみたいで後味が悪い。
「だからこれは天刈さんのものだよ」
「――――」
そう言って、僕は半ば無理矢理に猫のぬいぐるみをアマガミさんに押し付けた。
アマガミさんが沈黙したまま猫のぬいぐるみを抱きかかえると、やがて可笑しそうに鼻で笑った。
「ふはっ。お前、本当に変なやつだな」
「そうかな。僕はただ、天刈さんの努力を無駄にしたくないと思っただけだよ」
「――っ。カッコつけんじゃねえ」
べつにカッコつけてる訳じゃないんだけどなぁ。
でも、喜ぶアマガミさんの顔が見たいという下心はあったかもしれない。
そんなこと言ったらまた「変なやつだな」とか言われそうだから、それは胸に留めておく。
「そんじゃ、これは有難く貰っておくかな。はぁ、まさかお前に貸しを一つ作ることになるとはな」
「貸しだなんて。気にしないで。これは僕がやりたくてやったことだから。そうだな。強いて言えば、僕のワガママだよ」
「善人過ぎて逆にきめぇなお前」
「僕って善人なのかな?」
どこにでもいる一般人だと僕自身は思うんだけどなぁ。
こてん、と小首を傾げる僕に、アマガミさん腕を組みながら力強く頷いた。
「お前みたいなヤツと一緒にいると背中がぞわぞわする」
「そっか。僕と天刈さんは思いのほか相性いいのかと思ったけど、それは残念だな」
少しは距離を縮めることができたかと思ったけれど、生理的に相性が悪いのなら仕方がない。
落ち込む僕を見かねてなのか、アマガミさんが慌てて弁明を入れた。
「だ、だからといって嫌いとも言ってねえだろっ」
「ほんとっ⁉」
「子犬みたいなやつだなお前は⁉」
アマガミさんは辟易した風に嘆息して、
「はぁ。お前といると調子狂うな」
「僕は天刈さんと話すの楽しいよ」
「お前、ひょっとしてあたしの天敵か?」
「あははっ。僕なんて天刈さんの足元にも及ばないよ」
「そういうところなんだよなぁ」
どういうところが? と尋ねると、うるせぇ、と理不尽に返された。
多少アマガミさんの粗暴な口調には慣れたものの、やはり直球で罵倒されると流石の僕も傷つく。
「兎にも角にも、あたしは誰かに貸し作るのは嫌いだ。だからこの借りは早急に返すからな」
この人意外と義理人情な性格してるんだよなぁ。
「うん。分かった。でもそんなに意識しなくていいからね」
「んな訳いくか。この借りは必ずだ。必ず返してやる。覚悟しろよ」
お礼を返すという意味なのに、アマガミさんが言うと別の意味に聞こえるから不思議だ。なんか、こう。ヤ〇ザの人と取引しているみたいだった。
「それじゃあ、あたしは帰るとするかな。そうだ。一応忠告しとくが、お前、あたしの後尾けてくんなよ?」
「そんなことしないよ。バレたら半殺しにされちゃうから」
「あぁ。半殺しにしてやる」
「……本当にされちゃうんだ」
冗談で言ったつもりなのにまさか本気だったとは。
頬を引きつらせる僕に、アマガミさんはふっ、と口許を緩めると、
「ばーか。冗談だっつーの」
「あうっ」
僕の額にデコピンを喰らわせた。
決して痛くはない、揶揄うような優しい一撃。
そこにわずかな親愛を感じたのは、僕の気のせいだろうか。
弾かれた額を抑える僕に、アマガミさんはにこりと微笑みながら、
「そ、それじゃ、またな」
「――うん。また明日」
少し戸惑いを見せながら手を振ったアマガミさんに、僕は込み上がる嬉しさを手に乗せるながら彼女の手に振り替えしたのだった。
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