Red Dahlia
店じまいの真っ只中だった。
りんとドアチャイムが鳴ったかと思いきや、こつこつと足音が聞こえて、様子を伺いにカウンターへ出たころには、そいつはもう席についていた。
ここじゃ珍しい新顔で、耳に口にピアスの開いた赤髪の女。もう終いだとつっかえすのは容易だったが、その顔があんまり綺麗だったもんで、つい受け入れちまった。面食ったわけじゃなく、美人のくせに泣き腫らした顔をしていたもんだから、気の毒に思ったためだ。
オープンの札を裏返して、店の鍵を閉めてから、改めて私はそいつの前に立つ。
くたびれた酒屋の顔に店主の仮面を被り、勤務時間外に時間内業務のように接してやった。
「ご注文は」
赤髪のお嬢さんは、腫れた喉から返事を押し出した。
「…………水」
私は何も言わずに、一杯のカクテルを作って差し出した。
*
文句のひとつでも言われるつもりでいたが、そいつは目の前に出されたそれを物珍しそうに見つめていた。
ドロリとした真っ赤なウオッカは、こいつの髪色を見て安直に選んだカクテルだった。
「あの……」
「ん」
「……お金、ないんすわ」
小金持ちの家出娘かと思ったが、素寒貧か。
あるいは現金を持ち歩く必要がないぐらいに裕福なのか。
どれも有り得そうで有り得ないななどと考えつつ、自分のグラスにも同じものを注ぐ。
「水だって言ってんでしょう。店も閉めたし、金取る気なんて端から無いよ」
それを聞いて、漸く彼女は張っていた気が抜けたのか、差し出されたグラスに口をつけた。
――私のグラスが二度三度空になったあたりで、ぽつりぽつりと家出娘は身の上を語り始める。
「親父がね、死んだの」
最初の一言はそれだった。
彼女の家柄はそれはそれは裕福なものらしく、本来ならこんな下層でバーをやっている自分がお目にかかることなどありえないぐらい、雲の上に存在している筈のものであり。故に彼女は――まあよくある話だけれど――『お嬢様たれ』として育てられてきたという。
とうの私といえば、その『おはなし』には寸分の興味もわかなかったが、身の上を明かす彼女の姿は何一つ頼れるものが存在しないという儚さだけで構成されていて、矢っ張りというか、その綺麗な顔だけを見つめて、聞いているフリだけを真摯に続けた。うんとかああとか、そうだねえとか、らしい返事だけをしていても、人間会話ができるもんだ。
父親が死んだのはほんの一年か二年ほど前。それに伴って莫大な資産を彼女ひとりが相続することになり、彼女の周りにはそれはそれは沢山の人間が集うこととなった。
彼女を目的としているのではなく、彼女の資産を目的に。
話の結果も結末もわかりきっていたし、わざわざピアスまで空けて下層の人間を装ってここに来たわけも、耳を傾ける必要すらなく理解できる。ドラマやマンガじゃ使い古された、ありきたりな設定。それが目の前にあるわけだ。
「――初めてだったんだよ……あたし」
よちよち歩きのまま、手を握られっぱなしで世間を歩いてきたお嬢様。
成長することを好しとされなかった大きな赤ん坊だ。そう思った。
「一緒に出掛けたりとか……買い物するとか……男の人とするのがさ…………」
空いたグラスに今度は何を注ごうかと考えていたあたりで、おや、と。
話の流れが違うな。相続問題じゃなかったか? 男の影なんて出てきたっけ。
改めて耳を傾け、目の前の赤ん坊の言葉を聞いてみる。
「わかるっしょ…………初めてだったんだよ……全部さ……我慢して、我慢して……その人だけさあ……」
「尽くしたわけですか?」
「……ん。だって……うれしかったから……その時は」
「それで。どうなったの?」
「……そいつ…………他に、女、かこってた」
ありきたりも、ここまで来るとお粗末だ。
これがドラマで自分がテレビの前にいるなら、迷わずチャンネルを変えてる。そんなお話を聞かされながら、タバコを一本取り出して、ヤニの匂いと味を肴に聞くことにした。
要するに騙されたわけだ。自分の資産目当てに集まって来る連中に嫌気がさしていたところに、君だけを見ているとかそういった流れで近寄って来た男がいたのだろう。憔悴していたこの赤ちゃんの心に、そいつの存在はすんなりと入り込んで、堂々と居座ったわけだ。
果たして男は彼女に取り入り、それからどうなったかは明白である。結婚までこぎつけて家柄ごとカネを手に入れられれば良かっただろうが、ボロを出したのだろう、逃げ出した彼女が今ここにいる。
「常套手段だね。信用を餌に、ブクブク太らせて食うって算段だ。さながら貴女は豚さんやお魚さんってところで、さあいざ食おうってときに檻や水槽から逃げ出した。なるほど――なるほど」
ふうと煙を吹けば、薄い白色が宙に舞って溶けていく。
「で。どうするおつもりですか、お嬢さん」
居座られても困るし、受け入れるつもりもない。
顔がいいだけの娘っ子なら囲って働かせてやってもよかったが、背負っているものがあまりに厄介だ。そもそも、日の当たる場所ですくすく育ったやつが個人的に好かなかった。
「――げほっ!!! けほっ、げほっ……!!」
返事のかわりに、赤ん坊は涙交じりの咳をした。
「ぁあ、ああぁ、悪ぃ」
原因は明白で、私はそれの火を灰皿の上で揉み消す。
温室育ちにゃ、煙もキツいのか。
「ぃえ……大丈夫、大丈夫っ……けほっ…………」
……目の前でタバコも吸えないんじゃ、なおさら居座られるのが勘弁になる。
開けたばかりの箱を持って、吸いきるつもりだった残りをどうしたもんかと考えて。
「煙草……煙草は……嫌いなんだけど」
「……?」
「あいつも……吸ってて。その……おんなじ、やつ」
「ああ……これ?」
私が気に入っている銘柄が、こいつをだまくらかした男も吸っていたと。
センスは悪くないんだな、そいつ。
「……変装して……泣きながら家、出て……下のほう、駆けこんで。見たことない建物とか、いっぱいあって……でも」
袖口で浮いた涙を拭いつつ、彼女は話す。
「嗅いだことのある匂いがして。……嫌い、嫌いだけど……でも…………その匂い、辿ってっちゃって」
「はい……はい」
で、ここに着いたと。
……とことん女の子してんな、この子。
「まあ、経緯はわかった。それで? これからどうするつもり、貴女」
「……」
「言っておくけど、うちで預かるつもりなんてないからね。もともと私ひとりでやってる店だし、それに、こんだけヤニ臭きゃ生活なんてとてもできやしないでしょう」
「どうしても、ダメ?」
「ダメ」
そんな顔で見つめるな。綺麗な女の顔には弱いんだから、私。
くっそ、ほんとに顔がいいな。ピアスだってよく似合ってる。赤髪は地毛なのか?
なんて考えたところで私には関係ないない。目を合わさないようにしながら、私は彼女に背中を向ける。
「わかったらさっさと帰りな、裏口は開けておきますから――…………」
ぴりり、と。
彼女の懐から、電子手帳の着信音。
電話回線を開いた瞬間、店内にはしゃがれた男の怒声が響き渡った。
「――――ッ、――――!!!」
何を言ってるのかはわからないが、怒り狂っていることは確からしい。
声の主がこの赤ん坊をだまくらかした男なんだろうか、それとも使用人か何かか…………。
「はい、誘拐、されました」
……………。
「身代金は――で……期限は……――と………はい………今は――で……場所は」
待て。
待て待て、おい……おい?
「――――。…………あ、電話、だめでした?」
「いや……そういうわけじゃねえですけど。……貴女、なんて伝えてた?」
「ここの場所と……そこの店主に誘拐されたって。だから、数日もしたら迎えが来ると思う」
「……………………」
ああ、ああ……うん。
子供っつか、赤ん坊って、ときどき予想もつかねえ滅茶苦茶をするわな。確かにな。
「それまでよろしくね。店主さん」
そう言って、赤ちゃんはにへらと笑いやがった。
私も、いろんな感情を抑え込んだひきつり笑いしか出てこなかった。
*
私は、こいつのことを『赤ん坊』と呼ぶことにした。
髪が赤いので赤。女の子だけど坊や。それで、赤ん坊。名前を名乗るつもりがないのは互いに同じ気持ちなようで、向こうも私のことは店主さんとしか呼ばないので、赤ん坊、赤ん坊と呼んでやる。
あのあと結局こいつを受け入れて店に泊め、それから翌日。
驚くほど静かでいつも通りな営業を終えたあと、互いの私室――といっても同じ部屋だけど――に戻ったとき。
ふと気になって、あることを聞いてみた。
「そのピアス、自分で開けたの?」
下層に来るにあたり、下層らしい身なりをするために、わざわざ耳だけに留まらず唇にまで開けたとなれば、かなりの気合いの入りようである。
赤ん坊は、けれどもううん――と首を横に振り。
「ぇや、フェイク……。ほら、引っ張れば取れる」
そう言って、ぐいとピアスを広げてみせた。
たちまちにピアスはくにゃりと開いて、潰れたあとを残す肌が現れる。無論、穴は開いていない。
私はなんだかやけにがっくり来て、それを越すなにかしらの感情の波に押され、ずいと詰め寄ってみた。
「そりゃあ勿体無い、開けた方がいい! 絶対! 貴女、ピアスがほんっとに似合ってるから。バチバチに開けちまった方がいい!」
「えっ、えっ……?? そっ……う? ぇやでも、痛いの怖いし……」
まあそういうところはお嬢さんだろうな。しかし勿体無いというのは事実だ。私なんて昔開けた穴がびろんびろんに広がって耳たぶがすごいことになっている。どっかのシャーマンみたいに仕上がったそれは普段髪で隠してはいるが、時折髪をかきあげて見せてやると客が喜んだりするもんだ。
ので、赤ん坊にも開けてやりたい。何故なら似合うから。
「大丈夫大丈夫、お洒落ってのは痛いもんなんですよ。っつか居候決め込んでる立場なんだから多少我が儘聞くくらいいいと思うんですけどどう? そのへん、上層さんの倫理観的には」
「ぇ、ぇやー、でもなあ……ああ……でも」
「でも?」
「……開けちゃえば、ほんとに……こっち側になれるのかなー、とか……」
ベッドに腰掛け、両手の指をもにゃもにゃと絡ませている赤ん坊の隣に座る。
「上層に開けてるやつはいないの? ファッションモデルとか、ブスブスピアス刺してそうなもんだけど」
「意外と少ない……ってか、ほとんど居ないかな……。煙草とかは、みんな吸うんだけど」
へえ、てっきり連中は綺麗な空気ばかりを好むものだと思ったが。
そうなると、煙草の煙が苦手なこの赤ん坊は、上層でも暮らしづらかったんじゃないだろうか?
「こんな安い煙草を? 変なの」
「ぁあえっと、ふつうはそれじゃなくて、あたしの……相手が……吸ってたけど。みんな、高級煙草を吸うの……葉っぱとか、すごいこだわってるみたいなやつ……」
あー、まあそりゃそうか。
「でも、あたしは……そっちのが嫌いだな……。なんか、すっごく、甘ったるい匂いがするの。お腹の中がぐるぐるするような、甘くて嫌な匂いが……ほんっとに、苦手で……」
「成程、どんなのか分かった。確かに高級だわ、バカ高いね」
コイツは体に悪くないんですよ、みたいな風を装う、甘ったるい匂い。
覚えがある。ていうか、私もその匂いは嫌いだ。吸い込んだらむせ込んで、頭がボンヤリしてくるような、まさしく体に悪いぞって感じの副流煙が吹き出る、そんな安い煙草が好きだ。
私と赤ん坊。同じ煙草が嫌いで、同じ煙草が好き、どこで差が生まれたのやら。
「体に穴は開けないけど、煙草は吸う。よりにもよって、吐きそうになるような甘ったるい匂いのを、か」
「香水がわりにしてるんだって。……笑っちゃうよね」
大昔、風呂に入る文化が一般的じゃなかった頃も、体臭は香水で隠していたと聞くが。
人間、たいして変わっていないように思えるな。
「それで?」
「……?」
「開けるの、開けないの、どっち」
「…………」
ベッド脇のサイドテーブルからピアッサーを取り出して、手に持って見せる。
凹の字をしたそれと、きらりと光る針を見て、赤ん坊は小さく肩を縮こませたが。
「開けたら…………褒めてくれる?」
褒められたことじゃないけどな、こんなもん。
「ああ、褒める褒める。頭撫でる。もうハグもするしキスだってしてやりたいね」
とはいえクッソ痛いことに違いはないし、やってる奴は例外なくバカだとも思うが。
他ならない自分自身が開けたときに誰かに褒めてほしかったのは事実だ。
半ばヤケクソじみた思いだったけど。仮に褒めてくれる奴がいたら、どっぷり依存してただろうし。
赤ん坊はその綺麗な顔と、綺麗な髪をずいっと近づけて。
「……ほんとに?」
「お……う。約束する。誘ったのも私だし」
「ほんとに、キスしてくれる?」
…………ん??
「いやっっ……最後のは…………言葉のあやっつーか……たとえっつーか……」
「……そっか」
あーーーー見るからにしょんぼりしやがったこいつ。そんなにぐいぐい来るタイプなの貴女?
「や……まあ、まあね? 別にキスがしたくないとかできないとかじゃないよ? ただ今はその……ヤニ磨きとかしてないし……貴女の嫌いなヤニの匂いがするというか……」
「……匂いは嫌じゃないよ?」
「そっかーーそうだよねぇーー甘いのと煙が嫌って話だったもんねぇ…………」
…………。
じいっと見つめられたまま、しばらく沈黙があって。
「……私が……いいわけ? その……」
「うん」
言葉すら待たずに、食い気味で頷かれる。
「店主さん、顔、綺麗だから」
「……そう? ……そう??」
「うん、すっごく綺麗。だからその」
「……――――」
「――~~~~っっ!!?!?」
綺麗、なんて素直に言われたのは、その時が初めてで。
照れ隠しに、衝動的に、私の頭は動いていて。
「…………」
「……っは…………ぷは…………はっ……」
「こんな味になるけど、いいの?」
「…………」
赤ん坊は、こくんと唾液を飲み込んでから。
ゆっくりと頷いた。
「……そっか」
……私はこいつの顔に見とれていたけれど。
私が見とれている間、こいつは私の顔に見とれていたのか。
血まみれになる耳を拭って、消毒して。
その度に、噛みつくようなキスの応酬をしてやった。
*
下層の狭苦しい通路に物々しい車がいくつもやってきて、フアンフアンとけたたましいサイレンを鳴らしていた。
ぞろぞろと溢れ出て来る黒スーツの連中。下層のドレスコードから外れ抜いたファッションセンスに、店や家屋から顔を出す知り合いの誰もが怪訝そうな顔をした。
私は、私の腕を抱き締める赤ん坊と一緒に通路のど真ん中へとやってきて。
着なれない黒いドレスなんかまで身に纏ってやって、そいつらの前に立つ。
塊からひとりの爺さんが前に出て来る。手にはやけに大きなアタッシュケースを提げ。
「約束の通りだ、ダリア嬢。彼女を返してもらいたい――」
「言われずとも返しますよ」
そう言って、小さな背中をとんと叩いて彼女を向かわせる。
赤い髪を翻しながら、とてとてと小走りで爺さんの元へ向かい――たどり着いたその体を、爺さんはひしと抱きしめた。
「おお、おお……ご無事で何より。貴女の身に何かあればと、気が気でなかったのですよ……」
「…………」
赤ん坊は答えない。
「それで、約束の金は?」
「まあ待ちなさい。条件は我々の元に先に彼女の身元を引き渡すことと、そちらの非武装だ」
「……それだけの軍勢を取り揃えて、武装されてたらかないません、ですか。随分弱気なようで」
「黙れ! 何のために我々が上層からわざわざドブ臭い下層にまで降りてきたと思っている!? さっさと両手を挙げろ、薄汚いネズミがッ!!」
爺さんは声を荒げ、唾を飛ばしてそう要求する。
言われずとも武装なんてない。両手をあげてくるりくるりと舞ってやる。
正面にも背面にも隠したものなんてなく、浮かぶのは私のボディラインだけだ。
「娼婦じみた格好をしおって……さあお嬢さん、行きましょう。これ以上は目に毒だ……」
「…………」
「あの男のことなら心配いりません。もっと良い婿を、この爺が見つけてまいりました。さあ」
勿論、武装なんてしていない。
……まあ。
「臭い」
「……は?」
「煙草臭くて、吐き気がする」
私は。
だけど。
――乾いた銃声と、血飛沫を合図に、店や家屋から顔をのぞかせていた下層の誰もが銃を構える。
文字通り四方八方、前と言わず横と言わず上と言わず銃口に囲まれる。
「最初っから……あんたの根回しだったんでしょ。使用人のくそ爺ぃ。あたしが生まれるよりもずっと前から、あたしを――あたしの家の金を、利権を、ずっと狙ってた……」
うろたえる黒スーツの連中をよそに、赤ん坊は叫ぶ。
自分が撃ち、頭を弾けさせた爺さんに向かい。
すでにこと切れているそれに向かい。
「家柄も、血筋も! 金も、地位も、権利も、何もかもクソどうでもいいよ!! 欲しいなら勝手に持ってけよ!!! そんなふざけた話に、競争に!! あたしを――『あたし』を巻き込むんじゃねえよ、クソ野郎ッッ!!!!」
……ああ全く、本当に。
災難な子だな、この子は。
生まれる前から、生まれて来るであろう――として。その存在そのものを狙われて、利用されてきたってんだから。
「――ダリアぁあッ!!!」
それなら、ずっと。
金も血筋も家柄も利権も興味ないし、嫌いだけど、けど。
顔がいいから好きになった、私の方が純粋だな。
「……はいはい」
鳴り響き始める無数の銃声の中、その顔のいい赤ん坊が飛び込んでくる。
満面の笑顔を見せて。翻る赤い髪の隙間から、ピアスまみれの耳を見せて。
一切の武装をかなぐり捨てた、ドレスだけの体で受け止めてやる。
「ふふ、ふふふっ、ダリア、煙草臭い」
「じきに硝煙で気にならんくなるよ。ほら、耳塞いで」
「ん!」
彼女が隠し持っていたそれを受け取り、こちらに向けられた銃口の向こう側へそれを撃つ。
一、二、三、四。弾薬も貴重だ、無駄にはできない。一発で一人を仕留めるのに徹して。
そんな時。
血を流しながら、流れる血の上を這いずって、一人の男が足元までやってきて。
「下層の――クソどもが……ッ!! 必ず……必ず報復を――!!」
「うるっさいな、袋のネズミ。私達が手を出したから、合法的に報復できるとでも? 誰が? 何を? どこにさ」
どこまでも法に則らなきゃ身動きできない連中にとって、都合がいい事態とでも思われたのかな。
「――ここはね、”治外法権”なの。飛び込んできたこいつは私の女。誘拐に来たのはお前ら。おわかり?」
足元に向けて、一発。
ぽんぽんと赤ん坊の背中を叩き、耳元の小型通信機にスイッチを入れる。
オープン回線を伝わって、下層全域にその声は届く。
「あ、あー。あー……親愛なるドブネズミ諸君へ、ダリアから依頼を通達。内容は……」
抱き着く赤ん坊と目が合って。
通信機を取り外し、彼女の口許へ持っていく。
「赤ん坊。何してほしいか言って」
小声で彼女の名を呼んで、そう伝えると。
「――ひとりも残さないで。煙草の匂いが、わかんなくなるまで」
ああ、これまた綺麗な顔で笑って、そう言った。
「レッドダリア」。依頼文は「タバコ好きな顔のいい女性と、タバコ嫌いな顔のいい女性の百合」でした。
赤ん坊のレッドと酒場のダリアが出会い、顔がいいからという理由で好きあうだけの話ですが
個人的にはけっこう気にいっています。
ピアス開けるたびにキスするのは依頼文にはなかったけど、退廃的で血なまぐさい両者にはぴったりかなと。