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第五話 偶然?

 クズ発言を無自覚に叩きつけられた少女。

 ただでさえ興奮で赤らめた顔が烈火の如く燃え盛る。淡い林檎が灼熱のマグマのような赤に早変わり、顔色が怒りから激怒への転換を果たす──完全に(おこ)である。


 少女の変化にチヅルはこれは不味いと慌てて口を噤む。

 が、口に出した時点で手遅れだ。


「ふっっざけんな!」


 腹の底で煮え立つマグマが噴き出した。

 怒声が廊下とチヅルの鼓膜によく響く。


「あんたの、せいで、私の株は大暴落! おかげで内定の決まってたサークルからも取り消しされるし、グループからはハブられるし……もー!」


 怒髪、天を突き、気持ちが荒ぶる赤髪少女。

 けれど感情に任せて手を出す事はせず、その場で地団駄を踏む。

 聞く限りチヅルのせいで不況を買ったらしいが、


「いや、ちょっと何言ってるかわかんない」


 目の前の少女、見覚えはあるが特定には未だ至れていない。

 先っぽまでは来てるのだが、あと一声というところで詰まる。


「は、はぁ〜⁉︎ 全部あんたの、あんたが卑怯な手で私に勝ったのが悪いんじゃん! わかる⁉︎ 男なら正々堂々戦え! このっ卑怯者!」


 勝つ、卑怯な手……あー。

 足りない部分が補完されて全体像がハッキリと脳内に映し出された。

 言われて気付く。こいつ、前回の対戦相手だ、と。


 潤んだ瞳と崩れた髪型で印象が違いすぎて、同じ人物だとチヅルの中で認識できていなかった。以前の面影がなさすぎる。誰だこのヒスは。

 喉元の骨が取れたようなスッキリ感、気持ち悪さがなくなって落ち着くチヅル。

 いや、落ち着いてる場合ではないぞ。

 目の前の彼女はキレっぱなしだ。


 しかしそこでチヅルは、何を思ったのか。


「対戦、ありがとう。おかげで退学せずに済んだ」

 

 ──お礼を、述べた。

 本人としてはいい試合ができた、みたいに思っての発言。

 礼をするのは人として正しい在り方ではあるが、礼を失した失言の連続に本人は気付いていない。

 

 長年のボッチスタイルがコミュニケーション能力を低下させたのか、あるいは天然か。

 なんにせよ、その行為は火に油を注いだ。それはもうふんだんに。


「……死ね、死ねアホ! ふざけんな! 負けてくれてありがとうとか、マジで死ね!」


 キレて罵倒をし始める少女、名をミイサという。

 前回チヅルによって、まあ本人の油断もあるが、策を凝らした卑怯な手段に敗北をした彼女は、チヅルの無神経ミサイルに我慢ならなかった。

 手が出そうになるのを必死で抑えている。


 ──ここでも働くのが勇者ルール。


 勇者ルール第十項、「生徒たる者、暴力に訴えてはならない」。


 破ればそれはそれは恐ろしい罰がある、故においそれと破れない……それが勇者ルール。

 ミイサが攻撃しないのはこのためである。

 それだけは不味いと、冷静な部分が阻止しているようだ。


 この絶対のルールが無ければ流血沙汰、最悪で殺傷事件になっていただろう。

 それほどまでに今のミイサは危うい精神状態に陥っている。チヅルはこのルールに守られてきたことをもう少し理解すべきである。そして発言には気をつけるべし。


「ちゃんと戦えば、私があんたみたいな雑魚に負けるわけない! もう一度、正々堂々と、今すぐ私と戦え!」


 ひょっとして今すごく失礼をしたのでは? と己の発言を省みていると、ミイサがチヅルに戦いを挑んできた。

 模擬戦は実力の近しい同士で対戦を組まれるが、こうして相互に戦うことを了承してから行われることがある。

 いわゆる、決闘(デュエル)というやつだ。


 だが、


「ムリ」


 普通に拒むチヅル。

 心臓に毛が生えたような返答をした。


「はぁ⁉︎ 勝ち逃げするつもり⁉︎ どんだけ卑怯なの⁉︎ 」

「いや違くて、普通に次の対戦入ってるから」


 対戦は予め組まれているため勝手に行うことはできない。

 で、決闘するにも然るべき場所に申請して、場を用意してもらわないといけない。

 今すぐになどは無論無理だし、私闘などすれば、学園から重い罰を受けることになる。それこそ勇者ルールには及ばないが、それに匹敵してもおかしくない罰だってあり得る。

 手順を踏む必要があると、ミイサも遅ればせに理解する。


「じゃ、じゃあ今から申請しに行くわよ!」

「今は授業中だから、止めといた方がいいんじゃないか?」


 本来なら授業を受けている時間、行けばサボってるのがバレて体裁が悪いのは明確。

 大分頭に血が昇っているらしい今のミイサは脊髄で動いている。

 そこにやっと脳が追いついて、ミイサもそのことに考えが至った。

 顔が怒りとは違う羞恥の赤に染まる。

 少し考えれば分かることを指摘された、よりにもよってこいつに。


「き、今日はこの辺にしといてあげるから、覚悟してなさい雑魚!」


 この場にこれ以上いられるか、こんな奴に構っていられるほど私は暇ではない。

 ミイサはその場から駆けて離れていった。

 無駄に大きな足音が廊下に響く、人が来ない時間帯とはいえ、誰かが来そうなほど騒々しい足取りだ。


「……」


 台風のような人だった。

 チヅルはミイサを見送ってから、改めて教室に入る。

 もしかしたらまだ中にピエロが隠れているかもしれないと思ったからだ。

 見つけて詰問する必要がある。あとシンプルに殴りたい。


 空き教室は倉庫代わりに使われ、中には備品が積まれている。

 机に椅子は当然として、壺に、本に、くす玉に、用途がよくわからないものまで。

 兎に角適当に要らないものを詰め込んだことが伺えるインテリアの数々だ。

 雑多な配置で、隠れる場所はいくらでもありそうだった。


 埃かぶったカーテンの裏や立てかけられた板の裏、空っぽのくす玉を開けてみたり壺を覗いてみたり、くまなく探すがいずれもおらず。

 時間だけが過ぎて、終礼のチャイムが鳴った。五限目が終わったらしい。

 残り二限の授業が控えている、このままだとそれら全ての単位を捨てることになるだろう。


「はぁ、本当に瞬間移動でもしてんのかねあいつは……」


 手に持つプラカードを置き、


「……これは」


 プラカードに書いてある文字を読んで、沸々と怒りが込み上げてきた。


[ケースバイケースで乗り越えよう!]

「黙れ」


 一度踏みつけ、二度蹴飛ばし、空き教室にひしゃげたプラカードという備品を一つ増やしてからその場を後にした。

 今から授業に戻るのが憂鬱で仕方がない。


「あんなやつ、追いかけなければよかった……」


 今回の一幕、完全にピエロにしてやられた。

 次あったらどーしてくれようかと考えながら、チヅルは賑わいつつある廊下を歩いて授業に向かった。


 ◇


 授業をサボったこと、授業に復帰したこと、昼休みからの一連の行いをチヅルは深く悔い──そして、ピエロを呪った。

 この落とし前、どうつけて貰おうか──。


 何事もなかったように教室に戻ったチヅル。

 先生にどこへ行っていたか聞かれて、適当にトイレが長引いていたと言い訳をし、生徒たるもの体調管理は万全のものとせよと叱責を受けた。

 その様子を他生徒に見られ、学園の生徒の自覚がないなど誹謗中傷を囁かれた。

 お咎めを受け、悪口を言われたが、それはまあいい。サボってしまったのだから当然の報いと言える。


 しかし、()()ばかりは不可抗力としか言えない。

 悪いのは全部あの性悪ピエロだ。そこだけは間違いない。


 六限目は、別科と合同で行われる剣術の授業である。

 動きやすい服装に着替えて武道館に着くと、やはり他の学科の生徒たちも揃っており。

 その中に、覚えたての、記憶に新しい顔もあった。


「うげ……」


 人集りから離れて独り、壁際にいるのをたまたま目にして、その瞬間に偶然にもその者と目が合った。

 若干赤く腫れた敵意剥き出しの目と、赤い髪。

 威嚇する猫のような雰囲気を漂わせて壁の花となっていたのは、ついさっき会ったばかりのミイサだった。

 視線が絡むと彼女はまるで嫌なものを見たように顔を歪ませた。

 チヅルも僅かに眉間に皺が寄る。


((……嫌な奴に会った))

 

 同時に視線を切り、チヅルはミイサのいる壁とは反対の方向に歩き出す。交流を避けるために。

 別にここまでなら関わることもなく終われたのだが、ここで偶然が悪い方向に転がった。


「なあ、アイツら二人していなくなってたってよ」

「は? どーして?」

「それはまあ、やっぱり……なぁ?」

「あーなるほど、死ねばいいのにな」

「だよなー?」


「「……」」


 二人を示唆した会話が耳に届く。

 チヅルとミイサが同じタイミングで授業をサボり、また同じタイミングに復帰したことが話題になっているらしい。とんだ誤解である。

 確かに偶然? 遭ってしまったが、チヅルとしては一方的に罵倒を受けただけなので、彼らの思っているような甘く爛れた関係など構築されてはいない。


 チラッとミイサを見ると、首を直角に折り、前髪を垂らして顔を下に向けていた。

 表情は伺えないが、その雰囲気から会話が耳に入ったことは分かった。

 空き教室の時のように顔が真っ赤なのかは知らないが、チヅルはそれを見なかったことにして壁際に寄りかかる。

 話す相手も居ないので、授業が始まるまでこうしているつもりだ。


 が、居心地が悪い。理由はチヅルとミイサに注がれる集団の視線だ。

 舐めるように、見積もるような、憶測が混ざった目が絡み付く。

 人の視線には慣れた気で居たが、こうした好奇の目を浴びるのはまた違った胸のざわつきがする。

 視線を避けるように前髪を弄りながら、肺に溜まったざわつきを吐き出すのが止まらい、今までで一番授業の隙間時間を長く感じる。

 何度目かわからない溜息を吐くと、ようやく授業が始まった。

 

 こうなった元凶のピエロを呪わずにはいられなかった。

 

 時折りミイサを見るが、彼女も誰とも会話はせずに、授業を受けていた。

 前回の模擬戦で彼女に駆けつけていた女生徒達もいるにはいたが、ミイサからは離れた位置に集まり談笑している。

 その様子に、彼女の言っていたことを思い出す。


(本当に、俺のせいで友達にハブられたのか?)

 

 ミイサ本人がそう言っていたが、真実かどうかは定かでは無い。ただの被害妄想の可能性だってある。

 一度の負けで離れてくような仲なら、その程度のものだったのだろうと自分に納得させた。


最弱()に負けただけでこの扱い……)


 しかし真実はどうあれ、チヅルの中にモヤっとしたものが生まれてたのは事実だった。

 勝たねばならない戦いだった、だから勝った。

 なのに、この後味の悪さはなんだ?

 勝利とはこういう物なのだろうか?


 初勝利を汚されたような気がして、勝ちを否定されたような気がして、


「はぁ……」


 よくわからないが、取り敢えず溜息で誤魔化す。

 今は、明日の戦いに意識を向けるべきなのだ。

 

 勝った後のことは、勝ってから考えるべきことだ。

 勝つ前に考えるなど贅沢だ。今は勝利だけを見よう。

 脳裏にチラつくモヤを奥に押しやり、授業に集中した。


 ◇


「チヅルさん、お疲れ様でーす。いよいよ明日ですね」


 全ての授業を終えた、帰り際。

 廊下の曲がり角に待ち伏せするように茶髪の男が居た──ミドロである。


「あぁ、お疲れ。今日も来たのか」

「ええ、奇遇にも。それでは一緒に帰りましょう」


 奇遇と口で言い、偶然を装って会ってきて、今日も下校の随伴を提案してきた。

 昨日の勧誘もありチヅルとしては気不味いが、だからといって邪険にも扱えない。

 とは言え三日分の食費の仇に貸す耳はないし、貸せば絆されそうで嫌だった。なので、今まで通り当たり障りのない程度に無視をする。

 

「次の対戦相手は戦士科のデネブさんらしいですね。チヅルさんは同じ科ですが、面識はありますか?」


 デネブ、平民の戦士科、二年。

 チヅルの知る彼のプロフィールはこれだけしかない。

 面識は、さっきもったばかりだ。


「名前くらいしかわからない」

「それでは僭越ながら、オレが彼のプロフィールをおーしえしますよ」


 ミドロはそう言い、胸ポケットからメモ帳を取り出し開く。


「デネブさんは戦士科、重量武器専攻で、【(じょ)】の位の中なら実力は上位層ですよ。魔法は使えませんが、その巨体を活かしたパワフルな戦いと、武器のコントロールを評価されて、あと少しで【(けい)】の位への挑戦権を得られるそうです」

「へー」


 学園のランキング戦は、同じ位の中で行われる。

 下から序、繋、合、衆、傑の五段階に格付けされ、ランキングは同格同士で行われる。

 ただし、上位者への挑戦権を得られれば一つ上の位と対戦を行え、勝ちさえすれば昇格できる。シンプルな構造でわかりやすい。

 因みにチヅルの位は【序】である。その中でも最底辺なのは言うまでもない。


「彼のギフトは【重戦士の闘争心】で、重たい武器を扱うのに長けたギフトです。一撃でももらったら一溜まりもないですが、なんと! 重量武器専攻の方と戦う際は簡易鎧の任意装着が認められていますから、たぶん大怪我の心配はないです」


 行ける行ける! と身振り手振りでチヅルに言って聞かすミドロ。

 鎧着れるのかーと漠然に思うチヅル……そこであることを閃き、あとで試そうと頭の隅に置いておく。


「おやおや? ひょっとして……次の相手は強敵ですが、勝てる見込みでも?」


 チヅルの表情にミドロは何を感じたのかそう訊ねた。


「わからないが、やるしかない」


 あの体格差で勝てるのかチヅルには判断できないが、諦めるつもりは毛頭ない。

 ギフトの扱いにも慣れてきた、以前よりも上手く動かせる。工夫次第では勝てる見込みだってある。

 今回も搦め手が通じるかは不明だが、やるだけやろう。

 

「勝てるといいですねー……おや、あちらは……」


 廊下を並んで歩いていると、正面から見覚えのある人物が歩いてくるのが分かった。

 分かった、というのは別にこの廊下には他に人が居なくて、やっと現れた自分以外の誰かを正面に捉えた、みたいなニュアンスではない。

 廊下には大勢が行き交い、賑わいすらある。

 正面からだって何人も歩いてきている。


 なのに、『分かった』。

 

 見覚えがある、と言ったが、昼休みに面識を持ったばかりのイカつい男でも、ヒステリック気味に絡んできた女でもない。

 もっと、因縁深く、集団に紛れようとも薄れることない存在感をその身に纏った人物だ。


 チヅルはそいつを見つけて、胸が熱くなった。

 足が止まり、自然と視線はその者に釘付けにされる。


 チヅルだけではない。人混みがその人物を中心に、波打つように割れていく。

 生徒は示し合わせたように端に避け、その者の動向を探るように身構える。粗相などすれば、どうなるか分からないからだ。

 誰かが生唾を飲む音がした、廊下はいつのまにか静寂に瀕していた。

 鳥の囀りですら五月蝿く感じ、一人の足音だけがよく響く。

 この場で音を出すことがその者のみ許された特権のように、悠々と歩む。


 生徒は固唾を飲み、その優雅な足取りに頬を赤らめ、ここへ現れた理由を脳内で導き出そうと必死に考える。

 波はどんどんこちらに迫り──チヅルの前で、波は凪ぐ。


 一人の少女が、チヅルの前に佇んだ。

 透き通った翡翠の瞳がチヅルを射止め、発言を待つように見つめている。

 

 ──言葉を、待っている?


 意味のわからない状況に、理解は追いつかない。

 しかしチヅルは変な汗をかきながら、久しぶりに相見えた彼女に、ただ、ぎこちなく笑って、


「……久しぶりだな、リリィ」

「ん、元気そうね」


 絶対の者と、唯一発言を許された者だけが言葉を交わした。



 ランキング上位勢、学園屈指の権力者、【搩】の位に位置する化け物。

 幼馴染であり、勇者候補生のリリアンが、単騎でチヅルの前に現れた。


 ……いや、なんで?

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