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第四話 怒りの矛先

 イーストリア学園の本懐は、次代の勇者育成にある。


 チヅルはいつか受けた授業の内容を掘り起こす。

 この学校の成り立ちと世界の記憶。

 いずれ来たる魔王に備え、この学園は設立された。


 世界に魔王が現れる時、勇者もまた誕生する。

 この流れは逃れられない構図と成っている。


 しかし魔王とは何か、勇者とは何か。

 それを語るには、人類史を紐解いていくのが手っ取り早い。


 魔王とは一言で言うと、人類の天敵である。


 有史、突如として世に台頭した最初の魔王、ラバナは全人類に牙を剥いた。

 女、子供、老人など関係なく、『人』と部類される者たちを魔王は万を超える魔物の軍団を従えて蹂躙したらしい。


 沈む街と城、食い散らかされる血と肉は阿鼻叫喚そのもの。

 その光景は地獄としか形容できなかったと当時の人間によって後世に伝わっている。

 

 滅ぼされた国は数知れず、絶滅寸前にまで追いやられた人類。

 もうだめだー、と思ったそんな時、現れたのが神によって遣わされた初代勇者、モロホッシ。


 男か女か不明なその人は、聖人と言っても過言ではない善性と、絶望する人々を引っ張っていけるカリスマ性が備わった人物だった。

 神の御使、救世主、希望の光。

 呼ばれ方はさまざまあったが、皆の前に立って誰よりも勇敢に立ち向かう姿から、『勇者』と呼ばれることが最も多かった。

 

 その身に宿す力は並ぶ者がいないほど絶大で、襲いかかる魔物達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、瞬く間に魔王の侵略圏を削っていって。

 遂には、魔王をも倒してしまったそうな。

 それからだいたい百年周期で魔王が現れるようになるも、その度に勇者と呼ばれる人間も現れて討伐する、といった流れが出来上がった。

 

 魔王は人類の滅亡を望み、勇者は人類の滅亡を阻止する。

 そういった経緯があり、勇者とは人類存亡になくてはならない存在。

 各国は次代の勇者育成と共に自国の戦力を確保するため、各々養成機関を作った。


 我が国が誇るイーストリア学園はなんと、初代勇者が自分の後継を見出すために自ら作った、という眉唾な話がある、由緒正しき学園だ。


 その成果は学園の歴史が物語っている。

 創立から今に至るまで千年以上。

 数多の勇者を輩出してきた我が学園は、世界に対しても大きな影響力を持つ。

 首都よりも有名な場所として世界に知られる、すごい学園なのだ。

 遷都の話が持ち上がるほどに首都の知名度が下がったことは近年の懸念事項に含まれ、何か対策を講じるらしいがそれはまた別の話。


 伝統を重んじ、歴代勇者を尊び、生徒は自身が勇者である心持ちで日々過ごすことを志している。

 この学園にいる者たちは、全員が勇者の見習いなのだ。

 まあ、そんな長たらしい前置きは置いといて……故に、


「おいお前。随分とちょーしに乗ってるらしいな」

 

 一人の生徒を壁に追いやり、恫喝するその光景。

 勇者を志す本校生徒にあるまじき言動であり、ありえない在り方である。


「なにしてくれちゃってんの、お前?」

「不正とかありえねーから」

「最弱がしゃしゃんな」


 厳つい集団が不正疑惑のある清廉潔白なチヅルに詰め寄る。

 囲まれてもチヅルは毅然とし、怯むことなく睨み返す。

 返すけど、ちょっとこれはヤバいかもと内心で焦る

 けどおくびには見せない。舐められたくないから。


「最近、まーた恥も外聞もなく道場周回してるってきくじゃねーか」

「うちの道場にも来たとか」

「この節操なしめ、道場なら流派なんてどこでもいーのかよ」

 

 昨日の道場訪問がもう噂になって学園に広がっているらしい。耳が早い連中がいちゃもんをつけに来たようだ。

 一方的に罵られるチヅルは、半分くらい相手が正しいからなんとも言えない表情をしてる。


「そして本題だ」


 リーダーらしいがたいのデカい男がずいっと前に出て、


「お前が勝っちゃったせいで、うちの弟が最下位になっちまったじゃねーかよ」


 オドオドしていた地味な男子生徒の肩を寄せる。

 彼がチヅルに代わって現在最下位の弟さんらしい。


 自分よりランキングが下のものを見るのが新鮮でチヅルは、「あ、俺もう本当に最下位じゃないんだ」と、ちょっとニヨニヨしてしまう。

 気持ちはわかるが時と場合を考えようと助言したくなる嘆かわしい人間性だ。

 学園の負の面が彼を変な方向に拗らせてしまったのかも知れない。


 あと、前半は兎も角、最後のは完全に私怨だった。


「に、兄ちゃん、流石にまずいよ、こんなの」

「誰も見てねーし気にしねーよ、もしものときは俺がなんとかする」

「で、でも……」


 兄の行動に弟さんは及び腰だが、それには理由がある。

 弱いものいじめが嫌だとかじゃない、もっと学生らしい訳だ。


 この学園には校則とはまた別に初代勇者が定めた勇者ルールなるものがある。

 これに反することをすれば重い厳罰、あるいは懲戒処分もありえる、校則よりも拘束力があるヤバい原則だ。ペナルティが洒落にならない。

 チヅルが表立っていじめられなかったのはこれのお陰であり、影ながらいびられていた要因でもある。


「今さら勇者なんて目指すやつはいない、俺達の代で魔王なんて現れねーんだから」

「確かに、そうかもしれないけど……」

「お前はなんも心配すんな、兄ちゃんに任せとけ」


 厳つい兄貴の言う通り、先代魔王が没してから早五十年。

 魔王がいなくなり平和となってから半世紀が経ち、次の魔王が現れるまであと半世紀ほどある。


 つまり人が平和ボケするには十分な時間が経ったことと、次の危機までの時間が大分あることを表しており。

 このことから『もしかしたらその間に死んでしまい自分には関係ないかもしれない』、そんな考えが蔓延してしまった。


 勇者は尊敬しているが、今の学園に本気で勇者を志す人が減っているのが現状である。


 喉元過ぎればなんとやら、周期的に現れるせいで定期的に学園内は中弛みのような現象が起きるようになった。


 魔王が現れたら現れたで殺伐と忙しくはなるが、今は現れないだろうと言う余裕からこうして意識が低下する事態に陥っている。

 歴代勇者方が見れば、頭を抱えてしまうことでしょう。


「お前に勝ち目はもうねーぞ、なにせ次の対戦相手はこの俺だからな。お前の不正、この俺が暴いてやる」


 チヅルの不正と自身が負けないことを信じてやまない、不敵な笑みを浮かべて兄貴さんは宣言した。


「不正はしてないし、次も勝つのは俺だ」


 むっとなり言い返すが、囲む連中と通りすがる輩は取り合うことなく笑う。

 まぐれで勝ったくせにと嘲て笑う。


「……本当にわかってんだか。まあいい、明日にはわかるだろ」


 せいぜい素振りでもしてろと言い残し、彼らは去っていった。

 去り際に弟さんが会釈してきたけど、形式的なものだろう。


「……腹立つなーあいつら」


 見えなくなってから愚痴る。

 不正はしていないが、ちょっと卑怯な勝ち方をしたのは自覚してるし事実だし、仕方ないとは思ってる。けど、あれはいただけない。


 あの勝利だけは絶対なのだ。

 

「そんなに疑うなら、次も証明すればいい」


 ご立腹な心象が少し解ける声音が聞こえて、チヅルの首がそちらに向く。


「……」


 姿は見当たらず、ちょいちょいとチヅルを招く手だけが廊下の角から覗いている。

 たぶん、あいつだ。


「ハァ、ほとほとふざけた奴だな」


 言いたいことが沢山溜まっている、チヅルはやたら挑発的な手の方へ歩みだす。

 すると手首は、近付くと引っ込み、辿り着くとまた違う角からおちょくるように手招きする。

 口頭で語らず、行動で語りかけてきた。

 捕まえてみろ(笑)と。

 

「この、アホピエロ……!」


 こめかみに血管が浮き出てイラっとした。

 言いたいことはたくさんある。が、その前に一発殴ることがいま決定事項となった。

 

「上等だ、とっ捕まえてやる」

 

 チヅルは怒りのままに、手首に目掛けてダッシュした。

 

 でも、

 だが、

 しかし。


 あと一歩というところでシュッと引っ込み、また角の方で手招きをし。


 指先が触れる瞬間に引っ込み、また新しい角から手だけが踊るように揺れて。


 捕まえたかと思えばその手はするりとチヅルの手の中から消えて、また違う角で挑発をする。


 瞬間移動じみた動きで、チヅルは完全に手玉に取られていた。


「はぁ、はぁ、ちょこまかと、逃げやがって」


 凡そ一時間が経過してからも追いかけっこは終わりはせず、未だに手のひら以外のピエロを見れていない。

 その間にすれ違う生徒と先生から奇異の目を向けられるし、昼休みも過ぎて、なんなら授業も始まっている。

 ランキングでの評価が低いチヅルにとって授業での単位は生命線だ。出ないとヤバい。こんなピエロはほっといて今からでも出ようか。


「ん?」


 息切れを整えていると、ピエロの手が引っ込み、再び出すとプラカードが握られ……、


[うすのろ〜]


 たった一言だけしか書かれてない。


「……あぁん?」

 

 されどその一言が、チヅルの迷いを吹っ切らせて怒りを触発した。


「……ぶっ殺す!」


 一発殴るコースから死刑コースへの路線変更が為された瞬間だった。

 残りの体力配分など考えず、余力無視の追っかけを再開した。


 それからチヅルは。

 追って、掠めて、逃げられて。

 追って、掴み、また消えて。

 追いついて、握り、それでも消えてを繰り返し。


「あいつ、絶対に瞬間移動してる……」


 そうとしか思えない逃げっぷりに、精も根も尽き果てた。

 もういい、あんなピエロ放っておこう。

 次会った時にまとめて殴ればいいのだ。


 結論付けてから、その場に座り込み、背中を床に預ける。

 冷静になって、なんで自分がこんなことをしていたのか疑問に思えてならない。

 そんなにもあのピエロに文句を言ってやりたかったのか?


「……あー、ぶん殴りて〜」


 ヒンヤリとした廊下が背中に触れて熱を奪っていく。

 心地いい疲労感がこのまま寝てしまえと訴える、いや寝ないけど。


「はーぁあ……ぃいってぇ⁉︎」


 微睡むチヅルは眠気を切り裂く頭部への痛みに跳ね起きた。

 チヅルの横にプラカードが落ち、これが頭に落ちてきたことを察し、しでかした犯人に思い至る。


「こっ、この野郎……!」


 空き教室の扉の隙間から、懲りずに手招きする掌がはみ出ている。

 そんなにぶん殴られたいか、このうつけ。


「……処す!」


 死刑コースから極刑待ったなしフルコースへのご案内だ。

 ピエロは覚悟をするべきである。


 手元に落ちてたプラカードを武器代わりに携えて、ピエロのいる教室に引導を渡すために駆ける。


「どりゃー!」

 

 プラカードをはみ出す手に振り下ろしてやるが、案の定ギリギリで扉に引っ込み教室内に消える。

 避けられるのは予想通りだ、間髪入れずに部屋の扉を蹴るように足で開けた──


「討ち入りだおらぁあ‼︎」

「ひゃ⁉︎」


 教室は備品が詰め込まれ手狭になっており、窓からの光も制限されて薄暗く、なにより埃っぽい。

 入ったはいいが、目当てのピエロは影も形もありはせず。

 代わりに、


「え」

「え?」


 瞳を涙で潤ませた、赤い髪の少女が居た。

 

 今は授業中、使われてない教室、涙ぐむ少女、消えたピエロ──ただならぬ状況。

 情報の奔流に思考が乱れて次への行動に移れない。

 

 ▷話しかける

 ▷そのまま立ち去る

 ▷踊って誤魔化す


 話しかけるべきなのか、そっと見なかったことにして立ち去るべきなのか。

 いっそ、茶化して踊って誤魔化してしまおうか?

 それがいいかもしれない、最善だ。

 しばらく女子と話すことなんて皆無だったのでよくわからないが、こーいうのが良いって誰かが言ってた気がする。

 飲み込み切れない場面に遭遇し、チヅルの選択肢は誤った方に傾きだす。


 けれど、目と目が合った。

 交わされた瞳に宿るのは、困惑と恐れ。

 少女は支えがないと生きていけないような、弱々しい目でチヅルを見据える。


「……」


 踊って誤魔化すは、ないな……。

 

 ▶︎話しかける──ピッ 


「あー、えーっと……お取り込み中でしたか?」


 突入したら全くの予想外な現場に頭を悩ませながら、チヅルは目を白黒させる少女に訊ねてみる。

 すると、


「あ、」

 気づきの「あ」と、


「あッ」

 詰まりの「あ」と、


「あー‼︎」

 驚愕の「あ」による「あ」の三段活用を少女は順番に唱えた。


「あんた! あんたのせいで!」


 椅子から立ち上がり、怖い顔してチヅルに詰め寄る。

 なにごとだと今度はチヅルが目を白黒させる。


「お、俺を、ご存知で?」

「知ってるも、なにも、ないわよ!」 


 掴みかかられそうな勢いに気圧されて、チヅルは後ずさる。

 廊下の壁際まで追いやられ、顔と顔が鼻先が触れてしまうんじゃないかと思えるほどに近づき、


「……せ、」

「せ……?」


 少女は俯き、肩を震わせ、


「せ!」

「せ?」


 意を決して顔を持ち上げた少女は、


「責任、とれ!」


 頬を紅潮させて涙を浮かべたまま、誤解を生みそうな責任追及をチヅルに求めた──


「え、ごめんムリ」


 よくわからないが、了承しないのが賢明なのはなんとなく察して断っておくチヅルくん。

 側から見たら相当なクズ発言だった。

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