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第三話 フライデイ

「あいつ、不正したらしいぞ」

「やっぱりな、そうだと思った」

「な? 俺の言った通りだろ? だから……」


 スッと息継ぎ。


「「「賭けは無効だ!」」」

「すんませんけど、払い戻しは受け付けてねーんですわ」


 廊下を歩くと、そんな不毛なやり取りが聴こえた。


「くそ、なんであんな雑魚が勝つんだよ!」

「よえーから最弱(アン・トップ)じゃねーのかよ!」

「弱いのが取り柄なのに勝つなよ、アイデンティティの崩壊だよそんなの!」


 手前勝手なボロクソな物言いだが、


「……ふふ」


 教室の中から漏れ出る会話に自然と口角が上がる。

 自身を貶す言葉に不快さを覚えるよりも、悔しがってる様の方が愉快に思えた。


 あの日から周りのチヅルを見る目が変わった。

 見下すものよりも疑いと軽蔑の眼差しが増え、廊下を歩けばその視線が集中する。

 この変化が何を齎すのかチヅルにはわからないが、少なくとも一つだけ分かることがある。


「俺に賭けなかったやつザマァ」


 絶対に勝てる勝負と吹聴したのは誰なのか。

 成立しない賭けをギリギリで可能にしたのはどこのバカか。

 チヅルには見当もつかない。


 すれ違う連中から冷ややかな目が浴びせられようと、関係ない。

 チヅルは両ポケットに手を入れたまま、影のみ手を叩いて囃し立てるように笑う。


 


 授業もひと段落着いて、チヅルは学園の食堂に赴いていた。

 今は受け付けの列に並びながら、昨日のことを考えている。


 あの後、真っ先に不正が疑われた。

 当然である、最弱が勝ってしまったのだから。

 最も弱いくせにそれを覆してしまったのは看過されなかったらしい。


 職員室に連行され取り調べを受け、身の潔白には苦労したが、時間は掛からなかった。

 この学園の規則に手の内を明かしたくなければ秘匿してもいい、というものがある。

 まさかこの規則を自分が使うとは思っても見なかったチヅル。生徒手帳を暇だったから読み込んだあの頃の自分に感謝した。


 しかしこれは不正をしていないことが前提だ。

 勿論チヅルは不正などしていない、ただ先の戦い、種も仕掛けもございます。


「エビフライ定食一つ」

 順番が回ってきてオーダーを伝える。


 気を取り直して、今からそれらを明かしていこうと思う。

 チヅルのギフト、【空黒(からくろ)の卵】は影を動かす能力だ。

 自他共に認めるハズレギフトだとチヅルはずっと思っていたが、その権能は動かすだけに留まらない。


 【空黒の卵】の真価は、影への干渉にある。


 チヅルの影は動く時、同時にチヅルの体を包む服まで操作される。

 ならば、その『操作できる範囲』はどこまでなのか?

 ピエロの指摘でその疑問が浮上した。


 疑問の内容をあまり理解できぬまま、あの夜チヅルは半信半疑でその干渉可能な範囲を検証し、導き出された結果と新事実に言葉を失った。


 まず干渉可能な範囲は、チヅルの影から繋がっているところまで。

 袖を通した学生服の影も動かせて、手に持った剣の影も動く。

 そして足元から伸びた影が他人の影に触れると、その対象には触れられた感触があるらしい。


 影を通して、別の影に干渉する。

 そしてその結果が本体にもフィードバックされる。

 これがどういう意味なのか?


 例えばチヅルの影が相手の影に触れる、そしたら相手はその部位が触れられたと感じる。

 そのままつねってみると、痛みを感じる。


 試しに影を動かして木の枝の影を折ってみると、枝自体がポッキリと真っ二つに折れた。

 木剣の影で木の影を叩いてみた、僅かに揺れた。

 ピエロの頭の影をチョップすると、「ヘブッ」とピエロが鳴いた。

 

「はーいエビ定ねー少しお待ちぃね〜」


 影には接触した際本人にも感触があった。

 つまり、影から影へと干渉し、攻撃が可能な能力であることが判明した。

 ギフトの価値を揺るがす、大発見である。


 その後の検証で、現状分かったことをまとめると、

 ・影を動かしてもその本体が移動することはない

 ・影はチヅル自身以外にも繋がってさえいれば操作ができる

 ・影が壊れると本体も壊れる

 ・影は本体の動きに合わせて移動速度などが変わってくる

 ・影の操作は離れれば離れるほどに魔力を使う


 といった具合だ。

 

 そして、先の模擬戦の種明かし。

 チヅルは剣の柄に糸を巻き付けることで、投げた剣とチヅルの影を繋いだ。

 これによって影のみ操作が可能という利点を活かして、防御されずに相手の影を攻撃。そこで出来た隙を突いて叩きのめす。

 作戦は功を奏して、見事勝利を収めることができた。

 めでたしめでたし。


「オレはチキン南蛮定食一つで」


 しかしせっかく得た攻撃手段。

 バレてしまえばいくらでも対策されてしまうことは明白だ。

 故に手の内を明かしたくなくて、チヅルはギフトのことは伏せておく必要があった。

 このアドバンテージは大きい。

 周りはハズレギフトだと思い込んでいるから、バレさえしなければ影を警戒されにくくなるかもしれない。

 

 そういった経緯から不正はしていないが、どーやって勝ったのかは黙秘権を行使し続け、解放された。

 しかし、証拠不十分という形での釈放だ。疑いは晴れてない。

 誰もチヅルの潔白を望んでいないらしい。


 ちょっと疑われ過ぎてセンチになったチヅルだったが、今はそれを気にしている暇はない。


 次の模擬戦が、三日後に控えているのだ。


「はーい、エビフライ定食お待ち」

「あーい……あれ、おばちゃん、フライが一つ多いんだが?」

「それはおばちゃんからの初勝利祝い。チヅルちゃん、いつも頑張ってたから、今日くらいはね?」

「おばちゃん……」

 

 日に日にボロボロになるチヅルを見兼ねて相談に乗ったりしてくれていた食堂のおばちゃんの労いに、


「じゃあ、オレからはこれをあげますよ」


 水を指すように、隣から話しかけられた。

 そっと皿にチキン南蛮の唐揚げが乗せられ……タレがエビフライについて、ピクッとこめかみに皺が寄る。


 横槍を入れたエビフライの仇を見る、


「こんちゃっす」


 人の良さそうな笑みを浮かべた、茶髪の男がいた。

 背はチヅルより頭一つ低く、年は同じくらい。

 その手には今しがた唐揚げを摘んだであろうタレのついた箸と、チキン南蛮の乗ったプレートを持っている。


「昨日の模擬戦、すごかったっすね。オレも見てましたが驚きましたよ。まさか勝ってしまうなんて」


 ……。


「おばちゃんありがとう、じゃ」


 食堂のおばちゃんに一言断りを入れてから、何事もなかったように隣の何某を無視してチヅルは空いたテーブルに着く。


「無視しないでくだせーよ」


 何某も当然のように正面に座る。

 チヅルは唐揚げを避け、エビフライを摘んで口に運ぶ。


「それにしても周りは酷いですよね、チヅルさんの勝ちを疑うなんて。あれはチヅルさんの作戦勝ちでした」


 目を合わせようとしないチヅルに、食事に手をつけぬまま喋り続ける何某くん。

 確かにその通りだが、反応はしない。


「そういえばチヅルさんに負けた彼女、あまりのショックに寝込んじゃってるらしいですよ。彼女も負けるとは思ってなかったみたいですね」


 寝耳に水な面白い情報だが、無視を決め込む。


「いやーそれにしてもチヅルさんが勝ってくれてよかったですよ。ここだけの話……オレ、チヅルさんが勝つ方に賭けてたんです」


 ピクッと耳が揺れる。

 聞き捨てならない言葉だ。


「あんた、最下位の俺に賭けてたのか?」

「はいはい、もしかしたらって思いまして」

「……ふーん。そーいえば、名前なんて言うんだっけ」

「あ、ミドロです。ミドロって言います」


 ミドロ。

 俺に賭けなかったやつザマァな部類じゃなかった男。

 見込みあるな、こいつ。

 不覚にも頬が弛む、どこぞのピエロが目にすれば「チョロすぎワロス」とでも言いそうだ。


「そっかそっか、それで、いくら儲けたんだ?」

「へへへ、あまり大きな声では言えないんですけど……ゴニョゴニョ……てくらいです」

「すげー」


 学生の身に余る稼ぎに驚く。よもやあの一戦が万馬券扱いになるとは。

 ついつい話に乗っかってしまったが、そこで話を区切り。


「まあそれはそれとして、これは返す」


 箸の裏で唐揚げを摘み、ミドロの皿に置く。


「え、なんでですか?」


 打ち解けたかと思えばプレゼントを押し返されて疑問を口にするミドロ。

 何故と聞かれれば、


「今日は、エビフライな気分なんだよ」


 と、答えるしかない。

 

 ◇


「お断りする、あなたの実力ではここに相応しくない」

「……そーっすか」


 バタンと閉ざされる門を眺め、込み上げる溜息を我慢することなく吐き出す。

 立ち尽くすチヅルはポケットから紙を取り出し、目をうつす。

 ……ここで最後なんだけどな。


「はぁ……」


 途方に暮れて天を仰ぐ。見上げた先に群青の空を鳥が飛んでいる。呑気なもので、あの鳥が羨ましく思えてならない。

 自身が思っているよりも疲れが溜まっているのか、チヅルの思考はネガティブに傾きやすくなっていた。

 

 あと、そろそろ、あいつが出張ってくる。

 脳裏に言いしれぬ予感がして、


「──あ」


 秒で現実になった。

 ……来た。


「奇遇ですねーチヅルさん、まさか、こんな場所で会えるなんて。今日はついてます」


 建物の横影からひょっこりと顔を出したのは、昨日から付きまとう男。

 ミドロは人受けの良さげな笑みを貼り付けて、チヅルの隣に並び立つ。


「……奇遇だな、もう何回目の奇遇かはわかんないが、奇遇だな」

「これはもう運命かもしれませんね?」

「運命か、それは大層なものが付きまとったもんだな」

「そーですね。ところで、何されてるんですか⁇」


 チヅルの手にある紙を覗き込むと、赤のバツで埋め尽くされた地図が描かれていた。


「ちょっと道場に入ろうかと思っただけだ」

「へぇ、道場に。それはまた急ですね」


 ミドロの言う通り急かもしれないけど、入門自体はかなり前から企てていた。

 以前からチヅルは力を求め、どこかの道場に入れてもらおうと都市内の道場を渡り歩き、すべからく断られた経験者だ。

 入門拒否の理由はもちろん実力不足、正確には適性なしという判断のもとの門前払い。

 入れるならどこでもいいという思いが透けて見える新卒の大学生みたいな態度に、もはやブラックリストにまで入っていた。

 その行動を節操なしの道場訪問者と嘲られたのは苦い記憶にあたる。

 

 それ以来入門を諦めていた。

 なのに再び入れてくれと頼みに行けば、当然同じように断られる。

 じゃあ、何故いくのか?


「じゃ、奇遇はここまでで、俺は帰るから」

「お供しますよ、オレもそっち行きたかったのでちょうどよかったです」


 スタスタと歩き出すチヅルの横に小判鮫のように付かず離れず、同じ方向に歩き出すミドロ。


「あーやっぱ俺こっちから帰るんだったわ、じゃ」

「奇遇ですね、オレもそっちに行きたかったんですよ」

「……」

  

 反対方向に進み出すと方便垂らしてくっついてくる。

 こいつにとって奇遇とは使い勝手のいいこじつけの言葉なのかもしれない。


「いやーそれにしても今日はいい天気ですねー。絶好のお散歩日和じゃないっすか。せっかくですしこれから一緒にどこか寄っていきませんか?」

「……金がないから今日はいい」

「平気ですよ、オレが奢りますから。あ、奢りだからって高いもの買おうとか思ってません? その時は自腹でよろしゃっす」

「思ってなくはないが、あんたに奢ってもらう気はない」


 チヅルは目の前の相手が胡散臭くて仕方がない。

 そんな相手に借りを作るなど、何をされるか分かったものじゃない。


「まあそう言わずに、こっちですよ」

「いや、俺は帰るって──」

「こんちゃーっす」


 カランコロンとドアベルが鳴る。

 いつのまにか手を引かれて店の中に入ってしまった。

 看板を見る前に引き込まれたのでなんの店なのか分からなかったが、鼻腔をくすぐるコーヒーの香りからここが喫茶店であることを理解した。


「いらっしゃー、お、ミーちゃんらっしゃい。そっちは連れか?」

「店長さんこんちゃっす、席空いてる?」

「おう、沢山あるぞ。そこのテーブル使ってくれや」

「ちゃーっす」


 カウンター内に居た男がミドロを見て顔を綻ばせた。

 二人は顔見知りであることが窺えたが、呼び方が気になった。

 それほど気の許した仲なのだろうがちゃん付けされているのかこの(ミドロ)

 チヅルも顔を覚えられたら食堂のおばちゃんと同じように、強面のおっさんにチヅルちゃん、なんて呼ばれるのだろうか。

 ぼんやり考えていたら、ミドロに促されるまま席に座っらされた。


「いつもの二つで」

「あいよ、少し待ってな」


 注文をすると店長は奥へと引っ込んで、店内に二人っきりになった。

 

 店内は複数の照明と窓からの光で明るい、少し眩しい程度。

 音は奥から作業するものと、店外から聴こえるものしかない。静けさと二人だけの状況が、変な緊張感を生んだ。

 流れるままに寄り道をさせられてしまった。

 ジロリとミドロの顔を睨むがどこ吹く風。

 ニコニコしたままチヅルと目を合わせる。


「それで、こんなことまでして、何が目的だ?」

「別に大層な目的なんてないですよ、オレがチヅルさんと仲良くなりたいだけですって」

「……ふん」


 作られた表情から本心を見るなんていう高等技術、ボッチ歴の長いチヅルにはありもしない。

 ミドロの真意が読めない、もどかしい。


「雑魚の俺に構ってあんたの評判も下がるかもしれないぞ」

「そんなこと気にしませんよ、むしろ羨まれることでしょうよ」

「羨む要素あるか?」

「ないかもですね」

「ないのかよ……知ってた」

「今からできるかもですし、そう悲観しないでくださいよ」


 おもむろにミドロは懐から一枚の紙切れを取り出して、テーブルの上に置いた。


「これは?」

「名刺ですよ」


 名刺と言われたそれに書かれているのは、ミドロの名前と所属先が記されている。


「リッドアルム?」

「うちのサークルです」


 サークル。

 俗に言う同じ志を持つ学生が集まり結成した同行の会であり、その実態は学園内の派閥を意味する。

 最低三人から作れる物だが、大規模になれば百人単位で運営される大規模組織となる。

 入っているだけで違うサークルと敵対することもあれば、仲間内での蹴落とし合いなども起こる、ドロドロとしたもの。

 チヅルにとっては縁遠いものだ。

 何故今これを?


「ヘッドハンティング、って言ったらわかりますか?」


 名刺から目を外したチヅルの目とミドロの視線が交わる。

 うなじがムズムズと疼く。


「チヅルさん、よければうちに来ませんか?」

「……」

 

 息を呑んだ。

 名刺を差し出した時点であるいはと予想はしていたが、まさか本当にそんな申し出がされるとは。


 サークルは対立や蹴落とし合いなど厄介な事もあるが、力あるサークルならばそういったデメリットを覆すメリットがある。

 優先的な設備の使用や施設の貸し出し、学校から毎月一定額のサークル費用も給付される。このほとんどが大規模サークルの特権であるので一概には言えないが。

 ミドロの所属するサークルの規模がどれほどかは不明だが、どこかに属せるというのは魅力的だった。

 敵も増えるかもしれないが、味方も得られるかもしれない。なんなら友達も。

 良いことずくめだ。


「……ちなみに、理由は?」

「そうですね、チヅルさんのこれからの活躍を見越した、一足早くのスカウトになるんでしょうか? 他が手を出す前に唾つけとこうって感じです」


 ……。


「はい、ベレモッセ特製チーズケーキお待ちどう」


 いつのまにか店長が現れてテーブルにケーキを乗せた皿を二つ、テーブルに置いた。


「ありがとう、ございます……」

「店長、ありがと」

「ごゆっくり」


 不穏な空気を察したのか、店長は料理を置くとスッと裏方に消えた。


「……」


 次の言葉を選んでいると、店内に重たい沈黙が満ちた。

 先ほどまでよりも肺が重くなるような空気だ。

 ケーキを食べるか迷って、出そうとした手がやはりフォークを握ることをやめ、行き場を失い前髪をいじいじしだす。

 

「やっぱここのチーズケーキは格別ですね。チヅルさんもいただいたらどーですか?」


 振る舞いは至って普通、されど先程までと纏っている雰囲気が違う。

 チヅルは今、試されている。

 

「……はぁ」


 出したのは返答ではなく、嘆息。

 今からする自身のもったいない行動に対する虚しさと未だにもしかしたらと抱える期待を嘲笑に伏す。

 淡く儚い『もしかしたら』を押し込めた。

 サークルへの誘い自体は小躍りしてしまいそうなほど嬉しかった。

 二つ返事で是非入れてくださいとなっていたかもしれない。

 でも、でもですよ。


「悪いけど、無理だ」


 こんなもの、断るしかない。


「……なんでですか?」


 断られてもミドロもその鉄面皮は崩さない。

 微笑みを絶やさず問い返す。

 

「断るとかそーいう立場じゃないのはわかってるけど、やっぱり俺みたいなのが入ると迷惑がかかるだろうし」


 それらしいことを言ってみたが、酷く薄っぺらい言い訳が並べられただけだった。言ったら逆に失礼な台詞が喉を通って出ていくのが申し訳なく思えて仕方がない。


 そもそもな話、チヅルは食堂で模擬戦の話が出た時点で相手を見限っていた。

 賭けの話で靡いたが、やはりダメだ。

 あの場でチヅルの勝利を祝福したのは、一人しかいないのだから。

 この話、絶対に裏がある。


「それに……」


 そして、付け加えると、


「……隠しきれてないんだよな」


 ミドロはあいつの言う『周り』と同じ目をしている。

 これが決定打だった。


「え、なんですか?」

「なんでもない。……ごちそうさま」


 手付かずのチーズケーキをあっという間に平らげて、席を立つ……味わって食べなかったことを後悔しつつも、立ち上がる。

 久しぶりの甘味にチヅルの舌が喜んでいる。お茶を一杯飲んでから帰りたい。


「まだ話は終わってないですよ、チヅルさん」

「なら、少し考える時間が欲しい。こんな難しいこと、流されて決めたくない」


 濃厚なチーズが残った口からまたそれらしいことを宣う。何様のつもりなのだろう。


「……わーかりました、今日のところはここでお開きとしましょう。お時間ありがとうございました」

「チーズケーキの代金はいくらだ?」

「オレが払っとくんでいいですよ」

「いや、そこまでしてもらうつもりはない」

「……じゃあ、1200エンです」

「セッ……あ、うん、ごちそうさま」


 一度吐いた唾は飲み込めない、そんな恥晒しにはなりたくない。それに断っておいてそんな真似できやしない。


「……誘ってくれたのは嬉しかった。ありがとう」

「いえいえ、いつでもお気軽にお越しくださいね、歓迎しますよ」


 最後にチヅルは本心を晒し、出し渋りながら財布を取り出して代金をカウンターに置いた。

 ドアベルを再び鳴らして店を出る。

 

「はぁー、断ってしまった……」


 サークルに入ることは有意義なことであり、学生っぽい感じで、ちょっと憧れていたため今回の断念には思うところがあった。

 せっかく誘われたのに、もしかしたら本当に自分を評価してくれたのかも。

 もしかしたら、もしかしたら──もしか、したら。


「……ありえねー」


 あの学園にいる奴らがあの一戦程度でチヅルを見直すなどあり得ない。

 なのに、なのに、 、……、


「消えてくれよ、雑念……あんたはお呼びじゃない」


 未だ引きずる女々しさに嫌気がさす。

 こうしてチヅルは初めてのサークルのお誘いを蹴り、三日分の食費を失った。


「明日からは食堂飯をちょっと持って帰ろう…‥」


 金がないのは言い訳ではなくマジだった。



 ◇ ◇ ◇



「なんだあいつ、何様だ?」


 残されたミドロに店長が憤り話しかける。


「誘ってもらってんのに、あのふざけた態度……代金も足りてねーじゃねーか」


 置いてかれた代金、1200エンを手のひらで確認したがこれでは足りない。


「店長、足りない分はオレが払うからいいよ」

「はー? なんでミーちゃんがあの小僧の分まで払うんだ、おかしいだろ」

「代金の嘘ついたのはオレだからねー、今回ここまで付き合ってもらったお礼かな?」

「お礼って、それでいーのか?」

「うん、いいよ。断られるのはわかってたし」

 

 納得いかないが、本人がそう言うならいいか。

 店長は腑に落ちないながらも飲み込んだ。


「あーあ、命令とは言えこうして関わるのめんどーだなー、オレ人見知りなのに」

「ミーちゃんそれマジで言ってんのか?」


 初めて会った際のフレンドリーさを思い出し、店長は発言とのギャップに疑問を呈する。


「第一印象は大事だよ店長。だから頑張って背伸びしてんの、足がつりそうになりながらさ」

「そーいうもんか?」

「そーいぅもんさよ……それにしても」


 ミドロはスカウトした瞬間の、チヅルの顔を思い出す。


「すごい、嬉しそうだったなー」


 敵意剥き出しだったのに、期待に満ち溢れて、それでも踏みとどまって、断ったあの感情の揺れ具合に笑みが溢れる。


「ははは、なんだこれ、罪悪感すごいや」


 あんな顔されると、申し訳なくなってしまう。

 チヅルなんかになんの期待もしてない分、余計に。


「でもごめんねチヅルさん、これもあの人のお願いだからさ、オレやっちゃうんだ」


 蕩けるように相合を崩して、チヅルの居た椅子を見詰めつつ、


「君の情報、高く売れるから。仕方ないよね」


 自嘲気味に囁いた。


 店長、その独白に眉根を寄せる。


「ほとほどにな」

「ほどほどにするつもり、あとお茶ちょーだい」

「あいよ、いつものな」

「へへ、やっぱこれには紅茶だよね」


 その後、ミドロはチヅル抜きのティータイムに洒落込んだ。

 ジャムを贅沢に、たっぷり使って。

 甘いひと時を堪能した。

 

 























































「シャッターチャンスなのにカメラがないの辛い」


 チヅルが居なくなってからの喫茶店内の風景を、とある道化は見逃さない。

読んでいただきありがとうございます。

ブックマークと評価などしていただけると作者の寿命が延びるので何卒なにとぞ、よろしくおねがいします。


あとキャラクターの名前に困ってるので募集してます、気軽に感想などにアイデア載せてもらえるとありがたいです。

ギフトも募集します、脳なし作者をみんなで介護していただけると幸いです。


それではまた来週、さようなら。

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