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第二話 はったりと片鱗

 ……反吐が出る。


 いつもの何倍も人が入り、少しばかり手狭になった第八訓練場。


 ガヤガヤと賑やかな彼らは一人の生徒の最期を見届けるため、態々足を運んで来ていた。

 観戦者達は開戦を今か今かと待ちながら戦う者をそっちのけで盛り上がっている。

 応援の声がちらほら、談笑がやや優勢。

 一部から賭けの声まで上がっている。順当な勝ちか、番狂せか。オッズは9:1。

 

 チヅルの退学をかけた戦いが、一種のイベント状態に陥っていた。

 ……本当に反吐が出る。


「目の下、隈すごいね。緊張で眠れなかった?」


 正面から声を掛けられた。


「でも手加減はしないから、最弱(アン・トップ)くん?」


 チヅルの前に佇む、鮮紅色の髪の女生徒がそう告げる。

 自分を指す蔑称にチヅルの鼻筋に皺が生まれた。

 例年なら入れ替わりの激しい最下位をぶっちぎりで独走したチヅルに付けられたあだ名は最弱(アン・トップ)

 最弱と書いて逆頂点と読む。この呼び方が彼は大嫌いだった。

 弱さを公言するなどあり得ない。

 影でコソコソ言われることはあっても、面と向かって言われたのは久しぶりだった。


「あ、これ言っちゃダメだった。まあ、いいよね?」


 ──だって、今日いなくなるんだし。

 言わなかったけど、その目と口と表情筋が言外にそう言ってる。

 今日のチヅルの対戦相手、ミイサの戦績は中の下だ。

 悪くはないが良くもない、毒にも薬にもならない女。

 だから上位勢とは違って普段の彼女は驕ってもないし、学校内の格差とかはあまり気にせず人間関係を構築している。


 しかし相手がチヅルだと分かった途端に、この有り様。

 最弱というレッテルは相手の人間性すら変えてしまったのか、訓練場で相対してから踏ん反り返っている。


 いや、踏ん反り返ってはいない、ただそう見えただけだ。

 ただ、偉そうにしてるだけ。

 つまり、見下しきって、舐め切っている。

 1パーセントも負けるとは思っていない、その不遜さが佇まいに滲み出ていた。


 悔しさが胸中に広がるが、一方で体の強張りは少ない。

 その僅かな余裕は、昨日の出会いが起因していた。


(……本当に、大丈夫なんだろーか?)


 チヅルは()()を仕込み終えた剣の柄を握りながら、昨晩起きた不思議な体験を思い起こした──


 ◇


「まずは(キミ)のステータスを見せておくれよ」


 手をワキワキさせてこちらに怪しげなピエロがにじり寄る。

 チヅルは追加で一歩距離を置いた。


「逃げるなよ〜ちょっと見るだけだよ〜」

「寄るな変態」

「そう言わずに〜」

「こっち来んな変態」

「えーひどい〜」

「触るな変態」

「そろそろ泣こうかな?」


 あんまりな拒絶にピエロはわざとらしくしょぼんとしてみせた。

 さっきまでの不気味さがピエロから抜けて、チヅルはフッと肩を下ろす。

 

「ほら、これでいいか?」 

「おー素直に最初からそーしときなよ〜どれどれ〜?」


 チヅルが差し出したのは、一枚のカード。

 手のひら程の大きさのもので、そこにはチヅルのギフトや名前、スキルなどが簡単に記載されている。


 ーーーーー

 【チヅル:一】

 所属:イーストリア学園戦士科剣術専攻二年生

 順位:499位

 恩恵(ギフト)空黒(からくろ)の卵

 技能(スキル):ー

 ー----


「所属が戦士科の剣術専攻で、二年生。順位は最下位。それから……スキルを一つも持ってないって、逆に才能じゃない?」

「ブン殴るぞ?」

「暴力反対〜」


 ピエロが目にした情報の感想がそれだった。

 スキルはギフトと違い、後天的に身に付けた技能のこと。

 努力次第で手に入り、あるとないとでは実力に雲泥の差が出る。

 しかしスキルを身に付けるにも適正が必要で、


「努力しようと実らない、(キミ)って本当に力に恵まれないね」

「黙れアホピエロ、そんなの知ってる」


 その適正は、殆どがギフトに由来して、ギフトが弱いとスキルの適性もなくなる。

 適性がなければいくら頑張ったところでスキルは手に入らない。

 チヅルはそのないない尽くしの板挟みに喘いでいた。

 

「ギフトって普通さ、【剣の素質】や【魔法の素養】みたいに分かりやすいのに、対して(キミ)のは【空黒(からくろ)の卵】って……なに? 何ができるの?」

「……うごかす……」

「なんだって?」

「……影を、動かす」

「へー、やって見せてよ」

「……」

 

 体は動かさずに、影のみちょちょいと揺らして見せる。


「おーすごいね」

「……」

「で、こんだけ?」


 ……。


「……そうだ」

「あー、まー、元気出せよ?」

「うるせー肩に手を回すな馴れ馴れしいっ」


 同情するように体を寄せてくるのを払い除ける。

 だから言いたくなかったのだ。

 

「このギフトって、スキル適正はどーいう感じ?」

「……」

「おーい?」


 チヅルはスッと顔を背けてから、口を噤む……言いたくない。


「ねー、言わなきゃわかんないよー? カードにはスキルの適正なんて、載ってないんだから」

「…………ハァ。あー、殆どが、……だ」


 溜め息一つ吐き、口を開いたかと思えば、肝心な部分だけ蚊の鳴くような声で聞き取れない。


「なに? ヒー?」

「……ジーだ」

「え、ジー?」

「ジー」

「ジーってどの辺? (イー)の上くらい?」

「エフの……」

「うんうん、(エフ)の上か」

「いや、下……」

「した? (エフ)の下?」

「……うん」

「ははー……」


 ありえねーって(つら)でチヅルを見る。

 ピエロも驚きの適正の低さだった。


(エー)(ビー)(シー)(ディー)(イー)(エフ)の六段階評価だと思ってきたけど、まさか(エフ)には下があったんだねー、知らなかった。一つ賢くなれたよ」

「正確には、測定不能らしい……」

「は、はハは、さすがだねー、いやなにがさすがなのかは置いといて、流石だよー!」

「ぶっ飛ばすぞ……」

「あーごめんって、泣かないでよ」

「泣いてねーよ……ッ」 

 

 チヅルはピエロから顔を背く。

 ちょっと涙ぐみそうになったが、なんとか踏み留まる。

 チヅルは強い子なのだ。

 ちょっと昔のことを思い出してウルっとなっただけだ、泣いてなんかいない。泣いてなんか……

 

「なるほどねー、大体わかりましたっと」

「……大口叩いて、これで何もできないとかはありえねーぞ?」

「そこはこのピエロにお任せあれ。その前に……」


 チラッとピエロはチヅルの影に目をやる。


「今のギフト、ちょっと気になることがあるんだよね〜?」

「なにが? 影を動かすだけの雑魚ギフトだろ?」

「影を動かす()()、ねー?」


 チヅルの評価を復唱し、意味深な笑みを浮かべる。


「ねぇ、試したいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「その影で……(ワタシ)の影を触れてみて?」

「いいけど……」


 触れて何になる?

 口から出かけて、意味あることなのだろうと勝手に納得して、言われた通りにピエロの影にチヅルの影が伸びて接触した。


 サワサワっと。


「キャー。どこ触ってんのさ、チヅルさんのエッチ!」

「いた⁉︎ 別に、どこだっていいだろ! 影なんだから!」


 胸を押さえながらピエロがチヅルに(はた)く攻撃。

 チヅルの後頭部に5のダメージ。効果はいまひとつ。

 触れと言われて触ったのにこの仕打ち、理不尽な扱いに解せないチヅルだった。


「ヂヅルぐん、(キミ)は本当にエッチだな〜」

「何だその濁声は、下らないボケをすんな。クネクネするな気持ち悪い!」

「まーまー落ち着いて」

「どの口が……」

「ところで一つ質問なんだけど、今までこのギフトで(ワタシ)以外に触ったことは?」

「あ? ……ない、と思う」

「あー(キミ)ボッチだもんね、そりゃ試す相手いないか」

「張り倒すぞ」

「否定はしないんだね」

「……」

「ちょ、無言で殴りかかるの止そうよ!」


 チヅルの急襲を難なく避ける、避ける、避ける。

 

「逃げんな性悪ピエロ! 一発殴らせろ!」 

「紙装甲な(ワタシ)にそれは酷だよ! そんなことより、お役立てできる情報があるんだけど! ねぇ聞いてよ!」

「うるせー!」


 それからチヅルは小一時間、ピエロをのす為に果敢に追い続けた。

 まあ、全て華麗に空ぶったが。


「ハァ、ハァ、ハァ……チョロチョロ、逃げやがって」

「気は済んだかい? そろそろ話を聞いて欲しいんだけど」

「もう、勝手にしろよ……」


「……ではでは♪」


 了承を得て、ピエロはいやらしく口角を上げ、不適な笑みを作り上げる──


「──、────」

「……?」

「────」

「ッ」


 そこから語られる、ピエロの仮説。

 それを聞いてチヅルの乱れた呼吸は息を潜め、ジトっとした汗が引き、仮説を確かめて、ゾワッと肌が粟だった。

 

「こんな、効果が……」


 戦慄、走る。

 チヅルは自身のギフトに対する認識の甘さを自覚した。

 心臓が壊れたように早鐘を打つ。


「ねぇ、これは一つ提案なんだけど」


 整理のついていない頭にピエロは新しい情報を詰め込む。


「明日はこのギフトのまま戦ってみない?」


 ◇


「両者、構え」


 追憶の合間に意識が引っ張られる。

 いよいよ開戦だ。


 チヅルは剣を正眼に構え、攻撃に備える。

 対してミイサは腕を引き、剣先をチヅルに向け、半歩下がって腰を落とす。突きの構えだ。

 今までの対戦相手はハリボテの構えを取ってきたが、彼女は一撃で仕留めんと本気の構えを取った。

 先の宣言は本当らしい。


「──始め!」


「ッシ!」

「くっ」


 開幕速攻、喉元を串刺すように剣が飛んできた。

 刺突が来ることは構えから分かっていた、剣を這わせて横に逸らすが、首を掠めて血が滲む。

 初撃はギリギリ凌いだ、次撃はどう来るか。

 

 ミイサは防がれたことに一瞬驚愕を滲ませるが、剣を引くのに合わせて体を回転、反対側の首目掛けて遠心力の乗った次撃を振るう。

 目で追うのがやっとの速さに、咄嗟に仰け反ることでしか避けることができない。


 当然、体勢は崩れる。

 背中から地面に転がり、もたつきながら立ち上がり少しでも距離を稼ぐ。

 怒涛の展開にチヅルの脳の処理が既に追いつかないでいる。

 反射速度が違いすぎる。

 ここでスキルの差が出てきた。

 

 晒された致命的な隙。

 やられる、そう思いダメージを最小限に留めようと防御の姿勢を取るが、追撃は来なかった。

 見ればミイサは振り抜いたままの姿勢で止まり、チヅルの様子を伺っている。


「手加減、しないんじゃなかったのか?」

「私にも立場があるのよ。ここで直ぐに終わらせたら面倒なの。だから、」


 ミイサは剣を二度三度振り、赤い軌跡を描き、

  

「次はないわよ?」


 そう言って、炎を纏った剣先をチヅルに向ける。

 どうやら彼女は魔法を使ったようだ。


 ミイサのギフトは【炎騎士の心得】、火の魔法と剣術にスキル適正を持つ彼女の本来の戦闘スタイルはこうして武器に炎を纏わせること。


 それはつまり、ここからが本気(マジ)ということになる。


「……そうかよ」


 チヅルも剣を構え直し、毅然とした瞳でミイサを射抜いた。

 

 ……ここまでは想定通り。


 多少のズレはあってもチヅルは事前に立てた作戦に沿った展開に、内心でほくそ笑む。


『あーテステス。(ワタシ)ピエロ、今、(アナタ)の心に直接語りかけてるの』

 

「ぬぇ⁉︎」


 ここが勝負所と息巻いていると、脳に響く声がして思わず変な声が出る。


「なに驚いてんのよ、この程度で。炎なんて珍しくもないでしょ」

「え、あーいや、なんていうか……綺麗、な炎だったから、見惚れてた?」

「……。そう? あ、お世辞言っても無駄よ? 負けてやるつもりなんてないから」

「あ、うん」


 ……誤魔化せた?


『なに戦闘中に口説いてのさ、常識ないの?』

(戦闘中に話しかけんなアホ! あんたのせいで変な目で見られたろーが⁉︎)

 

 再び響く声に心の中で返答する。

 表立って答えたら奇人扱いされかねない。


『あ、これはこっちから一方的に思念を送るやつだから、(キミ)のツッコミは届かないからあしからず』

(……これが終わったら殺す)

『物騒なこと考えてるのは察するけど、今は目の前の相手に集中しなよ〜』

(どの口が!)


 チヅルはピエロと内線で話しているが、炎の剣の登場に訓練場は大盛り上がりだ。

 熱を発する剣は防御不能だ、先程のように剣で逸らすことはチヅルにはできない。

 だがミイサはパフォーマンスのように一撃振るう度にポーズを決めているお陰で、まだ猶予はある。

 

『あーあ、あんなの振り回しちゃって、危ないなぁ。(ワタシ)の読み通り彼女、周りの目を気にするタイプみたいだね』

(……そうだな)


 噂や評価で人を判断し、上辺ばかり気にする。

 ピエロの情報通りの、人間らしい人間だ。

 

『人の目を気にして分かりやすいほど流れやすいねーあの子。この戦いだって、半ば無理やりみたいだったし。あーもう見てらんないよ、なんだいあれは、魅せるってことをぜんぜん分かってない! それっぽく振り回してるだけ! 炎は見栄えいいからって頼りすぎだよ! こんな三文芝居、この業界じゃ生き残れないよ!』

(うるせーしなに目線だよ)

『ところで、分かってるよね? このあとのこと』

(……ああ)


 我慢すれば受け止められるが、その必要がないので躱すだけに留めつつ、この後の展開を反芻する。

 ピエロと組み立てた、勝利への道筋。


(大丈夫だ、やれる、自信を持て!)


 自身を鼓舞し、ミイサに背を向けて走り出す。


「あいつ逃げたぞ!」

「熱さに耐えれなかったのか? ダセー」

「もう降参しろよ」

「そろそろ飽きたな」


 チヅルの行動にギャラリーは嘲笑を見せるが、関係ない。

 距離が空いてから振り返り、炎を携えるミイサと向き合う。


「あれ、逃げるんじゃないの?」

「逃げたんじゃない、離れるために移動しただけだ」

「それ逃げたんじゃん」

「物の見方の違いだ気にすんな。そんなことより、良いものを見せてやる」

「え、どんなの? 普通に気になるんだけど」


 変な汗が出てくる。

 こんな大っぴらでチヅルは今から、一世一代の法螺を吹く。


「今から俺の新技、飛ぶ斬撃を見せてやる‼︎」


 訓練場に響くくらいの大きな声で、宣言した。


「飛ぶ斬撃?」

「ヒュー!」

「やったれやったれ」

「風魔法か? でもあいつスキル適正皆無だよな?」

「ミイサもうやっちゃえー!」

「秘策か? いやただの苦し紛れ? どっち?」


 チヅルの発言に訓練場が騒然とする。

 チヅルはチヅルでハッタリだと悟られないよう表情を凍らせておく。

 ついつい口角が上がりそうになるのを必死に抑える。嘘とかあまり吐かないから、隠すのに精一杯だ。

 

「そんなもの、本当に撃てるの?」

「撃てるさ、あんたが信じるかは勝手だが」

「ふーん?」


 チラッとミイサが周りに視線をやる、観客達はやんややんやと戦いの行方を気にしてる。

 撃てるのか、ブラフなのか。

 チヅルがこんな風に振る舞ったのは初めてなので、ミイサは受けるかどうかで揺れている。

 

「な、なんだー、臆したのかー?」

「……はぁ?」


 そこにチヅルが背中を押してやる。

 ただし、手ではなく、蹴飛ばすやり方で。


「ランキング最下位の攻撃を、もしかしてビビってるのかー? 怖いから受ける前に攻めちゃおうとか思ってるー⁇」

「……」


 分かりやすい煽りに、ミイサのこめかみに皺が生まれた。

 

「そうだぞー! 正面から蹴散らせ!」

最弱(アン・トップ)の攻撃なんて大したことねーよなー⁉︎」

「ヂヅルぐんはザコザコだがら、余裕だよ〜! だぶんっっ‼︎」

「ミイサー! 受けちゃえー!」

「受っけろ! 受っけろ!」

「「「受っけろ! 受っけろ! 受っけろ!」」」


 観客がチヅルに味方した。観戦者というものは面白ければいいのだ。身勝手なものだが、今回に限っては都合がいいので良しとする。

 あと今、どこかのピエロの声も混ざっていた気がしたが、気のせいだろう。念の為後で殴ることを頭の隅に置いておく。


「……じゃあ、撃ってきなよ! 私は逃げも隠れもしないから!」

「「「ヒュー!!!」」」


 ミイサの返答に、会場が湧く。

 いや、訓練場が湧く。

 もはや訓練場とは言えない盛り上がり方だ。祭り会場と言った方がしっくりくる。


「そうこなくっちゃな」


 やはり乗ってきた、よかった流されたやすい奴で。

 チヅルは思惑通り事が運んでホッと安堵しつつ、集中し始めた。

 今から放つのは飛ぶ斬撃ではないが、仕掛けるにはある程度の集中する時間が必要だった。

 そのためにこうして煽ってたっぷりと時間を作ったのだ。


『計画通り……!』

(黙れ集中してんだよ! 途切れるだろーが!)

『さーせん……!』


 ノイズをシャットし意識を研ぎ澄ます。

 影が僅かに蠢き、陽炎のように揺らめく。


「うぉぉぉぉ、うぉぉぉ、はぁぁぁああ……!」

「気迫はすごいけど、まだ?」

「まぁぁだあぁぁあ……!」

「……」


 影に意識を向けられないように、体を揺らして声を張る。

 気恥ずかしさはかなぐり捨てた、捨て身の作戦。

 この戦いが終わる頃には、彼に新たな渾名が増えていることだろう。


『叫ぶだけ叫んだ人って言われてそう、ウケる』


「だぁぁまぁぁぁれぇぇぇえ‼︎」

「え、私なにか言ったかな⁉︎」


 叫びにピエロへの返答を混ぜたら、ミイサが反応したりしたが、長らく待たせて、満を辞してようやく。


「はぁああッ、喰らえ必殺、フライングブレード!」

「わって、投げた⁉︎」


 剣を振り上げて、振り下ろし、手からすっぽ抜けて、放物線を描きミイサに目掛けて吹っ飛んだ。

 フライングブレード、それはハッタリと虚実を織り成し剣を投げつける、チヅルの必殺技である。


「ふざけんなバカ!」


 待たせるだけ待たせて、こんな終わり方……!

 待ちに待って待たされたミイサは激怒した。

 火力を上げて、襲い掛かる剣を薙ぎ払おうと振りかぶる。

 一方で、チヅルは投げると同時に剣を追いかけ駆け出していた。


 燃え盛る剣と、宙を舞う剣がぶつかり合う一歩前。


 地面に浮かぶチヅルの剣影は不自然にブレて、一瞬でミイサの背後にある、炎剣に照らされて映るミイサの影の、その額にあたる部位にぶつかり、


「──あいたぁ⁉︎」


 何故か、ミイサが()()()()()


「──は──ぇ、エ? 痛ぁ⁉︎」 

 

 何が起きたか分かってないまま、物理的に二度目の痛みがミイサの顔面を追加で襲う。

 なんてことはない、投げた剣を防御することなくそのままキスをするように顔で受け入れた結果だ。

 集中を欠いたミイサの炎が霧散した──好機!


 チヅルは剣の柄に()()()()()()を手繰り寄せ、握る。

 

 混乱真っ只中の隙だらけ、ここで攻めずしていつ攻める⁉︎


『……今でしょ♪』


「チェェェストーー‼︎」

「ギャー⁉︎」


 カキーンッッ……‼︎


 チヅルの接近を察知し顔を起こすミイサ。

 しかし一瞬遅く、チヅルがミイサの剣を遠くへと弾き飛ばした後だった。

 

 カラーンカラカラかララ……。


「う、うそーん……」

「しまいだッ」

「え、あグェエッ」


 怒涛の展開に、今度はミイサの脳が追いつかなくなったらしく、チヅルの脳天を狙う一撃を無抵抗に受け入れた。

 乙女の声とは思えない蛙の潰れたような断末魔を残し、ミイサはパタンと沈んだ。

 剣の腹でトドメを刺したのは、チヅルなりの配慮だった。


「ハァ、ハァ、ハァ……」

「「「「…………」」」」


 チヅルの息遣いだけが訓練場に音を起こす。

 ミイサが倒れたことで、祭り会場から訓練場に戻った。

 誰もが目を疑い、残された結果の取り扱いに困っている。

 審判を務める先生ですら、勝敗を言い渡すことを忘れて立ち惚けた。


「──や、やった?」


 独り言を溢し、目の前の結果を作り出した元凶は、現実を信じられずに確認して、


「…………うぉぉぉおおお‼︎」


 傍観者達を無視した、勝利の雄叫びが上がった。

 

「勝った、ハハ、勝ったのか、俺!」


 全身に達成感が迸り、笑みを浮かべながら、


「……ははは」

 

 涙が溢れた。

 悲しい訳じゃない、悔しい涙じゃない。

 感極まった、熱いものが頬を伝う。


 免れた退学とか、一歩前進したことよりも、今はただ、自分の力を信じた、自分が誇らしかった。


 あの時の会話の続きを思い出す。


 予想していなかった言葉を使われ、思考が完全に停止したあの瞬間、込み上げてきたのは憎悪だった。


 ──やっぱりギフトを変えられないからそんなこと言うのか? 口だけピエロ。


 吐き気を覚えながら絞り出した台詞に、


 ──もー、勘違いしないでよね! 別にそんなんじゃないんだから! ただ……


 ピエロは云ってのける。


 ────自分の可能性を、一度信じてみない?


 その時ばかりは、時が止まったようだった。


「自分の力を、か」

 

 パチパチパチ──。


 誰かが拍手を起こした。

 一人分の、小さな拍手だ。


「あいつかな……?」


 誰にも祝福されることのない勝利を、誰かが喝采してくれている。

 その事実が、胸の奥にじんわりと染み渡って、


「ここからだ」


 次の勝利を渇望させた。


 こうしてチヅルは、不恰好な初勝利を手に入れた。

 


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