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第一話 出逢い?

 木剣が打ち合い、訓練場に剣戟が鳴る。

 が、それはあまりにも不釣り合いなものだった。


 チヅルの全身を使って放つ一撃に対して返されるのは、利き手だけを使った、いわば舐めプとも言える適当なもの。

 その対応は頭にくるものだが、相手からしたら実力を出す程の相手ではないと思われているのかもしれない。

 差し詰め、自分は舐めプで十分なのだろう。

 どこか納得してしまいそうな自分に憤りが増した。この怒りもまとめて返してやると剣を握り直す。


「な、このあとどーする」

「そーいえば知ってる、戯言ピエロの噂」

「早く終わらんもんかね?」

「うわ、枝毛だ……」


 剣戟に混ざって雑音が聴こえる。

 模擬戦を見に来たはずの観戦者達、およそ野次馬と呼ばれるそいつらは、この戦いの結果のみを観にきており、その過程には興味がないらしい。

 チヅルの奮闘など見向きも聞く気もなく、ガヤガヤと雑談に更けている。

 審判を務める先生でさえも、先ほどから腕時計をチラチラと見てばかりだ。

 まるでこの戦いに時間を割くことが無駄だと言われているような気がして、ただでさえ荒い呼吸が異様に浅くなった。


 極めつけは、目の前の対戦相手。

 繰り出される技とチヅルを捉えるその瞳は、足掻くチヅルを見下しきっている。


「はぁ、はぁ……!」

(くそ、くそ!)


 思い通りに行かないやるせなさが剣にのしかかり、ただでさえ大振りな動きから精細さが欠けていく。

 一方の本気に、全方位からの不真面目。

 この場において『模擬戦』をしているのはチヅルだけだった。


 一矢報いたい、その想いに駆られたチヅルに出来ることは、振るう木剣にさらに力を込めることだけだ。

 緩急をつけたり、フェイントを織り交ぜたりと小細工ともとれる工夫をこらし足掻き続けた結果──一瞬だけ、相手の態勢が乱れた。


 ──ここだ、ここしかない!


 奴の態勢を整える前、その一瞬に全てを懸ける。

 ぽっと沸いた好機を掴まんと、木剣を振り上げ渾身の一撃を見舞わんとする……が、それは叶わなかった。


 振り下ろさんとした刹那、何かがチヅルの無防備な横腹を射抜いた。


(……は??)


 追いつかない意識。

 途端、崩れる態勢。

 そこに畳み掛けるようにして木剣のめった撃ちが始まった。


 そこからは一方的だった。


 手心などなく、いい加減終わらせようという気概を感じさせた。冗談じゃない。

 痛みから唯一の攻撃手段たる木剣を手から落っことしてしまった。これで本当に打つ手なしとなった訳だが、チヅルは倒れるわけには行かない。それだけはダメだと痛みに抗い立ち続ける。

 痣が幾つ増えようと、その瞳には諦めは浮かぶことなく対戦相手を睨み返した。


 中々屈しないチヅルに嫌気が差したのか、適当にぶつけられていた打撃が、膝、鳩尾、関節といった急所を的確に打ち始めた。流石にこれにはこたえる。


 全身に痛みが満遍なく行き渡り、防御を抜けた脳天への一撃が見事脳を揺らし、遂にチヅルの膝が折れた。


「それまで! 勝者、アルデール!」


 倒れた直後、呆気なく勝敗を告げられた。

 結果は、当然チヅルの敗北。

 断固として認めることは出来ないものだった。


 ……待て。まだ動ける、戦える。

 そう言ってやりたいのに、体が言うことを聞いてくれない。

 声はおろか、指先すら動かすのがやっとだった。

 力を入れたところで、体は痙攣するだけで応えてくれることはない。

 視界はぼんやりとし、耳だけが外界の情報を拾ってくる。


「あ、終わった」

「ということは、いよいよか」

「5年ぶりらしい、退学者が出るの」

「不憫だな、『ギフト』に恵まれないって」

「どーでもいいけど鼻毛出てるよ」

「え、嘘」


 途切れ掛けの意識の狭間、流れ込んだ情報に辟易する。

 ギフト。それは神からの贈り物の賜り物。

 教会に一定額納めた村や街が受けられる儀式によって得られる能力で、戦闘向きのものや、職人向けのものなど多岐に渡る。尚、得られる力は自分で選ぶことができず、完全にランダム。それ故に、当たりハズレがある。

 チヅルのギフトは、言うなれば大ハズレ。

 戦闘向けとは名ばかりの、なんの恩恵も得られる物ではなかった。


「なぁ、なんであんな時間掛けたんだ? お前なら瞬殺できたろ?」

「だって、必死でおもしれーんだもん」

「そーか? 見てるこっちが恥ずかしいだけだろ」

「なら次からは早めに倒すよ、次があったらだけど」


 見下し切って、いっそ禍々しいほどの発言に、チヅルの歯が軋みあげる。

 

(くそ、くそ、くそ! こんな、こんな『能力』でさえなければ……!)


 覆しようのない現実に、チヅルは己の無力を呪った。

 

 疲労感がピークに達し、一気に体力の限界を迎えた。しばらく動けそうにない。意識も飛びそうだ。

 多くの人間がたむろしていたが、誰もチヅルの介抱なんかはせず、次第に訓練場は捌けていった。

 チヅルは燻る憤怒に身を焦がし、未だに向けられる悪口を胸に刻み込ませた。

 

(今に見てろ、今に……)


 意識が遠のき、段々と虚ろになる。

 そろそろ目を閉じようとした、そんな折。


「ねぇ、戯言ピエロの噂を知ってる?」


 と、誰かが耳元でそう囁いた気がした。今まで向けられたものに比べたら、随分と優しい声音だ。

 意識は、そこで一旦止まった。


 ◇


 意識が飛び、戻る頃には歩けるまでに回復していた。もちろん傷は癒えてはいない、歩けるだけだ。

 それから直ぐに職員室に呼び出され、


「次、ランキングに変動がなければ退学だから、明日の模擬戦は励みなさい」


 来て早々、チヅルに言い渡される崖っぷち宣告。

 わかっていたこととはいえ、心にくるものがあった。

 そして追伸に、


「帰ったら荷造りをしておきなさい、即日で寮を立ち退いてもらうから」


 担任はそんな負けを見越したありがたい助言を与えた。

 余計なお世話だと突っぱねてやりたいが、しかし。そうなる可能性の方が大きいことを当人が一番理解していた。

 故に、返す言葉が見つからず、無言で頷き、その両拳を万力のような力で握りしめた。


 チヅルの在籍するここ、イーストリア学園では模擬戦によって順位──ランキングが位置付けられる。

 ランキングは学校での地位を指し、箸にも棒にもかからない戦績のチヅルは最下位をぶっちぎりでキープし続け、ついに退学が目の前まで迫っていた。

 言うなれば、追放。

 本当の崖っぷち、彼ほど立場の危うい生徒は居ないだろう。

 残されたチャンスは明日の模擬戦。ここで結果を残せなければ、晴れてこの学園を立ち去ることになる。

 だが、チヅルはそれだけは避けたかった。

 何故なら──


「げ……」


 職員室からの帰り道。すれ違う連中全てから嫌な視線を浴びさせられて辿る帰路の最中。

 チヅルは今、最も会いたくない人物と出会った。


「む……」


 近道しようと中庭を通ったのは失敗だった。

 伏目がちに歩いていたチヅルの前を横切るように、その一団は現れた。


 きっちり制服を着込み、薄っぺらな笑みを貼り付けた集団の中心に咲くようにいる女と目が合った。

 蜂蜜のような柔らかくも滑らかな金髪と、翡翠のように透き通った瞳。

 人形のように整った端正な顔立ちで、一秒にも満たない時間視線が絡むが、そいつは落胆したように眉を潜ませてから顔をそっぽに向けた。


 その一連の態度にかぁっと体が熱くなり、文句でも言ってやろうとするチヅルだが、


「リリアンさん! この後行われる勇者候補生達との意見交換会! 今回はどのように取り計らうおつもりで?」


 取り巻きの一人が少女に向けて言い放つ。

 リリアンさんと呼ばれたそいつは、気怠げに返す。


「別に、いつも通り。モトリアージュが調子づいてるみたいだから、釘を刺す程度よ」

「それは素晴らしい! 流石はリリアンさん!」


 何が流石なのかよくわからないチヅルたったが、出鼻を挫かれたことだけは理解した。

 出かけた言葉を喉の奥に引っ込める。今さら出してもどーかと思ったからだ。


 次のアクションに困っていると、少女の周りを囲む奴らが自分を見ていることに気付いた。

 どいつも蔑むように、かつ見下し切った目でチヅルを睨み、しっしと小虫を払うように手を振った。

 この野郎共……!


「どーしたの?」

「いえいえ、少し小虫がいましたので、追い払っていただけです」

「この子虫のなんと鬱陶しいこと」

「でもご安心を。リリアンさんにそのようなもの、我々が近づかせたりなど致しませぬので!」

「ふーん、ありがと?」

「「「いえいえ、いえいえいえ!!」」」


 少女とそれにたかる虫共のやり取りに、チヅルは虫唾が走った。

 どの口が言ってるのか、この蝿共め。

 

 文句を言ってやりたがったが、そうするとどうなにをされるか分かったものではないので、心の中だけで毒付いた。

 

 なんとなくその場に立ち止まり、その一団が立ち去るのを眺める。

 うせろとジェスチャーされて、変な意地が働いたのかもしれない。


 ……リリアン。

 この実力主義の学校で、十指に入るほどの力を持つランキング上位者。詳しい数字は知らない。知りたくない。

 彼女はチヅルとは違いギフトに恵まれていた。

 平民出身とは思えない実力を有している。

 因みにトップ10の猛者達は勇者候補生と称され周囲から持ち上げられる。リリアンもその一人。

 派閥もあり、上位陣は一位の座を狙って日々切磋琢磨している。

 先ほどの蝿共は、一応リリアンの派閥の者、ということだろう。チヅルの目から見ればとても品がない連中だった。

 あんなのが周りにいる彼女が少し心配になる。

 なにせ、彼女は。


「随分と、差ができたな……」

 

 手が届かないほど遠くになった、幼馴染の背中に何を思うのか。

 チヅルは見えなくなった背を、それでもしばらく眺め続けた。

 日が暮れる前に、その足はようやく動き出す。


 ◇


 草木も眠る、丑三つ時。

 月のみ起きる、夜半過ぎ。

 明かりも消え絶え、濃い闇に呑まれた街の一角で、月明かりの下、取り憑かれたように木剣を振るう者がいた。

 闇に溶け込みそうな黒髪と瞳に、昼間たっぷり付けられた未だ癒えない生傷……チヅルである。

 木剣を振るために体を動かせば傷が開いて悶えるほどの激痛が走る。

 そのはずなのに、チヅルは手を止めず、縋るように素振りを続けた。

 あれから、リリアンと別れてからずっとこうしている。

 怒りや焦りといった感情が綯い交ぜとなって、チヅルを突き動かす。


 ──なあ、なんであんな時間掛けたんだ?

 ──だって、必死でおもしれーんだもん。


 ブンッ!


 ──帰ったら荷造りをしておきなさい、即日で寮を立ち退いてもらうから。


 ブン!


 ──少し小虫がいましたので、追い払っていただけです。


 ブンッ!


 流れ込んだ雑念を木剣で切り払う。

 水底(みなぞこ)に沈み踠くようなその姿は、まるで生を渇望する亡者のようで、

 

「なんで、なんでこんなギフトなんだ!」


 溜め込んだ感情を吐き出す、悲鳴のような声だった。

 チヅルの影が、剣を振るとは違う別の動きを見せた。


 チヅルのギフト、【空黒(からくろ)の卵】の効果だ。

 自身の影を動かすというシンプルな能力。

 芸にしかなり得ない、お遊びの延長のようなギフト。

 こんなものでどう戦えと? 影絵で敵の気を引くくらいしかチヅルには思いつかなかった。


 そんなもの、種が明かされれば通じようものか。


 感情の発露に伴い、傷口が開いて血が濡れ出す。

 血と慟哭に濡れた姿はまさに狂った鬼のよう。

 気付けばそこに目から溢れる液体まで加わり、行き場のないやるせなさが暴走を始めようとした──寸前。


 ──ピ〜ヒョロヒョロロ〜。


 下手くそな笛の音が鼓膜に届き。


 ──ポロロンヌ♪


 一拍置いてから、弦を弾く音が続く。

 どちらも灯りのない街角という場面では場違いな音色で、しかしどこか夜の静寂に染み渡った。

 いつのまにか止まっていた息を吐き出す。

 吐き出すと、


「ねぇ、戯言ピエロの噂を知ってる?」


 聞き覚えのある問いが、正面から投げ掛けられた。

 見ると、そこには一匹の道化が月影に紛れ込んでいる。

 色を抜き取ったような白髪と、目元を隠す仮面。

 二股に分かれた帽子と全身をあしらう道化衣装に身をやつすその者は、ふっと湧いたように、自然体でチヅルの前に佇んでいた。


「ねぇ、戯言ピエロの噂を知ってる?」

 

 繰り返される問い。

 鈴の音のような、どこか惹きつけられる声音が耳をほじくる。

 何度目かわからない質問をされたことに気付いたチヅルは、


「……昼間も、あんたか?」

「ねぇ、戯言ピエロの噂を知ってる?」

「……」


 質問に質問を返された。

 仮面の隙間から覗く目は胡乱で、まずはこちらの質問に答えろと言われた気がした。確かに、先に質問を返したのはチヅルだった。

 ……戯言ピエロ。

 世情に疎いチヅルですら耳にしたことのある噂だ。

 いや、噂というより都市伝説とか御伽話に近いものだろう。

 なにせ戯言ピエロの噂は、()()()()から存在するのだから。


 改めて不審者を見る。ふざけた格好だ。

 この服装と、的を得ない質問。

 まるで自分がそうだとでも?


「知ってるけど、あんたがそうだって言いたいのか?」


 まさかとは思ったが、そう訊ねた。

 するとピエロは、


「そうかもしれないし、そうじゃぁないかもしれない。仮に本人だと言ったら、信じる?」


 的を射ない、曖昧な返答をした。

 なんだこいつ……。

 突然現れた不思議なピエロ、今の所は妄想癖のある不審者というのがチヅルの見立てだ。

 興味本位で会話をしたが、そろそろどっか行ってくんねーかなと感じ始めていた。

 不審者にかまける暇など持ち合わせていない。


「自分がそーだと思うならそーなんじゃないか? あと、そろそろどっか行ってくんない?」


 ストレートにそう伝えてみた。


「そう寂しいこと言わずにさー、ほら、何か願い事を言ってごらん? 戯言ピエロだよ? 戯言ピエロと言ったら願いごとだしょぅ?」


 ピエロは食い下がった。

 戯言ピエロのあらましとしては、確かに願い事を叶えるというものだが……胡散臭い。

 この言い方だと、この人は本当に自分のことを戯言ピエロだと思い込んでいるのだろう。


「別にいいよ、じゃーな」

「ちょちょ、そう言わず! 言うならタダですよ!」


 踵を返すと回り込まれた。

 この不審者、以外と俊敏だ。

 胡麻をするような薄っぺらな笑み。何を企んでるか見当もつかない。

 ……付き合い切れない。


「ハァ……じゃあ、どいてほしい」

「えー? 退()くとかはなしで」

「なら消えて欲しい」

「それもなしで」

「失せろ」

「どんどん言い方辛辣にするのは止そう? 内容も変わってないし」


 どれだけ言っても引き下がらない。


「いやあるでしょ? もっとこう、建設的な願いが」

「あんたがいなくなることは充分建設的だろ?」

「うーん風当たりが酷く強いな。(ワタシ)(キミ)に何かしたかな?」

「今もずっと邪魔してる」

「正論パンチ止めようよ、傷つくから。建設的ってのはさー、例えば……」

 

 道化は少し溜めてから言う。


「強くなりたい、とか?」


 無神経な一言。

 脊髄反射的に、チヅルは掴み掛かった。

 剣が手から溢れてかラんかラんと音を立てた。


「おっと暴力反対」

「いい加減にしろよ、初対面くそ野郎……面も割れない奴が、適当なこと言うんじゃねー」


 襟元を掴まれると両手を上げて降参のポーズを取る。その見た目通りの道化らしい振る舞いが余計にイラつかせる。


「ねぇ、戯言ピエロの噂を知ってる?」


 掴まれながら、飄々と聞いてくる。

 こいつも昼の奴らと同様に、チヅルを舐め切っている。


「黙れ、何がしたい? 人の邪魔して楽しいか? 昼間のあれも、あんただろ?」 

「そうだよ、最近のブームは(キミ)の観察さ」

「……気持ち悪」

「ねぇ、戯言ピ」

「だから、黙れって!」


 聞き飽きた質問、舐め腐った態度に、チヅルの何かが張り裂けた。

 左腕が振りかぶられ、ふざけたピエロの顔面を穿つ。

 しかし手応えがない、なんなら掴んでいた襟さえなくなった。

 忽然とピエロは姿を眩ませた。

 

「あの不審者、どこに……」

「──願いなよ」

「……!」


 どこからか揶揄うような、それでいて諭すような声がした。


「何を……」

「だから、現状の打開を──」


 知ったような口で尚も語りかける。


「日毎に浮き彫りにされる『あいつ』との差──

「最初は比べられなかったけど、近しい人間という理由から比べられてきた──

「自分は何も出来ない、『あいつ』はずっと先にいる。

「もう、届かないほど遠く遠く──

「伸ばす手を恥ずかしく思えるくらいに、果てなく遠い」


 見透かしたその物言いが、チヅルの胸を締め付ける。

 思い起こすのは入学してからの軌跡。

 リリアンと自分との差。

 それよりずっと前のこと──


「あんたに……」


 体が震えて、腹の奥から何かが込み上げてきた。


「あんたに、何がわかる‼︎」 

 

 闇に向けて叫ぶ。何様のつもりだと。

 

「知ったような口でずかずかと、俺の何を知ってるって⁉︎ 勇者候補生と幼馴染なことか? 成績不振でもうすぐ退学することか? クソの役にも立たない、クソギフトを持ってることか? なぁ!」


 堪えきれない鬱屈とした感情が炸裂し、そのまま舌に乗って吐き出された。


「あいつは、俺なんかより遙かに強くて、今じゃ勇者候補生だなんて呼ばれてる。いけスカない連中にも囲まれちゃって……」


 一度だけ見た、リリアンの『本気』を思い出し、胸の締め付けが強まった。


「対して、俺はどーだ?」

 

 脳裏に過ぎるのは今日起きた全て。

 周りの反応、舐めた戦い方、振り返ることなく去る背中。

 全てが、チヅルの全てを否定した。


「最初は、あいつに負けたくなくて、無能なりに頑張った。頑張ったんだ。いつか見返してやるって。でも……」


 胸の締め付けが引いて、ストんと落ち着く。


「もう、駄目なんだよ……」


 痛切なまでの微笑みがチヅルの顔に張り付いた。


「どうして?」

「分かってるだろ? 次、模擬戦で負ければ俺は退学、晴れてここからお去らばだ。皆んなの待ち望んだ結末を迎える。本当にクソ喰らえだ、クソ野郎どもめ……」


 言ってて、喉が震えた。

 本当に、次で終わってしまうのだと。


「そんな結末でいいの?」

 

 良いわけない、だから振るうのだ。


「負けるかもしれないのに?」


 最後まで足掻く、そう決めてる。


「そっか」

「……」


 溢しきった魂の吐露を、今更になって恥じた。

 薄れ始めた熱を誤魔化すように、


「……気は済んだか? 時間が惜しい、そのまま消えてくれ」

 

 目元を拭って落とした剣を拾い上げる。

 残された時間を噛み締めるように、剣を振りかぶる。

 今は一秒でも長く、剣に触れていたい。

 

「ねぇ、戯言ピエロの噂を知ってるかい?」

 

 集中しかけの意識が引っ張られた。

 

「改めて聞くよ。願い事を言ってごらん? (キミ)の目の前にいる、本物に」

「……」


 ピエロが前に立っていた。

 月が、道化の上にだけ浮かび上がった。

 さながらそれはスポットライトのようで、まるで舞台の一幕のようで。

 説明のつかない、謎の説得力を孕んで、チヅルの前に再び姿を現し──


「……なら、俺のギフトを変えてみろ」


 ──色々感極まって、言った。

 叶えられる物なら叶えてみろ、そんな思いを含めて言ってやった。

 言うまで解放されない気がして、言ってしまった。


 理由をつけるなら、半ば八つ当たりだった。

 願いを叶えるとかいう上から目線なのもウザかったから、良い意趣返しになると思ったから。

 なのに……


「……承知♪」


 ──どうしてこいつは、笑っている?

 ピエロは満足げに笑い、軽く礼をする。

 とても様になっている、きれいなお辞儀を披露した。

 今ここだけ切り取ると、本当に戯言ピエロの絵本のようだ。

 その様子に、訳が分からなくて──


「叶えられた願いがどれほど高くつくかは、(アナタ)次第ですがね?」 


 付け加えるように、何かを囁いた。


 ──チヅルは一歩、後ずさった。

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