ガチャ718回目:増援部隊
「兄さん! 今のって……」
「ん。通達だよね?」
「ああ、やっちまったわ」
そういやあったな、コレ。『696ダンジョン』は特殊型だったから除外するとして、今までこの手の通知でまともに発生しまくってたのって『初心者ダンジョン』くらいのものだったから、忘れてたわ。
いやー、懐かしいな。とりあえずマップでも見て落ち着こう。
「……おーおー、各階層にいる連中の慌てっぷりったらまー。壮観だな」
「主様、落ち着いていらっしゃいますね」
「予定外の事故が起きても慌てないなんて、勇者様は冷静なんですねっ」
「兄さんの場合、起きちゃったことは早々に仕方ないと諦めて、慌てるのも馬鹿らしいからこうしてるだけだよね。でも、現実逃避とはちょっと違うかな?」
「ん。ショウタは嫌な予感がしてない時は、大体何が起きても楽しむために受け入れるだけの余裕がある」
「まあこの中ではミスティの感想が一番近いかな。ただまあ、ここ最近その手の嫌な予感がほとんど働かないんだよな。直近では、例の宝箱開封時の巨大人形事件の時くらいだ」
悪人に変身することも、意外にも嫌な予感なんてまるでなかったんだよな。だというのに、蓋を開ければあんなメンタルが削られるとは思わなかったし……。強くなりすぎた弊害か、それとも変な力が働いてるのか、機能してコレなのか、はたまたパンドラのアイテムが邪悪すぎて『運』が機能しなかったとか……?
ううん、分からん。
けど俺の行動原理って、ほっとんど『運』からの『直感』頼りなところがあるからな。これが機能していないとしたら割と真面目に大問題ではある。わからんでは困るんだよ……。
どうにかして機能しているか判別できないものか。
「ん。ショウタ、アイテム回収終わった。そろそろ戻ってきて」
「あ、ああ、すまん」
『思考加速』で考え事を高速化していても、ステータスが上がれば相対的に全ての動作が速くなる。ミスティ達の回収速度が速いのと同じように、連中の立て直しにかける時間や、こちらに押し寄せてくる時間だって速くなっているはずなのだ。だから、この階層の人間を全て昏倒させているとしても、あまり悠長に考え事に浸っている時間的余裕はない。
「現状、まだ第四層はフリーのままか」
「どうする? メッセージで既に震源地はここであることが割れている。あまり暢気に過ごしている暇はないと思うよ」
「ん。もうボス挑んじゃう?」
「どうするかなー。予定としては、ワープ機能で2層に戻るか、5層前の連中を掃除出来たからこのまま5層の様子を見るのも悪くないかとは思っていたんだが……」
「主様の決定に従います。なんでもご命令ください」
「勇者様、何をすればいいですかっ?」
「ん。ショウタの行く手を阻むものは全て撃ち抜く」
「ここまで来たんだ。もう開き直っちゃって、例え全階層をこのまま制覇してからボスに挑んでも僕は構わないよ」
まったく、頼もしい限りだな。
「……じゃあ、予定通り行動するか」
『直感』が機能しているかわからないなら、安全マージンは確保しておくべきだろう。ひとまず5層の様子見をして、鍵の欠片を確保できそうならやってしまおう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ここにいた連中はどこに行ったの!?」
「……駄目だ。何度呼び掛けても応答がないぞ!」
「くそ、あいつらのせいであの方に睨まれたらどうしてくれる!」
「見つけたらただじゃおかねぇ」
「まずは情報収集だ。あんなもん、今まで見たことがねえ。侵入者がいることを前提に行動だ。各員、5秒置きにアルファからホテルまで報告を続けろ、分かったな? 総員散開しろ!」
「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」
第五層から現れた10人中、8人が散開し、尋常ではない速度で移動を始めた。ステータスチェックは壁のせいでうまく視れなかったが、ひとまず走って行った連中の内、1人は『俊敏』が1500程度。残っている奴らも2000くらいはある事は垣間見れたな。
隠蔽スキルが機能しているのかレベルも満足に見れなかったが……。ブーストアイテムによるぶっ飛んだ過剰成長の跡はなんとか確認できた。あの成長具合と全体的な強さから鑑みて、レベルは150前後だろうか。10年も支配してれば、配下へのアイテム配給はだいぶ潤っていそうだな。
さて、もう出口付近で様子を見るのは終わりにしたいところだな。第七層にいた征服王も、いつの間にかいなくなっている。他の階層を探したが、それらしき反応はない。
もしかしたら何らかのアイテムを使ってダンジョン外に移動したのかもしれないし、慌ててダンジョンコアの部屋に移動して、何が起きているのか情報確認に向かったのかもしれない。現状、奴が姿を消している内がチャンスなのだ。あまりモタモタはしていられないのだが……。
「……兄さん、準備できたよ」
正面で指示していた男と、全く同じ声が隣から聞こえて来た。
「その声で兄さん呼びはきついなー」
「はは、そうだね。僕もそう思うよ」
エスは口から飴玉を取り出し、元の姿へと戻った。
「悪いな。負担かけて」
「構わないよ。それに言っただろう? 今回の件、確かに兄さんも喧嘩を売られた側だけど、この中で一番最初に因縁があるのは僕なんだ。大切な妹に手を伸ばし、僕の大事な妻を見て舌なめずりまでしたんだ。到底許しはしない」
「それはそうだがな」
直接言われてはいないが、聞いている限りの情報で言えば、間違いなくうちの嫁達だって奴のお眼鏡に適ってるはずだ。例の人為的スタンピード事件でも、人質に取ろうとしてたくらいだからな。宣言をされてなくとも、あんな出来た嫁達が狙われない訳がないので、つまりはアイツも俺の敵だ。
「表面上の知識だけど、第五層にトラップはないし、レアモンスターも1体だけ。また、征服王が好きに外と行き来できるのは第七層だけみたいで、他の階層には直接移動する権限はないみたいだ」
「なるほど。『1086海底ダンジョン』に俺が設置したのと似たようなものを、最下層に置いてる訳だ」
この第五層側の下り階段で、わざわざ連中が登って来るのを待ち構えていたのには理由がある。第五層の入口で警戒していた奴と、階層移動直後に鉢合わせをしたくなかったというのもあるが、一般的な最下層である第五層の入口を守るという重要な役割を担う奴は、大抵が組織の中でも上位に組み込まれているはずだ。事実、目の前で人員に指示を飛ばしていた男は、以前に見たピラミッド組織図でも頂点に近い位置にいた。俺がここに来るまでにチョイスした男よりも上の立場だ。そいつの記憶には、利用価値があり過ぎる。
まあ、変身すればメンタルが削られるというデメリットも大きいんだが、それはエスが買って出てくれた。
「ん。良い感じに散らばってくれた」
「それにしてもこの結界、本当に気付かれないんですね」
「拠点の時に使っていただいた時は半信半疑でしたが、このような秘宝級装置をお持ちとは、さすが主様です」
俺達は今、連中の目と鼻の先でお喋りしていた。
この『虚構結界』の内側にいれば、外からは認識されない。勘の良い人間なら違和感を覚えるかもしれないが、これを嫁達とお試しで使用している時に感じれたのは、せいぜい俺とイズミくらいのものだった。それなりに『運』の高いアキやマキもそうだし、アイラですら違和感に気付けなかったくらいなのだ。
ちょっとやそっと『運』を伸ばしたくらいじゃ、誰もこの現象に気付く事は不可能。この想定は『運』持ちが奴らの陣営にいなければの前提で進めているが、まあそこは、最初の判断通りいないと思っておくべきだろう。
「それで、どうする兄さん」
「もちろん、このまま第五層で暴れる。『虚構結界』は結界の形状を変化させることはできんが、移動しながらでも使えるというメリットはある。ただ、そうすると極端に狭くなるというデメリットもある。誰か1人でも外にはみ出したら危ないから、このまま慎重に降りて行こう」
「ん。連中を昏倒させたりしたら敵を呼び寄せる結果になるだろうし、賛成」
牛歩戦術でゆっくりと、だが確実に第五層への階段を降りていく。認識不能エリアが徐々に動くだなんて、普通に考えれば違和感を持たれそうだが、『虚構結界』の効果で気付く事はできない。
そうして俺達は連中の警戒網を徒歩で通り抜け、厳重に警戒されていた第五層へと降り立つのだった。
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