ガチャ009回目:専属条件
「改めまして、私がダンジョン協会第525支部の支部長のミキよ。アマチ君には娘2人がお世話になってるみたいだから、母親としてもいずれ挨拶しておきたかったの。なのに、別の理由で挨拶させられるとは思ってもみなかったわ。君は、アキだけじゃ飽き足らず、マキも専属にしたいとか……」
先ほどのショックが抜けきらない中、支部長からは重苦しい圧力を感じた。協会の支部長クラスの人間は、殆どが元冒険者と聞く。この圧力も、もしかしたら歴戦の経験によるものなのかもしれない。
ここまで来たら、もう冗談でしたなんて、口が裂けても言えない。経験したことのない空気に言葉を紡ぐことは叶わず、なんとか頷くことしか出来なかった。
「そう……。アキはああ見えて優秀な子だから、受付嬢でありながらダンジョン協会第777支部の支部長としても兼任しているの。独自の裁量権を持っているから、あの子が誰かの専属になる事に不安は無かったわ。けど、そこにマキもとなると……」
「支部長、私は彼の専属になりたいです! それは姉さんが専属についた人だからじゃなくて、この人なら、信頼できると思ったからです!」
「……そう、本気なのね」
そう言って支部長は俺の目をじっと見据えてきた。
……なんだろう、この感覚は。まるで全てを見透かされているような奇妙な感覚だ。
だけど、ここで折れるわけにはいかない。
二重契約の始まり方に多少の問題があったとしても、マキさんにここまで言わせた以上は俺も心を決めなくては。
俺は負けないように、真っ直ぐ支部長を見つめ返した。
「ふふ……なるほど。娘達が見初めるだけあって、優秀な子のようね」
「……?」
なんだ?
突然ふわりと、支部長の雰囲気が柔らかくなるのと同時に、緊張していた身体から力が抜けていくのを感じた。
「では1つ、マキを専属にするために条件があります。アマチ君、キミは昨日レアモンスターを狩って、スキルを得ましたね。そしてそれを、マキを通してオークションに流してくれた。ここまでは良いですね?」
「あ、はい」
「開催日は明日に控えていますが、君が『怪力』スキルを出品してくれたおかげで、今回のオークションは非常に盛り上がりを見せています。噂が噂を呼んで、当日は様々なお客さんが集まって来ることでしょう。そして貴重なスキルがこの協会を通して市場に流れたことで、当支部の評価も高まっているわ。その点は本当に感謝しています」
「……あ。つまり、条件と言うのは」
「ええ、察しが良いわね。君にはまた、オークションに出品できる格の高いスキルを取って来て欲しいの。期日は2週間。それくらい出来ないようでは、娘2人は任せられないわ」
「お、お母さん!? それはいくらなんでも無茶よ!」
マキさんが困惑を隠しきれず立ち上がり、支部長に詰め寄った。
「マキ、ここでは支部長と呼びなさい。そして条件を変えるつもりはありません。アマチ君も安心しなさい、出来なかったとしても罰を与えたりしないから。専属にならなかったとしても、今まで通りマキには『代理』としての優先権は与えます。如何かしら」
スキルの獲得……それは多分問題はないと思う。
まず昨日戦った『ホブゴブリン』。奴が相手ならばもう負ける気がしない。攻撃パターンは見切ったし、出現させるための条件も簡単だ。それに再戦する頃にはまたガチャを回せてるはずだ。ステータスが上がる以上、もっと楽に討伐できるだろう。
次にスキルオーブのドロップ確率だが、これは検証していないから確証が無いものの、『運』にこれだけ割り振ってるような奴はまずいないと見て良いだろう。そんな中でも、世には沢山のスキルが市場に出回っている。
レアモンスターの出現方法も確定しておらず、高い『運』を持ち合わせてる人がほとんどいないにも関わらずだ。それに、市場に回す前に自分達で使うのがほとんどだろう。
であれば、『運』だけで言えば割と高い部類にいるであろう俺が、狙ってレアモンスターを呼び出せる以上、試行回数はかなり多くなることだろう。更に言えばガチャを引く度、相対的にレベル上昇による『運』へ割り振れる『SP』が増す。モンスターもアイテムも、出現率はさらに増すだろう。
問題があるとすれば、『ホブゴブリン』の次が出てしまった場合か。
昨日調べた限り、一応関連しそうなモンスターを何種類か見つけた。その名は『ジェネラルゴブリン』に『オーガ』、そして『ゴブリンキング』。情報が閲覧出来なくて強さは不明だけど、特にキングと名が付く方に関しては、危険な相手なのだろう。
問題はココが強敵の出ない『初心者用の下位ダンジョン』ということだが……。
でも、それを定めたのはダンジョン側じゃなく、人間側だ。
絶対に出ないという保証はない。
挑む際には、細心の注意を払わなければ……。
「ショウタさん? ……ショウタさん!」
「うぇっ?」
気付けば目の前に、マキさんの顔があった。
ち、ちち近いっ!!
「あの、無理なら断ってくださって結構です。専属にしたいという言葉だけで、私は嬉しかったですから」
あ、やべ。
いつもの調子で考えに耽っていた。
「すみません、マキさん。俺は大丈夫です。えっと支部長、『怪力』がもう1つ欲しい……という訳ではないんですよね?」
「そうね。同じ物だとどうしても盛り上がりに欠けるもの。でも、それ以外になければ『怪力』でも構わないわ。レアで有用なスキルであることに変わりはないもの」
「わかりました。その条件、受けさせてもらいます」
「ショウタさん……」
「まあ、素敵ね。それじゃ、今からこのダンジョンで発見された全ての階層のレアモンスターとそのスキルの一覧表を、貴方の端末に送るわ。特に高価なものは印を付けてあるから、参考にしてね。それじゃ、私はここで失礼するわ」
そう言って、支部長は笑顔で会議室から出て行った。
突然の条件にもかかわらず、そんな資料を用意してくれるなんて準備が良いんだな。まるでこの事態を想定していたかのようだ。これが、仕事の出来る女性なのか?
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、マキさんからは謝罪とお礼を交互にされ、決意表明をしてから会議室を後にした。そして、色々あって疲れ切ってしまった心を癒す為、協会内部に設営されたカフェで一息入れる事にした。
注文した飲み物は、砂糖たっぷりの紅茶だ。
甘ったるいこの味わいが、気分を落ち着かせてくれる。
「元々は、鞄に入りきらなかった素材をどうするかとかの相談がしたかったんだけど、何だか妙な話になっちゃったな。……それにしても、なんというか、支部長はアキさんとマキさんを足して割ったような人だった」
物腰はマキさんに似て柔らかいのに、目に見えない不思議な圧力はアキさんそっくりだ。その上、支部長のあの目だ。あれはもう、こちらを揶揄って楽しそうにしている時のアキさんと同じ気配を感じた。
あれは母娘だ。間違いない。
「いや、比率で行ったらマキさんが2の、アキさんが8かも」
今回支部長が出した条件も、きっと半分くらいは冗談のつもりだったんだろう。けど、もう半分は本気のような気もする。あの目からは、期待の感情も混じっていたような気がしたのだ。
本心は読めない人だったけど、マキさんが大事にされてるのは伝わってきた。俺が言い出したことだし、きっちり責任もってやらないと。
「よしっ」
気持ちを切り替え、早速『ダンジョン通信網アプリ』を開く。
そこには支部長が言っていたファイルが、既にダウンロードされていた。それは昨日マキさんに渡されたモンスター情報を、より詳細に記したもののようで、『ホブゴブリン』の情報もしっかり記載されていた。
一部の階層はレアモンスターの出現自体が不明なのか『???』になっていたり、レアモンスターが分かっていてもドロップスキルが不明だったりと、情報に穴抜けはあるものの、今後の計画を立てる上でこれは大いに役立ってくれそうだ。
それにしても、第一層は『ホブゴブリン』だけ、か……。
資料を隅から隅まで閲覧しても、このダンジョンでは『ホブゴブリン』の次と、キラーラビットのレア種は見つかっていないらしい。けど『ホブゴブリン』の方はさておき、キラーラビットのレア種は検証が不可能に近い。なぜならそもそもの出現率が低い上に、途中でゴブリンを倒したら失敗になるのだ。
幸い第二層にもキラーラビットがいるから、そちらで湧かせれば問題ないのだが……。
「第一層と第二層で、別のレアモンスターが出る可能性も考えられるよな……」
ああ、駄目だ。気になって仕方がない。
こんな時はダンジョンに潜って、さっさと検証してこの目で見るに限る!
紅茶を一気に流し込んだ俺は、意気揚々とダンジョンへと向かった。
その背中を、何人もの冒険者が見ている事に気付かずに。
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