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LIVE ANOTHER DAY ~僕達の物語~  作者: SAKURA
1章 犬友達は頑張る
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現代人達は召喚される 8


 屋敷の裏側には小さな畑があった。


 本格的に野菜を生産するために作られた畑ではなく、家庭菜園を楽しむためのものであるようだった。


 そこは幸姫の母親の畑で、キュウリやナスやニンジンなど、多彩な野菜を育てていたらしく、どうやら幸姫の母上は土いじりが好きだったみたいだ。


 その畑も屋敷の庭園と同じ様に荒れ果てていた。


 土は渇いてヒビが走り、カラカラに乾燥してしまっていた。


「井戸の水を撒いてもダメなのだ・・・すぐに乾いてしまう・・・」


アサヒが悲しそうに声を落とした。


 歩は膝を折り土を手に取ってみた。


 カラカラに乾燥した土は、まるで砂のようにパラパラと指の隙間から落ちて行った。


 普通であれば、どんなに表面が乾燥していようと、少し掘れば水気を含んだ焦げ茶色の土が顔を出すものだが、この畑の土はどこまでも渇いていた。


 当然そこにはミミズなどの益虫の姿も無かった。


- これは酷い・・・。


 農業に詳しくない素人の歩の目から見ても、この畑では作物が育たないことぐらいすぐに分かった。


 田舎の祖父の耕す畑は、黒々とした土で満たされていて、そこでは丸々と太った野菜が沢山採れた。


 夏になれば幼かった歩の背丈をゆうに超すトウモロコシが自然の迷路を作り、よくそこで冒険ごっこをして遊んだものだった。


 なぜこうなったの?とはとても聞けなかった。


 幸姫もアサヒも悲しそうに俯き、今にも泣きだしそうな表情をしていたため、歩に質問することを躊躇わせた。


- ダメでもともとだし・・・やってみるか・・・。


 歩は手にしたクワを振り被り、『どうか豊かな土になって下さい』と祈りを込めて畑に突き立てた。



☆彡☆彡☆彡



 犬友達の持つスキルの鑑定が終わってすぐに、幸姫が歩の足に飛び付いてきた。


「歩のほうじょうのスキルを試してみたいのじゃッ!」


 可愛らしい両耳をしきりに動かし、尻尾をパタパタと振り、親を急かす駄々っ子のようにグイグイと歩の手を引く。


「それはいいですけど・・・僕はスキルの使い方なんて分かりませんよ?」


 歩は正直に打ち明ける。


 実際問題として、歩はスキルの使い方を知らなかった。


 自分に豊穣のスキルが備わっていたとして、どうやって発動させろというのだろうか?心に思うのだろうか?それとも何か掛け声が必要なのだろうか?幸姫には悪いが、今のままでは役に立てそうにない。


 しかし、幸姫がしきりに歩の手を引っ張りどこかへ連れて行こうとするので、任せることにした。


ー こんなに幼い子が必死なんだもんな・・・。


 歩の持つ豊穣のスキルとやらは、よほど必要とされているようだ。


 ヤトには幸姫の必死な理由が分かっていた。


 昨夜、霧音岳をライと共に駆け、そして村落に立ち寄った時、この地の抱える問題がおぼろげながら見えてきていた。


 白く朽ちた樹々、立ち枯れた大樹、魚も住まない程に細った川、僅かな野菜が植えられただけの畑、腹を空かせる村の人々・・。


 土地が貧困なのだとヤトは思った。


 本来ならばその身に沢山の栄養と水分をたっぷりと含まなければならない土が、痩せているのだ。


 これでは樹々が枯れてしまう。


 山の樹木が枯れてしまうということは、栄養を含んだ土となるはずの葉や枝が無くなってしまうということであり、それを餌とし分解するはずの昆虫や微生物が死に絶えてしまう。


 昆虫を餌とする小動物も居なくなり、肉食の大きな獣も姿を消してしまう。


 いつの頃からか、そういった負の連鎖がこの美芳の地で起こっているのだ。


 それらは全て痩せた土に起因するのだろう。


 ヤトにはそうなってしまった原因も分かっていた。


 村落の少年彦助は「昔は腹一杯喰えて、みんな幸せに暮らしていた」と語っていた。


 この地にもそういう時があり、しかし今は衰退の一途を辿っている。


 恐らく、この地は犬神の恩恵によって豊かさを与えられていたのではないか?とヤトは目星を付けていた。


 土地に恩恵を与えていた犬神とは、幸姫の両親のことであろう。


 それが居なくなってしまい、豊かさが失われつつある。


 幼い幸姫には土地を維持するだけの力が無いのだ。


 だから歩達をこの世界に呼んだのだろう。


 力の無い自分の代わりに、美芳の地を豊にするために・・・。


 ヤトにはそれが他人事に思えなかった。


 かつて自分の住んでいた地も、人が居なくなりやがて寂れ、地図の上からその名前を消した。


 そういう過去を持っているからこそ、この地を復興させようとする幼い犬神の姫様が愛おしくてたまらなかった。 


ー 大丈夫・・・ええ大丈夫ですとも・・・。私が・・・私達が力になりますわ。


「ヤトちゃん・・・泣いてるの・・・?どこか痛いの・・・?」

「クゥ~ン・・・?」


 起き出してきた勇太とソラが、心配そうにヤトを見上げていた。


 ヤトは慌てて涙を拭い「心配いりませんわ・・・」と言った。


 そして「でもありがとう・・・」と勇太とソラの頭を撫でるのであった。


 幸姫に誘われるまま、歩達は屋敷の裏側へと案内されていた。


 途中、物置の壁に大事そうにかけられているクワを見つけた。


 鉄と木で出来た簡単な作りのクワであったが、手に持つ部分は擦り減り、持ち主の掌の形を形成していた。


 このクワの持ち主が余程の働き者であったのだろうことを、物を言わぬクワから用意に想像することができた。


「それは母上の形見のクワなのじゃ・・・」


 幸姫が小さな胸を精一杯張って自慢してみせた。


 形見・・・との言葉に、息が詰まりそうになる歩であったが、幸姫は驚きの行動に出る。


「歩が使えばいいのじゃ。母上も喜ぶであろう」


 そう言いながら、大事そうにクワを抱えると、屈託のない笑顔で歩に差し出したのだ。


 【豊穣】と聞いた時、歩は漠然と土を耕す農夫の姿を思い浮かべた。


 麦わら帽子を被り首にタオルを巻き、ゴム長靴を履いたその人は、歩の記憶の中にある祖父であった。


 豊かな緑に囲まれた田舎の村で、額に汗を浮かべながら手に持ったクワで黙々と畑を耕す祖父と、近くの水路で無邪気に小魚を獲る幼い自分・・・。


 そのすぐ側には仲良くなったキツネさんが居て・・・。


 不意にそんな過去を思い出した。


 『大地を豊にする』そうスキルの説明を聞き、幸姫も畑を耕す母の姿を思い浮かべたに違いない。


 だからこそ母の形見のクワを歩に差し出したのだろう。


 歩は形見のクワを手に持ってみた。


 少しばかりの重量を感じつつも柄を握ると、大人の男の掌よりも小さな指の形が年月を感じさせるように刻まれていた。

 

「本当に・・・僕が使っても良いんですか・・・?」

「良いのじゃ。母上もそう願っておるに違いない。それに歩よ、クワを持つ姿が様になっておるぞ」


 幸姫は笑顔を崩さずにうんうんと頷いている。


 そして歩達は屋敷の裏にある、幸姫の母親の畑へと案内されたのだった。



☆彡☆彡☆彡



 『どうか豊な土になって下さい』それは歩の心からの願いであった。


 幼い犬神の姫様のため、託された形見のクワに思いを込めて土に突き立てる。


 その思いは、すぐに結果となって現れた。


 クワを入れた土にすぐに変化が起こった。


 カラカラに乾燥し、ヒビ割れていた白い土が、まるで雨でも降ったかのように黒々としたみずみずしい色に変わったのだ。


 その変化は歩を中心に半径50㎝の距離で起こった。


ー これは・・・。


 歩はクワを置き、土を手で掬ってみる。


 先程までの土とは別物にまで変わった土が、しっとりとした心地よい感触を掌に与える。


 それは、かつて祖父が耕していた畑の土と酷似していた。


「凄いのじゃッ!!凄いのじゃッ!!」


 幸姫が興奮したようにピョンピョンと飛び跳ね、着物を汚しながら黒々とした土を両手一杯に持った。


 水分をたっぷりと含んだ土は、パラパラと落ちることはなく、幸姫の小さな掌の上にあった。


「わぁ~」と目を輝かせ、尻尾をパタパタと振る幸姫の姿を見て、歩の胸はむず痒いような、けれど決して不快では無い感情で満たされた。


「あ・・・歩殿・・・」


 アサヒまでも瞳に涙を溜めながら土を両手に掬っていた。


 きっと幸姫とアサヒにしか分からない深い感慨があるのだろう。


ー 良かった・・・。本当に良かった・・・。


 歩がしみじみと息を吐くと、勇太がクワを持ち畑の渇いた部分に刃先を入れた。


 しかし何も起こらない。


 ヒビ割れた土はヒビ割れたままだった。


「あれぇ~?」


 と勇太は首を傾げる。


「どうして歩くんがやると土の色が変わるの?」


 もっともな疑問である。


 しかしそれに答えられるだけの確固たる理由を歩は持っていない。


 そういうスキルだから・・・と言えばそれまでなのだが、果たしてそんな理由で勇太は納得してくれるだろうか?


「そういうスキルなんだよ」と代わりにヨーコが答えた。


 ついでに勇太の手にしていたクワも回収していた。


 流石に危ないと思ったのだろう「ん」とそのクワを歩に返した。


「そういうすきるなのかあ~・・・。ところですきるってなあに?」


 スキルを鑑定していた時、勇太はソラを枕にスヤスヤと眠っていた。


 ヤトはクスクスと笑いながら、勇太にスキルの説明を始めた。


「歩っもっとじゃッ!もっともっと土を豊にするのじゃッ!」


 幸姫にせっつかれながら、歩はクワを振るう。


 刃先を土に入れれば、周囲にまで豊穣の効果が出るため、幸姫のお母さんの畑を豊穣の土へと変えるのにそんなに時間はかからなかった。


 歩のスキルの効果で豊穣となったはいいが、そこにすぐに何かを植えられるといった状況ではない。


 それこそ何度もクワを入れ、土を細かく砕かなければならない。


 いわゆる土を耕すという作業だ。


 耕すといえば、犬達がその作業を買って出てくれた。


 犬達は歩がクワを振るう様子をウズウズとした様子で眺めていて、いざ歩の仕事が終われば小梅さんの「にゃわ~ん」の合図と共に、我先にと畑に飛び出した。


 犬達は前足で懸命に土を掻き、大きな塊を丁寧に砕いていく。


 もちろん、小梅さんも参加している。


 犬は土遊びが好きなのだが、意外な所で役に立ってくれた。


 そんな犬達の混じって、幸姫、アサヒ、それに勇太と彩も畑仕事に参加していた。


 アサヒは物置から三又のスキを出してきて、土を起こす。


 その土を犬達と子供達が細かく砕いていった。


 そうして皆で耕し終われば、荒れ果てていた畑も見違えるほどになった。

 

「ヨーコ殿・・・これを・・・」


 アサヒは腰からぶら下げていた小袋をヨーコに渡した。


 紐をほどいてみると、中から数十の何かの種が出て来た。


 大小は様々で、色も悪く形も不揃いであったが、中には見知った野菜の種もあった。


「植えようにも畑があのような有様だったから・・・今まで取っておいたのだ・・・」


 ヨーコの【成長促進】のスキルも試そうと提案したのはヤトだった。


 ヤトはあらかじめ、何かの種はないか?とアサヒに準備を頼んでいた。


 もしも成長促進の効果がヤトの思っていた通りのものならば、この地の食糧問題は一気に解決する。


 ヨーコはただジッと掌の上の種を見つめていた。


 誰もが固唾を呑み、その様子を見守っている。


「ねえ・・・」とようやくヨーコが口を開いた。


 どうやら歩に話があるらしい。


「さっきの・・・どうやったの・・・?」

「・・・豊穣のスキルを発動させたこと?」

「そう。どうやったらアタシのスキルは発動するの?」

「僕はただ・・・どうか豊かな土になって下さいって思いを込めただけだよ・・・」

「アタシは早く成長して下さいって思えば良いのかな?」

「ああ・・・あと・・・」

「なに・・・?」

「一生懸命な幸姫様とアサヒさんの力になりたいって思った・・・」

「・・・そう」


 歩の最後の言葉が特にヨーコの心には響いた。


 彼女が今朝から屋敷の掃除を自発的に始めたのも、幼い犬神の姫様を想ってのことだった。


 自分も何かで幸姫を支えてあげたい・・・と昨夜から考えていた。


 ヨーコは目を瞑り、掌の種に意識を集中する。


 

ー あんなに小さな子が健気にも頑張っているじゃないか・・・。アタシも何かの役に立ってあげたい・・・。種よ・・・早く育っておくれ・・・。丸々と太った実になっておくれ・・・。


 ヨーコの想いに共鳴するかのように一瞬、種が光った。


「多分・・・できた・・・と・・・思う・・・」


 そういうと種を1粒つまみ、畑に埋めた。


 それはキュウリの種だった。


 キュウリは植えてから収穫まで、2カ月程度はかかるのだが、どうやらそういった情報はスキルの前ではあてにならないらしい。


 畑に埋められた種はすぐに芽を出し、ニョキニョキと育ち始める。


 まるで植物の成長を早回しの動画で見ているかのような光景に、誰もが言葉を失ったが、勇太のみが「ほぇ~」と呆けた声を出していた。


 キュウリはやがて色鮮やかな黄色の花を付けると、なぜだか成長もそこで止まった。


 その葉は風も吹いていないのにチラチラと揺れ、まるで何かを催促しているように見えた。


「受粉・・・」


 歩がポツリと呟いた。


「受粉させろって言ってるのかなぁ~?」


 その言葉に、慌てたようにアサヒが黄色の花に近付いた。


 そして雄花の花粉を雌花に触れさせる。


 するとそれまで止まっていた成長が再び始まった。


 驚くべき速度で、最後には丸々と太った実を八本ほど付けて成長は止まった。


 どうやらこれで終わりのようだ。


 時間にして五分も経っていないだろう。


「す・・・凄い・・・凄いのじゃッ!!凄いのじゃッ!!」


 幸姫は立派に成長したキュウリの実を愛おしそうに撫でる。


 そんな姫様の姿を見て、ヨーコはホッと胸を撫でおろした。

 

「これで・・・これで皆が餓えなくてすむのじゃ・・・。のう・・・?歩・・・ヨーコ・・・?」


 満面の笑顔であったが、幸姫のその小さな瞳には涙が光っていた。

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