現代人達は召喚される 6 ~歩とキツネさんとハムちゃん
美芳は、その名の通り美しさを誇る地であった。
緑豊かな霧音岳を背に抱き、麓の盆地は豊穣で、米や野菜が良く育った。
山からの恵みをたっぷりと含んだ神名川が地を走り、平行するように森ができ、そこは多様な動物達の住処であった。
美しい緑の匂い、山の匂い、川の匂い、土の匂いが芳しく香ることから美芳の名が付いた。
美芳は美しい土地であった。
しかし今はもうその面影も失われようとしていた。
この地を治めていた犬神が死んだことにより、その恩恵を受けていた霧音岳は緑を減らし、神名川は日に日に細くなり、森は荒れ、大地には亀裂が走った。
美芳は緩やかな衰退の運命を辿っていた。
歩達はそういう地に召喚された。
☆彡☆彡☆彡
- ひどい・・・。
霧音岳を進むヤトは思わず声を漏らした。
幸姫の居る屋敷の周りはまだ緑があったが、そこから少し離れると様相は一変した。
白く枯れ果てた樹々が山のあちこちで、役目を終えた老人のように横たわり、山肌には茶褐色の土が目立ち、緑が乏しい。
手入れのされていない山は荒れ、これでは歩くのも困難である。
山のいたる所に、紫色の毒沼が幾つもあった。
その傍らには白骨化した獣が横たわり、ヤトは山の置かれている状況に危機感を覚える。
毒の沼地はコポコポと泡を立て、毒の煙を吐き、まるでその勢力を拡大するかのように山を侵食していた。
ー これでは動物達が暮らせない・・・。
ヤトがそう思った通り、霧音岳の動物の数は激減していた。
緑が減り、樹々が枯れ、毒の沼が現れ始めた二年前より、動物達は安全な場所を求めて霧音岳から逃げるように去って行った。
山の麓に、小さな村落があった。
井戸を中心に円を描くように石畳が敷かれ、二階建ての木造の家が数十並んでいた。
中には看板を掲げる商店もあったが、看板は錆び、商品を並べるための棚はいずれも埃が被っていた。
家々の塗装は剥げ落ち、灯りの一つ無い。
そこには小さいながらも、村の機能を兼ね備えた賑やかな景色があったのだろうが、今ではその面影を感じ取ることしかできない。
- 人が・・・住んでいる・・・。
ヤトとライは匂いで確かにここに住んでいる者が居ることが分かった。
村の周辺には田園地帯が広がっていた。
近くを神名川が流れ、その水を引き込むための用水路が備わっていたが、川の水が少ないために今は枯れていた。
神名川に一番近い水田のみ、少ない数の稲が植えられていて、その他は畑として利用しているようだった。
ポツリポツリと何かの野菜の芽が顔を覗かせていた。
- これは・・・予想以上にマズイようですね・・・。
ヤトの耳が、悲しそうにペタリと垂れた。
「お姉ちゃん・・・誰だあ・・・?」
不意に暗闇から声をかけられた。
見れば所々破れた、粗末な木綿の服を着た少年が家の影に隠れながら、恐る恐る顔を覗かせていた。
その頭には犬耳があり、腰から尻尾も生えていた。この村落に住む住人なのだろう。
「あら初めまして。私はヤトと申します。こちらはライ」
ヤトとライが少年に行儀よく頭を下げると、犬耳の少年もつられて頭を下げた。
そして「おら彦助だあ」と自己紹介をしてくれた。
「お姉ちゃん・・・狐か・・・?それにそっちは・・・狼・・・?」
少年は不審そうな顔をしていたが、好奇心の方が勝っているのだろう、そのお尻では尻尾がパタパタと振られている。
そんな少年の様子にヤトはクスリと笑うと「ええ」と答えた。
「ここになんの用だ?ここには何もねえよ?」
それは本心から出た言葉であろう。
そして余程、よそからの来訪者が珍しいのだろう、ヤトとライの全身を睨め回すように観察していた。
「彦助さん、ここには何人の人が住んでいるのですか?それと、このような村は他にありますか?」
「ここには百人住んでるぞ。他の村も昔はあったみたいだけど、今はねえ。みんなここに集まって暮らしてる」
「百人・・・百人・・・」
とヤトは呟いた。
街の現状を見るに、とても食料が足りているとは思えない。
ヤトはこの時、どれだけ鹿を採ってくれば、当面は人々が餓えないだろうかと考えていた。
「お姉ちゃん・・・何者だあ?」
少年は好奇心旺盛に質問をしてくる。
ヤトとライに敵意がないことを感じ取ったのか、今ではすぐ近くにまで来ていた。
「私とライは幸姫様の家臣ですよ」
「嘘だぁ~。幸姫様の家臣はアサヒ様だけだぞ」
「今日から家臣になったのですよ」
「今日から?」
「ええ今日から」
急に少年の顔色が暗くなった。
ヤトにはその理由が分からなかったが、微笑みを絶やさず首を傾げていると、やがて少年が重たい口を開いた。
「幸姫様は・・・嫌いだあ。オラ知ってるんだ。大人が噂してたから知ってる。昔は食い物が一杯取れて、みんな幸せに暮らしてたって。だけどどんどん貧しくなって、みんな土地を捨てて出ていっちまって・・・それもこれも幸姫様の力が無いせいだって・・・」
「・・・」
「オラ達が苦しいのは幸姫様のせいなんじゃろう?オラ達が働いても働いても満足に喰えねえで、貧乏な生活をしているのは幸姫様のせいなんじゃろう?」
ヤトは何も言わない。
この少年の言うことにも理があった。
幸姫が幼く、力が無いのは事実であろうし、実は幸姫も貧乏な生活をしていたとしても、少年には関係の無いことであった。
さしあたって少年に取っての重大事は、その日に腹が膨れたかどうかなのだろう。
その豊かさを与えられない幸姫は、土地を治める者としては失格なのかもしれない。
「あなたは・・・土地を捨てないの?」
「オラこんな土地出て行きてえ。でも爺様と父様がここに居るって。犬神様の恩を忘れて土地を捨てるなんてできないって・・・」
ヤトの心に光明が射し込めた。
きっと、この村に住む人達は犬神への恩を失ってはいない。
少年が聞いた噂とは、恐らく土地を捨てて行った者達がしていた話を聞きかじったものなのだろう。
「オラ・・・腹一杯メシが喰いてぇ・・・」
「では私が幸姫様の力をお借りして、沢山の食料を調達してきて差し上げましょう」
少年はポカンと口を開けた。
この土地に食料がないことなんて少年は知り過ぎていた。
畑から採れる僅かな野菜に、たまに獲れるウサギの数羽程度。
山が荒れてしまったために、山奥に入ることもできず、鹿や猪を追うこともできない。
この狐の女性は突拍子も無い夢物語を語っているのだ。
少年はそう思ったが、狐の女性の言葉には不思議な魔力があり、あるいは実現させるかもしれないという希望を持たせた。
「おっと・・・ついつい話し込んでしまいましたね。ではご機嫌よう」
「ワフフフフ」
狐の女性と銀色の大きな狼は、驚くべき跳躍と、天狗のような身のこなしで山の中へと消えて行った。
少年はまるで狐につままれたようにその後ろ姿を見送った。
☆彡☆彡☆彡
「こら彦助ッ!いつまで寝てるッ!オメエもさっさと起きて手伝えッ!!」
父親のそんな怒鳴り声で彦助は目を覚ました。
窓からは陽の光が射し込んでいたが少し肌寒い。
起きるにはまだ早い時間だと彦助は思った。
朝の仕事はそんなに多くない。
せいぜいが生活のための水を井戸から汲み上げてくるくらいで、それすら十分もあれば終わる仕事だ。
そういえば父親の怒鳴り声なんて久しぶりに聞いた。
彦助は今年で7つになるが、彼に取っての父親とは、いつも目の下にクマを作り、疲れ果てた顔でいつまでも働き続る、そんな男であった。
寝ぼけ眼のまま外に出てみれば、新鮮な血の匂いが鼻をくすぐった。
- この匂いは・・・鹿・・・?それに猪も・・・?熊もいる・・・?
途端に彦助の心臓ははち切れんばかりに高鳴り始めた。
山の動物の匂いなんて忘れてしまう程、久しく嗅いでいなかった。
鹿肉も、猪肉も、熊肉もいつ以来食べていないだろうか?
熊肉が食べられるのは祭りの時だけだ。
収穫の祭り、幸姫様の誕生日の祭り・・・。
その祭りも、ここ二年は忘れ去られたかのように行われていない。
井戸のある広場に、獲物が折り重なって出来た山があった。
大人達も子供達も、皆が手を合わせて獲物の解体作業をしていた。
誰もが笑顔で、興奮し息を弾ませている。
みんなの笑顔を見るのは久しぶりだ。
みんないつも、鬱蒼とした暗い顔をしていたから。
「みんな~オラも手伝うよお~ッ!!」
その輪に加わろうと駆けだす彦助の目に、昨夜出会った狐の女性と、銀色の狼の姿が飛び込んできた。
彼女は彦助に気が付くと、紫陽花が揺れた様に微笑み「おはようございます。ご機嫌はいかが?」と挨拶をした。
「お姉ちゃん・・・ヤトさん・・・それにライ・・・」
どうやら彦助は二人の名前を憶えていたようだ。
「本当に・・・本当に食料を・・・」
「ええ。私、自分の言葉に嘘はつきませんわ」
「鹿や猪・・・それに熊までも・・・」
「ちょっと山の奥まで足を延ばしただけですわ」
ヤトはさも当然のように言ってのけた。
しかし、そのことがどれだけ困難なことか彦助には分かっていた。
集落の大人達が、獲物を求めて山に入って、奥には行けずに、肩を落とし手ぶらで帰って来る様子を少年は何度も見ていた。
久しぶりに肉が喰える高揚感と、ヤトとライへの頼もしさで彦助の胸は一杯になった。
「ヤト様、鹿の解体が終わりましたよ」
彦助の父親であった。
彼は大きな肉切り包丁を肩に担ぎ、他の者と同じように興奮し顔を赤く高揚させている。
「あら、ありがとうございます」
ヤトがお礼を言うと解体の終わった鹿を、ライが口に咥え軽々と持ち上げた。
「それって・・・幸姫様に持って行くの?鹿一頭だけでいいの?猪は?熊は?」
「私達はこれで十分ですわ。残りは皆さんで召し上がって下さい」
言い終わると、ヤトとライは昨夜見せたように、まるで空を駆けるように跳躍して山へと帰って行った。
「では皆さんご機嫌よう。また会う日まで」「ワフフフフ」そんな言葉を残して。
そんな後ろ姿に、ある者は膝をつき手を合わせて祈り、ある者は割れんばかりの歓声をいつまでも送っていた。
☆彡☆彡☆彡
~ 歩とハムちゃんとキツネさん
「ハムちゃ~んッどこ~ッ?朝ご飯だよ~ッ!」
ご主人たまがあたちを呼ぶ声が聞こえるのハム。
だからあたちは元気一杯の返事をちてトテトテとご主人たまの元へ向かうのハム。
『あいあい~呼びまちたか~?』
あたちの姿を見ると、ご主人たまは優ちく微笑むのハム。
そちてあたちを掌に乗せて撫でててくれるのハム。
「ハムちゃんまたお家から脱走したんだね?」
『目が覚めたから冒険ちてたのハム~』
あたちの喋る言葉はご主人たまには通じないのハム。
けど、あたちとご主人たまは言葉の壁を越えた強い絆で結ばれているのハム。
ご主人たまはあたちを囲炉裏の場所まで連れて行ってくれまちた。
そこではお爺たまが朝ご飯の支度をちて待っててくれたのハム。
あたちはご主人たまの隣に下されるのハム。
目の前にはあたちのサイズの器に、野菜がてんこ盛りになっていて、ちらほらと大好物のヒマワリの種が見えるのハム。
「「『いただきます』」」
あたち達はちっかりといただきますを言ってから朝ご飯を食べ始めるのハム。
ニンジンに白菜にキュウリに・・・お爺たまの作る野菜はどれも美味ちいのハム。
「こらッ歩ッ!もっとしっかり噛んで食べろッ!」
あたちが頬が膨らむくらいに野菜を頬張っていると、ご主人たまも口一杯にご飯を頬張っていまちた。
まるでハムスターのように頬が膨らんだご主人たまと目が合うと、ご主人たまは「ニシシシッ」と笑いまちた。
『ワ~イ。ご主人たま~ハムスタみたいなのハム~』
あたちはそんなご主人たまを見て『キャッキャッ』と喜ぶのハム。
やがてご主人たまが学校に旅立つ時間となりまちた。
ご主人たまは時間割表と睨めっこをちながら教科書をランドセルに放り込んでいきます。
なかなかドタバタちてるのハム。
「だから夜の間に準備しておけと言ったろうが?」
「だってぇ~・・・」
お爺たまの叱責にご主人たまが可愛らちく口を尖らせまちた。
お爺たま・・・ご主人たまは昨日の夜、あたちと一杯一杯遊んでくれたのハム。
だからそんなに怒らないであげて欲ちいのハム~。
そこであたちはご主人たまが忘れ物をちていることに気付きまちた。
あたちは慌ててご主人たまの部屋に行き、宿題のプリントを口に咥えて戻るのハム。
『ご主人たま~忘れ物ハム~』
「わッハムちゃん凄いねッ!ありがとう」
ご主人たまからお褒めの言葉を頂けまちた。
それからご主人たまはランドセルを背負って、冷蔵庫から油揚げを一切れ取り出して玄関へと向かうのハム。
玄関を開けると、綺麗な毛並みのキツネさんがご主人タマに飛び付きまちた。
「キツネさんおはよう。油揚げだよ」
ご主人たまはキツネさんの体を撫でながら、一切れの油揚げを差ち出ちまちた。
キツネさんは目を細め、嬉ちそうに尻尾を振りながらハグハグと油揚げを食べるのハム。
あたちもキツネさんに分けて貰って食べたことがありますが、アレは油が一杯でハムスターの体にはなかなかヘビーな食べ物だったのハム。
『キツネさんおはようなのハム~』
『ハムちゃん。おはようございます』
あたちはワッセワッセとキツネさんの体をよじ登り、フカフカの頭の上に乗っかりまちた。
そこがあたちの定位置なのハム。
キツネさんはあたちがご主人たまに飼われる前からご主人たまと仲良ちで、とっても綺麗でとっても優ちくてとっても礼儀正ちくて、それでとってもとってもご主人たまのことが大好きなのハム。
あたちともすぐに仲良くなってくれたのハム。
「行ってきま~すッ!!」
ご主人たまが元気よく走り出ちまちた。
「気を付けて行くんだぞ~」
『行ってらっしゃい歩さん』
『ちっかりと勉強ちてくるのハム~』
あたち達はご主人たまの姿が見えなくなるまで見送りまちた。
そうちて、あたち達の一日は始まるのハム。
大切な読書の皆様へ
「面白かった」
「続きが気になる」
「作者を応援したい」
と思って下さった方
下の
【☆☆☆☆☆】
をクリックして評価を頂けると大変嬉しいです。
またブックマークをして頂けると。
作者は泣いて喜びます。
是非是非お願い致します。
今日が貴方にとって良い日でありますように。