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LIVE ANOTHER DAY ~僕達の物語~  作者: SAKURA
1章 犬友達は頑張る
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現代人達は召喚される 5 ~ハムちゃん

 夕餉を終えた歩達は寝室に案内された。


 事前にアサヒが準備してくれていたのだろう、寝室には薄い布団が用意されていた。


 箱枕と呼ばれる、台座の上に柔らかい布を巻いた、一見すると小さな跳び箱のような古風な枕が目を引いた。


 寝室は男女で分けられた。


 歩と勇太が一緒の部屋で、女性陣は別の部屋となった。


 とは言っても、部屋同士は真向かいにあり、埃の積もった板敷きの廊下を隔てただけだから、気軽に行き来することが出来るだろう。


 犬達は飼い主と共にそれぞれの部屋に入った。


「じゃあお休みなさい」

「ええお休みなさい」


 と飼い主達は挨拶を交わし、襖を閉めた。


 寝室は十畳程で、照明器具として部屋の隅に行灯が一つ置かれており、頼りなく揺れる小さな炎で部屋を照らしていた。


「火の始末には注意してくれ」


 とアサヒが言っていたから、寝る時には火皿の火を消さなければならないだろう。


「ねえ歩くん・・・この枕どうやって使うの?」


 早速布団に入った勇太が、何度も高枕に首を乗せようと悪戦苦闘していた。


 その布団の中に、当たり前のようにソラが潜り込み、高枕の前でスンスンと鼻を鳴らしている。


 このペアはいつもこうやって寝ているのだろう。


 勇太の小さな体では、高枕に首を乗せると上半身が浮いてしまうという現象が起こり、傍から見ても寝苦しそうであった。


 少年は何度も態勢を入れ替えるが、しっくりと来るポジションを得られずに苦心していた。


「枕を倒せば良いんじゃないか?」


 歩は腕を伸ばし、跳び箱のような形の高枕を横に倒してみせる。


 すると柔らかい布の部分が、いつも使っている枕の高さになり、勇太の首も無事にそこに収まった。


「歩くんあったま良い~」


 感動したように勇太が褒める。


 歩は苦笑しながら「ありがとう」と答えた。

 

 行灯の火を消すと、部屋は暗闇に包まれる。


 障子窓から柔らかい月の光が射し込み、目が慣れれば割と辺りの様子を伺うことに不便はなかった。


 歩の足元では、はなちゃんが丸まって寝息を立てていた。


 はなちゃんはいつもこうやって眠る。


 たまに歩の足に乗っかるものだから、血流の悪くなった足が痺れ、その度にはなちゃんの大きな体を動かすこととなった。


「歩くん、今日はたくさんのことが起こったね」


 興奮冷めやらぬ、といった具合で少年は喋り始めた。


「山を登ったのも初めてだし、あとヨーコちゃんがあんなに可愛い声を出したのも初めてだし・・・」


 あんなに可愛い声とは、門扉が開いた時に倒れてしまったヨーコが出した悲鳴のことだろう。


 勇太は余程おかしいのか、クスクスと笑いだす。


「それとねそれとねさっちゃんにも会ったし・・・」


 さっちゃんとは幸姫のことだろう。


 本来ならば()()()()()()ならない存在だろうが、子供にはそんなことは関係ない。


 勇太は幸姫のことを友達だと認識したようだった。


「食事はあんまし美味しくなかったね・・・」


 歩は山菜のおひたししか食べていないが、焼き肉のタレなどもなく、焼いただけのウサギの肉は舌の肥えた現代人に取っては、あまり美味く感じないのも無理はないだろう。


「歩くん・・・ここどこなのかな・・・?」


 声のトーンが変わった。


 歩はあえてここがどこ?とか帰れるのか?といった疑問を子供達の前で発しなかった。


 無駄に心配させる必要もないと思っていたし、例えば子供の心に、ホームシックとか、父親や母親に会いたい、といった感情を抱かせるのは可哀想だとも思っていた。


 何も確信出来ない以上、軽々と根拠の無い発言をするのは、悪戯に子供の心を傷付けるだけだと、歩は思うのだ。


 歩は疑問に答える代わりに、勇太の頭を優しく撫でた。


 すると勇太はくすぐったそうに目を細めた。


「早く寝ないとソラの散歩の時間に起きられないぞ?」


 その言葉にソラが反応し、それはイカンとばかりに勇太の顔をペロペロと舐めた。


「フフッ・・・ソラくすぐったい・・・」


 少年の口調から眠たさが溢れてきた。


「ねえ歩くん・・・起きてる・・・?」

「ああ起きてるよ・・・」

「今日、お風呂入ってないね・・・」

「そうだね・・・」

「ねえ歩くん・・・起きてる・・・?」

「ああ起きてるよ・・・」

「このお布団・・・カビ臭いね・・・」

「そうだね・・・カビ臭いね・・・」


 やがて可愛らしい寝息が聞こえてきた。


 歩は勇太の布団をかけ直すと、カビ臭い布団に体を潜り込ませるのだった。



☆彡☆彡☆彡


 

 女子の寝室には、ヤトとライの姿がなかった。


「ちょっとお花を摘んできます」


 そういい残し、ヤトとライは寝室を出て行った。


 ヨーコも彩も、ヤトは不思議な人だと思っていたから、止めるとかはせず「お気を付けて」とだけ声をかけた。


「ではご機嫌よう」

「ワフフフフ」


 お淑やかな微笑みを浮かべ、このペアは出て行ったが、一向に戻る気配はなかった。


「ヤト姉どこに行ったんだろう?」

「さあ?」


 彩は素直な疑問を抱き、ヨーコはあまり気にしていない様子だった。


 ゴン太は部屋の隅で丸まり、小梅さんは布団の上で大の字になっていた。


 丁度、老犬ゴン太のためにヨーコが布団をかけて上げようとしていた時、寝室の襖がおそるおそる開かれた。


 僅かな隙間から顔を覗かせたのは、幸姫であった。


 彩は花が咲いたような笑顔で「さっちゃん」と声をかけ、ヨーコは不思議そうな表情を浮かべた。


 幸姫は辺りをキョロキョロと見回し、モジモジとしながら「妾も一緒に寝てよいか・・・?」と言い、顔を真っ赤に染め上げた。


 ヨーコは何も言わずに立ち上がると、幸姫の体をヒョイと持ち上げ寝室に招き入れる。


「わ~いさっちゃん。一緒に寝ようよ~」


 彩が布団を捲し上げたので、ヨーコはそこへ幸姫を連れて行く。


 するとゴン太が起き出し、彩の布団の方へと歩いてきた。


 小梅さんも幸姫の寝るスペースを開けるため立ち上がり「にゃわん」と鳴いた。

 

「うむうむ。みんな一緒に寝ようぞ」


 幸姫は小さな体を布団に滑り込ませると、満面の笑顔を浮かべた。


「みんなで寝るのは本当に久しぶりじゃ」

「さっちゃんは何歳なの?」

「妾は5歳じゃ」

「わあ~じゃあ私の方がお姉さんだよ。私は8歳」


 子供同士でよほど気が合うのか、二人の会話は弾んでいた。


「さっちゃんお父さんとお母さんは?」


 その質問にヨーコはギクリとする。


 こんなに大きな屋敷の住人が、幸姫とアサヒだけというのはどう考えてもおかしい。


 それに埃の積もった床や、破れた障子を見るに、屋敷を維持するための人手も足りていないようだった。


 そもそもヨーコはこの屋敷に来てから、幸姫とアサヒにしか会っていない。


 果たして両親がこんなに幼い子供を残して屋敷から居なくなってしまうものだろうか?そこにはデリケートな問題があるに違いないとヨーコは思っていた。


 彩の質問は子供の無邪気な疑問から出たもので、悪意などはない。


 現に今も他意の無い笑顔で幸姫の顔を覗き込んでいた。


「妾の父様と母様は・・・」


 幸姫の表情は朗らかなままだ。


「この地を守るために死んだ。二年前のことじゃ。父様も母様も、そして家臣達も立派に戦い、土地を守り死んでいったのじゃ・・・」


 幸姫は淀みなく、朗々と語り上げる。


 そこからは父と母、家臣達を誇りに思う気持ちがヒシヒシと感じ取れる。


「だから・・・」とも幸姫は加えた。


「妾は皆が残してくれたこの地を、昔のように豊かにしたいのじゃ。そのためには妾とアサヒだけでは手が足りん。彩もヨーコもゴン太も小梅さんも、妾に力を貸して欲しいのじゃ・・・」


 その言葉に、ゴン太と小梅さんが勇ましく吠えた。


 彩は「辛い話をさせてごめんね・・・」と呟き「私、さっちゃんの力になれるように頑張るよ!」と幸姫を抱き締めた。


 障子の向こうでは、月が輝いていた。ヨーコは静かに行灯の火を消し、闇に紛れて涙を拭った。



☆彡☆彡☆彡



 ヤトとライは屋敷の食糧庫に来ていた。


 屋敷の住人の胃袋を満たすために、食糧庫は常に食材で溢れているべきなのだが、中の様子はなんとも寂しいものだった。


 皮を剥がれたウサギが三羽と、底を尽きそうな米俵が一つ、それに竹籠にのせられた僅かな山菜があるだけだった。


「これはいけませんね・・・」

「ワウ~・・・」


 ヤトとライは顔を見合わせ、屋敷の現状を憂いた。


 そもそもヤトは、屋敷に不安を抱いていた。


 犬神の姫様が居住する屋敷の荒廃ぶりもそうであるし、屋敷を管理すべき従者がアサヒ一人という、少し考えれば異常ともいえる事態をこの屋敷は内包していた。


 極めつけは夕餉である。


 姫様が空腹を耐え、家臣に食料を与えるなどは、その心意気は立派であるが、あってはならない事だ。


 そうなる前に、食糧庫を食材で満たすべきである。


「それさえも・・・出来ないのでしょうね・・・」

「ワオン・・・」


 ヤトは別に幸姫の唯一人の従者であるアサヒを非難している訳ではない。


 アサヒと幼い姫様の置かれた状況に悲しみ、嘆き、同情しているのだ。


 アサヒ一人で幸姫を守り、育てるのはどんなに大変であろうか。


 屋敷でアサヒと二人きりで生活する幸姫はどんなに心寂しかろうか。

 

 そのことを思うと、ヤトの胸は張り裂けんばかりの感情で一杯になった。


- 私が何とかしなければ・・・。

 

 ヤトとライは表に出る。


 寂れた庭園が宵闇でより一層、悲しさを誘う。


「鹿でも獲れれば良いのですが・・・」

「ワンッ!」


 ライがしきりに鼻を匂わせ、遥か彼方の山に向かって吠え声を上げた。


 どうやらライは、途方もない距離をものともせず、確実に獲物の匂いを捉えたようだった。

 

「では・・・いきますか・・・雷牙ライガ?」

「ワンワンッ!」


 ヤトの華奢な体に異変が現れた。


 いつの間にかその頭には薄い茶色と白の混じった大きな耳が乗っかり、腰からは美しい毛並みの尻尾が姿を覗かせる。


 ライはというと、その体を銀色の毛を纏う大きな狼に変貌させた。


 二人は軽々と八脚門を飛び越え、闇夜に身を躍らせると、驚くべき速度で山道を駆け出すのであった。


 



☆彡☆彡☆彡



 ~ ハムちゃん


 ハムちゃんといえば、歩が小学校五年生の時に、クラスメイトの舞子ちゃんの家のハムスターが子供を産んだために、分けて貰ったゴールデンハムスターの女の子の名前である。

 

 歩の村にはペットショップなどというシャレたお店はなかったし、もしも行こうとしたならば隣町のまた隣町といった有様だった。


 今思えば決して褒められた飼い方ではないが、歩はハムちゃんのために余りの段ボールで家を造っていた。


 背の低い小さな段ボールの家は、ハムちゃんがよじ登って外に出掛けるには容易で、実際にハムちゃんは勝手に外出を楽しんでいた。


 それでもいなくなるなどという事はなく、歩が小学校から帰ればキツネさんの頭の上に乗っかって一緒に出迎えてくれた。


 ハムちゃんはいつの間にかキツネさんとも仲良くなっていた。


「ハムちゃん」と歩が呼べば、どこからかトテトテと現れたし、寝ている時には布団の中に潜り込んできたりもしていた。


 ハムちゃんはとても頭が良く、自由な生活を満喫しているようにも見えた。 


 そんなハムちゃんは、歩が中学二年生になった時に天国へと旅立って行った。


 実に四年も生きてくれて、後にゴールデンハムスターの平均寿命を知ったのだが、信じられないくらいの長寿であった。


 歩は今でも思うのだ。


 ハムちゃんはきっと、自分を独りにしないために頑張って生きてくれたのだと。


 父を亡くし、母を亡くし、祖父までも亡くした歩を独りにしないために、最後は大好きな散歩も出来なくなり、段ボールの家の中で、蚊の鳴くような息になりながらも・・・。


 名前を呼び、手を差し伸べればヨロヨロと小さな顔を近付け、ゼェゼェと息をしながらも、つぶらな瞳で歩の顔を見つめた。


 まるで「ご主人様・・・独りになっちゃうよ・・・?大丈夫・・・?」と歩を気遣っているように見えた。

 

 ふとした瞬間に、頭の中にハムちゃんの愛くるしい姿が浮かぶことがある。


 そんな時・・・歩は必ずハムちゃんにこう呟くのだ。


「ありがとうハムちゃん・・・僕は・・・大丈夫だよ・・・」と・・・。


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