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LIVE ANOTHER DAY ~僕達の物語~  作者: SAKURA
1章 犬友達は頑張る
3/26

現代人達は召喚される 3


 勇太と犬達が、まるで追いかけっこをするように山道を駆けあがって行く。


 とはいえ勇太は幼稚園生であり、その追いかけっこは犬達が多分に力を抜くことで成立しているのだが、勇太は果敢にも犬達に競争を挑んでいた。


 その後ろから、歩とヤトとライがゆっくりと山道を登る。

 敷き詰められた砂利が、足の裏でジャリ・・・ジャリ・・・と小気味よい音を立てていた。


 ー『はよう妾の屋敷まで登ってくるのじゃ』ー


 幸姫のその言葉で、歩達は山を登っている。

 どうやらヨーコと彩は屋敷の前に着いているようだ。


『おっきな門の前に居る』と彩が言っていたことを、歩は思い出す。


 門と屋敷がこんな山の中にある・・・。

 頭の中に響いてきた声の主は犬神の姫様だと言っていた・・・。


 わからないことだらけである。


 皆で公園に居たはずなのに、光に包まれてこんな所にいることだってそうだ。

 理解が追い付かない。


「歩く~ん、ヤトちゃ~ん、はやくはやく~~~ッ!!」

「「ワンッ!!ワンッ!!」」


 勇太と犬達はつづら折れの坂道の上から大きく手を振った。


 歩の背中に糠床石のように鎮座していた勇太であったが、ヨーコと彩に会えると聞いて、今ではすっかり元気になっている。


 ヤトとライはといえば、ニコニコと上品な笑顔を浮かべているばかりだ。


 何度か、犬神の姫について話を振ってみたが「ウフフフフ」「ワフフフフ」とはぐらかされてしまった。


 まあ、ヤトとライは以前からこんな感じであったから歩もあまり気にしていない。

 どこか浮世離れしているというか、神秘的というか、そういう雰囲気をこのペアは持っている。


 つづら折れの坂道を登り切ると、開けた場所と、その奥に何十段はあろう石造りの階段が見えて来た。

 その階段の頂上では、立派な八脚門と門扉が外界との繋がりを拒むかのように固く閉じられていた。


「歩兄~ヤト姉~勇太~ッ!」

 

 門扉の前でピョンピョンと飛び跳ねる、黄色の学童帽に赤いスカートの少女がいた。


 山田彩であった。


 彩は階下の歩達に向けて、自分の存在をアピールするかのようにしきりに手を振った。

 その足元では小梅さんが「にゃわ~ん」と喉を鳴らしている。


 彩の隣には、両腕を組みながら、面倒臭そうに門柱にもたれ掛かる秋山ヨーコの姿もあった。

 彼女の側では老犬であるゴン太がパタパタと尻尾を振っている。


「わ~いッ!今そっちに行くよ~ッ!」


 彩に負けじと勇太もピョンピョンと飛び跳ねながら階段を昇って行く。

 その後を歩とヤトも追う。


 中腹を過ぎようかという時、門柱にもたれ掛かっていたヨーコが階段を降りて来た。

 そして勇太の前で膝を折り「怪我はないか?」と聞いた。


 勇太は返事の代わりにヨーコの首筋に勢いよく抱き付いた。


「コラコラ・・・危ない・・・」


 と呟きながらも、ヨーコは勇太を抱き抱える。


「フフフフ・・・」


 再会が嬉しいのか、それともヨーコに抱っこされたのが嬉しいのか、勇太はクスクスと笑っている。


「ヤトさん・・・それに・・・()()()も元気そうだね」


 髪を茶色に染め上げ、気の強そうな顔をした17歳のこの少女は、歩のことを()()()と呼ぶ。


 犬仲間の中で彼女に名前で呼ばれないのは歩だけである。

 どうも秋山ヨーコは大人の男が苦手のようだ。


 初めて会った時など射殺さんばかりの視線で睨まれたし、話しかけても返事もしなかった。


 彼女が一人暮らしをしていること・・・高校にはいかずに近所のスーパーでアルバイトをしていること・・・そして御年13歳になる雑種の老犬のゴン太を献身的に世話をしていることを、歩は知っていた。


 どこかやさぐれていて、口数の少ないヨーコではあるが、彼女が誰よりも優しく、そして誰よりも寂しがり屋なことを、犬友達は知っていた。


「ええ・・・ヨーコちゃんも彩ちゃんもお元気そうで」


 ヤトが目を細め、微笑みを作ると、ヨーコもうっすらと笑顔になった。

 あまり表情を変えない彼女にしては、珍しい反応であった。

 不可思議な現状にいきなり置かれ、もしかしたらヨーコも不安であったのかもしれない。


 犬達はゴン太の回りに集まり、しきりにその顔を舐めていた。

 老犬を案じているのだろう。

 ゴン太は毛のやせ細った尻尾を振り「ワン」と応えていた。


 ともあれ、犬友達は幸姫の言う『妾の屋敷』の前に集まった。


 勇太と彩は門の前でキャッキャと遊び、ヨーコは腕を組み、面倒臭そうな顔で門扉に寄り掛かかった。


 音も無く門扉が開いたことに、誰も気付かなかった。


 その代わりにヨーコが「キャッ」という悲鳴と共に、門扉の中に倒れ込んだおかげで、皆の視線が集まった。


 ヨーコは顔を真っ赤に染め、パンパンとジーンズに付いた砂埃を払いながら立ち上がると、丁度視線の合った歩にメンチを切りながら「なんだよ?」と悪態をついた。

 

 開け放たれた門扉の向こうに、一人の女性が立っていた。


 女性は動きやすそうな麻の服に、何かの動物の皮で作った軽鎧を纏い、腰には日本刀を携えていた。


 年は20歳くらいであろうか?やや茶色がかった髪をポニーテールにまとめ上げ、活発な印象を受ける。


 驚くべきことに、彼女の頭には二本の犬の耳が乗っかっていた。


 二本の耳は空を突き刺ささんばかりにピンと立ち、腰から生える尻尾は何かを警戒するかのようにゆっくりと左右に揺れていた。


 犬友達の誰もが言葉を失っていると、彼女は静かに口を開いた。


「姫様がお待ちだ・・・」


 どこか荘厳な物言いに戸惑っていると、視線で付いてくるように促し、彼女は歩き出した。

 不思議なことに、犬達がそれに従った。小梅さんも猫だが従っていた。

 ・・・その表現もふくよかな体と、溢れんばかりの優しさを持つ小梅さんには失礼かもしれない。


 なぜならば、彼女は妹のために犬になると決め、その誓いを健気なまでに遂行していた。

 はなちゃんやソラ、ゴン太と並んで悠然と歩く姿などは、犬のまさにそれであった。


 犬達は未だに門扉の前で立ち尽くす飼い主達を急かすかのように「ワンワン」「にゃわんにゃわん」と鳴いた。


 仕方なく、歩達もその後を追った。

 その際、勇太がトコトコと歩の側まで歩いて来て、まるで内緒話をするかのように「僕、驚いちゃった」と囁いた。


「うん分かるよ。あの犬耳とか尻尾とかだろ・・・?」


 歩が同意すると、少年はフルフルと首を振った。


「ヨーコちゃんってあんな声だすんだね。キャッだって。かっわいい~」


 勇太は余程おかしかったのか、お腹を抱えてクスクスと笑いだした。

 歩が返答に困っていると、ヨーコがツカツカと近付いてきて、勇太を脇に挟むように抱き抱えた。

 そして真っ赤に紅潮した顔で歩に一瞥をくれると「フンッ」と言って踵を返した。

 どうやら少年の悪意の無い無邪気さが、ヨーコの自尊心をひどく傷付けてしまったらしい。


- 僕は何も言っていないんだがなぁ~・・・。

 

 と歩は密かに思った。



☆彡☆彡☆彡



 そこには見事であったであろう庭園が広がっていた。


 白と黒のコントラストが鮮やかであったであろう玉石が敷き詰められ、風情を感じさせたであろう松や梅の樹が来客をもてなすかのように植えられていた。


 庭園の中央に楕円の大きな池があり、人が並んで歩ける幅の、石造りの古風な橋が架かっていて、歩達は犬耳の女性を先頭に、その橋を渡り切ろうとしていた。


「お化け屋敷みたいだね~」


 勇太がそんな感想を言うものだから、慌ててヨーコがその口を塞いでいた。


 『お化け屋敷』なる言葉に、先頭を歩く女性の犬耳が敏感にピクリと反応したのを、歩達は目撃していた。

 

『見事であったであろう庭園』と表現したのは、その庭園が誇っていたであろうかつての栄華が、ことごとく朽ち果てていたことにある。


 例えば初春の時期に、満開の白と赤の花で庭を彩ったであろう梅の樹は、いずれも枯れ果て、その面影もない。

 白と黒の玉石は、色が濁り、苔むし、あるいはひび割れていた。

 池は枯渇し、かつては豊かな水量をたたえていたであろう深さと、渇いた池底が虚しく露呈している。


『お化け屋敷みたい』と言った勇太の言葉はなかなか的を得ていて、仮に今が夜であったのならば、その陰鬱さと不気味さに、どこかに潜む化け物の姿を想像していたに違いない。


 橋の向こうには、立派であったであろう武家屋敷が建っていた。


 今は屋根に敷き詰められた赤瓦も歯抜けの様相を呈し、壁には幾筋ものヒビが走り、黄ばんだ障子は所々破れ、勇太が『お化け屋敷』と形容したのも、この無惨な武家屋敷と退廃した庭園を見てのことであった。


 歩達は武家屋敷の中へと案内された。

 犬耳の女性が土間で履物を脱いだため、皆も靴を脱いだ。

 板張りの廊下は、余程掃除が行き届いていないのか、歩く度に薄っすらと降り積もった埃に足跡が付いた。

 それが楽しいのか、勇太ははしゃぎながら足跡を付けていて、やがてヨーコにヒョイと抱き抱えられた。


 屋敷の中は埃っぽく、時折カビ臭く、しかし日当たりは良いのか妙に明るかった。


「幸姫様はこの部屋におられます」


 畳敷きの部屋のその奥に、壮大な山と勇ましい巨犬の姿が描かれた襖があった。

 屋敷の他の物は色褪せ埃を被っていたのに、その襖だけは不思議と輝きを失っていなかった。

 金箔と銀箔を存分に使った豪華なその絵には、今にも噛み付いてきそうな勇ましい犬の姿が、この屋敷の守護者のように描かれていた。


「ヒャァ~・・・」


 勇太の口から悲鳴にも似た声が漏れる。

 犬耳の女性は襖の前で膝を折り、行儀よくゆっくりと手を伸ばし襖を開けた。

 

「幸姫様、皆を連れて参りました」


 女性は三つ指をつき、深々と頭を下げ、姫に報告する。

 歩達は作法が分からなかったため、立ったまま開け放たれた部屋へ視線を送る。


 三十畳はあろう畳敷きの大広間の最奥の、一段床が高くなった高座に、白い着物に身を包んだ少女の姿があった。


 歩達を案内した女性と同様に、この少女にも可愛らしい犬耳と、尻尾が付いていた。

 

 しかしどうにも様子がおかしい。


 少女には大きすぎる絢爛な装飾の施された脇息きょうそく(肘置き)に小さな体を預け、可愛らしい犬耳と、艶やかな黒髪を持つ頭部は、コックリコックリと船を漕ぎ、尻尾もペタンと垂れ下がっていた。


「幸姫さま・・・」


 女性が再び声をかけるも、返答はない。


- 寝てるんじゃないか・・・?

 

 と犬友達の誰もが思った。


 どうやら歩達の到着するまでの間、待ちくたびれた少女は眠りの誘惑に負けてしまったようだった。

 

 それも無理はない。


 この可愛らしい犬神の姫様は、どう見ても幼く見えるし、もしかした5歳の勇太と同じくらいの年なのかもしれない。


 そんな幼女の元へ、音を立てずに忍び寄る少年と少女、そして犬達の姿があった。


 ヨーコがその体を制止しようと手を伸ばしたが、彼等は軽やかな身のこなしで制止を掻い潜り、あれよあれよと言う間に高座の前に辿り着いた。


 姫様の従者と思われる女性は、未だ頭を下げているため、この異変に気付いていない。


 大人達がハラハラとしながらその動向を見守っていると、まずは勇太が動いた。

 勇太は優しく幼女の体を揺するが、姫様は一向に起きる気配がない。


 次いで彩が動いた。

 彩はあろうことか、姫様の頭を撫で、可愛らしい犬耳を指で弄んだ。


 さらに勇太が動き、ペタンと垂れ下がった尻尾を、ソラにするように優しく撫でる。


「可愛い~」

「わあ~ふさふさだよ~」


 彩と勇太は感嘆の声を上げた。


 そんな二人に、今度は犬達が続いた。


 はなちゃんは幼女の側に寄り添い、その顔を舐めるし、ソラは膝に顔を置き、パタパタと尻尾を振る。

 小梅さんは脇息に上り、小さな掌をペロペロと舐めだし、ゴン太は幼女の体にお手を喰らわせた。


「フフフ・・・皆、()()()()()()()()()・・・大丈夫じゃ妾はここにおるぞ・・・フフフフフ・・・」


 幸姫はそんな寝言と共に、可憐な顔に満面の笑みを浮かべる。

 幼い掌は勇太を撫で、彩を撫で、やがて犬達を撫でる。

 そして彼等をその小さな体一杯に抱き締めた。


「もうどこにも行かないでたも・・・妾を独りにしないでたも・・・」


 と、今度は瞳に涙を滲ませた。


 そこで場の異変に気付いた従者の女性が、恐る恐るその顔を上げた。

 するとどうであろうか、敬愛する幸姫様が子供と犬に囲まれているではないか。

 彼等は無礼にも幸姫様を撫で回し、舐め回し、抱き締め、抱き締められ、脇息に上り、掌を舐め、可愛らしい犬耳を弄び、尻尾を握っている。


「この無礼者共がぁ~~~ッ!!!」

(訳:このおバカさん達)


 憤怒の叫びと共に、腰に佩いた刀に手を伸ばす。


「でッ・・・殿中ですぞぉ~~~ッ!!!」

(訳:姫様の居る部屋の中ですよ)


 これはマズイと思った歩が、絶叫と共に、女性の体を羽交い絞めにする。


「ええい離せッ!!離さぬかッ!!あの狼藉者共を叩っ斬ってくれるわッ!!!」

(訳:離して下さい。あのおバカさん達にお仕置きをするのです)


「あいや待たれよッ!早々に癇癪を覚ゆるは痴れ者なれば、何卒ここは忍んで下されッ!!」

(訳:待って下さいよ。すぐにカッとなるのはおバカさんですよ。どうかここは堪えて下さいな)


 意外と武士言葉を知っている歩なのであった。


 羽交い絞めにされた従者の抵抗は激しい。

 まずは自由の効く口で歩の首筋に噛み付くし、身をよじり、その拍子に歩の脇腹に肘を喰らわせたりした。

 罠にかかった獣のように、髪を振り乱し、爪を剥き出し、果敢な抵抗をみせた。


 歩と従者がとっ組み合い、わちゃわちゃしていると、そこに白魚のような手がスッと伸びてくる。


 その手は従者の腰に下げられた刀を、曲芸師のような鮮やかさでスルスルと奪うと、やがて胸の前で抱き抱えた。


「殿中ですぞぉ~」

「ワンワン~」


 そこにはニコニコと微笑むヤトとライの姿があった。

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