カルカンの街へ 1
カルカンの街の特徴といえば、街全体を鎧う城壁だろう。
カルカンの街の周辺には、石灰岩を産出する山があり、その石灰岩をセメントに加工し、砂と礫を混ぜてコンクリートにする術を知る者が、かつてこの地に追放された貴族の中に居た。
彼は、凶悪な魔物の跋扈するこの大陸において、自分達を守るためには、その生活圏を全て堅牢な城壁で囲む以外に方法がないことを悟っていた。
かつて祖国をネヴェラスに侵略された時、この貴族の属する国は、強固な要塞を築き上げ、有翼獣の騎士に強烈な一撃を喰らわせた過去を持っていた。
その経験が、遥か遠く、大海を隔てたエスバールの地で生きた。
道程は簡単なものでは無かった。
しかし彼等は、長い年月をかけて、数多の仲間の死を乗り越えて、この地にカルカンの街を築き上げることに成功した。
街の全てを鎧う城壁をもって、やっと彼等はこの大陸での生存権を得たと言っても、何ら誇張な表現ではない。
城壁は海を背にし、街を囲うようにコの字型に連なっている。
くすんだ象牙色の城壁の高さは10m近くあり、その至る所には弓や火器を射るための狭間が設けられ、外敵への備えとなっている。
城壁の外側には深い堀が設けられ、外からカルカンへ入ろうとするのならば、跳ね橋を使う以外に方法はない。
跳ね橋は、鉱山で働く鉱夫が街を出る朝と、帰ってくる夕の二回だけ掛けられる。
それ以外に、基本的に例外は存在しない。
跳ね橋さえ引き上げてしまえば、城壁を有するカルカンの街は、殻に籠った牡蠣のように鉄壁の防御を誇った。
堀にはかつて、神名川からの水が張られていたが、美芳の地と同じようにすっかり干上がり、途方も無く深い溝が姿を覗かせていた。
城壁の中には、千を超す人々が住まう居住地区、商店地区、農業をするための農業地区に、鉱山から採れる鉄鉱石を溶かす溶鉱炉を備えた工業地区、そして海に出るための港がある。
これら全てを覆う城壁を築き上げたのだから、先人達には、簡単には言葉に出来ない程の苦汁の経験があったのだろう。
アルクの死は、カルカンの街の人々にも影響を与えた。
穀物や野菜を育てていた農業地区が壊滅的な打撃を受け、それでも彼等が生き長らえた大きな理由に、漁業を営んでいたことが上げられる。
幸運にも港に面する漁場は豊で、履いて捨てる程に魚が獲れた。
しかし、頼みの綱の魚の数が日に日に減ってきた。
当然の話である。
海に栄養を運ぶ神名川が枯れ果ててしまったために、その栄養をあてにしていた魚が別の海域へと移動してしまったのだ。
そうした八方塞がりの状況の中で、カルカンの街はフェナメス第三大隊の訪問を受けた。
街の人々は驚き慌てふためいたことだろう。
海を越えて、白銀の軍団がはるばるカルカンの街へと訪れたのだから。
有翼馬の騎士は紳士であった。
カルカンの街の窮状を知ると、船に積んであった食料を惜しげもなく援助してくれた。
そして、喰う物もままならぬ状況の中、漁師を手厚く保護してくれたことに感銘を受けた。
「貴方方の誠意を、私は余すことなく王に伝えることでしょう」
アルベール・シュナイダー大将は、熱意と誠実に満ちた瞳でその言葉を残した。
実際に、その後すぐにたんまりと食料を積んだガレオン船がこの街を訪れた。
カルカンの街は、飢餓に苦しむ民草の生命は、首の皮一枚繋がったのだ。
この交流の大本を辿れば、嵐により難波した若い漁師を発見したのが、美芳を捨てた犬人族であり、フェナメスからもたらされる食料をアサヒが宝と交換し、結果として美芳の民まで救っていたのだから、奇妙な縁を感じざるおえない。
「逞しいものだな・・・」
普段は無骨なロナンハイド領の長兄が、感慨深げにそう呟いた。
マーカスは、ミシディア大陸を追放され、遠くエスバール大陸にカルカンの街を築き上げ、懸命に生きる人々を見た時に何を思ったのだろう。
「それでは一月の後に・・・」
カルカンの港から、二隻のガレオン船が出港しようとしていた。
来た時と同じく、上空から編隊を組んだ有翼馬の騎士が船を守護し、はるばるロナンハイド領への帰路につこうとしている。
ロナンハイド領の次兄、エドガー・ロナンハイドは、カルカンの長にそう告げると、愛馬シスファーと共にふわりと空へ飛び立った。
兜が顔を隠していたため、エドガーの表情は分からない。
しかし、彼は兜の下で、その中性的な美しい顔で、優しく微笑んでいたことであろう。
人の縁とは、暗闇を照らし出す小さな灯りなのかもしれない。
その灯りを頼りに仲間と共に暗闇を歩き出せば、足跡がやがて道になる。
千里の距離を歩き抜き、ふと後ろを振り返れば、そこには自分達のやり遂げた、途方もない光景が広がっていることだろう。
一つだけでは頼りない小さな灯りが集まり、やがて灯りは光を形成し、形成し得たからこそ、それは大きな力となり、何にも負けぬ強さを発揮する。
そうして成し得た奇跡を前に、人々は自分達の出逢いが、理解の及ばぬ何者かが仕合わせた必然であったと思うに違いない。
その出逢いを、人々は運命と呼ぶのではないだろうか。
歩と有翼馬の騎士が出逢うことは、今はまだない。
運命が「まだその刻ではない」と言っている。
しかし彼等は近く、必ず出会う。
雨のように降り注ぐ災厄にも、立ち塞がる困難を前にしても、彼等は手を取り合い、勇敢に立ち向かうのだろう。
【|LIVE ANOTHER DAY《明日へと命をつなげる》】ために・・・。
☆彡☆彡☆彡
「「ほえ~・・・」」
歩と勇太は揃って呆けた声を上げた。
彼等の眼前には、そびえ立つような城壁が広がり、二人はその異様な迫力にすっかり圧倒されてしまっていた。
城壁と歩達の間には、幅10Mはあろう溝が掘られ、射し込む陽の光よってかすかに底の様子が伺える程の深さを誇っていた。
もしもこの堀が神名川からの水で満たされていたのならば、渡河は困難であるだろうし、例え水が無いにしても、堀に落ちてしまったのならば、梯子でもなければ地上に戻ることは難しいだろう。
実際にカルカンでは、堀に落ちた魔物を城壁から放たれる矢で射殺すということを何度もやっていた。
城壁の上部には、武者走りと呼ばれる、人と人とがすれ違える幅の道が設けられているのだが、どうも先程からそこの様子がおかしい。
重厚な黒鉄の鎧を装備した兵士が慌ただしく駆け回ったかと思えば、今度は身軽そうな鎧を身に付けた一団が現れ、背中の弓を番え始めた。
弓の角度からみて、標的は歩達で間違いない。
「ア・・・アサヒさん・・・。これってマズイのでは・・・?」
咄嗟に勇太を自分の後ろに隠しながら、歩が上ずった声を出した。
「心配いらない。この街はいつもこうなのだ」
「ええ・・・」
歩はドン引きしていた。
今までの人生で、重厚な鎧を着た兵士を見たこともなければ、弓を構えられた経験もない。
改めて自分達が平和な日本とは違う、物騒な異世界に来たのだと身をもって実感させられた。
「あの者達・・・歩さんと勇太さんに弓を向けるとは・・・。許せませんね・・・」
「許せないのハム~ッ!」
このペアはこのペアでなかなか物騒なことを言う。
「ヤ・・・ヤトさんもハムちゃんも落ち着いて下さい・・・」と歩が自制を促したが、ヤトの気持ちは晴れぬようで、今まで見た事もないような冷酷な視線を城壁に送っていた。
歩は、別に自分が何をした訳でもないのに、反射的にヤトに謝りそうになった。
それ程までに剣呑な雰囲気を、この時のヤトは漂わせていた。
「ヤトちゃんもしかして怒ってるの?」
歩の陰から、勇太がおずおずと顔を覗かせた。
少年も、いつもとは違うヤトの様子を敏感に察知したらしい。
「ばっ・・・馬鹿だなぁ勇太・・・。ヤトさんが怒るわけ・・・」
「怒っています」
場を取り繕おうとする歩であったが、ヤトがそれを許さなかった。
背筋を凍らせる程の低い声で、そして冷酷な視線は依然として城壁に向けられている。
勇太は背を向けて逃げ出したくなった。が、歩と固く手を握り合っていたのでそれは出来なかった。歩の手は、ガタガタと震えているし、勇太の手も震えていた。
ヤトの頭の上に陣取るハムちゃんも、ほっぺをプクリと膨らませて、眉間に皺を寄せていた。
その姿はなんとも可愛らしいものだったが、残念ながら今の状況において、歩達の心の癒しとはならなかった。
歩の側では、ヤトとハムちゃんに刺激されたのか、はなちゃんとソラまで鼻に皺を寄せていた。
この犬達も、主に対して弓を構える兵士達が許せないらしい。
「ヤ・・・ヤト殿、落ち着いてくれ・・・」
「ヤト様、どうかご自重下さい」
アサヒと弥助までもがヤトを止めに回った。
それ程までに今のヤトは危うかった。
まるで導火線に火の点いたダイナマイトのように、大人達はその火消しに心を砕くことになった。
「犬神の里の者達で間違いないかッ!」
城壁に、新たな人物が現れた。
黒鉄の鎧は纏っているが、兜は外しており、野性味の溢れる鋭い眼光でこちらを見下ろしている。
恐らく、この男が黒鉄の団の団長なのだろう。
男の質問に、アサヒが「そうだッ!」と応えた。
「要件を聞こうッ!」
「食料を持って来たッ!」
「食料だと・・・?」その返答に、にわかに城壁にざわめきが起こった。
犬神の里にもはや食料が無いことを、彼等は街に逃げて来た犬人族から聞いていた。
中には「嘘をついてカルカンの街を襲いに来たのだ」と邪推する者まであった。
しかし、「それにしては装備が貧弱過ぎないか?」と、ある者が言い、兵士達は警戒よりも、好奇の目を歩達に向け始めた。
彼等の好奇心を煽った原因の一つに、犬人族ではない歩達の存在があった。
逃げて来た犬人族の話に、犬耳と尻尾を持たない人間の話はなかった。
自分達と同じ人族が、犬人族と一緒に共に居ることが不思議であったし、頭に小動物を乗せる、白のドレスを着る女性などは、どこかの貴族の娘と言われても可笑しくない程に美しい。
おまけに、子供の姿まである。
この珍妙な一団に、兵士達の毒気はすっかり抜かれ、変わりに好奇心が激しく揺さぶられた。
「橋を降ろしてやれ」
やがて男が指示を出した。
男と犬人族の娘とは面識があった。
以前に娘が犬神の宝を持って訪れた時、対応したのがこの男であった。
しかしその時に街を訪れたのは娘一人であり、純白のドレスを着た貴婦人風の女もいなかったし、冴えない男の姿もなかったし、人間の子供などはもってのほかであった。
男はこの珍妙な一団に興味を持った。
食料の話が本当なのか嘘なのかは分からないが、話をするのも悪くないと思った。
跳ね橋が掘に架かり、音を立てて鉄の城門が開いた。
歩達は橋を渡り、カルカンの街へ一歩を踏み入れる。
ヤトとハムちゃんと犬達は、未だに城壁の兵士にメンチを切っていた。
☆彡☆彡☆彡
屋敷の庭園にて、因縁のライバルと相対するは、黄色の学童帽を被った少女と、ふくよかな三毛猫のような犬である。
少女達の表情に、普段の朗らかな様子は微塵もない。
魔物と向かい合う有翼竜の騎士のように凛とした覇気を体中から漲らせ、今にも一触即発といった具合である。
彩と小梅さんは、幾度となくこのライバルと戦ってきた。
それなのにこいつは、彩と小梅さんの攻撃など歯牙にもかけず、アサヒが設置してくれたあの日の姿をそのまま保っていた。
それが、少女達には悔しくてたまらない。
縁側では、幸姫をはじめハム神様、お母たま、ヨーコ、ライ、ハム美ちゃんがその戦いを観戦していた。
庭園を緊張感が満たす中、幸姫が「ゴクリ・・・」と喉を鳴らした。
「いくわよ小梅さんッ!」
「にゃわんッ!」
「冷徹なる氷の女王エデルーデよッ!古の約定に従い我に力を与え給えッ!ハァーッッ!氷礫の散弾ーッッ!!!」
「にゃわー--んッッ!!!」
ー また新しい人の名前が出て来たのじゃ・・・。
幸姫はそう思った。
彩達がこの世界に来てからというもの、幸姫は彼女達と寝室を共にしている訳だが、当然、彩と小梅さんから夜な夜な怪しい話を吹き込まれていた。
一種の英才教育といっていいだろう。
幸姫が本当に信じたのかどうかは分からないが、この姫は、彩と小梅さんの語る物語を、いつも目をキラキラと輝かせながら聞き入っていた。
この年頃の女の子は、そういった幻想の話が好きなのかもしれない。
さて、彩は古の約定という言葉を使ったが、把握しているだけでも約定を結んでいるのは二人目となる。
地獄の王サルエルと、今しがた名前の挙がった冷徹なる氷の女王エデルーデである。
もしも歩がこの場に居たのなら「得体の知れない人達と軽々に約定を結ぶのはやめなさい」と少女達を戒めたに違いない。
彩達の氷礫の散弾は、残念なことに発動しなかった。
向かい合うライバル(丸太)は、自らの無事を強調するかのように、或いは彩達を挑発するかの如く、朝陽を浴びてキラキラと輝いていた。
「くっ・・・」
「にゃっ・・・」
彩と小梅さんは、恥辱と屈辱にまみれた表情で丸太を睨みつけた。
「フヒヒッ、サーセン。今日も無事でした~ん(笑)」との丸太の高笑いが聞こえたに違いない。
「どうして・・・どうして魔法が出ないの・・・?」
「にゃわ・・・にゃわ~ん・・・」
一転して少女達はしょげかえる。与えられたスキルを見事に発動して、皆の役に立っている大人の歩やヨーコとは違い、自分達は魔法の魔の字さえ出せていない。
勇太は・・・まあ勇太のことはひとまず置いておいて、これでは自分達は、黄色の帽子を被った、ただの美少女と妖艶なる三色の毛を纏った猫っぽい犬ではないか。
彩と小梅さんは歯痒かった。皆の役に立ちたかった。
地獄の業火を出せれば、ヤトの代わりに浴槽の湯を温められるし、氷礫の散弾を出せれば、暑くなってきた今の時期、クーラーの代わりとなって重宝されることだろう。
その二つだけではない。
例えば全てを飲み込む激流を出せれば、流れるプールの代わりになるだろうし、切り裂く突風を出せれば・・・風は・・・風は何に使おうか?彩はまだ考えていない。
考えていないが、皆の役に立つことは間違いない。
「彩ちゃんは魔法を使いたいのかしら?」
お母たまが縁側から声を掛けた。
歩とキツネさんの名前は間違える癖に、どうやら子供の名前はすぐに覚えるらしい。
「うん。私にはね、魔法のスキルがあるんだって」
「にゃわ~ん」
お母たまはヒマワリの柄の入った扇子を広げ、口元に当てた。
「魔法といえば妖精さんですよ。妖精さんに魔法を習えば彩ちゃんもきっと魔法を使えるようになりますよ」
「妖精ッ!?妖精さんが居るのッ!?」
「にゃわッ!?」
少女達は顔を上気させ、興奮したように縁側に駆け寄った。
「おお~妖精といえばピィちゃんじゃな。ピィちゃんは元気じゃろうか」
のほほんとした様子でハム神様が空を見上げた。ピィちゃんという名前の妖精に思いを馳せているのだろう。
「ハムハム~・・・」
ハム美ちゃんまで感慨深げに遠くの空を見上げた。
ハムスター族の様子から、ピィちゃんとハムスター達は余程仲が良かったことが伺える。
「ハムちゃんと大の仲良しでしたよ」
「いつも二人で遊んでおったな」
「ハムハム」
ハム神様達は思い出話に花を咲かせた。
彩と小梅さんはまだ見ぬ妖精の姿を頭に想像してみる。
きっと凄く可愛くて、透き通る4枚の羽で空を自由に飛び回るに違いない。
「会ってみたいなぁ~妖精さん・・・」
「にゃわ~ん・・・」
少女達は、妖精が自由に飛び回っているであろう大空に思いを馳せるのであった。
☆彡☆彡☆彡
「ピィッ!?」
ハムスター族の里を、一人の妖精が訪れていた。
腰まで伸びたストレートのブロンドの髪と、先の尖った長い耳を持ち、エメラルドの可愛らしいワンピースの背中からは、透き通った4枚の羽が顔を覗かせている。
年や背格好を見るに、彩と同年代か、もしかしたら少しくらい年上かもしれない。
彼女がハム神様達の会話で出て来た妖精のピィちゃんで間違いないだろう。
「ピィ~・・・?」
ピィちゃんは、魔物によって破壊の限りを尽くされたハムスター族の里を歩き回った。
時折、声を上げてはハムスター族を呼んでみるのだが、返事は無い。
クルリの実で出来たハムスターの居住区は、雷でも落ちたかのように引き裂かれ、焼け焦げていた。
ハムスター族が大事にしていた畑は踏み荒らされ、地に落ちた作物には魔物の齧った後が残っていた。
美しい花が咲き乱れる広場も、透き通った水の池も、今はその面影すらない。
「ピィ・・・ピィ・・・」
ピィちゃんはいつの間にか涙を流していた。
フワフワでモコモコで優しいハムスター達の住む里が、凶悪な魔物によって蹂躙されたこと、そして・・・大好きなハムスター達が一人も居ないこと・・・。
「ピィ~ッ!ピィ~ッ!」
ピィちゃんは大の仲良しのハムちゃんの名前を呼んだ。
「あいあい~ピィたん呼びまちたか~?」と、トテトテとピイちゃんを出迎えてくれるハムちゃんの姿は、ない。
「ピィ・・・ピィ・・・」
ピィちゃんは溢れ出る涙を拭いながら、ハムちゃんと一緒に遊んだ秘密の場所に足を踏み入れる。
森の樹々がその場所を隠すかのように覆い、そこを見つけるのはなかなか難しい。
実際に、魔物の足跡はその場所の手前で止まっていた。
ピィちゃんは一縷の望みを持って、その場所を訪れた。
背の高い樹々が日光を遮る中、その場所にだけは陽が射し込み、一面に黄色の花が咲き乱れていた。
中央にはハムちゃんとピィちゃんが植えた桜の若木があり、そこは魔物に荒らされていなかった。
しかし、ハムスター族の姿もない。
「ピィッ・・・ピィッ・・・」
ピィちゃんはその場所で泣きじゃくった。
きっともう優しいハムスター達には会えないのだろうと思った。
「ピィ・・・?」
妖精の少女は、ある物に気が付いた。
地面に何やら絵が描いてある。
ハムスターの絵と、矢印が描いてあって、その先には犬人族の絵が描いてあった。
犬人族の里はハムスター族の里の南にあることをピィちゃんは知っていた。
きっとハムちゃん達は、魔物の襲撃から逃れるために、犬人族の里へと旅立ったに違いない。
だからハムちゃんは、そのことをピィちゃんに知らせるために、二人の秘密の場所にこの絵を描き残したのだ。
ピィちゃん胸に希望の光が射し込めた。
「ピィちゃん・・・私も連れていって・・・」
桜の苗木がピィちゃんに語り掛けた。
「ピィ?ピィ?」
「うん・・・私もハムちゃんやピィちゃんと一緒に居たい・・・」
「ピィ」
ピィちゃんは桜の苗木を丁寧に掘り起こすと、大事そうに胸に抱えた。
「ピィちゃん・・・お花さんも少しでいいから連れて行ってあげて・・・。故郷に帰りたがっているわ・・・」
「ピィピィ~」
ピィちゃんは黄色の花を、ワンピースのポケットに詰められるだけ詰め込んだ。
「ありがとうピィちゃん」
「ピィ」
黄色の花がピィちゃんにお礼を述べた。
ピイちゃんは透明な4枚の羽を羽ばたかせると、大空に浮かび上がった。
遥か彼方に雲に覆われた霧音岳の姿が見える。
ピィちゃんは犬神の里を目指して大空を飛ぶのであった。




