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LIVE ANOTHER DAY ~僕達の物語~  作者: SAKURA
2章 再会
25/26

カルカンの街とフェナメス王国


 カルカンの街とフェナメス王国の交流が始まったのは二年前のことである。

 ミシディア大陸の暦をあてはめるのならば太暦たいれき1808年ということになる。


 歩達の召喚された今年は1810年。


 太暦の太は太陽の太であり、ミシディア大陸で信仰される女神ミリムが世界を創造された時、一番最初に太陽を創られたという神話からきている。


 太暦1808年、フェナメス王国はロナンハイド領の漁師が突然の嵐に見舞われた。

 沖合漁業を営む中規模の漁船は、暴風にマストを折られ、雷に舵を壊された。

 嵐はそれだけでは飽き足らず、この漁船を遥か遠洋へと連れ去ってしまった。

 見渡す限りの水平線に、彼等の心は絶望で埋め尽くされたことだろう。


 漁師の中に星を見れる男がいた。

 彼は夜になると星空を見上げては、自分達の漁船のおおよその位置を割り出した。


「どうやら俺達はエスバール大陸へと流されているらしい・・・」


 男がそう告げると、いよいよ船員達は全ての希望を失った。

 エスバール大陸とは、災禍の魔女アナテマの眷属たる凶悪な魔物の跋扈する土地であり、その先兵である犬人族の巣食う魔の大陸であった。


 ミシディア大陸におけるおよそ一般的なミリム教徒の漁師達は、幼い頃から教会で神父に災禍の魔女アナテマの悪行を聞かされて育った。

 その禁足地ともいえる恐怖の大陸に、自分達は流されているのだという。


 漂流する彼等の苦悩を、アルヴァー・ランドルフという青年が日記に残している。

 アルヴァーの父がこの漁船の船長であり、アルヴァーも自然と漁師を生業とした。

 他の漁師達と異なる点は、彼が文学を愛し、自分自身も筆まめであったことだろう。

 日常の些細なことまで日記に記していたし、彼のこの性分が漂流中の海の上でも変わらなかったことが、やがてカルカンの街とフェナメス王国を繋げる大きな架け橋となったのだから、世の中とは何が幸いするのか分からない。


 水平線の向こうに朧気にエスバール大陸が浮かび上がった頃、この漁船は再び嵐に見舞われた。

 嵐は船体を無惨に引き裂き、船員達を暗い海の中に引きずり込んだ。

 その時、アルヴァー青年の取った行動は、頑丈な鞄に、漂流の日々を克明に綴った日記を納めることだった。

 もしも波の悪戯で、この鞄がどこかに流れ着いたのならば、こんな不幸に見舞われた自分達を憐れみ、一縷いちるの涙でも流して憐れんでやって欲しいと思った。


 アルヴァーは、奇跡的にカルカンの街にほど近い海岸に流れ着いた。

 そのアルヴァーを見つけ、魔物の手から守り、命を助けたのが、美芳を捨ててカルカンの街に移り住んだ犬人族なのだから、運命とは妙なものである。


 幼い頃より魔女の先兵と教えられてきた犬人族を初めて見たアルヴァーは何を思ったのだろうか。

 コンクリートと鉄の壁でよろわれたカルカンの街の生活で、アルヴァーは自分の運命を呪い、人生を悲観したのだろうか。

 それとも九死に一生を得たことを、女神ミリムに感謝し、祈りを捧げたのだろうか。


 その後の捜索も虚しく、漁師はアルヴァー以外は見つからなかった。


 アルヴァーが海に託した鞄は、実に七カ月の間、海上を漂い、道に迷った犬が帰巣本能を頼りに住処に帰るが如く、ロナンハイド領の隣、フォーサイス領の海岸へと辿り着いた。

 奇跡といえば、これ程の奇跡はないであろう。

 あるいは、漁師達を見舞ったあまりの不幸を不憫に思った海の神が温情を遣わしたのかもしれない。


 鞄を見つけたのは、海岸を散歩していた老夫婦で、彼等は鞄の中のアルヴァーの日記を目にすることになる。

 アルヴァー・ランドルフという名前には覚えがあった。

 七カ月前、嵐にあって行方不明になった漁師達の中に、その名前の青年がいたはずである。

 

 漁船の遭難は、フェナメス王国でちょっとした話題になった。

 教会では毎週のように行方不明となった漁師達の名前を呼び上げ、彼等の無事を祈っていた。

 しかし、それも初めの二カ月のことで、一向に音沙汰の無い漁師達に、やがては誰もが彼等の死を意識するようになっていった。


 敬虔けいけんなミリム教徒である老夫婦も当然、この祈りには参加していたし、自分達よりも若い者達が、こんな不幸に巻き込まれてしまったことを酷く悲しんだりもした。

 なによりも残された家族が可哀想だと思った。

 生きているのか死んでいるのかも分からない家族を待つ身は、どんなに辛かろうことか。

 いっそのこと死体でも上がってくれれば、家族の心にも踏ん切りがつくのだろうが、死体が上がらないものだから残された者達は、もしかしたら生きているのでは・・・と僅かな希望に縋り付き、今日も教会で無事を願って祈りを捧げるのである。


 こんなに酷いことない・・・これでは生殺しである・・・。人生の酸いも甘いも経験してきた老夫婦はそう思うのである。


 そんなことがあったから、行方不明となった漁師達のことを老夫婦は良く覚えていた。

 そしてその日記を直ちに教会に持って行き、神父からロナンハイド領領主エイガス・ロナンハイドの手に渡るのであった。



☆彡☆彡☆彡



 アルヴァーの日記を読んだエイガスは、ただただ涙した。

 自領の漁師達が行方不明となって、七カ月もの時間が経っていた。

 遭難の報を聞いたエイガスは、直ちに自領の有翼馬の騎士(ペガサスナイト)にその捜索を命じたが、船の板の一枚も見つけることは出来なかった。

 教会では夫の、息子の、父の無事を祈る家族が昼夜も忘れて祈りを捧げている。

 そんな領民が、エイガスには不憫で仕方が無かった。


 日記には、船はエスバール大陸へと流されたと書いてあった。

 有翼馬の騎士(ペガサスナイト)の捜索をエスバール大陸まで広げれば、生と死は別にしても、漁師達の痕跡を探し出すことが出来るかもしれない、とエイガスは思った。

 その痕跡の報は、昼夜、呪われたように教会で祈り続ける家族達に新たな道を示すはずだとも思った。


 精悍な有翼馬の騎士(ペガサスナイト)達は、魔物の跋扈するエスバール大陸にも馳せ参じることだろう。


 しかし障害があった。


 フェナメス王国はエスバール大陸へ不可侵の立場を取っており、これを覆すには王の許可が必要であった。

 エイガスは筆を取った。

 筆を取り、彼の縁戚であり国王であるジャスター・レイバーハイドへ手紙をしたためた。


 ーー 親愛なる国王陛下


 七カ月前、我がロナンハイド領に悲劇が襲いかかりました。

 己の仕事を果たすために沖合に出ていた漁船が嵐に見舞われたのです。

 嵐によって外海へと連れ去られた漁師達の捜索は難航を極め、我が国の誇る有翼馬の騎士(ペガサスナイト)の力を持ってしても、広大な海では髪の毛一本の痕跡も探し出すことが出来ませんでした。

 しかし、誰が成果を上げられぬ有翼馬の騎士(ペガサスナイト)を責めることなど出来ましょうか。

 それは砂漠に落とした針を探す作業であり、甚だ無理難題でありました。


 残された家族達は、教会で祈りを捧げることに没頭しております。

 ただただ漁師達の無事を願い、昼夜を忘れて祈りを捧げております。

 家族の安否を想う一途な気持ちに、「もう諦めろ」と誰が水を差すことができるでしょうか。

 私には残された者達が不憫で不憫で仕方がないのです。

 ここに、漁師の着ていた服の一枚でも見つかっていれば、彼女達の気持ちにも踏ん切りがついたのかもしれません。

 しかしながら、前述した通り、痕跡を探す仕事は難航を極めております。


 私の手を幼い少女が握るのです。

 涙で顔を崩しながら「領主様、お父ちゃんを探して下さい」と懇願するのです。

 家族の心にも、私の心にもあの日以来、黒い雨が降り続いております。私は領主として、一刻も早く領民の心に安寧を与えたいのです。


 先日、私の元へ行方不明となった漁師が綴った日記が届けられました。

 日記によれば、彼等はあろうことか、エスバール大陸へと流されてしまったのです。

 私はエスバール大陸へと有翼馬の騎士(ペガサスナイト)を派遣し、漁師達の痕跡を探し出したいのです。

 或いは、それだけが残された家族と私の心に振り続ける黒い雨を晴らす方法なのでありましょう。


 ジャスター王よ、ご英断下さい。

 どうか私に、有翼馬の騎士(ペガサスナイト)の派遣をお許し下さい。

 私に領主としての責務を果たさせて下さい。

 

                              頓首再拝。 ー-


 手紙を読んだジャスター王は、エスバール大陸での捜索を許した。

 許したばかりか、その任はフェナメス第三大隊にあたらせると王命を下した。

 ジャスター王はこの問題を、ロナンハイド領のみの問題とすることを良しとせず、第三大隊を使うことによってフェナメス王国全体の問題としたのだ。

 この報は、瞬く間にフェナメス王国を駆け巡るのであった。



☆彡☆彡☆彡


 ロナンハイド領の一番の特徴といえば、領地が広大な海に面していることだろう。   

 先々代のロナンハイド領主がここに、天然で良質な地形を利用してラルド港という名の巨大な交易港を開いた。

 普段は行き交う商船と、積み荷を降ろす水夫で賑わうラルド港も、今日ばかりは様子が違っていた。


 港には二百の有翼馬の騎士(ペガサスナイト)から成るフェナメス第三大隊が駐留し、出陣の号令を静かに待っていた。

 

 海上では四隻のガレオン船が、やがて来る使命を待ちわびるかのように、波間にその船体を揺らしている。

 メインマストに描かれるのは、フェナメス王国の象徴である有翼馬ペガサスであり、海風にたなびくその勇姿は、いつかマストを飛び出し本当に空を駆けるのではないかと思わせる程だった。


 ラルド港を張り詰めた緊張感が支配していた。

 港に詰めかけた民衆もその空気を感じ取ってか、無駄口を叩く者は一人もいない。

 そんな中、場違いな程に談笑に花を咲かせる興じる青年達の姿があった。


 一人はマーカス・ロナンハイド。

 ロナンハイド家の長兄であり、彼はフェナメス第二大隊の所属であったが、無理を通して今回の遠征に参加した。


 二人目はカノープス・アーデルハイド。

 アーデルハイド家の三男であり、彼の所属も第二大隊なのだが、マーカスと同じ様に無理を通して参加した。

 カノープスとマーカスは背に、王家に連なる者のみが身に付けることを許される真紅のマントを纏っていた。


 三人目はアラン・シュナイダー。

 フェナメス第三大隊隊長アルベール・シュナイダーの長兄である。

 シュナイダー家は代々、フェナメス王国の西に位置するシュナイダー領の領主をしている。

 父アルベール譲りの自然なウェーブのかかった金髪に、涼し気なエメラルドの瞳を持つ美丈夫である。


 最後にミハエル・コートナー。

 先の三人が士官学校の同窓であるのに対して、ミハエルは些か毛色が違っていた。

 彼はその実力によって有翼馬の騎士(ペガサスナイト)に抜擢されるという、異例の経歴の持ち主である。

 体格も四人の中で一番良く、カーキ色の髪に虎のような鋭い目を持つ男だった。

 彼の所属はフェナメス第三大隊。


「まったく呆れた者達だ・・・」


 アランがため息と共に言葉を吐き出した。

 しかしその口調は非難めいたものではなく、ヤンチャ坊主が仕掛けた悪戯を楽しんでいるかのようであった。


「我が領の漁師を捜索するのだ。ロナンハイドの長兄たる俺が参加しなくてどうするというのだ」


 マーカスがドンと胸を叩く。

 その威勢の良さに、彼の愛馬であるジルドラも「ブルルッ」と鼻を鳴らした。


「まったくマーカスの言う通りだ。フェナメス王国の漁師の捜索に、王族に連なる私達が馳せ参じなくてどうするのだ」


 カノープスが赤毛を海風に揺らしながら、マーカスの意見に乗った。

 そんな二人を前に、アランとミハエルは顔を見合わせた。

 どちらも笑いが堪えきれないといった様子で、彼等には、取って付けたように殊勝な言葉を並べる目の前の二人が滑稽でならなかった。


「で・・・本心はどうなのだ?」


 そんな言葉は初めから信じていない、といった調子でミハエルが二人に問うた。


「エスバール大陸へと行こうと言うのだ、こんなに面白い事に首を突っ込まずにいられるか」

「まったくマーカスの言う通りだ。私とマーカスの参加が許された時の第二大隊の連中の悔しそうな表情といったら・・・お前達にも見せてやりたかったぞ」


 言い終わると、マーカスとカノープスは悪戯が成功したヤンチャ坊主のようにニヤリと笑った。


「ハッハッハッハッハッ!」


 堪えきれずに、アランが腹を抱えて笑った。

 彼の愛馬オーウェンは、他の者達の騎乗する有翼馬ペガサスに顔を近付け「やったな、オイ」といった具合に「ヒヒンッ」と鳴いた。

 どうやらオーウェンも悪戯の成功を喜んでいるらしい。


 若き四人の騎士ナイトの話が一段落した頃、港にざわめきが起こった。

 何事かと様子を伺ってみると、港に詰めかけた有翼馬の騎士(ペガサスナイト)が次々に左右に割れ、誰かのために道を開けているようだった。


「ありがとうございます」


 その誰かは、道を譲ってくれた騎士ナイトの一人一人に、丁寧に頭を下げては礼を述べていた。

 純白のフリルの付いたシャツに、黒のキュロットに足を通し、膝上までの長い靴下を履いたその者は、頻りに辺りを見回しては、想い人を探す少女のような表情を見せた。

 少女のようなと言ったが、道を譲った有翼馬の騎士(ペガサスナイト)の中には実際に、彼を女性と間違える者も多かった。

 彼は長いブロンドの髪をポニーテールに束ねており、髪が揺れる度に甘い花の香りが漂ってきそうな程に可憐であった。

 中性的で造形の整った美しい顔に、騎士ナイトが見惚れてしまうのも無理のない話だった。


「兄上ッ!」


 どうやら彼は想い人を発見したようである。

 嬉しそうに口元を綻ばせ、大きく手を振りながら若き騎士ナイトの輪に近付いてくる。


「ふう・・・」誰かがため息をついた。

 マーカスが頭痛を覚えたかのように額に手を当てていたから、このため息は彼が発したもので間違いないだろう。


「エドガー殿はまた一段と美しくなられたものだな」

「アランよ、それは皮肉か?」

「褒めているのさ」

 

 確かに、顔を紅潮させ、胸に手を当て、弾んだ息を落ち着かせる様など、たおやかな貴族令嬢にしか見えない。

 もしもこれが自分の弟でなければ、マーカスだってそのあまりの美しさに目を奪われていたことだろう。

 いっそ女に産まれていれば、傾国の美女と大層な評判を呼んだに違いない。

 ロナンハイド領の民がエドガーのことを、愛称を込めて「姫君殿下」と呼んでいることをマーカスは知っていた。


「皆さんお久しぶりです」


 エドガーは、マーカスの悪友達に優美な礼をした。


「馬上ゆえ」


 悪友達は右手を胸に当て、軽く頭を下げた。

 この仕草が、フェナメス王国における馬上からの返礼の作法であった。


「エドガーよ、何をしに来たのだ?」


 何をしに来た?とはなんともぶっきらぼうな物言いである。

 エドガーは兄の言葉に動じる素振りすら見せずに、ニコニコと微笑んでいた。

 この兄弟における日常の会話の全てがこの調子なのかもしれない。


「お守りを持ってきました」

「お守りだと?」


 エドガーは手に持っていた小包を開いた。

 中には、銅板に母のように優しく微笑む女神ミリムの描かれた、掌サイズのお守りが四つ入っていた。


「皆さんの分も持ってきました。無事を願い、私が教会で祈りを捧げたものです。是非戦場にお持ち下さい」

「これはこれは」

「痛み入る」

「感謝する」


 カノープス、アラン、ミハエルの三名は素直にお守りを受け取り、首にかけた。

 そんな三人に、エドガーは満足したように頷いた。


「そんな物・・・」


「いらん」とマーカスが言うより先に、ミハエルが白銀の鎧を小突いた。


 マーカスはフェナメス王国でも、特に敬虔なミリム教徒の多いロナンハイドで産まれ育った。

 彼も一時は熱心なミリム教徒であったし、女神ミリムを心の底から信奉していた過去を持つ。

 マーカスが変わったのは、王都の士官学校に入り、有翼馬の騎士(ペガサスナイト)となり、幾度の戦場で激しい戦いを経てからのことだった。

 魔物に蹂躙され、子供が気に入らない人形にするように、バラバラにされた王国民の姿を見た時、或いは同期の有翼馬の騎士(ペガサスナイト)が死んでいく様を間近で目撃した時、彼の死生観は変わった。


 ー この世は地獄だ・・・。


 マーカスはそう思うようになっていた。

 教会は、教会の神父共は、祈りを捧げれば、必ず女神ミリムが救って下さるとお題目を唱えていた。


 ならば何故、王国民が死んでいくのだ。


 魔物との戦いの果てに力尽きて行った有翼馬の騎士(ペガサスナイト)は、祈りが足りなかったとでも言うのか。

 そんな馬鹿な話があってたまるものか。


 いつしかマーカスは教会に礼拝することをしなくなり、自分の妻と子供にもそれを強いた。

 父エイガスは苦い顔をしていたが、別段息子に強く当たることをしなかった。

 ただ「お前の言う通りこの世は地獄だ。地獄にあって人は、何かに縋らなければ生きていけない弱い生き物だ。強いお前は良いだろう。しかし、やがてお前が領主になった時、それを民に強いてくれるなよ」とだけ言った。

 この言葉の意味は、マーカスにも良く分かった。


 生と死が紙一重で行き来する軍人という職業にあって、過酷であればある程、彼等は考え方を単純にしていく。

 ミリム教に焦点を当てれば、教会の教えが全て嘘だったと唾を吐き背を向ける者、逆に地獄の状況にあって、信仰心をより深める者・・・。


 マーカスの性格を悪友達に聞けば「単純一途」と返ってくるだろう。

 単純一途であるからこそ、教会の教えと現実の乖離に悩み苦しみ、教会と隔絶する道を選んだ。


気風(きっぷ)の良い男だよ」


 これも悪友達のマーカス評である。


 「ふう・・・」マーカスは二度目の溜息をつきながら、お守りを受け取った。

 そして心の底から嫌そうな表情を作ると、渋々といった具合に首から下げた。


「良かった・・・。兄上がお守りを受け取ってくれなかったら・・・そして万が一のことがあったのなら・・・私は今日という日を一生悔やんだことでしょう・・・」

「そうなったらお前が次期領主だ」

「もうッ!!」


 無神経なマーカスの物言いに、思わずエドガーが拳を握り振り上げた。


 その時だった。


 ジルドラが「ブルルッ!」と嘶くと、エドガーの代わりにマーカスの右腕に噛み付いたのだ。


「むッ・・・」

「ジルドラありがとう」


 ジルドラはエドガーの代わりに、親友ともの目に余る態度を諫めたのである。


「ジルドラは私の味方です」

「ジルドラよ、俺とお前は幾多の戦場を共に駆け抜けて来た。そんな俺よりも、エドガーに肩入れすると言うのか?」

「ブルッ!?」

 

 ジルドラの視線がマーカスとエドガーを行ったり来たりする。

 確かにマーカスは共に、激しい戦場を闘い抜いてきたかけがけのない相棒である。

 しかしジルドラに取ってはエドガーも大事な存在であった。


「お前が意地悪な物言いをするからさ。ジルドラが困っているではないか。そらッシルヴィス、ジルドラの代わりにマーカスに噛み付いてやれ」

「ヒヒンッ!」


 カノープスがそうけしかけると、彼の愛馬シルヴィスがマーカスの肩に噛み付いた。

 無論、本気で噛み付いているわけではない。


「分かった分かった、俺が悪かった。ジルドラもシルヴィスも放してくれ」


 観念したようにマーカスが言うと、ジルドラもシルヴィスも速やかにマーカスを解放した。

 その様子を、ひと時の余興を楽しむかのようにエドガーが見守っていた。


 高らかに鼓笛隊が音楽を奏でた。

 勇ましい太鼓の音と、大空に吹く風をイメージした笛の音が合わさる。

 出陣の刻を知らせる音楽だ。


 上空に、青のマントを風にはためかせる一騎の有翼馬の騎士(ペガサスナイト)の姿があった。


 シュナイダー領当主、フェナメス第三大隊隊長のアルベール・シュナイダー大将と、その愛馬クラウドである。

 白銀の鎧には、縁取るように青の装飾が施され、それが果てしなく広がる蒼天と相まって、まるで神話の一ページを切り取ったかのような光景であった。


「フェナメス王国の誇り高き有翼馬の騎士(ペガサスナイト)よッ!!刻は来たッ!!これより我等は遠くエスバール大陸へと馳せ参ずるッ!!兜を被れッランスを構えよッ!!」


 裂帛れっぱくの気迫で、アルベールが遥か水平線を指し示す。


「ヒヒィーンッッ!!」


 気迫が伝播するかのように、次々に有翼馬ペガサスが嘶いた。

 一騎、また一騎と有翼馬の騎士(ペガサスナイト)が空へと飛び立つ。


「時間だ・・・」

「ああ・・・」

「行くか・・・」

「そうだな・・・」


 言葉少なに、若き騎士達が兜を被った。

 それまでがどれだけ羽目を外していようと、いざ戦場に赴く段になれば、彼等は一騎の有翼馬の騎士(ペガサスナイト)となる。

 若いとはいえ、彼等は軍人であった。


「兄上ッ!!」


 飛び立つその背中に、エドガーが声を掛けた。


「ご武運をお祈り致します」


 エドガーは膝を折り、手を組み、祈りを捧げた。

 マーカスは何も言わない。

 その代わりに、力強く胸を叩いた。


「あ・・・」


 その場所は、エドガーが渡したお守りの収められている場所だった。

 言葉は無かった。

 しかし、エドガーには無骨な兄の想いがしっかりと伝わった。


 有翼馬の騎士(ペガサスナイト)が全て空に上がると、アルベールが命令を下した。


「出陣ッッ!!」


 鼓笛隊が勇ましい音楽を奏でる。

 港に詰め掛けた人々は、割れんばかりの歓声を送る。


 編隊を組んだ第三大隊の姿が遥か彼方の空へと消える頃、一人、また一人と膝を折り、手を組み、祈りを捧げた。

 人々の祈りは、いつまでも終わることはなかった。


 太暦1808年、フェナメス第三大隊はエスバール遠征という大事業をやってのけた。

 さらには、大陸にカルカンという名の街を見つけ、行方不明の漁師の一人、アルヴァー・ランドルフの保護に成功する。


 アルヴァーの命を助けたカルカンの街に、ジャスター王はいたく感激した。

 慢性的に食料が不足していると聞き、援助と交易を申し入れた。

 船を出すのは、エイガス・ロナンハイドが受け持った。

 彼としても、領民を助けてくれたカルカンには思う所があったのだろう。


 後日のこと・・・。


 エイガスは漁村の領内の視察をしていた。

 行方不明となった者の中で見つかった者はただの一人。

 働き手を失い、後家となってしまった者達への援助と、心に寄り添わなければならない。

 心に振り続ける黒い雨は上がったが、曇りのままである。

 或いはこの曇りも、時間が解決してくれるのかもしれない。


 海岸沿いを歩いていると、不意に手に温かさを感じた。


「領主さまッ!お父ちゃんを見つけてくれてありがとうッ!」


 いつかの幼い少女が、エイガスの手を握っていた。

 エイガスは少女の頭に優しく手を置いた。

 後方に目をやれば、すっかり恐縮した様子の若い夫婦が頻りに頭を下げていた。

 思わず、エイガスの頬が緩んだ。

 これから先、この若い家族に数多の幸せが降り注ぐことを願わずにはいられなかった。

 

「この世は・・・地獄か・・・」


 エイガスの口からそんな言葉が零れ落ちた。

 彼には若い家族がまるで、弱々しく愛らしい新芽のように思われた。

 自らを守る術を持たずに、少しの風浪で折れ、外敵によって簡単に蹂躙されてしまう、そんなか弱い存在に思えてしょうがないのだ。


 だとするならば、マーカスは自らの肉体を盾にし、槍にし、このか弱い新芽を守るため、終わることのない戦いにその身を投じていることになる。


「お前は私の誇りだよ・・・マーカスよ・・・」


 エイガスは、今もどこかの戦場を駆ける息子に思いを馳せるのであった。

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