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LIVE ANOTHER DAY ~僕達の物語~  作者: SAKURA
2章 再会
23/26

現代人達は旅立つ 1 ~ 歩とすき焼き


 雲一つ無い快晴であった。


 夏が近付くにつれて勢いを増す太陽の日差しと、山から運ばれる冷涼な風とが丁度良い塩梅となり、何をするにも絶好の日和である。


 この日、歩達は美芳を旅立った。


 村から西へと向かう道がある。

 土を踏み固めただけの道で、お世辞にも上等とはいえない。

 その道は蛇行しながらどこかへと続いている。

 道の周りには荒野が広がり、遥か彼方に倒れた樹々の姿を見ることができたが、それだけだった。


 道の北側を神名川が走っている。

 今は枯れ果てたこの川を、道なりに進めばやがて海に出るという。

 その海を背にしてカルカンの街があるのだそうだ。


 その道が、美芳の民で埋め尽くされている。

 その中にはハムスター族の姿もあり、ヨーコの姿もあった。

 特筆すべきは、彩と小梅さんの姿もあることだろう。


「だって歩兄とヤト姉、それに勇太ともしばらく会えなくなるんでしょ?私も村までお見送りに行く」

「にゃわんにゃわん」


 この二人も、仲間とのしばしの別れに思う所があったのかもしれない。


 歩もヤトも勇太も、この世界に来てからすっかり着慣れた木綿の服ではなく、転移してきた時の服を着込んでいた。

 この姿で旅に臨むつもりらしい。


 歩はスポーツ用の長袖のシャツの上からさらにTシャツを重ねた出で立ちで、Gパンに運動靴という姿である。

 彼がはなちゃんを散歩する時のベーシックな服装だ。


 勇太はTシャツに半ズボンという、動きやすそうな服装である。

 ヤトは・・・ヤトは白のお嬢様ドレスに、白のお嬢様帽子を被っており、これから貴族の社交界にでも出かけて行きそうな装いだ。

 これで旅ができるのかと心配にもなるが、ヤトはこの格好でも山道をスイスイと登っていたから、多分大丈夫なのだろう。


 そんなヤトの元へライが近付き、何やら耳打ちをした。

 するとヤトの顔が真っ赤にそまる。

 大方、ライが何かを吹き込んだのだろうが、詳しいことは二人にしか分からない。


 幸姫との別れは今朝の内に屋敷で済ませてある。

「気を付けてゆくのじゃ」と激励してくれた犬神の姫は、ハム神様達と屋敷でお留守番だ。


「勇太、本当に大丈夫?今だったらまだ屋敷に戻れるよ?」

「にゃわにゃわ?」

「だいじょ~ぶだいじょ~ぶ」

「ワンワン」


 勇太とソラを囲むのは、彩と小梅さんに、ヨーコと村の子供達だ。

 彩はしきりに勇太を心配しているが、その心配の大方の部分は、少年が大人達に迷惑をかけないで無事に旅が出来るのだろうか?という不安で占められていた。


 つまりはこういうことである。


 長く歩けば「足が疲れた」と駄々をこね歩の背中にしがみ付き、夜になれば「暗闇が怖いと」歩を煩わせ、二日もすれば「屋敷に帰りたい」と泣き言をいい、街に着いたら十中八九迷子になり、街にある商店を見たのならば「あれが欲しいこれが欲しい」とわがままを言い、帰り道に至っては行く道の二の舞になるであろうことは容易に想像できた。


 彩と小梅さんは、最後の最後まで勇太の説得に心を尽くした。


「歩兄とヤト姉に迷惑をかけたらダメだよ?」

「にゃわん?」

「迷惑だってッ!?」

「ワオンッ!?」


 迷惑という言葉に、勇太とソラは心外だとばかりに反応する。

 そして「僕、今まで歩くんとヤトちゃんに迷惑をかけたことなんてないよ?」「ワオ?」とあっけらかんと言い放った。


 少年のこの発言に、彩と小梅さんはいよいよ説得を諦めた。


「これ・・・皆さんのために拵えました。旅の無事を祈ってます」


 村の婦人が歩に何かを渡していた。

 それは、ヤトとライが狩ってきた獣の皮をなめして作り上げた旅のマントだった。

 夏が近いとはいえ、夜間ともなれば冷え込む日もまだある。

 このマントにくるまり暖を取れば、寒さに凍えることもないだろう。

 また、にわかに吹き付ける強風からも、突然の雨からだってマントが守ってくれるに違いない。


 婦人達は、行商が決まったその日から、時間を見つけてはコツコツと旅のマントの制作に取り掛かっていた。

 驚くべきは、そのマントは幸姫の家臣達の分まで用意されていた。

 そこにははなちゃんも数えられ、急遽参加の決まった勇太とソラの分まで用意されていた。


 向こうでは、ヨーコが勇太に旅のマントを付けてあげていた。

 勇太は嬉しそうに笑い、マントを翻しては元気に駆け回っている。

 旅のマントの制作に、ヤトとヨーコが加わっていたことを、歩は後で知らされた。


「はなちゃん似合ってるのハム~」

「ワオンッ!」


 歩がはなちゃんの体にマントを巻いてやると、ハムちゃんがパチパチと手を叩いた。

 はなちゃんもマントがお気に召したのか、キリッとした表情で、ファッションモデルのようにポーズを決めていた。


「歩殿・・・そろそろ・・・」


 旅立つ者達を囲むように人垣が出来ていたが、アサヒのその言葉で波のように引いて行く。

 旅立つメンバーは、歩、はなちゃん、ハムちゃん、ヤト、勇太、ソラ、アサヒ、弥助である。


「それでは行ってきます」

「行ってくるね~」


 歩と勇太は皆に大きく手を振ると、荒野に一歩を踏み出した。

 二人の顔に不安な様子はない。

 それどころか、これから始まる冒険の旅にどこか高揚しているようであった。


「みんな~ッ!!元気でね~ッ!!無事に帰ってきてね~ッ!!」

「にゃわ~~んッ!!」


 彩は歩達の姿が見えなくなるまで手を振った。

 その瞳には涙が浮かび、どこか悲し気な表情である。


 感受性の豊かな少女には、一時の別れが永遠のもののように感じられた。

 頭ではまた会えると理解していても、見送りの場のなんとも言えぬ寂寥感せきりょうかんが、彩の涙腺を刺激してどうしようもないのだ。

 

 そんな少女の頭の上に、ヨーコの手が優しく置かれた。



☆彡☆彡☆彡



~ 歩とすき焼き


 仕事を終えた人々が行き交う街中を、スーツ姿の田中歩が足早に歩いていた。

 彼の着るスーツは夏用の薄い生地の物で、新入社員の時に購入したから、かれこれ三年近い付き合いになる。


 そう・・・季節は夏だった・・・。

 

 歩の手には買い物袋が下げられ、長ネギが緑色の頭を覗かせていた。

 さらに袋の中を観察してみると、焦げの入った焼き豆腐に、しらたき、シイタケ、春菊、卵まであった。

 いつもののほほんとした表情ではなく、王命を与えられた有翼竜の騎士(ドラゴンナイト)のように歩の顔付は精悍であった。

 この男が、こんな表情をみせるのも珍しい。


 やがて男は、商店街のある一画で足を止めた。

 ショーケースに並ぶのは赤の色が食欲をそそる肉の数々で、揚げられたばかりのコロッケがそこに花を添えている。


【肉のみさき】


 年季の入った看板にはそう書かれていた。


「いらっしゃい田中さんッ!!」


 少々ふくよかな体型の主人と、白の割烹着を着た女将さんが威勢の良い声で歩を出迎えた。

 歩は肉のみさきの常連であった。

 週に四日はこの店で買い物をしていたし、店主と女将はよほどの犬好きなのか、度々はなちゃんに牛の骨をプレゼントしてくれた。


 肉のみさきは、豊富で新鮮な肉と、名物のコロッケで地域に愛される個人商店である。

 確かここの娘さんと彩が同じクラスなのだと聞いたことがある。


「今日は何にしましょうッ?」

「ええと・・・」


 何にしましょうッ?と聞いておきながら、店主の手は100g250円の牛肉のケースの上を彷徨った。

 この肉はショーケースの段の一番上に置かれていて、その値段から客の需要も多いのだろう。

 ちなみに下の段にいく程、肉の値段も髙くなるが、歩が買うのは専ら一番上の肉であった。


 要するに店主は一番上の肉が何g欲しいのかを聞いていたのだ。

 これだけを聞くと店主の言葉に嫌味を感じるかもしれないが、店主にそんな悪意などはなく、恵比寿様のようにニコニコと微笑んでいる。


「あの・・・」


 先程の精悍な様子からは打って変わって、歩はモジモジとしていた。

 その様子を客商売の長い店主は敏感に察知した。


ー 何かおかしいな・・・。いつもは朗らかなこのお人が、想い人に偶然出逢った生娘のように顔を染め上げて・・・。一体何があったんだ・・・?


 店主の洞察は続く。


ー もしかしたら持ち合わせが少ないのか?しかしこのお人が何にそんなに金を使うのだろう?・・・女か?派手な女に貢いでしまって金が無いのか?俺にも同じ経験がある。アザミ・・・良い女だった・・・。お前は今どこで何をしているんだ・・・。


 店主の昔の話は、割とどうでもいい。


ー 田舎から出て来た純朴な青年のような田中さんを惑わす女とは一体・・・?夜か・・・?夜の蝶に惚れ込んでしまったのか・・・?


 田舎から出て来た純朴な青年という所は当たっている。


ー 俺も田中さんと同じような年の頃は、一介の純朴な青年だった・・・。


 店主が純朴な青年であったかどうかは甚だ疑問である。


「下の・・・お肉をくださいな・・・」


 意を決したように歩が口を開いた。そこにはもはや生娘の面影はなく、魔物と対峙した有翼馬の騎士(ペガサスナイト)のように勇壮であった。


「下の・・・肉だとぅ・・・?」


 店主の声色に《《ドス》》が混ざった。

 表情もそれまでの恵比寿様ではなくなっており、任侠映画に出て来るヤクザのようであった。

 揚げたてのコロッケを並べていた女将の動きも、一瞬ピタリと止まった。


 肉のみさきが地域に根差した個人商店であることは先にのべた。

 主人が昔、アザミという名の女性に貢いでいたことにもふれた。

 次なる話題は肉のみさきのショーケースについてである。


 店主が中央に鎮座するこのショーケースは、五段の造りとなっていて、下に行けば行く程に肉の値段が上がっていく。

 特に一番下の肉などは、牛肉のランクでいえばA5に相当し、目の玉の飛び出る程の金額になる。

 A5の肉を買い求める層とは、金持ちの集まる坂の上の住人であり、坂の下に住む主婦達はこの肉のことを「坂の上の肉」と名付け、それを買えぬ自分達への自虐的な笑いに変え、畏怖し崇敬していた。


 店主の手がケースの二段目へと向けられる。ここに並ぶ肉の値段は100g400円である。


「あの・・・もっと下です・・・」

「なんッ・・・だとぅッ・・・!?」


 歩は店主の熊のような手をさらに下へと促した。

 三段目には100g800円から千円を超える肉まである。

 ハレの日や、何かめでたい時に奮発して食べるレベルの肉なのである。


 店主の額に脂ぎった汗が滲んだ。


「えと・・・まだ下です・・・」

「ッッッ!?」

「アンタぁ~ッ!!」


 歩と店主のやり取りを黙って見守っていた女将も、こらえきれずに声を上げた。

 四段目の肉は100g千五百円から。

 歩の後ろに並んでいた主婦達からもざわめきが起こった。


「よ・・・四段目の肉を・・・何gだい・・・?」

「あッ・・・アンタぁ・・・」


 ザワザワ・・・ザワ・・・。


 女将は主人にもたれ掛かり、小枝のように細い身体を震わせた。

 それと比べると主人は流石である。

 彼は顔中に玉のような汗を浮かべ、喉がカラカラになりながらも、にわかには信じられない注文をする歩と相対し、肉屋の主人としての務めを懸命に果たそうとしていた。


「その・・・もう一段・・・下です・・・」

「~~ッッッッッ!?!?!?!?」


 五段目の肉とは坂の上の肉である。

 ルビーのような赤に、粉雪のような模様の《《サシ》》の入った肉で、見ているだけで口の中が幸せな気分になれる、そんな夢のお肉なのである。

 ちなみにお値段は100g三千円。


 女将はまるで化け物と遭遇したかのような目で歩を見ると、手を合わせてうずくまり「なんまいだぁ~なんまいだぁ~」と念仏を唱え始めた。


 店主の様子もおかしかった。

 彼は放心したように口を開け、視線は中空を彷徨っていた。

 長年肉屋の仕事に従事しているベテランの夫婦が、たかだか二十五歳の若造に完全に飲み込まれていた。


「私が貴方の注文を受け肉と切り分けることでしょう。そのことは貴方と大きな驚きを与えます。貴方をこの最上級の肉がとても大きな金額で購入せざるおえない状況に陥ります。貴方も本当にそれを望みますか?」

「・・・?」


 店主は、突如として程度の低い自動翻訳機のような日本語を喋った。

 歩は頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた。もしも歩が店主の異変にに疑問を感じ、突っ込んだ質問をしていたのならば、この店主が夜な夜な怪しい日本語の飛び交う動画サイトを徘徊していることが白日の元に晒されていただろう。


 結局、歩は坂の上の肉を600g購入した。200gをはなちゃんに上げて、自分は400gをすき焼きにして喰うつもりだった。

 贅沢も贅沢である。歩がこんな贅沢をしたのは初めてのことだった。


 肉を包んで渡す店主の手が震えていた。

 受け取る歩の手も震えていた。


 後ろに並んでいた主婦達が左右に分かれて道を作った。

 その道を歩は進んだ。

 神との約定の書かれた石板の代わりに、坂の上の肉を大切に胸に抱き。


 ある主婦(35)がその時の様子をこう語った。


「その者、勇壮であり、その様はまるで、海を渡るモーゼのようであった」と。



☆彡☆彡☆彡


「ワオンッ!ワオンッ!」


 はなちゃんが肉のみさきのショーケースを前に、興奮したように尻尾を振る。

 はなちゃんの視線の先にある物とは、ケースの最下段に鎮座する坂の上の肉であった。

 歩がこの店に立ち寄る時、いつも上段の肉を買うことを賢いはなちゃんは知っていた。

 その肉も確かに美味いが、はなちゃんは一番下の肉が食べてみたくてしょうがなかった。

 きめ細かな脂のサシの入った肉を前に、はなちゃんの口から涎が溢れた。


ー これは夢のような肉だ。だからきっと夢のような味がするに違いない。


 はなちゃんは歩に坂の上の肉をねだってみた。


「おっはなちゃん、お目が高いねぇ~」


 店主が笑いながら白い犬を冷やかした。

 歩はその時、困ったような、恥ずかしいような、切ないような、何とも言えない表情を見せた。

 高価な玩具を前に、駄々をこねる子供に、買えぬ理由が金が無いからだと言い出せない母親のような、そんな表情である。


 街がすっかり夕焼け色に染まった帰り道、目当ての肉が買って貰えずにしょんぼりとするはなちゃんの寂しそうな背中に、歩が声を掛ける。

 

「はなちゃん・・・ボーナスが出たらあの肉を買おう。だから・・・それまで我慢しておくれ・・・」

「ワォ?」


 ボーナスが何なのか、はなちゃんには分からなかった。

 しかし、はなちゃんとの約束を破ったことのない歩が買うと言うのだ。

 必ず買ってくれるのだろう。


 はなちゃんは途端に嬉しくなった。

 歩に飛び掛かったり、手を甘噛みしたりした。

 そんなはなちゃんの頭を、歩は優しく撫でてくれるのだった。


「ワォ・・・ン・・・」


 はなちゃんはお気に入りのフカフカベッドで寝返りを打った。

 無意識に尻尾がパタパタと振られているから、きっと幸せな夢を見ているに違いない。


 遥か遠くから足音が聞こえた。

 はなちゃんの真っ白な耳はその足音を察知し、ピンと立った。


「クア~・・・」


 はなちゃんは大きな欠伸を一つつくと、伸びをして玄関前に待機する。

 尻尾が箒のように左右に揺れ、愛しのご主人様を迎える準備は万端だ。


「はなちゃんただいま~ッ!」

「ワオンッワオンッ!」


 ご主人様の帰宅を、飛行機耳で迎えるはなちゃんなのであった。


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