現代人達は山に入る 3 ~ ある日の日曜日
カルカンの街で食料と道具を交換してくる・・・。
それは、荒れ果てた霧音岳を在りし日の姿に戻すために必要な道具を揃えるためのことであり、実際に山での仕事に従事し、開拓や伐採、運搬の道具不足を痛感していた村の男達は一にも二もなくこの提案に賛同の意思を示した。
差し当たっての目標とは斧・ナタ・鋸・荷車であり、欲を言えば牛や馬などの動物も交換したい所である。
実は山での伐採の際に出た樹々の廃材で荷車の制作に挑戦したこともあった。
しかし、どうしても丸い車輪が作れずに断念していた。
朗報といえば、カルカンの街に住む人々も米を食うという情報であった。
歩はてっきり、耳馴染みのない音の響きから、カルカンの街の人々の主食はパンであるという、勝手な固定観念からくる想像をしていたのだが、そうではないらしい。
もちろんパンも食べるらしいが、米も食べているとの話だったので、行商の目玉商品は主食である米にしようという話になった。
カルカンの街の食料流通事情は良く分からないが、主食であれば交換を拒否されることはないだろうという期待もあったし、最悪の場合は持ち帰って美芳で消費すれば良いだろうとも考えていた。
そうして、山での作業と農作業を半々で行うことになった。
太陽が中天を昇るまで、歩を含めた男達は山を整備し、昼になったら村で昼食を取り、午後はヤトとヨーコを含めた女達と共に作物の育成やら収穫やらに精を出すといった具合だ。
目玉商品を米にするとはいったが、その作業に多大な時間と労力がかかるのも稲作であった。
ヨーコのスキル【成長促進】と、生育に必要な大量の水をヤトが出してくれるお陰で、頭を垂れる程に沢山の黄金色の穂を付けた稲まではすぐ育つのだが、これの刈り入れは全て人力で行われた。
現代であればコンバインと呼ばれる大型の農機具がこの仕事を担っている。
コンバインの素晴らしさは、四条・五条といった稲穂の立ち並ぶ列を一気に刈り取ってしまえる所だろう。
一反の田んぼを、ものの一時間もあれば収穫してしまえる凄まじいまでの機動力を、この農機具は持っている。
例えばこれを人の手によってのみやろうとすれば、人数にもよるが丸一日が費やされることは間違いない。
さらにコンバインには特筆すべき点がある。
それは、この一台が刈り取りと共に脱穀、選別までしてくれるという垂涎の機能を備えていることだ。
脱穀とは穂から実った数百の籾を取り去ることであり、選別とは脱穀の段階で籾に混ざった小石や他の植物の種を除けることである。
然るに歩達は、現代であればコンバインが一手に担っていた作業を、全て人力によってまかなおうとしている。
米を作るには八十八人の手が必要だという言葉があるが、歩達は読んで字のごとくを地で行っていた。
話は前後するが、稲穂を手作業で刈り取った際は、その後に天日で干す乾燥という工程が必要になる。
刈り取ってすぐの籾には水分が多く含まれており、これを天日によって飛ばさなければならない。
本来ならば一週間は天日にさらさなければならないこの工程も、ヤトが炎を出し籾を乾燥させることで驚異的な速度で終わった。
乾燥が終わったならば、次は稲穂から籾を落とす脱穀という作業になる。
千歯扱きと呼ばれる大きな櫛のような農機具に稲穂を通せば、穂は間隔の狭い歯と歯の間を通り抜けるが、籾は歯に当たってポロポロと零れ落ちるという寸法だ。
これが快感なのか、この作業は勇太のお気に入りとなった。
このことがきっかけで少年は【千歯扱きの勇太】なる渾名を頂戴することとなるが、その話は割愛する。
脱穀の後は籾に混ざった稲の葉や藁くずを取り除く作業になる。
本来ならば唐箕という農機具を使って、風の力で選別していくのだが、これもヤトが風を起こし、恐るべき精度で籾とその他を分けていった。
次に籾を臼にかける。
籾から中身を取り出す作業であり、こうして出てきた薄茶色の粒が玄米である。
そして最後は精米となる。
精米とは玄米から糠を取り除くことであり、極限まで取り除いた物が、いわゆる精白米というやつである。
実は糠には豊富な栄養が沢山含まれている。
そのため、米に糠を残す精米方法で作られた物が、八分づきとか五分づきとか三分づきと呼ばれる分づき米なのである。
「あの水車小屋は何に使うのでしょうか?」
ヤトが指差した先には、年季が入っているがしかし造りのしっかりとした水車小屋があった。
いわゆる下掛け水車と呼ばれるそれは、神名川のほとりに建てられていて、もしも川の水量が豊であったのなら、澄んだ水をその羽根に当て、カラカラと水車を廻し続けていたことだろう。
残念ながら今は渇いた水底の遥か上で寂しそうに動きを止めていた。
「あそこでは粉を挽いたり、精米なんかにも使っていましたが・・・その・・・神名川がこの有様ですので・・・」
その質問には弥助が答えた。
どこか申し訳なさそうに耳を畳み、尻尾までシュンと垂れ下がっている。
精米に水車小屋が使えるのならばさぞや労力が軽減されることだろう。
しかし弥助の言う通り、神名川の水は枯れ果てる寸前で、水車が廻る訳がないことは一目瞭然であった。
「使えるならば使いましょう。皆さんもその方が楽できるでしょう?」
「それは・・・使えるのならば使った方が楽ですが・・・」
「壊れてはいないのですよね?」
「はい。水さえあればいつでも使えますが・・・」
ヤトはニコリと笑うと、怪訝そうな表情を見せる一同を引き連れて水車小屋へと歩き出すのであった。
改めて水車小屋を見れば、古風ではあるがしっかりとした造りの立派な物だった。
しかし、先程も言ったように川の水は枯れているので水車が廻る気配は微塵もない。
ー ヤトさんは一体何をするつもりなんだろう?
歩はヤトの様子を伺った。
先程と同じように微笑みを絶やさないヤトは、水車の様子をつぶさに見分している。
「これなら問題なさそうですね」
そう呟くと彼女は水車に水を纏わせる。
水車を中心に円を描くように水を出すと「それっ!」の掛け声と共に、手をグルグルと回し始めたではないか。
ヤトの手の動きと共に水車を包む水が回り始め、遂に水車も廻り始めた。
ギギ・・・ギギギギ・・・。
軋む音を立てながらも水車は、かつてそうであったように徐々に回転を始める。
ー ええぇぇぇ~~~・・・。
その場に居合わせた村人達と同じように、歩の目も点になる。
力技と言えば力技であった。
誰がこのような方法で水車を回すことを考えるだろうか。
誰もが水車を廻すためには神名川の水流が必要だと思っていたし、その水流を取り戻すために霧音岳の整備を始めたのだから、この結果にはただただ呆然とするしかない。
「ワ~イッ!ヤトちゃん凄~いッ!」
呆ける大人達を尻目に、勇太がヤトの元に駆け寄った。
勇太はヤトの仕草を真似て、両手を一杯にグルングルンと回した。
そんな二人の元へ村の子供達も駆け寄って、キャッキャと両手を回す。
ヤトと子供達の期待に応えるかのように、水車は力強く回転を続けるのであった。
☆彡☆彡☆彡
「みんな隠れるのハム~~ッ!!」
ハムちゃんの号令で、ハムスター族は一斉に草木に身を潜ませた。
最後に残ったハムちゃんは、強い匂いのする木の実を辺りに巻き散らし、遅れて石の影に身を滑り込ませた。
ハムスター達が風景にその身を隠すと、程なくして五匹の巨大な狼があらわれた。
狼達は入念に鼻を地面にこすり付け、獲物の残した痕跡を探し出そうとしていた。
血の様に赤い瞳を爛々と燃やし、サーベルの様に巨大で鋭い牙は、獲物の体に突き刺ささり、血しぶきを上げるのを今か今かと待っているようだった。
彼等が柔らかくて旨そうな獲物を見つけたのは四日前のことだった。
それは初めて見る獲物で、とにかく良い匂いを発し、フワフワの毛に覆われたその身肉の味を想像しただけで裂けた口から涎が溢れ出るほどであった。
ー 何があってもコイツラを喰ってやりたい ー
彼等は一種の妄執に取り憑かれたかの様にハムスター族の追跡を開始した。
小さな体のハムスター族を喰った所で、彼等の腹が膨れるかといえば、決してそんなことはなく、それでも狼達は目を付けた獲物を執拗に追った。
そうして今に至るのだが、この獲物達はあと一歩の所でその姿を消してしまう。
今がまさにそうだ。
強い匂いに鼻を邪魔をされ、行方を追うことが出来ない。
「ガルルルル・・・」
一匹の狼が鼻にシワを寄せ悔しそうに唸った。
名残惜しそうに辺りを徘徊したりするものの、やがて彼等は森の奥へと消えて行った。
それから数十分後、石の影からひょっこりとハムちゃんが姿を現した。
それを機に、隠れていたハムスター達が次々とハムちゃんの元に集まった。
赤子を抱えた母親は不安で眠れぬ夜を過ごしたのだろう、目元にはクマが浮かんでいる。
またある家族はヒシと抱き合い、つぶらな瞳から涙を流していた。
この広大な森を抜ければ霧音岳に到着するであろうその時、ハムちゃん達は不運にも『追跡する狼』に見つかってしまった。
狼はハムスター族を獲物とし、昼夜を問わず恐ろしいまでの執念で追跡していた。
追跡する狼はれっきとした魔物で、旅人や商人達からは脅威の存在として恐れられていた。
単体であっても、その巨大さとサーベルの様な牙で襲われればひとたまりもないが、何よりも厄介なことはその習性にあった。
彼等の追跡する本能というものはどうやら仲間達に伝染するらしく、みるみるうちにその数を増やしていく。
ハムちゃん達でいえば、一匹の狼が四日で五匹に増えた。
追跡する狼を語る上で欠かせない話がある。
それは街から街へと物を売り歩く隊商の身に起こった、誰もが眉をしかめる程の凄惨な事件であった。
渡り鳥のように街から街へと移動する行商人にとって、道中における危険を上げるとすれば、それこそ枚挙にいとまがない。
凶暴な魔物もいれば、金品どころか生命さえも奪っていく野党の存在にも怯え続けなければならない。
あるいは病気や怪我などの不慮の事態にも備えなくてはならない。
そんな中、目的地が一緒の行商人達が共同で護衛を雇い隊商を組むことは当たり前のことだったし、自衛のために必要な措置であった。
この時の隊商は、総勢七十名を超す大所帯となった。
隊商の不幸を上げるとすれば、この時に付いた護衛の者達が、半ばチンピラのような輩で、しかもチンピラ達が契約よりも己の生命に重きを置いていたことだろう。
実際にこのチンピラ連中は、本来ならば己の生命を賭けて守るべき対象の隊商を捨てて逃げ出した。
もう一点、というよりもこのことが最たる不幸の原因なのだが、追跡する狼に目を付けられてしまったことだろう。
仕入れた商品をたっぷりと荷馬車に積み込んだ隊商が街を出たのが一月の末日で、隊商はその後すぐに行方知れずとなった。
もっとも、失踪したと分かったのは行商人の一人が目的地の街に向けて、到着予定日時と商品の目録の書かれた手紙を出していたからだった。
到着日時がずれ込むのは当たり前のことだったから、街の者達は四、五日が過ぎても異変に気が付かない。
一週間が経った時「幾らなんでも遅すぎる」と声を上げた者がいて、急遽、消えた隊商の捜索隊が結成された。
街の周辺からしらみ潰しに始まった捜索であったが、遂に隊商の姿を見つけることは出来なかった。
捜索の範囲を広げようにも、それに割く人員にも限りがあり、一ヵ月も過ぎた頃には「別の街に向かったのではないか?」との声まで出る始末だった。
事態が急変したのは「廃砦が追跡する狼の巣窟になっている」との旅の冒険者の証言からだった。
その言葉は街の衛兵によってすぐに裏付けがなされた。
廃砦は街からも、街道からも大きく離れた荒野に打ち捨てられた物で、そこは既に三百を超す追跡する狼によって占領されていた。
狼達が何故廃砦をねぐらにしているのか誰にも分からなかったが、あぶれた追跡する狼が街道や街まで降りて来て人に害を為すのも時間の問題だった。
この事態を治めるために、ドラゴニア王国より三十騎の有翼竜の騎士が派兵された。
騎士達の活躍は凄まじく、空中から炎や氷の息を降り注がせ、瞬く間の内に追跡する狼の死体の山を作り上げた。
荒野を埋め尽くす程の追跡する狼の死体を背に、何名かの有翼竜の騎士が砦の内部に足を踏み入れた。
砦の内部は甚だ地獄絵図の様相を呈していた。
堅牢な石畳にはバケツをひっくり返したかのように夥しい血痕が付着し、石壁には狼の牙によって引き裂かれた肉片がこびり付き、その足元には誰の物とも分からぬ右腕が無造作に転がっている始末であった。
幼い追跡する狼が、おおぶりの肉片を咥えて砦内を走り回る姿があった。
その側では母親が望まれざる侵入者に対して牙を剥き、唸り声を上げていた。
幼い狼の数は一匹や二匹ではない、何十頭もの子供の側には同じ数だけ母親の姿があった。
「ここで・・・繁殖していたのか・・・」
ある有翼竜の騎士が、苦虫を嚙み潰したかのように呟いた。
騎士達が各々の武器を構えた瞬間に、母狼達が襲い掛かった。
有翼竜の騎士の鎧は狼の牙を弾き返し、彼等の武器は狼の身体を易々と切り裂いた。
そうして砦内の狼達の殲滅が終わる頃、年若い有翼竜の騎士が一際異臭を放つ部屋の存在に気が付いた。
彼は上官にすぐに報告し、速やかに部屋の見聞が行われた。
「うっ・・・」
扉を開け放った瞬間、若い有翼竜の騎士は嘔吐した。
部屋の中では数十の死体が肉の貯蔵庫のように折り重なって乱雑に積まれていた。
詳細を記すことさえはばかられる有様で、数々の戦場を潜り抜けて来た者でさえ直視出来ない程であった。
狼達はどこの誰とも知らぬ人間達を糧に、この砦で繁殖をしていたのだ。
さらに詳しい調査の結果、この死体の身元が判明した。
もはや誰とも分からぬ姿に変わり果てた彼等は、行方不明となった隊商の商人その人であった。
隊商に何が起こったのかは、ある商人の死体が抱き抱えていた日記により判明した。
街を出てすぐに一匹の追跡する狼が自分達の後を付け始めたこと・・・狼の数が十匹になった所で、ある朝、護衛の者達が居なくなっていたこと・・・狼達に誘導されるかの様に道を外れてしまったこと・・・そして・・・最後には百を超す追跡する狼を相手に廃砦に立て籠もったこと・・・。
これが二週間も経たぬ内に起きた。
事件の後日談として、隊商を護衛していたチンピラ連中は直ちに捕らえられ打ち首にされた。
驚くべきことに、チンピラ達は元居た街へと戻り、酒場で酒を煽っていたと言う話だから、開いた口が塞がらないとは正にこのことだろう。
結局のところ、追跡する狼に対する方法として、一匹につけられたのならばその一匹を確実に殺さねばならない。
もしもそれを怠ったのならば、先にある未来とは、隊商と同じ結末なのかもしれない。
☆彡☆彡☆彡
~ ある日の日曜日
この世はまさに群雄割拠・・・。地獄からはサルエルが・・・冥界からはペイルダルトが・・・虎視眈々と私達の世界を狙っているの・・・。
にゃわん・・・。
でも安心して・・・。慈愛の女神シェリルが彼等を暗黒の世界に押しとどめているから・・・。
にゃわにゃわ・・・。
でも・・・それももう限界かもしれない・・・。サルエルとペイルダルトが手を組み、シェリル率いる光の軍団に戦争を仕掛けたの・・・。サルエルはホットケーキとクリームとハチミツのために・・・ペイルダルトはキャンディとチョコレートのために・・・私達の世界がどうしても欲しいのよ・・・。
にゃわ~ん・・・。
この混沌を救えるのは愛と優しさに満ち溢れた者のみ・・・。その者は煌めく巨星となって、やがては地獄や冥界をも愛と優しさの光で包み込むことでしょう・・・。
にゃわんにゃわん・・・。
「ワフゥ~・・・」
はなちゃんは思わず深いため息をついた。
ある日曜日の晴れた午後のこと、犬友達はいつもの公園に集まっていた。
歩と勇太はゴムのボールとプラスチックのバットで野球をしているし、ヤトはそんな二人を微笑ましそうに眺めている。
老犬ゴン太はお気に入りの木の下で浅い寝息を立てているし、そのすぐ側でヨーコは愛犬の様子を見守っていた。
そんな中、はなちゃんは彩と小梅さんに何やら怪しい話を吹き込まれているようだ。
「ワフゥ~・・・」
はなちゃんは再び大きく息を吐いた。
彩と小梅さんの話に、はなちゃんは目から鱗が落ちる思いだった。
この白い犬が歩に拾われて四年の月日が経った。
はなちゃんはその四年の間に世の中のことを学んだつもりだったが、まだまだ知らぬことだらけだと痛感していた。
きっとはなちゃんの過ごした四年など、砂浜に出来る潮だまりのようなもので、その先には大海があり、大海の下には光も届かぬ深海が広がっているのだろう。
そこまでの深い知識を持つ者を賢者と呼称するのなら、この二人こそまさしく賢者なのだろう。
「ワオン・・・」
はなちゃんは尊敬と畏怖の混ざった視線で賢者を見つめる。
一体この小さき賢者達は、その頭にどれだけの知識を蓄えているのだろうか?その慧眼で何を見、明晰な頭脳で何を考えるのだろうか?自分のような体毛が白いだけの存在には想像も付かない。
それと同時に、はなちゃんは賢者が教えてくれた話のある部分が引っかかっていた。
彼女達は「世界を救えるのは愛と優しさに満ち溢れた者のみ」と言っていた。
ならばその存在は、飼い主である歩に他ならぬであろうとはなちゃんは確信していた。
段ボールに入れられ捨てられていたはなちゃんを拾い、たゆまぬ愛情で育ててくれた・・・。これ程までに優しさと愛を持ち合わせる人物が他にいるだろうか・・・?
否ッ!!断じて否なのであるッッ!!!
「ぎゃおんッ!!!」
突如、平和な公園に地獄の底から聞こえてくるかのような断末魔が響き渡った。
危難な叫び声に、木の枝で羽根を休めていた鳥達が一斉に飛び立つ。
見れば、愛と優しさに満ち溢れた者が股間を両手で押さえもがき苦しんでいるではないか。
どうやら勇太少年の放った痛烈なライナー性の当たりが、愛と優しさに満ち溢れた者の股間に突き刺さったようだ。
「歩くんッッ!!」
「ワオンッッ!!」
勇太とソラが慌ててうずくまる歩に駆け寄り、腰をポンポンし始めた。
ヤトとライは顔を真っ赤に染め、心配そうに歩を見守っている。
はなちゃんも歩の元へ走り出したい衝動に駆られた。
飼い主の危機に急ぎ馳せ参じなくては、飼い犬の沽券に関わるのだ。
しかし・・・。
「ワオン・・・」
はなちゃんは小さき賢者達を見つめた。
この賢者達から英知を得られる機会をみすみす逃していいものだろうか?幸いにも、歩の救助には勇太とソラが向かっている。
何より、自分の飼い主は股間にデッドボールを喰らったくらいでへこたれるようなやわな漢ではないはずだ。
「敵の軍勢は・・・」
「にゃわん・・・」
はなちゃんの白い体が葛藤で揺れていると、賢者が口を開いた。
この世の深淵を見て来たかのような黒の瞳に、ハナちゃんは吸い込まれそうになる錯覚さえ覚えた。
「脅威となるであろう愛と優しさに満ち溢れた者を真っ先に狙ってくるはず・・・。貴方は・・・その牙でもって恐怖の軍勢に立ち向かうことが出来るかしら・・・?」
「にゃわにゃわ・・・?」
はなちゃんは賢者の言葉を何度も反芻する。
確かに賢者の言う通り、敵は真っ先に歩を狙ってくることだろう。
その時、自分は主の盾となり牙となれるであろうか?時に獅子のように勇ましく、時に亀のように堅牢に主人を守り抜くことができるのだろうか?
「ワオン・・・」
思わずはなちゃんは身震いする。
それは恐怖心からくる震えではない。
この白い犬は、その想像力を存分に働かせ、いずれ来るであろう避けられぬ闘いを鮮明に想像しているのだ。
悪の軍団が歩に迫った時、自分は研ぎ澄まされた刃のような牙でもって敵を屠らなけらばならない。
また、歩の代わりにその白い体でもって敵の攻撃を受けきらねばならない。
その瞬間を想像するだけで激しい高揚感と共に体が震えるのだ。
それは武者震いであった。
「勇太~いくぞ~ッ!」
「さあこい歩くんッ!」
いつの間にか野球は再開されていた。
歩は大きく振り被ると、多分に手を抜いた緩いボールを勇太に投げる。
「もらったッ!」
鋭いスイングと共にボールを打つ勇太であったが、打球はヨロヨロと打ち上るフライとなった。
「甘い甘い」
落下地点に入り捕球の準備をする歩であったが、打球の様子が何やらおかしい。
打ち上った打球は、何故か空中で回転を増し、ついでに速度まで増して歩に襲い掛かったのだ。
「ひっ・・・ひぃっ!」
およそ科学的な動きを捨てたボールに恐れをなした歩が背を向けて逃げ出した。
しかし打球は歩を逃がさない。
鋭いジャイロ回転と共に、まるで誘導ミサイルのように歩が右へ逃げれば右に曲がり、左に逃げれば左に曲がった。
「なっ・・・なんでっ・・・!?」
なんでと言われても、誰もこのボールの動きを説明することは出来ないだろう。
それほどまでにゴムボールは、一個の意志を持った生命体のように執拗に歩を追い続けた。
そして・・・。
「ぎゃふんッ!!!」
まるで冥界の責め苦に堪えかねた罪人が放つかのような叫声が公園に響き渡った。
ゴムボールは・・・再び歩の股間に突き刺さった・・・。
「歩くんッッ!!!」
「ワオンッッ!!!」
勇太とソラが歩の元へ駆け寄った。
今度はヤトとライまでもが一緒になって歩の腰をポンポンしている。
「じ・・・爺ちゃん・・・ハムちゃん・・・僕もそっちへ・・・」
「ダメだよ歩くんッ!そっちへいっちゃダメだよッ!」
「歩さん戻ってきて下さいッ!」
「ワンッワンッ!」
「ワオンッ!」
ある日の晴れた午後のこと。
犬友達の日曜日は、大体がこんな感じである。
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