現代人達は山に入る 2 ~ 歩とハムちゃん
歩達が山に入るようになって四日が経った。
初日に植えたクヌギの種達も、初夏の日差しを一身に受け、今では腰の高さまで背丈を伸ばしている。
等間隔で植えられた、赤子のようなクヌギ達だけでは山の景色としてはいささか寂しい限りだが、やがては太い根を張り、太陽の光を浴びるために枝木を伸ばし、新たな生命を宿した種を付けてくれることだろう。
それはそう遠くない未来に見られる景色なのかもしれない
とはいえ未だに植物の種はクヌギや樫しかなく、それだけではバランスが悪いという話になり、取り合えずは荒れた山の整理と、露わになった山肌を豊穣の土へと変える作業に重点が置かれた。
その仕事の中心で働くのは歩であり、犬人族の男達であった。
最近では歩と村人達との間にくだけた空気が出来つつあり、仕事の最中に冗談を言い合うなんてこともあった。
いざ一つの目的のために働き出せば、おのずと距離は近付いていった。
山の仕事が始まると、色々と不足する道具が出てきた。
切り出した樹々を運ぶ荷車も村には無かったし、切れ味の良い斧やナタの数も足りていなかった。
贅沢を言うならば荷を引かせる馬や牛などの家畜も欲しい。
「美芳から西へ三日程行けばカルカンという街がある」
そんな話をしているとアサヒが教えてくれた。
そびえ立つ城壁に囲まれた内側にカルカンの街はあるらしく、かなり賑わっているそうだ。
そこには鍛冶師もいるし、大抵の生活の道具は揃うらしい。
「歩殿達が来てくれるまでは・・・カルカンに宝物と食料を交換して貰いに行っていた・・・。今はもう・・・その・・・交換出来る物は何も無いが・・・」
アサヒは幸姫に頼まれ、屋敷の宝物や装飾品を食料に換えていたそうだ。
もちろん、その食料は村の民に分け与えていた。
ー だから・・・屋敷には何も無かったのか・・・。
その話を聞き、歩は言いようもない切なさで胸が痛くなった。
「美芳の地で採れた食料を道具と交換することは出来ないでしょうか?」
「食料・・・をか?・・・できるはずだ。アルク様がご健在だった頃には、カルカンから美芳まで食料を貰いに来ていたくらいだからな。あそこの周りは土が痩せていてなかなか作物が実らないのだ」
「それなら食料と、村で必要な物を交換することができますね」
そこまで計画を立て、歩はふと我に返った。
ー ん・・・?カルカンって街まで三日かかって・・・そこまで食料を運んで行って・・・。誰が・・・?どうやって・・・?
普通ならば荷馬車に積んでいくのだろうが、村には荷馬車もなければ馬もいない。
むしろ、食糧とそれらを交換しようとしているのだから、そもそもまだスタートラインに立ってさえいないことに気付いた。
思わぬ問題に直面し、歩がフリーズしていると不思議そうにアサヒが顔を覗き込んできた。
「歩殿・・・?どうしたのだ・・・?」
「いえ・・・どうやってカルカンまで食料を運ぼうか・・・考えていました・・・」
「・・・?」
アサヒは頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
その顔は、ただ純粋に歩の持った悩みの意味が分からないといった様子で、不思議そうに首を傾げている。
尚もアサヒは歩の発言の真意を自分なりに考えているようで、顎に手を当てては、ピョコピョコとせわしなく犬耳を動かしていた。
ー 僕はそんなに変なことを言ってしまったのだろうか・・・?
アサヒがそんな様子であったから、歩もついつい不安になってしまう。
この世界に召喚されてからまだ一カ月も経っていないし、いわゆるこの世界の常識というものが歩には致命的なまでに欠けていた。
もしかしたら凄く的外れな発言をしてしまったのかもしれないと、内心でヒヤヒヤしていた。
「魔法の鞄という道具がある・・・。見た目はただの皮の鞄ではあるが・・・そうだな、屋敷の大広間程の荷物ならば収められるはずだ」
「・・・魔法の鞄・・・」
歩は驚きで開いた口が塞がらなかった。
確かに魔法やら魔物やらが当たり前の世界においては、そういった便利な道具もあるかもしれない。
それにアサヒは屋敷の大広間程の物が収納できると言っていたが、大広間は三十畳程の広さで、そこに物を敷き詰めるとするならば、一体どれくらいの物量になってしまうのか皆目見当も付かない。
一方で、その様な道具があるのならばカルカンへの道程は余程楽になるだろうとも思った。
驚くべきは、魔法の鞄に収納された食物は、収納された時と変わらない鮮度を保ち続ける点である。
異世界の驚異的な技術力に、歩はすっかり脱帽してしまった。
「実は・・・山の仕事でも使えないかとも考えたのだが・・・なにぶん、鞄に大きな傷が付くと効果が無くなってしまうという話だし・・・なにより・・・アルク様が遺してくれた最後の宝であるから・・・」
アサヒはそこで言い淀んだ。
アサヒはもしかしたら最後の宝を食料に換えて、幸姫共々、残された村の皆とどこかに移住することを考えていたのかもしれない。
心情的な部分も多いにあるだろう。
最後の最後に残った形見の品とは、もうここにはいないかつての犬神や、その眷属達と幸姫達を繋ぐ思い出の鍵のようなものなのかもしれなかった。
アサヒの案内で、屋敷の宝物庫へと案内された。
風呂に入り、夕食を食べ終えた犬友達たちは、アサヒと幸姫の案内で、板敷きの廊下のその奥へと誘われる。
彩と勇太は宝物庫との言葉を聞いて、そこに眠るであろう目も眩む程の金銀財宝の数々に胸を躍らせていたが、大人達の表情は暗かった。
「宝物庫にはもう何もないのじゃ?」
そんな疑問を口にした幸姫の頭を、ヨーコが優しく撫でていた。
重厚な樫の扉によって守られていた宝物庫の中身は、見事なまでに空っぽであった。
「「・・・」」
彩と勇太が何も言わずにヤトの顔を見上げていた。
言葉は発しなかったが、その表情によって子供達が何を言いたいのかありありと感じることができた。
ヤトがそんな子供達に微笑み返すと、二人は気落ちしたようにしょんぼりと肩を落とした。
「これが魔法の鞄だ・・・」
微細な細工の施された白木の箱の中から、アサヒが肩紐の付いた皮の鞄の取り出した。
ショルダーバッグとしては中程度の大きさのその鞄は、意匠のこらされた白木の箱とは異なり、旅人が使うようなシンプルな造りで、色褪せた茶の色をしていた。
留め具のボタンにも錆びが浮かび、お世辞にも綺麗とはいえない。
「おお~・・・マホちゃんではないか・・・」
驚いたことに幸姫はこの鞄に名前を付けてた。
アサヒの元に駆け寄っては、ピョンピョンと飛び跳ね、マホちゃんに手を伸ばしている。
アサヒが魔法の鞄を幸姫に渡すと、嬉しそうに抱き抱え、満面の笑みを浮かべた。
「父様がまだ生きていた頃には、母様の拵えてくれたお団子やらおはぎをマホちゃんにしまって良く美芳をお散歩したのじゃ」
「ええそうでしたね・・・。アルク様も幸姫様も散歩が好きでしたね・・・。アルク様の肩に乗せられて喜ぶ幸姫様の姿を、昨日のことのように思い出せます。・・・ただ・・・アルク様は駆けるのがとても速く、私などは後に付いて行くだけでも大変でした・・・」
二人にとってその思い出は何にも代えがたい大切なものなのだろう。
それと同時に、美しい思い出の詰まったマホちゃんに宝物を入れ、カルカンに売りに行ったアサヒの気持ちを想像すると、歩はどうしようもないくらいに胸が痛んだ。
「アサヒや、マホちゃんを使うのか?」
「はい。食料をカルカンに持って行こうと思います。山の仕事で使うための道具を、食料と交換してこようと」
「ふむふむ。それは良い考えじゃ。皆には苦労をかけると思うが、よしなに頼むのじゃ」
無邪気な幸姫の笑顔に、大人達は一様に「はい」と答え、なんなら犬達も「ワン」と返事をしていた。
「マホちゃん、其方もよろしく頼むのじゃ」
胸元に抱いたマホちゃんにも、幸姫はそう声をかけるのだった。
☆彡☆彡☆彡
屋敷の者が寝静まった夜半、アサヒは庭園に一人立っていた。
石造りの灯篭にはヤトの出した炎が淡くゆらゆらと燃え、清涼な水を湛える池には月が映し出されていた。
庭園には季節が外れているはずなのに樹々が花を咲かせ、風に運ばれた花びらの一片がアサヒの足元に落ちた。
アサヒは膝を折り、白の花びらを優しく摘まんだ。
ー 彼等が来てくれてから・・・全てが変わった・・・。
二年前、美芳の長であり犬神でもあるアルクが死んだ。
その妻である楓も、古くからアルクに付き従う家臣達も死んだ。
そんな時、美芳の地に残されたのはまだ3歳の幼い幸姫と、四人の年若い家臣だけだった。
その内の三人は美芳を、幸姫を捨て出て行ってしまった。
残されたのはアサヒだけであった。
ー 幸姫様が・・・笑顔で昔を語ってくれた・・・。
幸姫が昔を思い出す時は、決まって涙を流し、父が恋しい母が恋しいとすすり泣いた。
そんな幸姫が・・・昔を語る時に笑顔を見せた。
ー それも・・・彼等のお陰だ・・・。
歩達が美芳に来てくれてからというもの、幸姫の様子が一変した。
年の近い彩や勇太と屋敷の中を所狭しと駆け回り、時にはヨーコに怒られシュンとしたかと思うと、その数分後には再び駆け回り、ヨーコを含めて鬼ごっこが開始される始末である。
そんな幸姫は今、彩とヨーコに囲まれて眠っている。
幸姫の寝室はすっかりあの部屋になってしまった。
食料の問題も解消された。
餓えに苦しみ、明日のご飯に怯えていた村人達も、今では肉付きが良くなり、笑顔で山仕事や畑仕事に精を出している。
衰退の道を辿り、あわやここまでかという所で、彼等が来てくれた。
彼等は美芳に食料をもたらし、笑顔をもたらし、新たな目標まで定めてくれた。
アサヒの胸の中には、どれだけ言葉を重ねても足りないくらいの感謝の気持ちがある。
あれだけ二心なく尽くしてくれる者達も、そうはいない。
それがどれだけ代えがたい存在なのかを、かつて仲間に裏切られたアサヒは十分に分かっていた。
「ありがとう・・・本当にありがとう・・・」
アサヒはそう呟き、かつての姿を取り戻した庭園に、柔らかな視線を巡らせるのであった。
☆彡☆彡☆彡
~ 歩とハムちゃん
父を亡くし、母を亡くし、祖父まで亡くした歩は天涯孤独の身となり、とある孤児院に引き取られていた。
そんな中、歩の孤独を癒してくれたのは、共にこの場所にやってきたゴールデンハムスターのハムちゃんだった。
お転婆でヤンチャだったハムちゃんもいつしか落ち着き、手のかからないお利口さんになっていた。
成熟する早さもあるのだろうが、その変化はひとえに中学生となった歩のためだった。
爺ちゃんに甘え、キツネさんに甘え、歩に甘えていたハムちゃんであったが、今は自分が歩を支えなければならないという強い使命感を持っていた。
別れ際にキツネさんと交わした言葉を、ハムちゃんは小さな胸に刻み込んでいた。
『ハムちゃん・・・歩さんの側で・・・歩さんを元気づけてあげてね・・・。私は・・・私は一緒に行けないから・・・』
『大丈夫ハムッ!!あたちがずっとず~っとご主人たまの側に居るのハム~ッ!』
『きっと会いに行くから・・・きっと・・・きっと・・・』
涙を流すキツネさんに、ハムちゃんも涙を流しながら必死に抱き付いた。
・・・
・・
・
その時に感じたぬくもりも・・・今は遥か昔のことのように感じる。
いつからか体が思うように動かなくなり、視力や聴力も衰えていった。
あれだけ楽しみだった食事の時間も・・・そうでもなくなった。
そして・・・眠る時間だけが増えた。
だけど今でも歩に体を撫でてもらう時間はとても嬉しい。
「・・・ハムちゃん・・・ハ・・・ム・・・ちゃん・・・」
『・・・ハ・・・ム・・・』
かすかに聞こえた愛しい飼い主の声に目を覚ませば、涙で顔をグシャグシャに濡らした歩の姿が朧気ながら見えた。
どうやら自分は歩の手の中にいるらしい。
所々抜け落ちてしまった体毛の隙間から、歩の体温がかすかに感じられた。
すっかり声変わりしてしまった歩の声に、ハムちゃんは時の移ろいを感じる。
『ご・・・主・・・ま・・・』
呼びかけに応えようとするが声が出なかった。
成長した歩の姿も・・・視界がかすんでしまって上手く見えない。
浅い呼吸を何度も繰り返してみるが、上手に息が出来なかった。
それでもあまり苦しくないのは・・・もはや体がそれだけの酸素を必要としていないからなのかもしれなかった。
ー ・・・ああ・・・。
ハムちゃんはそこで自分の生命の火が燃え尽きようとしていることに気が付いた。
不思議と怖さはなかった。
自分の小さな胸の中には、納まりきらぬ程の歩やキツネさんやお爺たまとの楽しい思い出があり、なにより大好きな歩とキツネさんと出会えた自分の人生は幸せであったのだから。
『ご・・・主人たま・・・独りになっちゃうよ・・・大丈夫・・・?』
最後の力を振り絞り、ハムちゃんは歩に語り掛けた。
ハムスターの言葉が人間に通じるはずはないが、その言葉が通じたかのように歩はハムちゃんの体を頬に寄せ
ありがとう・・・今までありがとう・・・僕は・・・僕は大丈夫だから・・・もう・・・もうゆっくりお休み・・・
と優しく呟いた。
歩の頬を伝う涙がハムちゃんの体を包み込んだ。
それは不思議と暖かく心地よかった。
えもいえぬ眠気がハムちゃんを襲い、やがてハムちゃんは安心したかの様にそのつぶらな瞳を閉じた。
そうしてハムちゃんは四年間のハム生を終え、天国へと旅立っていったのである。
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