現代人達は召喚される 15 ~ ハムちゃんとキツネさん
幸姫の屋敷の庭園の様相は一変していた。
枯れ果てていた梅の樹は、白い鮮やかな花を咲かせ、同じように桜の樹も淡いピンク色の花をこれでもかと咲誇らせている。
季節外れの椿さえも、これまでの遅れを取り戻すかのように、赤と白の可憐な花びらを全ての枝にまとわせ、まるで喜んでいるかのように風にその身を揺らしている。
池にはヤトが出した水がなみなみと張られ、水面には幾種類もの色鮮やかな花びらが、かつての栄華を誇るかの様に浮かんでいた。
庭園は在りし日の姿を取り戻そうとしていた。
「ヨーコちゃんヨーコちゃんッ!僕ね、足が痛いんだよ?」
「気のせいじゃない?」
「ヨーコ姉ッ!私は手が痛いッ!」
「それも気のせいじゃない?」
「にゃわにゃわッ!」
「ワンッワンッ!」
「ゴメン・・・何て言ってるのか分からない・・・」
桜の樹の下にはゴザが敷かれ、そこには村で採れた野菜と、ヤトとライが狩ってきた鹿肉をふんだんに使った幾つもの料理が並べられていた。
数日前の夕餉と比べれば豪華な食事である。
しかし子供達や犬達はそんな料理には目もくれずに、ヨーコにじゃれついている。
幸姫もヨーコの膝の上に座り「ヨーコよ大儀なのじゃ」と、小さな手で何度もヨーコの頭を撫でている。
彩と小梅さんに至っては「これこそ慈愛の女神シェリルの手・・・」「にゃわ・・・」と、頬を赤く染め、恋する乙女の表情をしながら、うっとりした眼差しでヨーコの掌を眺めている。
ー また新しい人が出て来たな・・・。
歩は彩の呟いた言葉を耳ざとく聞いていた。
彩と小梅さんの話の登場人物がいまいちまだ良く分かっていないし、後で女神シェリルとはどんな人物なのか教えて貰わなくては・・・。
鹿肉を頬張りながらそんなことを考える。
「それにしても・・・まさか・・・こんな力があるとは・・・」
そんなほのぼのとした一画を見やりながら、アサヒが呟いた。
その手は、かつての姿を取り戻した桜の樹の幹を愛おしそうに撫でている。
「ええ・・・僕達も驚きました・・・」
歩が正直な感想を述べると、同感だとばかりにヤトとライが頷いた。
歩は未だに信じられないといった表情を浮かべているが、ヤトは楽しそうにニコニコと微笑んでいる。
ライは・・・ライはいつも通りにダンディーな佇まいで「ワフ・・・」と一声鳴いた。
ヨーコが犬人族の幼女、ミコトの傷を治してみせた時、誰もが驚いた。
何よりも一番に驚いていたのはヨーコ自身であった。
なぜそんな事が出来るのか?どうやってやったのか?疑問が頭に浮かんだが、その答えの目星はすぐに付いた。
かつて、大広間でヨーコがスキルの鑑定を行った時、羅針盤の様な物に【成長促進】と【慈愛】の文字が浮かんだ。
植物を驚くべき速度で成長させる【成長促進】に対して、【慈愛】とは恐らく傷を癒すスキルなのであろう。
ヨーコは驚き、目を見開いていたがやがて「用事が出来た」と駆け足で村を後にした。
彼女の用事とは飼い犬であるゴン太のことであった。
ゴン太は御年13歳になる老犬であるが、年相応に体も弱ってきている。
特に心臓と内臓が悪く、散歩の時以外は眠りこけている・・・そんな有様であった。
公園に散歩に来ても木の影に寝転がり、動こうとしなかったし、帰りにはヨーコが抱えて歩く始末であった。
大変だろうと、歩は何度もその役割を変わったことがある。
ヨーコが言うには、ゴン太が公園に来たがるのだそうだ。
恐らく友である犬達に会いたいのだろう。
汗だくになりながらも屋敷に帰ったヨーコは、ゴン太が寝息を立てる部屋へと飛び込んだ。
部屋にはゴン太の他に幸姫がおり、幸姫は小さな手でゆっくりと老犬の体を撫でていた。
「ヨーコよ戻ったのか?・・・どうしたのじゃ?そんなに汗だくになって?」
幸姫はヨーコに声をかけるが、ゴン太を撫でる手は止まらない。
いつもそうしているかの様に、自然な素振りで幸姫はゴン太を撫で続ける。
「幸姫様・・・あの・・・ゴン太を撫でてくれてありがとう・・・」
そんな光景にヨーコは少し戸惑う。
てっきり独りで眠りこけているかと思ったが、その側には寄り添うように幸姫が居たのだ。
「うむ。ゴン太は妾の大事な家臣じゃからな。体が痛くて眠るにも辛そうじゃったが、妾がこうやって撫でてやるとゴン太は幸せそうに眠るのじゃ」
幸姫の言葉通り、痛みを忘れたかのようにゴン太の寝顔は安からである。
ヨーコは幸姫の隣に座り込むと、ゴン太の顔を覗き込んだ。
顔を覆う毛も所々抜け落ちてしまって、目元の皺もすっかり深くなってしまった。
あばら骨が浮き出た胸は静かに呼吸を繰り返し、その度に口元から「ヒュー・・・ヒュー・・・」という弱々しい音が漏れている。
ー ゴン太・・・大丈夫だからね・・・。すぐに元気になれるからね・・・。
ヨーコはゴン太の体を優しく抱き抱え、そして強く念じた。
ー どうか・・・どうかゴン太の体の悪い所を全部治して下さい・・・。
淡い光がヨーコとゴン太を包み込んだ。
光の中、ヨーコは自分の腕の中で眠りこけるゴン太を見つめる。
13年前にゴン太を拾って来てから、本当に色々なことがあった。
彼女の父と母はヨーコの元から居なくなってしまったが、ずっと側に居てくれたのはゴン太だけであった。
眩しい程の楽しい思い出も、胸が張り裂けそうになる悲しい思い出も、二人で一緒に乗り越えて来た。
年齢と共に体のあちこちにガタが来てしまっているし、遠くない将来、寿命を迎えてしまうかもしれない。
それでも・・・それでもヨーコにはゴン太の存在が必要であった。
ー ゴン太・・・ずっと・・・ずっと側に居て・・・。
少女の悲痛な願いであった。
ヨーコには家族と呼べる者はゴン太の他に誰も居ない。
彼女の心が折れてくじけてしまいそうな時も、側に居て支えてくれたのは両親ではなく、ゴン太であった。
やがて二人を包み込んでいた光が消える。
ヨーコはゴン太の体に起こった変化にすぐに気が付いた。
隙間風のような「ヒュー・・・ヒュー・・・」という呼吸音が消え、お世辞にも綺麗とは言えなかった毛並みに艶が戻っていた。
ゴン太はヨーコの腕の中で楽しい夢でも見ているのだろう、「ムニャ・・・ムニャ・・・」と可愛らしく寝言を言っている。
そこに体の痛みで苦しそうな老犬の姿は無い。
「ゴン太・・・」
ヨーコが呟いた名前に、老犬が反応する。
ゴン太は瞼をパチリと開けると、まだ寝ぼけているのか「ワオン?」と眠たそうに声を出した。
しかし大好きな飼い主に抱かれていることに気付いたのか、パタパタと尻尾を振った。
「ゴン太・・・どう?体は苦しくない・・・?」
恐る恐るヨーコが訊ねる。
その質問に答えるかのようにゴン太はガバッと起き上がると、かつて彼がしていたように体を目一杯に伸ばし、そして千切れんばかりに尻尾を振るとヨーコに飛び掛かった。
答えはその元気な姿で十分だった。
「わあ・・・ゴン太がすっかり元気になったのじゃ」
「ゴン太・・・良かった・・・本当に良かった・・・」
飼い主の涙を拭うようにヨーコの目元を舐めるゴン太。
しかしその体に成犬の力強さはない。
が、きっとすぐに取り戻すことだろう。
なぜならばヨーコにはこれから山程の仕事があり、その傍らには寝たきりなどではなく、元気一杯に跳ね回るゴン太の姿があるのだから。
☆彡☆彡☆彡
ヨーコが庭園の樹々に手を触れると、柔らかな光が包み込み、樹々は立ちどころにかつての青々とした姿を取り戻した。
始めに緑の葉を付けると、やがて蕾を付け、蕾は満開の花となった。
折からの風が吹き、花びらを空へと誘う。
薄明りの中、大量の花びらが庭園を舞う景色はどこか幻想的であった。
「わぁぁぁ~・・・」
幸姫は小さな手を一杯に伸ばし、宙に舞う花びらを掴む。
そしてその花びらに頬すりをしていた。
樹々は二年もの間、枯れていた。
折しも、初めて屋敷を訪れた際に勇太が呟いたように、庭園の樹々達はお化け屋敷にでも迷い込んだと錯覚させる程の有様であった。
幸姫とアサヒはそんな樹々の様子を毎日見ていたのだから、本来の姿を取り戻し、花を咲き誇らせる樹々に万感の想いを抱いたに違いない。
「折角だから夕餉も外で食べましょう」
そんな風景を眺めながらヤトが提案し、皆が同意し今に至る。
勇太と彩はヨーコの側を離れないし、必死に自分の身体の不調を訴えているが、ヨーコの言う通り、それは気のせいだろう。
そこにハナちゃんとソラと小梅さんまで加わるものだから、相手をしているヨーコは大変そうだ。
幸姫はヨーコの膝の上に陣取り、しきりに褒めているし、てんやわんやしている。
が、ヨーコは決して嫌そうな顔をしていないから、割と楽しんでいるのかもしれない。
愛犬のゴン太はそんなヨーコの側で寝そべり、優しそうな表情でその光景を眺めている。
時折、ヨーコがゴン太の体を撫でる。
すると老犬は気持ち良さそうに目を細めた。
色とりどりの花びらが庭園を舞っていた。
まるで彼等のこれからの未来に祝福を送るかのように。
そんな中、ヨーコはじゃれついてくる子供達、それに犬達までも一同に抱き締め、幸せそうに微笑むのだった。
☆彡☆彡☆彡
~ ハムちゃんとキツネさん
『キツネさん、今日はどこに遊びに行くのハム~?』
キツネさんの頭の上でハムちゃんが声を弾ませた。
歩の祖父源次郎の畑の手伝いを終えた後は、里山や、裾野に広がる森の中で遊ぶことが彼女達の日課となっていた。
綺麗な花の咲く秘密の草原、キラキラ輝く石が一杯の洞窟、澄み渡った水が流れ落ちる滝・・・キツネさんは里山のことならばなんでも知っていた。
『私のお父様はこの地を治める神様なのです』
いつかキツネさんが喋っていたことを、ハムちゃんは思い出していた。
キツネさんと遊んでいる時に、熊や猪といった獣と出会うことがしばしばあったが、襲い掛かってくることはなく、それ所かキツネさんにペコリと一礼をする始末である。
随分と腰の低い獣達だとハムちゃんは思ったが、キツネさんに言わせてみれば『皆さん陽気で楽しい方達ですよ』とのことらしい。
人を襲うことも絶対に無いとも言っていた。
キツネさんのお父様の元、この村は人も獣達も安寧とした時間を過ごしていた。
『でも・・・それももう長くはないのかもしれません・・・』
キツネさんが表情を曇らせた。
歩の住むこの地では、各地にキツネを祀る神社が建ち、人々はキツネ様に厚い信仰心を持っていた。
祭りの時には大人も子供もキツネの面を被り、そうすることによって自分達が眷属であるとキツネ様に伝えるのだという。
その代わりに、人々は豊かな自然をキツネ様から頂いていた。
それは何百年にも渡る、人とキツネ様との約定のようなものであった。
しかし今では高齢化が進み、キツネ様を祀る人は、一人また一人と数を減らしていた。
若者は何も無い村を捨て、憧れと便利さを求めて都会に出て行ってしまう。
そうして出て行った者達が帰って来ることはなかった。
ハムちゃんには都会がどんな物なのかは分からなかったが、自然豊かなこの村の方がどんなに良いかと思った。
『人に忘れられた神は地に落ちるしかない・・・とお父様は言っていました・・・』
キツネさんが哀しそうに俯いた。
キツネさんにそんな顔をされたらハムちゃんまで悲しくなってしまう。
キツネさんには年の離れたお兄さんとお姉さんが居て、今は人に化けて人間の大学に通っていると聞いたことがある。
どうやらキツネさんのお父様は、自分の子供達を人間の社会の中で生活させるつもりのようだ。
『そうだハムちゃん、私の家に遊びに来ませんか?』
しんみりとした空気を壊すかのように、明るい口調でキツネさんがハムちゃんを誘った。
『わ~いッ!遊びに行くのハム~ッ!』
『動物園から逃げ出してきたゴリラさんに、虎さんに、ライオンさんも居ますし・・・そうそうこの間、雷狼の夫婦が女の子の赤ちゃんを産みまして、とっても可愛いですよ?』
『赤ちゃん見たいのハム~ッ!』
そうと決まれば話は早い。
キツネさんはしなやかな身を翻し、樹々が茂る山の奥へと駆けだした。
部外者の侵入を拒むかのように立ちはだかっていた太い樹々も、キツネさんが近付くとゆっくりと左右に動いて道を開けた。
『わ~ッ凄いのハム~ッ!』
興奮の余り頭から落ちてしまったハムちゃんをキツネさんは優しく咥え、山の奥へと消えて行った。
二人の姿が見えなくなると、太い樹々は再び動き出し、道を塞ぐのであった。
これにて一章は完結となります。
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