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LIVE ANOTHER DAY ~僕達の物語~  作者: SAKURA
1章 犬友達は頑張る
13/26

現代人達は召喚される 13 ~ ある日の勇太


 村に着くと、歩達に気付いた村人達が笑顔で出迎えてくれた。


 子供達は歩とヨーコの足に抱き付き、大人達は「子供にお腹一杯ご飯を食べさせることができました」と涙ながらに何度も頭を下げた。


 それを一緒に喜ぶ歩に、少し恥ずかしそうに俯くヨーコ。


 ヤトはニコニコと微笑んでいた。


 井戸の前に山のように積まれていた獲物達の姿はなく、なんでも昨日、歩達が帰った後も作業を続け、全ての解体を終えたとのことだった。


 村人達の夕餉はさぞ豪華なものになったことだろう。


 そんな中、村人達の視線が勇太とソラに集中する。


 勇太は「ほえ?」と首を傾げていたが、どうやらこの少年と犬のことが気になるらしい。


 幸姫が新たな家臣を召し抱えたことは村でも評判になっていた。


 山ほどの獣を狩ってきたヤトとライ。


 土を豊にする歩に飼い犬のはなちゃん。


 野菜を驚くべき速度で成長させるヨーコ。


 なるほど、今まで村人に接してきた家臣はみんな大人であり、子供である勇太も家臣なのかと探るような視線になってしまうのも無理はないのかもしれない。


「その・・・そちらの方も・・・新たな家臣様なのですか・・・?」


 村の大人がおずおずと質問をする。


「ええそうですよ。ほらっ勇太、みなさんに挨拶をしなさい」


 歩が勇太を村人達の前に出す。


 人見知りだとか、遠慮などといった言葉とはおよそかけ離れた勇太ではあったが、大勢の人を前に物怖じしてしまったらしい。


 片方の手で歩の服の袖をギュッと握るという、何とも可愛らしい仕草を見せた。


「佐藤・・・勇太です・・・」

「ワンワン」


 やや緊張しながらも、勇太はペコリと頭を下げた。


 ついでにソラまでも殊勝に頭を下げていた。


 ー はなちゃんとは大違いだな・・・。


 ソラの紳士的な態度を見た歩は、自分の愛犬であるはなちゃんの昨日の様子を思い出す。


 この村に到着してすぐに、はなちゃんは子供達の輪の中に突撃し、牛乳のように真っ白なお腹を存分に広げ「撫でて撫でて」とスキンシップをせがんでいたし、時間にしてものの三分で、はなちゃんは村に馴染んでいた。


 どうもはなちゃんは、人はみんな良い人で、自分を可愛がり、撫でてくれると思っている節がある。


 少しくらいは警戒心を持ってもらいたいものである。


「勇太様・・・ですね・・・。その・・・勇太様も途方も無い力をお持ちなのでしょうか・・・?」


 勇太は剣士のスキルを持っている。


 歩やヨーコのスキルから考えるに、ただの剣士という訳ではなさそうだし、これは彩にも言える。


 彩のスキルは魔法で、二人の子供は戦闘に特化したスキルを持っていることになる。


 とはいえ勇太はまだ5歳で、彩は8歳である。


 まだまだ遊びたい盛りであるし、子供は気紛れである。


 歩達はまだ出会っていないが、この世界には魔物と呼ばれる物騒な輩も存在するらしい。


 出来るならば出会いたくないが、もしも二人のスキルを聞いた村人が、そういうものと戦うための戦力として勇太や彩に期待してもらっても困る。


 だから歩達は、村人には二人のスキルを秘密にしておこうと内々で話しをしていた。


「いいえ?勇太は幸姫様のお友達ですよ?なあ勇太?」


 内緒にしておくことを直接勇太に話した訳ではないが、歩の様子からこの少年は何かを感じ取ったらしい。


 もっとも、自分のスキルのことを忘れている線も否定出来なくはないが、勇太は「うん。僕はさっちゃんの友達だよ」と答えた。


「とも・・・だち・・・?」


 大人達は困惑した表情を浮かべていたが、勇太の年齢のせいもあってか「そういうものか」と納得してくれた。 


 そうこうしていると、ヨーコの足に抱き付いていた幼い犬人族の少女が勇太に興味を持った。


 少女は昨日のキュウリと水田の一件以来、すっかりヨーコに懐いている。


 そんな彼女が、パタパタと尻尾を振りながら勇太に近付いた。


「わたしミコトだよ」


 やや舌足らずではあったが、しっかりと自己紹介をする。


 子供の存在が少年の緊張を解いたようで、勇太はいつもの調子で「僕、勇太。こっちはソラだよ」と挨拶を返した。


「ソラとってもきれい。毛がピカピカに輝いてる」

「ワオン」


 ミコトはソラの体に小さな手を伸ばし、ピカピカに輝いてる体を撫でた。


 どうやらこの世界にはゴールデンレトリバーなる犬種はいないらしい。


 すっかり機嫌を良くしたソラはミコトにお腹を見せて甘えていた。



☆彡☆彡☆彡



 水田に到着すると、歩は真っ先に稲の様子を確認する。


 まだ小さな稲達は大量の水が必要になる時期である。


 畦道からの確認ではあったが、幼い苗達は萎れている様子もなく、歩はホッと胸を撫でおろした。


 昨日、頑張って水田の土を全て豊穣の土に変えたことも効果があったのかもしれない。


 畦道に近い横の一条の稲達は成長促進のスキルが付与されているが、その他の幼い稲達は違う。


 今日の仕事はまず、水田の稲達にヨーコがスキルを付与することから始まる。


 そうして最後にヤトが水を出し、成長させるという段取りだ。


 ヨーコは早速靴を脱いだ。


 木綿のズボンの丈は膝下程の短いものであったため、いちいち捲り上げるという手間が必要なかった。


 屋敷には木綿の服に合う草鞋などもあったが、どうにも動きにくいし、足の裏が痛いため歩達は靴を履いていた。


 すっかり水の引いてしまった田んぼにヨーコは足を踏み入れる。


 土は湿っていて柔らかいだろうが、水の張った状態と比べれば格段に動きやすいだろうし、作業もしやすいはずだ。


 中腰で黙々と稲達にスキルを付与していくヨーコを、畦道から見守る歩達であったが、作業が終盤に差し掛かった所でヨーコの動きが止まる。


 彼女は畦道を見回し、勇太に視線を定めるとチョイチョイと手招きをした。


「勇太もおいでよ」

「?」


 勇太は自らを指で指し示し「えっ僕?」といった表情を見せる。


 まさか自分が呼ばれるとは思ってもいなかったらしい。


 もっとも、勇太が昨夜言っていた「楽しいこと」とは水田に入ることなのだから、ヨーコはそれを体験させようとしているのかもしれない。


 とは傍から見ていた歩とヤトの感想で、確かに子供に色々な経験をさせるのは良いことだと感心していたのだが、ヨーコの本心を違う。


 ヨーコは昨日、田んぼを上手く歩けずに、泥にはまり、歩にスピアータックルをかまして水田に倒れ込むという悲劇に襲われていた。


 それを是非とも勇太に経験してもらい、悲劇を共有したいという何とも屈折した感情を持っていた。


 その証拠に、普段はあまり笑わない彼女の口元が吊り上がり、さながら獲物を罠に誘う狩人の笑顔をしていた。


 ー む・・・ヨーコちゃんのあの笑顔・・・怪しいな・・・。


 勇太の第六感が危険を知らせた。


 ヨーコの普段の表情といえば、かったるそうな、やさぐれたものであったから、勇太が警戒するのも無理はない。


 あれは何か良からぬことを企む輩の笑顔だ。


 その証拠に、笑うことに慣れていないから頬がピクピクと痙攣しているではないか。


 そこまで無理をして自分を誘う理由・・・勇太は必死に頭を働かせ、全ての可能性を考えていた。


 ふと横を見れば、彼の愛犬であるソラがジットリとした、怪訝そうな顔をヨーコに向けていた。


 ソラがこんな顔をするのも珍しいし、今にも「お前、絶対何か企んでるだろ?」とヨーコを詰問しそうな勢いだ。 


 勇太が田んぼに入るのを躊躇っていると、歩とヤトが顔を覗き込んできた。


「勇太、入ってみればいいじゃないか」

「きっと良い経験になりますよ?」


 歩とヤトにそう口添えされると、田んぼに入らなければなんだか損なような気がしてきてしまう勇太なのであった。


 この二人が畦道から見ているのならば、ヨーコが何かを企んでいたとしても不発に終わるかもしれない。


 勇太は靴と靴下を脱ぎ捨て、田んぼに入る準備を終えた。


「歩くん、ヤトちゃん・・・ヨーコちゃんが変なことをしないように見張っててよね・・・」

「うん?」

「はあ?」


 二人は顔を見合わせ不思議そうに首を傾げた。


 どうやら彼等はヨーコの笑顔の裏側に隠された恐るべき陰謀に気付いていないらしい。


 ともあれ、勇太は一歩を踏み出した。


 柔らかい土の感触に驚いたようで「わわわッ」と声を上げていた。


 おぼつかない足取りではあったが、一歩、また一歩と勇太は田んぼを歩いて行く。


 少年が歩く度に残される何とも可愛らしい足跡に、歩とヤトは口元が緩んでいた。


「すっごい歩きにくいッ!でもなんだか面白いッ!」

「勇太は田んぼを歩くのが上手いなぁ~」

「ええ。初めてとは思えないくらいです」

「ふふ~ん♪」


 足裏に伝わる不思議な土の感触と、歩とヤトの賞賛にすっかり気を良くした勇太は、小さな稲を踏まないように器用にバランスを取りながら田んぼを歩き続けた。


 ー ムキーッ!なんで勇太はあんなに上手に歩けるのよッ!これじゃあまるでアタシがドン臭いみたいじゃないッ!


 そんな少年を物騒な視線が襲った。


 正体は言わずもがなヨーコであるのだが、彼女は手に付いた泥で汚れるのも厭わずに、服の両端を握り締め、表情には悔しさを滲ませていた。


 ー むッ・・・僕を襲うようなこの視線・・・。これは・・・ヨーコちゃんか・・・。ヤレヤレ・・・彼女は余程、僕のお尻が好きらしい・・・。


 勇太は視線の意味を勘違いしていたが、サービス精神の旺盛なこの少年は、ヨーコに向けてアヒルのようにお尻を振ってあげた。


 その行動はヨーコに取って挑発であった。


 左右に振られる小さな桃のような尻がまるで「こんな簡単なことも出来ないのかこのドン亀」と嘲笑っているかのように感じられた。


ー ムキーッ!あの尻、あれはアタシを笑ってるッ!尻のくせにアタシを嘲笑っているッ!待てよ、今日の田んぼには水が張っていない。だから勇太はあんなに軽々と歩けるんだわッ!


 怒りで身を震わせながら、ヨーコは畦道でニコニコと微笑むヤトに「ヤトさんッ!水をッ・・・水を出して下さいッ」と要求する。


「水を・・・?」

「今ですか・・・?」


 歩とヤトは揃って疑問を投げかける。


 成長促進のスキルを全ての稲達に付与していない現状で、田んぼに水を張ってしまっては作業がし辛いのではないだろうか?


 ー 何故・・・ヨーコちゃんは自分が動きづらくなるのも構わずに水を張ってくれと言うのだろうか・・・?いや待てよ・・・。優しいヨーコちゃんのことだ・・・きっと勇太に本物の水田ってヤツを体験させてやろうとしているのか・・・?

 

 ー もしやヨーコさん・・・勇太さんのためを思って・・・。


 二人は揃って勘違いをしていたが、深く感じ入ったようにウンウンと頷くと「分かりました・・・」とヤトが両手を掲げる。


「ヨーコさんの優しい気持ちに・・・応えて見せます」

「え・・・あっ・・・ハイ・・・」


 思っていた反応と違うことに戸惑うヨーコであったが、返事をする間もなく、みるみるうちに田んぼが水で満たされていった。


「「「オオオオオ~~~~~ッッ!!!」」


 すっかり水田としての姿を取り戻した田んぼを見て、村人達が驚嘆の声を上げた。


 成長促進を付与された稲達は、待ってましたと言わんばかりに成長を始める。


 そんな稲達の様子を見て村人達は再び


「オオオオオ~~~ッ!!」


 と、今度は喜びの入り混じった声を上げた。


 ー 凄い・・・凄すぎないか・・・ヤトさん・・・。


 歩は呆気に取られていた。


 水田は決して狭くはない。


 しかしヤトは涼しい顔で水で満たしてしまった。今でさえも成長を続ける稲達に応えるかのように、水を出し続けている。


 実を付け始めた稲達に向かい、優し気な笑顔を向けるヤトに、疲れの色は見えない。


 腹を空かせた雛鳥達に、せっせと餌を与える親鳥のように、その顔は慈愛で満ち溢れていた。


 時間にして二十分程であろうか。


 稲達はすっかり成長を終え、黄金色の実を沢山付け、まるでお辞儀をするかのようにその身を緩やかに曲げている。


 そんな水田の様子を見て、村人達は歓声を上げていた。


「良かったですね・・・」

「えっ・・・?」

「皆さんの喜ぶ顔が見られました・・・」

「ハイ・・・」


 そう言ってヤトは歩に微笑みかけるのであった。



☆彡☆彡☆彡



~ ある日の勇太


 勇太はある使命を携え、ヨーコの勤めるスーパーへと足を急がせていた。


 勿論、彼の隣では愛犬のソラが足を並べている。


 息を吐けば白くなる寒空の日曜日、勇太は五百円硬貨を握り締め、まるで王からの密命を受けた有翼馬の騎士(ペガサスナイト)のようにその表情は固い。


「お釣りでお菓子が買える・・・」


 少年が呟いた。


 事の発端はこうである。


「勇太、ヨーコちゃんのスーパーに行ってお醤油を買ってきて頂戴」


 勇太の母由紀子は、そういうと少年の掌に五百円玉を握らせた。


 その途端に、勇太の小さな手がワナワナと震え始める。


「こっ・・・こんな大金・・・」


 少年に取って、五百円硬貨は大金であった。


 いつもは一回り小さな百円玉に、後は真ん中に穴の開いた五十円玉、それと茶色の十円玉が彼の世界の通貨であった。


 十円玉が五個で五十円玉。


 百円玉が五個で五百円玉になるということを、賢い勇太は知っていた。


 百円玉があればチョコレートが買えるし、五十円玉でもお菓子が買える。


 だからこそ今、自分の掌に託された五百円玉がどれ程重大な価値を持つ物であるかを、勇太は重々承知していた。


 腰が抜けそうになる驚きをなんとか耐え、母由紀子を見上げる。


「ぼっ・・・僕にはまだ早くない・・・?」


 すると由紀子は呆れたように「上げるんじゃないよ」と言った。


 そしてこう続ける。


「お醤油が切れちゃったから買って来て。そうね、お釣りでお菓子を買って来てもいいよ」

「お菓子を買ってくればいいの?」

「・・・お醤油を買って、お釣りでお菓子を買っていいよ?」

「お菓子を買ってお釣りがなかったらお醤油買えないよ?」

「・・・初めにお醤油を買うのよ?その後でお菓子を買いなさい?」

「お醤油を買って・・・お菓子を買う・・・?」

「そうそう」

「お醤油無かったら・・・お菓子を買ってくる・・・?」

「・・・お醤油無いことはないよ?」

「ヨーコちゃんのスーパーのことだから、きっとお醤油無いよ?」


 品揃えがあまり良くない・・・と母親が漏らしていたことを、勇太はしっかりと覚えていたのだ。


 確かにヨーコの勤めるスーパーは大手のチェーン店とは違い、街に根差した個人経営のスーパーであったから、品揃えの点ではやや劣る。


 しかし街の人々から愛され利用される、そんな店であった。


「ヨーコちゃんにそのこと言ったらダメだよ?」

「?」


 由紀子の言葉に、頭にクエスチョンマークを浮かべた勇太が可愛らしく首を傾げた。


 少年にはまだ言葉が他人に与える影響が良く分かっていない。


 もっとも、品揃えが悪いと言われた所で、ヨーコが怒ることはないだろうが。


「それで何を買ってくるんだっけ?」

「えと・・・マヨネーズ・・・とお菓子?」


 由紀子は頭を抱え、ため息を吐いた。


 そんなこんながあり、今に至る。


 勇太の掌には五百円硬貨と、由紀子の書かせた【しょうゆ】のメモ書きが握られている。


「何かあったらそのメモをヨーコちゃんに見せなさい」


 との母の言葉と共に。


 スーパーまであと僅かという時、悲劇が起こった。


 折からの強風が少年の掌からメモ用紙を奪い、大空へと連れ去ってしまったのだ。


「ああん・・・めもが・・・」

「ワオ~ン・・・」


 勇太が手を伸ばすも、メモは翼の生えた鳥のように空の彼方に消えてしまった。


 メモが無ければ、何を買えば良いのか忘れてしまった時に困ってしまう。


「お菓子・・・お菓子と・・・ソース・・・」


 少年は記憶を頼りに母の依頼の品を思い出す。


 大丈夫、キチンと覚えている。まだ焦る時間じゃない。


 そうして勇太は、スーパーの前に備え付けられているドッグポールにソラを繋ぎ、戦いの場へと足を踏み入れるのであった。



☆彡☆彡☆彡



「にゃわんにゃわん」

「どうしたの小梅さん?」


 日曜日の午前中、彩は小梅さんと散歩を楽しんでいた。


 トレードマークである黄色の学童帽と、赤のスカートは今日も健在だ。


 散歩の途中、とある街路樹の前で小梅さんが立ち止まり、彩に何かを伝えようとしきりに鳴いた。


 不審に思った彩がその樹に目をやれば、どうやら高い位置にある枝に白い紙が引っかかっているようだった。


 小梅さんの興味はその紙であり、リードを外してくれと彩にせがんだ。


「あの紙を取りに行くの?」

「にゃんにゃん・・・にゃわん」


 小梅さんがあまりにせがむものだから、彩はリードを外す。


 すると小梅さんはスルスルと樹を登り始めた。


 ふくよかな体型を物ともせず、小梅さんの動きは軽快だ。


 犬とは言え流石は猫である。


 やがて枝に引っかかっている紙を口に咥えると、軽い身のこなしで樹から降りて来た。


 そして「にゃ~わん」と満足そうに鳴くと、その紙を彩に差し出した。


 紙には何かが書かれていた。


 ミミズの這いまわったような字で、解読するのに難儀したが、どうやら【しょうゆ】と書かれているようだ。


 そして彩はその字を書いた者の見当もすぐに付いた。


「これって・・・勇太の字じゃない」

「にゃわん」


 彩は何度か勇太に字を教えていたから、その特徴のある文字を覚えていた。


 あまりの汚さにへきへきしたものだが、今はそれが役に立った。


 小梅さんはきっと紙から勇太の匂いを感じ取ったのだろう。


「しょうゆ・・・しょうゆ・・・何かしらね小梅さん・・・?」

「にゃわん?」


 彩はそのメモが持つ意味を考える。


 しょうゆとは醤油のことだろうか?しかし何故、勇太がその言葉を紙に書くのだろうか?醤油が好きという話は聞いたことがない。


 あるいは、これは何かの暗号なのかもしれない。


 謎のメッセージを前に、黄色の帽子の小さな探偵は成す術もなかった。


 あわや事件が迷宮入りしようかという時、小梅さんが鼻をスンスンと鳴らし「にゃわん」と鳴いた。


「そっちに勇太が居るの?」

「にゃわんにゃわん」


 小梅さんが鼻を頼りに歩き始める。


 彩はそんな相棒の存在を頼もしく思いつつも、メモに書かれた謎の【しょうゆ】の文字が気がかりであった・・・のだが、本人を捕まえて聞いた方が早いと思い、鼻歌を歌いながら小梅さんの後を追うのだった。



☆彡☆彡☆彡



「ん・・・?あれって勇太じゃない?」


 品出しの作業中だったヨーコは、スーパーに入って来た小さな人影をすぐに察知した。


 勇太は凛々しい顔付でお菓子売り場へと一直線に向かう。


 勇太がお小遣いでお菓子を買いに来ることは良くあることだったので、ヨーコはそんな少年の元へと何気なく近寄った。


 ヨーコの存在に気付かない勇太は、お菓子と睨めっこを始めていた。


 時折、お菓子を手に取ってみては、首をフルフルと振り売り場に戻す。


 そんなことを何度か繰り返していた。


「勇太」

「うわっ!!」


 いつものように声をかけると、飛び跳ねんばかりに勇太が驚いた。


「あっ・・・ヨーコちゃん・・・」

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。お菓子を買いに来たのかい?」


 そういうとヨーコは勇太と視線が合うように両膝を曲げた。


 勇太がいつも持ってくるのは百円玉で、買えるお菓子も限られてくる。


 だからヨーコが代わりに計算をしてあげていた。


 勿論、はじめは勇太にやらせるのだが、すぐにオーバーしてしまう。


「えっ・・・えと・・・お母さんがお釣りでお菓子を買って良いって・・・」

「由紀子さんが?お釣りってことは何か頼まれてるのかい?」


 勇太はおずおずと掌に握り締めていた五百円硬貨をヨーコに見せた。


「お釣りでね・・・お菓子を買って良いって・・・」


 勇太は殊更にお菓子の所をアピールする。


「それで、何を頼まれたんだい?」


 そんなアピールをサラリと流し、ヨーコは少年の顔を覗き込んだ。


 勇太は腕を組むと目を瞑り「ムムム・・・ム?」と唸り始めた。


ー 絶対に忘れてる・・・。


 とヨーコは思った。

 

 勇太の母由紀子は、一人暮らしをする十七歳のヨーコのことをしきりに気にかけてた。


 勇太経由で週に三回は夕食に招待されていたし、帰り際には「持って行きなさい」と総菜を包んでくれたりもした。


 それは彩の両親も同じで、常々ヨーコに「何かあったら力になるからね」と言っていた。


 ヨーコにはそんな両家の存在がむず痒くもあり、しかし嫌な気分ではなかった。


 きっと普通の家庭とはこういう物なのだろうと、ヨーコは夕食に誘われる度に、その円満さを羨ましく思ったりもした。


「ねえねえヨーコちゃん・・・僕は何を頼まれていたんだろう・・・?」

「アタシが知る訳ないじゃん・・・。思い出せない?」

「ちょっと待って・・・えと・・・えと・・・ま・・・」

「ま?」

「ま・・・まよ・・・」

「マヨネーズ?」

「そうそれだよッ!」


 我が意を得たりと勇太がパチンと手を叩いた。


 どうやら勇太はマヨネーズのお使いを頼まれていたらしい。


 きっと由紀子はマヨネーズを勇太に頼み、そのお釣りでお菓子を買って良いと勇太に告げたのだろう。


 なにはともあれ話の全貌は分かった。


 ヨーコは勇太の手を引き調味料売り場へと移動した。


「ねえねえヨーコちゃん。安いマヨネーズで良いんだよ?」

「・・・由紀子さんがいつも買ってるマヨネーズを買おうね」

「それってお幾らなの?お高いの?」

「いや・・・普通のマヨネーズだけど・・・」


 由紀子の普段購入するマヨネーズをヨーコはしっかりと覚えていた。


 とある大手メーカのマヨネーズで、お値段は298円である。


 お釣りが200円程度であるから、取り分が減ってしまわないかと心配そうにしている勇太であるが、いつもよりも沢山のお菓子が買える計算になる。


 そこでヨーコの視界に、黄色の帽子と赤のスカートを履いた少女の姿が飛び込んできた。


 少女はこちらに気付くと笑顔になり、大きく手を振りながら駆けてくる。


「お~い勇太~ヨーコ姉~」

「わ~い彩ちゃんだ~。ヤッホ~」

「彩どうしたんだい?」


 ヨーコが質問するより早く、彩は白い紙切れを勇太の顔の前で広げた。


「これ勇太の字でしょ。樹の枝に引っ掛かってるのを小梅さんが見つけたんだから」

「おぉ~・・・これはめも・・・」

「メモ・・・?」


 ヨーコがメモを覗き込むと、そこには汚い文字で【しょうゆ】と書かれていた。


 その流れで勇太を一瞥するが、少年の興味はすでに彩に移ってしまっていた。


 手を取り合ってキャッキャと騒いでいる。


 ヨーコは大袈裟に溜息を吐くとマヨネーズを棚に戻し、醤油に手を伸ばした。


 こちらは1ℓで358円となる。


 そして今度はお菓子売り場だ。


 てっきり長い時間迷うかと思ったが、勇太は大きな袋詰めのチョコレートのお菓子を手に取り


「ねえねえこれ買える?」


 と聞いた。

 

「うん買えるよ」


 と答えると、勇太は幸せそうに微笑んだ。


 無事に会計を済ませ、ソラと小梅さんの待つドッグポールまで一緒に行くと、勇太はチョコレートのお菓子の袋を拙い仕草で破いた。


 そして中から二つばかりチョコレートを取り出すと、それをヨーコと彩に渡す。


「わあ~くれるの?」

「うん。めもを持ってきてくれたお礼」

「私も良いのかい?」

「うん。手伝ってくれたお礼」


 ありがとう・・・と勇太は二人に頭を下げた。


 ついでに小梅さんの所へ行き「めもを取ってくれてありがとう」とお礼を述べていた。

 

 子供達の姿が見えなくなるまで見送ると、ヨーコは勇太がくれたチョコレートを大切そうに胸ポケットにしまった。


「さて・・・仕事頑張ろっと・・・」


 面倒臭そうなやさぐれた口調ではあったが、その顔は実に嬉しそうであった。

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