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七限目 〜予想外の訪問者〜

 俺は部室の隅で、体育座りをしながら泣いていた。




 え? 『どうしてそんな恰好で泣いているのか』って? それは勿論、原因は一つ。


 やってくれた……あの二人が……!!


 隅で泣いている俺とは違い、桔梗と猫山先輩は同じソファーに座っている。


 その目の前には、昔ながらの大きなまんまる眼鏡をかけた……。いかにも気が弱そうな、草食系男子といったような小柄の少年が一人座っていた。


 背は桔梗よりも少し小さいくらいだろう……パッと華奢な見た目から、下手したら女の子と間違えそうだ。


 二人は面白いものでも見るかのように、少年を見ている。二人の視線のせいで完全に委縮した少年は、まるで子犬のように縮こまっている。


 これを俗に言う、『蛇に睨まれた蛙』の図である。




 内心、『俺なら蛇が二匹も居たら、泣きたくなるかもなー……』などと思う。




 そんな少年の怯えた姿に、猫山先輩のドS心に火が付いたのだろうか……。顔は笑っているが、獲物を捕らえたような鋭い視線で、今にも『弄り倒したい』という欲が駄々洩れである。

 そんな兄に負けず劣らず……。妹の桔梗の方も『いい実験体が来た』と言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべている。


 しかし、意外にもこの少年。今にも泣きそうな顔をしているのに、泣いていないことに驚きだ。

 少年は震える唇を必死に抑えながら、言葉を発する。


「い……いいい、一年三組、の、せっ、せせ、瀬辺(せいべ) 涼星(りょうせい)、です……」


 なるほど、瀬辺くんと言うのか。

 入学して早々……しかもあの酷い部活動紹介の後に、こんな面倒くさくてイカれた先輩に絡まれるなんて……何て可哀そうな。ついていないにも、ほどがあるぞ。


 とりあえず俺は、瀬辺くんをこの二人の毒牙から救うために、助け舟を出そうと近づく。


「全く……猫山先輩、桔梗。何新入生を無理やり、こんなところに引っ張り込んでいるんだよ。可哀そうだろ?」


 俺の言葉に、二人は『失礼な!』と言わんばかりに、ムスッとした顔で俺を見る。


「むっ、何その言い方! 優心、ヒッドーイ!!」


 猫山先輩は『ブーブー!』と、頬を膨らませながらブーイングをする。


「そうだぞ、優心。失礼にもほどがある。私たちがコイツを無理やり、ココに引っ張り込んだんじゃない。あっちが()()()()()()()()んだ!」


 桔梗は淡々と、冷静に言いなさる。


 俺が来た時にはもうすでに瀬辺くんが居たため、真っ先にこの二人が引っ張り込んだのだと思っていたが……どうやら違うらしい。


 俺は改めて確認をするために、二人と瀬辺くんを見比べながら、瀬辺くんに「……そうなのか?」と問いかける。すると瀬辺くんは、無言で『ブンブン!!』と、首を縦に振った。


「は、はい! 僕が自分から、ココに来ました!!」


 意外過ぎて、俺は驚く。

 見た目によらず、意外と肝が据わっているんだなこの子は。


 ……しかし、彼の次の一言が俺をさらに驚かせる。


「あの! 僕、ココに入部したいんですけど……!!」


「「「……………………はぁ?」」」


 思わず沈黙が流れる。


 瀬辺くんを除く……。ココにいる全員が、度肝を抜かれた瞬間だった。



 ――――――これは……俺の聞き間違いか? それとも、質の悪い幻聴か?




「えーっと……ごめん、今言ったことを、もう一度言って貰っていいかな?」


 俺は瀬辺くんに確認するように、もう一度聞き返す。

 瀬辺くんはきょとんとした顔をすると、慌てて繰り返す。




「僕、ココに入部したいんですけど……!」




 二人に振り回されすぎたせいか、どうやら疲れがたまっているようだ。どうやら俺は、都合のいい解釈をしてしまうような……そんな耳を手に入れてしまったらしい。


 とりあえず俺は、一度深呼吸をする。

 そして桔梗と猫山先輩の近くへと行き、瀬辺くんから少し離れたところで緊急会議を始める。


「……すまん、桔梗。俺はどうやら、耳がおかしくなるほど、相当疲れているらしい。今日はもう帰っていいか?」


 目頭をもみほぐしながら、俺は桔梗に問いかける。


「駄目だ優心。優心が居ないと、私が猫山先輩の相手を、一人でしなくてはいけないだろうが。ゆえに却下だ」

「え、何それ。酷くない?」

「あ、あの……」


 ここからは俺と桔梗の、猫山先輩の押し付け合いだった。


「いや、自分の兄貴だろ。たまにはちゃんと相手してやれよ」

「誰が好き好んで、こんな面倒臭い人の相手をしなくてはいけないんだ」

「いや、まぁ。確かに面倒臭い人だけど、そうはっきり言うなって。可哀そうだろ?」

「そーだ、そーだ。俺が可哀そうだー」


 こうも冷たいと、同じ兄としての立場から見て、少しだけ猫山先輩に同情してしまう。『いつか弟から、こんな態度とられるのか……』と、考えると、俺だったら泣いてしまうかもしれない。


 しかし、こんなことで折れる桔梗ではない。むしろ、心底嫌そうな顔をして、俺を睨む。


「私は忙しいんだ。それに先輩の相手は、優心の仕事だ。優心が責任をもって、猫山先輩の世話をしろ」


 桔梗の言葉に、俺はムッとする。どうして俺が猫山先輩の世話をしないといけないのだ。

 俺は桔梗に負けじと反論する。


「えっと……」

「何で俺なんだよ、何の関係もないだろ。それに俺は、猫山先輩の飼い主じゃないぞ!」

「ねぇ、ちょっと二人とも。さっきから俺の扱い、酷くない? ねぇ?」


 俺たちが醜い押し付け合いや言い争いをする中、約一名はどうすればいいかとあたふたした後、意を決した表情をして声を張り上げる。


「あ、あの!!」


 その声に、俺たちは声の主へと振り返る。

 そこには顔を真っ赤にして、プルプルと小さく震える、瀬辺くんの姿があった。


「あっと……すまない、瀬辺くん。それで? ココへは何の用で来たんだったかな?」


 俺は先程の瀬辺くんの言葉は聞かなかったことにして、改めてここに来た理由を問う。


「僕、入部したいんです!!」

「うんうん、入部の相談だね。ちなみにどこの部に……」


 俺のくどい言い回しに、埒が明かないと判断したのだろうか……瀬辺くんは息を深く吸い込むと、『ぎゅっ』と目を閉じて、こぶしを握り締める。




「だから! この! 部に! 入部! したいん! です!」




 旧校舎中に、瀬辺くんの声が響き渡る。

 俺が話を濁す前に、今度は瀬辺くんがはっきりと言い切ったのだ。


 俺は苦虫を噛み潰したように、顔を渋める。



 言っちゃってる……入部したいだなんて、はっきりと言っちゃってる……!!



 こんな気が弱そうで、常識もありそうな子が。こんなよく分からない部に、入部したいだなんて言っちゃってる。

 一度や二度くらいなら、冷やかしや聞き間違いだろうと思ったが……こうもはっきりと言われてしまうと、俺もさすがに聞き流せない。


「あの、瀬辺くん……ここがどんな部か分かって言ってる?」

「はい!」

「冷やかしとかなら、今なら全然怒らないから……」

「冷やかしじゃありません!」

「冷やし中華の時期でもないから……」

「優心の作る冷やし中華、美味いよな~」

「あ、猫山先輩はちょっと黙っててもらえます?」

「え? 自分で言ったのに? 理不尽じゃない?」


 猫山先輩が後ろでブーイングをしている。それを無視して、俺はどうにか瀬辺くんを踏み止まらせようと思案する。


 上手くいけば、念願の部員と後輩が入ってくる……。しかし、こんな変人の集まりの部で、瀬辺くんの学園生活を棒に振らせる訳にはいかない。そう、俺の良心が言っているのだ。

 俺は瀬辺くんの両肩を掴み、鬼気迫る顔で再度訴えかける。


「瀬辺くん、悪いことは言わない。今すぐ考え直、す……」


 瀬辺くんは、ガサゴソと鞄の中を探る。そしてある物を取り出し、俺に渡す。

 それはどう見ても――――――。


「入部……届け、だと……!?」




 ――――それは嬉しいはずの、入部届け。


 ――――めちゃくちゃ喜ぶべきはずの、入部届け……!!




 それを見た桔梗も、さすがに目を見張る。


 一方の猫山先輩は、入部届けを見て喜んでいる。




「あの。これで入部、させてもらえますか……?」




 瀬辺くんの真剣な表情が、本当にこの部に入りたいのだと伝えてくる。


「え? マジで部員? ヤッター♪ 超、大かんげ……」


 猫山先輩が皆まで言う前に、俺と桔梗が同時に先輩を突き飛ばす。

 その時、俺と桔梗の腕が顎にあたり、勢いで倒れた猫山先輩は、さらに後頭部を強打する。

 しかし、今はそんなことはどうでもいい。今、俺たちがすべきことは……。


「瀬辺くん! 君は本当に、ココがどこの部か分かってて言っているのか!?」

「お前、本当にいいのか!? 早まるな! 考え直せ!!」

「君はこんな如何にも、怪しい部活に入る義理など、微塵もないんだぞ!!」

「こんな部活に入ったら、周りから白い目で見られたり、変人扱いされるんだぞ!!」

「あ、あの……」


 俺と桔梗の怒涛の迫力に、瀬辺くんはやや押され気味になる。


「『普通の人間お断り』だし、こんなのに入って、青春を棒に振ってはダメだ!!」

「そうだ! そんな必要、お前にはないんだぞ!」




「「君はもっと、自分を大切にしろぉぉぉぉぉお!!」」




 俺と桔梗は、息を切らしながら二人で必死に瀬辺くんに訴えかけた。

 後ろでは、顎と後頭部をさする猫山先輩が「そこまで言わなくてもいいんじゃね?」と、他人事のように言っている。


 ばっ、馬鹿! こんなことで、何の罪もない少年を窮地に追いやっていい訳がないだろう!!


「猫山先輩は黙ってて」


 桔梗の鋭い眼光と共に言われ、猫山先輩は口を尖らせながらも大人しく座る。


 こぶしを握り締めながら、『俺みたいな被害者を増やす訳にはいかない……!』そう、俺が決意した。そんな時――――――。




「フーン……君、入部したいの?」




 一人の男が、部室に入ってきたのはほぼ同時だった。

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良ければ1日1回部活動してイカなイカ?〈:3 彡
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