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六限目 〜苦痛の部活動紹介〜

 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




「宇辻くん、どう? 少しはよくなった?」




 伊椰子先生は眼鏡の位置を戻しながら、心配そうにたずねる。

 俺は苦笑いしながら、「はい、おかげさまで何とか」と、答えた。


 俺は今、保健室で胃薬を貰って飲んだところだった。

 先生は「そう? ならよかったわ」と微笑むと、お茶を差し出してくれた。


「あ、ありがとうございます。いただきます」


 俺は伊椰子先生が淹れてくれたお茶を啜りながら、ホッと息をつく。


 伊椰子先生には桔梗ともども、実にお世話になっている。

 俺の場合は二人の無茶ぶりについての、愚痴や相談など。桔梗の場合は……まぁ、あの謎な実験で失敗してぶっ倒れた時が主であるが。


「しかし、君も大変ねー。来栖さんのお目付け役に、猫山くんの無理難題をこなして……。本当に、働き者ね」


 先生は苦笑気味に、どこか心配そうに言われる。


「まぁ、大変ですけど慣れているんで。あの二人の無理難題とか、無茶ぶりには」


 俺も苦笑いしながら答える。決して悪い奴等ではないのだが、悪ふざけが多すぎるのだ。まぁ、それも俺が許してしまっていることが、二人の悪ノリに拍車をかけているのだろうが。


「正直、俺以外の他人に迷惑をかけていないのが、不幸中の幸いです」

「本当、幼なじみも大変よねー。ウチの河樹(かわじゅ)くんにも、言ってやりたいわ」

「本当ですよね。はははっ」


 俺と伊椰子先生は、お互いの幼なじみの苦労話で盛り上がる。

 伊椰子先生は自分用のカップにコーヒーを淹れると、自身の椅子に座りなおす。


「そういえば……最近どう? 部活の方は? 新しい部員とか、入りそうかしら?」

「…………」




 俺はその言葉を聞いて、笑顔のまま固まる。

 多分、先生は悪気もないし、何気ないものだったのだろうな……。



 固まったかと思えば、一気に顔を青ざめさせては気が沈んでいく俺を見て、俺がどうして保健室に来た意味を思い出したのだろう。先生は触れてはいけないものに触れてしまったと言わんばかりに、『しまった!』という顔をする。


「あ……ごめんなさい! 今のはなしで……!」


 慌てて謝罪する先生に、俺は「いえ、いいんですよ……」と、まるで死んだ魚のような眼をして明後日の方向を見る。


「どうせ部員が入らないのは目に見えてますし、あんな新入生全員の前で恥を晒したんですから……あははははっ……」



 何と言うか……本当に、あの二人はやってくれるな。




 それは、一時間も経たない話の出来事だ……。




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 桔梗に注射を打たれてから、一週間が経った。




 さすが桔梗の調合した薬と言うべきか……特に副作用もなく、俺はこの一週間を生き延びることに成功した。




 桔梗にこの間の注射の事を怒ったところ、また『優心なら、許してくれると思ったから……』と、涙目で言われた。




 さすがに、今回は『許さない』の一点張りだったのだが……桔梗が『優心は私の事が、嫌いなんだね……そうなんでしょ?」と、さらに泣くもんだから致しかたなく許してしまった。




 勿論、いつものごとく。涙は本物ではなく、目薬だった訳だが。




 そしてこれは認めたくはないのだが……これは桔梗の打った注射の薬の影響か。心なしか打たれる前より、体はすこぶる快調。本音を言うと、むしろ調子がいいくらいだ。




 ……だからと言って、また打たれたいかと聞かれたら『絶対に嫌だ』と答える。




 ……さて、今日は何をするのか。

 まずはそうだな。この反応を見ていただこうか。




「あれは……科学部、か?」

「いや、着ぐるみがいるし……演、劇部……じゃないか?」

「演劇部はさっき紹介してただろ」

「部活の名前違うから、別の部活じゃない?」

「というか何? 『()()()』って……?」




 これは一体何の集まりか?

 それは今年入った、新入生たちのための『部活動紹介』をする集まりだ。




 以前も話した通り……この学園は校則で『必ず部活に入らねばならない』という決まりがある。


 ゆえに、この場には今年新しく入った一年生の諸君と、この学園にある様々な部活動が集まっている。『部活動紹介』ということもあり、ウチも例外ではなかった。どんなに変人の巣窟であり、へんてこな部活動名でも、部活動である限りは絶対参加である。




 無論、どうせ部員は入らないだろうし、元々期待もしていない。




 ただ、俺はまだ紹介もしていないのに頭痛にさいなまれており、新入生たちからの『うわぁ……何あの部、マジでウケるんですけど』や『あの人たち、頭大丈夫なの?』など、残念なものを見るような痛い視線が辛い。マジで痛い。




 だって、考えてみてくれ。俺たちは今から、新入生たちに『部活動紹介』をするんだ。


 なのに、何でこの二人は『()()()()()()()()()()()()()』をしているんだ!?




 二人の恰好を、簡潔に説明しよう。


 桔梗は制服の上から白衣を羽織り、猫山先輩に至っては何故そうなったのだろうか……どうしてクマの着ぐるみを着ているんだ!? おかしいだろ!?




 百歩譲って、百歩譲ってだ。桔梗は普段実験している時の恰好ゆえに、ありと言えばありだ。

 が、猫山先輩の着ぐるみのチョイスは何なんだ!? せめて名前に『猫』がついているんだから、ネコの着ぐるみでも着ろよ!! もしくは『イカ部』なんだから、イカの着ぐるみとか! どうしてクマなんだ!?


 確かに……頭がイカれている感じはよく分かるけど……。一歩間違えたら、これはただのバカで残念な集まりの部だぞ!?


 しかも猫山先輩、いつもの笑顔で『普通の人間厳禁!』とか『イカれた奴以外立ち入り禁止!』とか『ヘタレはいらん!』など……一年前に話し合って決めた、最低限の入部条件を……何の恥ずかしげもなく、堂々と言ってる。


 こんな変な恰好をした人物から言われたら……いや、言われなくても、普通の生徒からすれば『こっちから願い下げだ!』って、キレられるレベルだよ。むしろキレても良いぞ、新入生諸君。


 そしてこの中で唯一、普通の制服を着ている俺。


 多分、新入生たちから『あ、あの人。この中で一番まともそうな人』だと思われているに違いない。すでにそんな無言の視線が、チクチクと飛んできている。間違っちゃいない……間違っちゃいないが、そんな憐みに満ちた目で見ないでくれ!


 俺は内心で「頼む、一年生の諸君……そんな目で、俺を見ないでくれ……!! その目が逆に痛いんだ!!」と、涙を拭いながら懇願した。



 だんだん胃がキリキリし始め、俺は唇を噛んで軽く腹をさする。


 そんな俺のことなど、お構いなしに……猫山先輩は隣で好き放題やっている。


 一方の桔梗はというと、終始無言・無表情を貫き通し、まるで『我関せず』といった態度である。おい、どうにかしろ、桔梗。お前の実の兄貴だろ。


 俺が心の中で「あぁ、早く終わって欲しい……」と考えていると、どこからか『クスクス』と笑う声が聞こえてきた。




 《アイツら、また変なことしているぞ》

 《本当だ、本当だ》

 《()()()()、からかってやろうぞ》




 聞こえてるんだけどなー……。




 俺は横目で、声の主へ睨むように視線を向ける。

 声の主は俺の視線に気づくと、一目散に逃げていった。


 俺は小さく、ため息をつく。また()()()()に話のネタを与えてしまった。


 この部活動紹介と言い、今夜弄られることを考えると、既に疲労困憊である。


 ふと、何気に新入生へと目を向ける。すると一人だけ、違う方へと顔を向けている生徒に気づいた。


 その生徒は気のせいか……先程の声の主が去っていった方向を見ているような気がする。




「もしかしてあの子……()()()()、のか……?」




 俺はポツリと呟く。

 ジッと見すぎてしまっただろうか。俺の視線に気づいたその生徒は、慌てたような顔をすると、すぐに俯いてしまった。


 ……そして俺が、様々な疑問や痛みに耐えている間。とうとう猫山先輩は詳しい活動内容と時間を言わずに、最低限の入部条件と部室の場所だけを言い終えようとしていた。


 ……その頃には、新入生たちは全員ドン引きしていた。




 ちなみにだが、ウチの部の掲げる最低入部条件はこうだ。


 《入部条件》


『普通の人間厳禁!』


『イカレた奴以外は立ち入り禁止!』


『ヘタレもいらん!』


『口が軽い奴もいらん!』


『冷やかしは帰りやがれ!!』


 ……と、いう内容。



 きっと今頃、新入生たちの中では『絶対にヤバそうな部活動ランキング』で、堂々の第一位をとったに違いない。


 逆にとってなかったら、ウチの部以外のどこが一位をとったのか、理由を教えてほしいくらいだ。


 ……と、たったこれだけの紹介をする約三分間ほどが、俺にとってはやけに長く……頭痛と胃痛に悩まされる地獄だった。


 もし、あと数分させられていたら……俺の胃には、確実に穴が開いていたことだろう。




 猫山先輩は実に満足そうだったが、このドン引きの状態で次の部活動にバトンを渡すというのが、俺からすれば物凄く申し訳なかった。


 正直、ほかの部から『切腹しろ!』と言われたら、介錯なしでも迷わず切腹していたに違いない。


 そして心なしか、他の部活動の生徒たちとすれ違う度に「宇辻、お疲れ……」という、慰めの視線と表情を向けられる。やめて、どんどん悲しくなるから。




 俺は残りの部活動が紹介をしている間、心の中では「後で保健室に行って、胃薬を貰おう」と決意していたのだ。




 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 実に滑稽な話である。


 あんな新入生全員の前で、羞恥を晒した挙句、どうせ誰一人、部員は入ってこないのだ……。一層の事、一思いに笑ってくれよ。


「先生……俺、もう行きますわ……。あの二人のこと、気になるし……」


 何をやらかすか分からない二人のことだ。これでまた、何か問題を起こしていたら、俺は耐えきれなくて泣くぞ。


 ドアの取っ手に、手をかける。後ろから伊椰子先生が「お、お大事にー……」と、物凄く申し訳なさそうに言うのが聞こえる。


 ドアを閉めると、俺は一人、トボトボと重い足取りで廊下を歩く。


「あぁ……来年の今頃も、またこんな思いをしなければならないのか……」




 そう考えると、俺の胃は再びキリキリし始めるのだった。

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良ければ1日1回部活動してイカなイカ?〈:3 彡
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