三限目 〜旧校舎の部室〜
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あぁ、俺は本当に馬鹿だ……。
桔梗にちょっと泣かれたからって、後先考えずに承諾したら、今に至るのだ。
……ちなみに、後から分かったが。あの涙は、目薬だったらしい。
そして部活動の設立届は、俺が思っていたよりも遥かに……悲しくも迅速に、あっさりと通ってしまったらしい。
何故あぁも、あっさりと通ったのか……疑問に思った俺は、猫山先輩や桔梗に聞いてみた。だが二人に何度聞いても、全然教えてもらえなかった。
……あの部活が設立された初めの頃は、新設されたことや、何度聞いても酷い部活動名が噂になった。その新設したばかりの部活動の中に、俺が入部していることが驚きだったのか。俺は一時期、クラスメイトたちから色々と心配された。
その内容は大体、「宇辻くんは、来栖さんに脅されたの?」や、「来栖に、何か弱みを握られているのか?」など。俺が桔梗に脅迫され、嫌々入ったのではないかという内容がほとんどだった。
そしてそれは先生方の耳にも入り、「相談事があったら、すぐに言うんだぞ」と、直接進路相談室に呼び出されたこともあった。
それもそうだ、ごく一般的そうな生徒が、あんな意味の分からない名前の部活動に入ったんだ。逆に、心配しない方がどうかしている。
そして中には「宇辻が自分で言えないなら、来栖さんに直接言ってやるぞ!!」と、本気で心配してくれた者もいた。が、皆桔梗と会話をした数日後には顔を真っ青にし……それ以来、皆一様に、誰も何も言わなくなった。
桔梗の評判は、元々良いものではなかった……が、俺が部活に入ったこと。そして、桔梗と会話をした者たちが皆顔を真っ青にしたことから、俺が否定しようがしまいが、悪化の一途をたどるばかりだった。
この一年間、桔梗には「もう少し周りと、上手く関わることはできないか?」と頼んだこともあった。
しかし、桔梗の答えはいつも一言。
『興味ない』
おかげで桔梗はクラスには馴染めないまま、一年が経ってしまった……。
そんな桔梗を心配した俺は、兄である猫山先輩にも、桔梗がクラスに馴染む方法はないかと何度か相談した。
しかし、猫山先輩の答えはいつも同じ。
『桔梗にその気がないなら、無理だな~』
妹が妹なら、兄も兄であった。
俺はその度に深いため息をついては、どうすれば桔梗がクラスに馴染めるかを思案していた。
桔梗にとって、余計なお世話かもしれない。だが、一度しかない人生なのだ。少しでも桔梗が人と関わり、充実した学園生活を送ってくれたらと……。
「……結局、これは全部、俺の自己満足でしかないんだよな」
今日は入学式ということもあったせいか、この学園に入った頃のことを、色々と思い出してしまった。
いつまでも、一年前の事をうだうだと悩んでいても仕方ない。
どうせ俺の所属する部活には、後輩など入ってこないのだから。
「考えるだけ、無駄だな」
今日は入学式ということもあり、学校は午前中で終わった。
部活をするにしても、だいぶ時間がある。
「一旦、家に帰るか……でもな、家に帰っても、特にすることないし……」
一応、念のために昼食用の弁当は持ってきてはいる。
俺は一分ほど、目を瞑って考える。
「……仕方ない。部室に行くか」
そう言って、少しだけ伸びをする。
どうせ一度帰っても、また夜に来なければいけないのだ。
だったら部室で少し昼寝でもした方が、行き帰りの時間のロスを軽減できる。
そう考えつき、俺は荷物を取りに教室へと向かった。
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もしもの時のために、弁当は持参していた。ので、この際部室で食べることにした。
俺は荷物を持つと、部室のある旧校舎へと向かう。
いざ! 旧校舎へ!!
――――……いざ……旧校、舎……へ……。
……え? 『勢いが急になくなったな』って? ……そりゃそうだ。
何っーか……。いつ見ても、この旧校舎は……。
怖い。普通に怖い。凄く怖い。
話によると、本当に幽霊が出たとか……その為、昔はよく肝試しに使われていたとか。
そして月日が経ち、旧校舎を取り壊す話が出たそうな。だが当時、取り壊そうとするも、業者の何人かが謎の体調不良を訴えたり、作業中に相次いで事故が起きるものだから、中止になったとか。
その後も、何度か取り壊しの話は浮上した。しかし、そんなことが何度も続くものだから、とうとう取り壊しの話自体が無くなったのだという。
時折、一般の生徒がこの旧校舎を部室代わりに使おうとしていたようだが……結果は言わずもがな。
それでも、過去には部室として使った生徒もいたらしい。……が、その生徒たちが卒業して以降は、やはり誰も使わなかった……と言うよりも、使えなかった。
結局、そうやって何年も放置され続けた旧校舎は、何の因果か……巡り巡って、俺たちの手によって、再び使われることになったのだ。
「まぁ、しっかしなぁ……これなら普通の奴らは、近づかねーわな……」
何を隠そう、この旧校舎。外見はボロボロ。春だというのに、ここだけ異様に薄暗い。まるでミステリーやホラー小説に出てくる、放置された洋館のようだ。
さらにカラスの声が、それを引き立てているのだから迷惑極まりない。
「一年も通っているが……いつまで経っても、この独特の雰囲気には慣れないな……」
いつまでも、旧校舎の前で立ち止まっているわけにもいかず……勇気を持って中へと入る。
改めて。いざ、旧校舎へ……!!
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外見はあれだが、中に入ってみると、案外きれいなのだ。
入ってすぐの玄関は、すべての靴箱が片付けられているためか、かなり広く感じる。
少し進むと、広いホールと階段が見えてくる。
階段は左右に分かれて二階へとつながり、天井はドーム状のガラス張りの吹き抜けになっている。そのため、少しだけ広く高くなっており、天井からは無駄に大きなシャンデリアが飾ってある。
これは昔、金持ちのお坊ちゃまやお嬢様の学校だった名残らしく、当時はかなり豪華だったことがよく分かる。
一年前……部活を設立し、部室と使い始めていた当初は、ゴミやら埃やら……虫やクモの巣だらけで悲惨だった。が、俺が暇を見つけてはちょくちょく掃除し続けたおかげで、現役で使われていた頃まではいかずとも、今ではそれなりにきれいになったのだ。
「あの頃は、本当に悲惨だった。それはもう、鳥肌が立つくらいに」
外と変わらないほど酷かった。
何より、あの酷い環境下で俺が部活をし……万が一、体の弱い弟に変なばい菌などを持って帰って移してしまったらと考えたら、きれいにせずにはいられなかったのだ。
勿論、桔梗や猫山先輩の体調面も心配しての事でもある。
そのおかげか、今では埃一つない程である。
「毎日、コツコツと掃除した俺……本当に頑張ったな! 偉いぞ、俺!!」
さて、この俺の地道な努力は、今は置いておいておこう。
俺が向かうのは、校舎の北の方。
二階にある長い廊下を進み、一番奥から数えて三つ目の部屋。
そこが、俺が所属する部活動の部室。
我が『イカれた奴等の集まる部』。
通称:『イカ部』である。
ここは元々、科学準備室だったらしく、クラスやら何とか教室を示す札には、思いっきり手書きで『イカ部』と書かれている。
……ちなみにこれは、猫山先輩が軽いノリで書いたものである。
俺は部活の入り口に、手をかける。
どうせ中では、桔梗が怪しい実験でもして、俺らが来るのを待っているのだろう。
そして猫山先輩は、いつものごとくギリギリになってから来るのだ。
それが俺がこの一年で学んだ、二人の行動パターンである。
ドアを開けて、俺は極めて明るい声で、中にいるであろう桔梗に声をかける。
「桔梗ー。悪い、遅くなっ……たー……………………」
俺は笑顔のまま、長い沈黙に浸る。
というか、正確には固まった。
それは何故か――――。
ドアを開けると、そこには得体のしれない怪しい煙と、息の詰まるような異様な臭い。
そして俺が最も驚いたのは、部屋の中央付近で倒れている一人の少女……。
「き、桔梗……!?」
そう、桔梗である。
俺は慌てて、部屋中の窓を開けて換気をし、充満する煙を外へと出す。
そして、倒れている桔梗に駆け寄って、上半身を抱き上げる。
「おい、桔梗! 大丈夫か!?」
「……スー……ッ……」
息をしているのを確認して、俺はホッと息をつく。
……しかし息はしてるが、反応がない。
「と、とりあえず保健室に……!!」
俺は桔梗を背負って、猛スピードで保健室まで走った。
全く……この幼なじみは、本当に心臓に悪いったらありゃしない。