三十限目 〜助けた理由〜
気づいたときには、いつも見慣れている…………何もない、殺風景な世界だった。
俺はこの何もない世界の中で座り込み、声を押し殺して一人で泣いていた。
――――――何であんな残酷なものを見たんだ……? 今見たものが、あの化け物の過去なのか……?
酷い。
惨すぎる。
あんなにも優しそうな人を、どうして? どうしてあんな酷いことを、平気でできるんだ?
――――――人も世界も、全てを恨むほどあんな……!
《……アレは、ある目的を持った組織の実験体として造られた人造体》
俺は慌てて辺りを見回す。突然、声が聞こえた。頭に直接、語りかけるような声が。
「誰だ……!?」
《全てを憎んで死んだ者の、成れの果て。闇に呑まれ、正気を失い……只々、怨念によって動いているだけの操り人形》
小さな子どものように高く、柔らかな声。
――――――この声……どこかで?
そうだ。入学式の日。
保健室で意識を失った時、この世界で聞いた声だ。
俺は、どこから聞こえるのか分からない声に向かって叫ぶ。
「俺はどうすればいい!? どうすれば化け物を元に戻せる!? 闇を取り除く方法はあるのか!?」
《闇を払え優心。そうすれば皆、救われる》
――――――皆……? 化け物の事か?
声の主の言う『皆』とは誰なのか、疑問が浮かぶ。
だが、その前にいくつか確認したいことがある。
「お前は一体、何なんだ!?」
俺は、声の主に向かって叫ぶ。
「ココはなんなんだ!? そもそも、何故俺の名前を知ってる!?」
一ヶ月もしないうちに、次々とこの空間で起こるイレギュラー。
その謎の手がかりな気がして、半ば反射的に問いただす。
「それに、ある組織って……!?」
……だが俺がどんなに叫ぼうと、返ってくるのは静寂だけだった。
「……っ! クソッ!!」
結局、何も分からず仕舞いで、俺は地団駄を踏む。
《……うっ……うぅっ……》
突然、子どもの泣き声が聞こえた。
「……えっ?」
俺は辺りを見回す。耳をすませて、声がした方へと視線を向ける。すると、いつの間にか俺の後ろに、一人の子供がうずくまっていた。
白いワンピースを着た、長い黒髪の少女。
少女は膝を抱えて座り込み、下を向いて泣いていた。
――――――あの子……どこかで見たことのあるような?
俺は「どうして、こんなところに子どもが?」と不審に思いながらも、何故か放っておくことが出来ず……少女の方へと近づく。
「……ねぇ、君……何でこんな所にいるの? どうして泣いてるの?」
俺はしゃがんで、落ち着かせるために少女の肩にそっと手を置く。
少女はビクリと肩を動かして、俺にたずねる。
《あなた……『ゆうしん』……?》
「え……何で、俺の名ま……」
少女が振り向く。
大粒の涙が溜まった、大きな瞳。
その顔に、俺は見覚えがある。
「君は…………」
▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁
『………………ん……』
『ゆ…………し……』
『…………ぅし……』
『ゅ…………しん』
『ゅう……ん!』
『『『ゆーしんーっ!!』』』
耳元で名前を大声で呼ばれて、俺は目を覚ます。
「…………っつ!?」
耳をつくほどの大声で起こされた俺は、驚きのあまり頭が混乱して上手く思考が回らない。だが仰向きで床に横たわってる俺に、いつの間にか雑鬼たちが群がっているのだけは分かった。
そして俺は、雑鬼たちから小さな手で『ぺちっ、ぺちっ』と叩かれたり、四方八方から『ゆっさ、ゆっさ』とゆらされたり、胸や腹の上で『ぴょーん、ぴょーん』とはねたり……と、好き放題される始末である。
ようやくまともに思考が回り出した頃、俺は上半身を起こして周りを見渡す。そこは夜の学校で、俺はいつの間にか教室の中にいた。
その俺の周りにいたのは――――――――。
『おぉー! やったー!』
『優心がやっと、目を覚ましたぞ!』
『俺たち、頑張った甲斐があったな!』
『チッ、目覚めたか』
「おい! 誰だ、今舌打ちした奴は!?」
俺を取り囲むように集まった、雑鬼たちだった。
「あれ……? 俺、何でこんな所に……?」
――――――確か一階と二階の間の階段の踊り場で倒れて、それから……。
そんな事を考えていると、雑鬼達が質問する前に説明した。
『優心が〜』
『一階と二階の間の〜』
『踊り場で倒れてて~』
『それを俺たちが見つけて~』
『上には化け物がいるから~』
『危ないから教室まで運んできたの〜』
実に誇らしげに言う、雑鬼たちである。
実際助かったのだ、礼はちゃんと言わねば。
「そっか……ありがとな」
俺の感謝の言葉を聞くと、雑鬼たちは照れ臭そうに笑い。
『えへへ~、それ程でもあるよ♪』
自分で言うか、コイツらは。
『まぁぶっちゃけ〜?』
『優心の危機は〜』
『俺らの危機〜』
『優心がいなくなったら〜』
『俺たち、千里と桔梗にいじめられる!』
『だから優心には生きててもらわないと!』
『俺たちが困る!』
雑鬼たちは『『『なー!』』』と、声を揃える。
「やっぱりそういう事かよ! まぁ分かってたけどな!!」
一瞬でも雑鬼たちから、俺に対して優しさを感じた俺が馬鹿だった。





