二十八限目 〜変化〜
残酷描写につき、閲覧注意です。
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気が付いたらそこは――――――相変わらず何もない。ただただ一面に広がる……真っ白な世界だった。
「クソッ、またかよ……しかも、こんな大事な時に……っ!」
頭をぐしゃぐしゃと掻きむしりながら、俺は思わず舌打ちをする。
毎回毎回……何の前振りもなく、突然襲ってくる眠気と頭痛で意識が飛んだと思えば。気づいたらいつもこの世界なのだ。当事者としてはどうにかして欲しいし、たまったもんじゃない。
しかも、前回から一週間。
その間はずっと何事もなく過ごしていたのに、よりによって今日だ。いい加減、前もって知らせてくれても良くないか?
……と、この謎の症状や世界に文句を言ったところで、置かれた状況は変わらず。
どうせ次回も、何事も無かったかのようにこの症状は突然現れ、この謎の空間の世界に連れてこられるのだ。
俺は小さくため息をつくと、この現象に抗議することを諦める。そして毎度の事だが、とりあえず歩くことにした。
「しかし……本当にこの世界は、一体何なんだ……?」
歩き出して、少しした時だった。
どこからか、子どもの声がした。
「子どもの……声……?」
前回といい、今回といい……何でこんなにも今まで無かったことが起こるんだ?
《……っ……うっ……》
……耳を澄ませてみれば、泣いているようにも聞こえる。
俺はすぐに、声がする方へと走り出した。
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俺はどのくらい、走ったのだろうか?
気づけば、俺から少し離れた……何も無かったはずの空間に、陽だまりのような暖かな場所。
そこには五人の子どもと、一人の大人がいた。
五人の子どもたちは、楽しそうに遊んでいる。一人一人、みんな笑っており、『幸せ』そのものを絵に書いたようだ。
そんな子どもたちを優しく見守るように、少し離れた場所から男性が一人。慈しむように、微笑みながら立っている。
子どもの一人が男性に近づくと、腕を引っ張って子どもたちの輪の中へと連れていく。男性は突然引っ張られたことで一瞬、戸惑いの表情を見せつつも、笑いながら子どもたちの輪へと入って共に遊ぶ。
そんな、思わず頬が緩んでしまいそうなほど……誰がどう見ても、微笑ましい光景だ。
――――――……だが、その光景も直ぐに一変。ガラスが砕け散るかのごとく、脆く崩れ去る。
……気づけば、俺は部屋の中にいた。
ココは……孤児院だろうか?
こじんまりとした、小さな家の中。食事の準備をしていたのであろう。男性の隣で、一生懸命に手伝いをする子。できた料理を、こぼさないようにゆっくりと慎重に運ぶ子。テーブルの上に、箸などの食器を並べる子。きっとみんなで協力しあいながら、この子どもたちと男性は、ココでひっそりと暮らしていたのだろう。
……しかしそんな六人の日常は、儚くも脆く……手のひらに汲んだ水が、次第にこぼれ落ちていくように。実に呆気なく、終わりをむかえた。
突然、入口のドアが壊れそうな程の勢いで、大きく開かれる。
ドアの方を振り向けば、黒いスーツに黒いサングラスをかけた男たちが現れた。
そして、顔はよく見えないが……その男たちの後ろに、不気味な笑みを浮かべる、白衣を着た男がもう一人立っていた。
男たちは、泣き叫びながら逃げ惑う子どもたちを。そして白衣の男に向かってなにか抗議をするように声を上げる男性を捕まえると、無造作にトラックの荷台へと無理やり押し込んだ。
――――――そこで場面が一転する。
先程までの暖かな光景とは違い、薄暗く、陰湿で不気味な……何かの実験室のような場所へと景色が変わった。
部屋は何かが腐敗したような……吐き気を催するような不快な臭いで満ち、床や壁などには黒いシミが広がっており……お世辞にも衛生的な場所とは言えない。
それどころか、部屋には鎖や枷が天井からいくつもぶら下がっており、隅には十字架のような形をした木の柱。それに拘束具のついた椅子や、一見工具のような道具などがいくつも置かれている。
どれも使い込まれているのか……角の部分がかけていたり、赤黒いシミがついており、金属類は所々錆ついている。
そんな異質なこの部屋の空間は、恐怖心や不気味さを通り越して、俺は嫌悪感を抱いた。
内心で不快な感情を抱いているのも束の間。
まるで、今から手術か……いや、違う。この部屋の雰囲気から察するに、何かを実験・解剖でもするかのような。先程の黒づくめの男たちとは別の、格好をした大人たちが現れる。
実験室のような部屋の中央には六つの台があり、これらにも赤黒いシミがついている。そして先程拘束した子どもたちを無理やり部屋に連れてくると、台へと雑に押し付ける。
そして抵抗する子どもたちの両手両足を、そのまま台へ固定した。
(…………ろ……)
台に拘束されてもなお、抵抗しようとする一人の子どもを前に、大人たちは静かにメスを持つ。
(…………めろ……)
そのまま麻酔を一切かけていない一人の子どもの首や手足へ、容赦なくメスを入れていく。
(……やめ……ろ……)
あまりの痛さに、子どもが泣き叫ぶ。
『痛いいぃぃいい! うああいっつい、いたい、いたい、いたい……いたいいたいいたいいたいいたいよぉぉぉおおおぉお!!』
子どもの悲痛な叫びを聞いてもなお、大人たちはメスを入れる手を止めない。
(やめろ……!)
泣き叫ぶ子どもを、ほかの子どもたちは絶望に満ちた……怯えた表情で最初は見ていた。
……が、その子どもの泣き叫ぶ声が聞こえなくなる頃には、全員が涙を浮かべながらも固く目を瞑り、恐怖に歪んだ表情で顔を逸らしていた。
メスを入れられた子どもの体は、無惨にも切り刻まれ……その表情は苦痛や憎悪に満ちていた。
すると大人たちは、次の子どもへと近づく。
次は、何かの薬物だろうか? 謎の液体の入った注射器を、怯える子どもの腕へと突き刺す。
『や、やだやだや……やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ! 助けてっつつ! たすけてぇぇえ! せんせいいいぃっ!!』
(やめろ、やめろ!)
注射器を刺された子どもの表情が少しずつ変わると、口から大量の血を吐く。それが合図かのように小刻みに震えだし、今度は体のありとあらゆる『穴』から血が溢れ出した。
「やめろぉおおおおおおおぉっ!!」
あまりの光景に、俺は顔を覆って絶叫した。
それでも何故か……俺の脳裏に、無理やり焼き付けさせるかのように、顔を逸らしたくなるほど残酷なその光景から、どうしてだか目が離せない。身体の自由を奪われたかのように、俺はその光景を見ているしかなかった。
……薬物を投与された子どもは、その後も様々な薬物を投与され続け、体のいたる部分が膨らんだ……と、思うと同時に。風船が破裂するかのごとく、盛大な血飛沫を上げて体がバラバラになった。
その血飛沫が、他の子どもへとかかる。それは、更なる恐怖心を植え付けるものとなった。
大人たちは何かを話し合うように短く会話をすると、何かを記録するようにメモをとる。
そして、次の子どもが磔られた台へと向かう――――――。
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――――――最終的に、全ての子どもたちが動かなくなった。
どの台にも無惨な姿になった子どもたちの姿があり、台から床へと静かに赤い液体が滴り落ちていく。
今なら分かる。
この床や壁など……至る所についているシミは、全て血の痕なのだと。
大人たちは尚も手を止めず、今度は子どもたちの首と両腕を切断し、集め始めた。
首と両腕の無い亡骸。
それはあまりにも残酷で、痛々しい姿だった。
俺は喉の奥から逆流してくるものを抑えるように、反射的に鼻と口を覆う。
ココが夢の世界だと忘れてしまいそうになるほど、むせ返るように鼻につく独特な金属のような生臭さと光景が、妙にリアルで……俺は思わず吐きそうになる。
(ダメだ……吐くな……!)
――――――夢の中なのに、どうしてこんなにも鮮明なんだ?
――――――夢のはずなのに……今までこんな事、無かったのに……!
(どうしてこんな、惨いことを……!?)
自分の頭の中の『何故?』が増える度に、涙が溢れ出してくる。
……だが、そんなことを考えている暇など、与えてもらえなかった。
大人たちは、子どもたちの首と両腕を無造作にバケツの中へと一纏めにし終えると、最後の台……一人残された男性のところへと向かう。
うつ伏せの状態でただ一人、子どもたちが惨殺されるのを見ていた男性へ。
台に手足を固定され、身動きもとれず。
自分に助けを求めながら泣き叫び、死んでいった子どもたちを……。
只々、黙って見ていることしか出来なかった男性の元へ、と。
大人たちが、男性を取り囲む。
男性は最後の抵抗のように、全身の力をどうにか使って、台を揺らす。
男性が抵抗することが、余程、予想外だったのか……大人の一人が、持っていたメスを滑らせる。
そのメスは、なんの偶然か……男性の左眼球を切り裂いて床へと落ちる。
男性が苦痛に歪んだその隙を見逃さなかった大人たちは、男性の首に、注射器で何かを投与した。
そして少しだけぐったりとした男性へ、なんの躊躇いもなく……無造作に、背中へとメスを入れる。
先程の薬剤に、鎮痛剤は含まれていなかったのか。その痛みに、男性は声にならない悲鳴を上げた。
そしてそこに……何を思ったのか。大人たちは、先程切断した子ども達の腕を、男性の背中へと縫い付ける。
全てを縫い付け終わると、そのまま台ごと男性を運ぶ。
運ばれた先には……底の見えないほどの、大きな水槽が一つあった。
大人たちは男性を縛り付けていた枷を外すと、そのまま無造作に水槽の中へと沈める。
さらに無慈悲にも……先程集めた子どもたちの頭を、まるでゴミを捨てるかのように放り投げた。
沈みながら、男性は片目で子どもたちの首を見る。
――――――数日前まで、無邪気に笑いあっていた子どもたち。
…………それが、今はどうだ?
笑顔だった子どもたちは、どの顔も……今となっては、苦痛や恐怖に歪んでいた。
酸素何もない……なんの薬品かも、よく分からない液体の水槽に。
息もできずにもがき苦しみ、ただ息絶えていくしかない男性。
男性はそのまま静かに、底へ向かって沈んでいく……。
――――――暗く、暗い……。
――――――深く、深い……。
――――――底の見えない……。
――――――いや、底など、初めからあるのだろうか?
……そんな、終わりの見えない、暗く、深い、水槽に――――――。
…………ゴボッ。
《どうして……?》
「…………!?」
声が聞こえる。
水槽の中から……沈んでいく、声が。
《どうして私たちが、こんな目にあわなくてはいけない……?》
…………ゴボッ、ゴボッ。
《どうして、ただ静かに生きていることも許されないの……?》
…………ゴボッ、ゴボゴボッ。
悲痛に歪んだ声音が、水槽内に響きわたる。
《許さない……》
…………ゴボッ。
……ゴボゴボッ……ゴボゴボ、ゴボッ。
そして『聲』がした。
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《ュ…………ル…………………………さ、ナ……い………………》
憎悪に充ちた、聲が聴こえる。
《……………………赦、サ…………なイ………………ッ!》
この謎の液体の影響か……?
《……あ…………ィ、ツ……………………等、も…………》
…………ゴボッ……ゴボ、ゴボッ…………ゴボゴボ、ゴボゴボボッ……。
《……………………コの、世………………ヵ、ゐ………………モ……………………!》
それとも、あの人物たちへの憎しみや怨みからなのか?
…………ゴボッ……ゴボ、ゴボッ…………ゴボゴボゴボゴボゴッ……!!
沫が立つとともに、男性の体が少しずつ変化していく。
――――――頭は象みたいに大きく。
――――――口は耳元まで裂け。
――――――背中に縫われた腕は、体の中へと吸い込まれていく。
《苦シい、苦しィ……》
子どもたちの顔が、頸が……泣き叫びながら、ひとつの場所へと集まっていく。
《赦サ、なゐ……!》
体が徐々に膨れ上がり、大きくなる。
《絶、対…………二、赦さ、ナ、ヰ……!》
男性にはもう、優しさに満ちた……あの慈しむような表情も瞳も、どこにもない。
今は憎悪にかられ、狂気に充ちてしまった。
《此、之………………理、ノ……全テ、ヲ………………!!》
《…………ゼ、ッ對、ニ…………赦、サナ、亻………………!!》
そして男性は《化け物》になった。





