二十六限目 〜謎の少女と化け物〜
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――――――気がつくと……水圧に押されて壁に当たったことによる背中の衝撃で、全身に激痛が走った。
そのおかげか……有耶無耶な意識は、一瞬にして覚醒した。
「いっつ……た~い……っ! ……ちょっと、何よコレ!? これは一体、どういう状況よ……!?」
身体も服も……まるでバケツの水をひっくり返されたかのように、どうしてかずぶ濡れ。
腰近くまである長い髪からも、水滴がポタポタと垂れている。
「〜〜っ、もう! 何よコレ!? 何でこんなに私、濡れてんのよ!? 今までで一番最悪じゃんか……!!」
突然現れた『少女』は地団駄を踏みながら、先程までいたはずの『少年』に対して怒りのこもった不満の声を漏らす。
「毎回、毎回……っつ! しかも今回は、こんなにも水浸しにして……!」
少女はフルフルと小刻みに拳を震わせ、『キッ!』と目を大きくする見開く。
「涼星のヤツ! 今度こそ、タダじゃおかないんだから!!」
少女はそう叫んでは、拳を大きく振り上げる。
……と、その時。少女はあることに気がづいた。
少し離れた場所に、大きな影が一つあることに。
少女は薄暗い廊下の奥を、目を凝らしながら影を見る。
影の正体――――――そう、先程涼星を水圧で吹き飛ばした化け物である。
そんな事など全く知らない少女は、化け物の姿を見て悲鳴をあげる。
「キャァァァァァァァァァァァァァアアアアアアッ!! ちょっと、何っ!? 何よっ、アレぇっ!?」
化け物の異形な姿に、少女の全身には鳥肌が立つ。
「何よ! もう! 何なのよっ!? ちょ〜〜キモいんだけど! ……って、いうか! 何でアイツ、あんないっぱい手が生えてんの!?」
しかもよく見れば……。化け物は突然現れた少女へと向かって、複数の腕を伸ばしていく。
その姿を見て、少女は「キャー何アレ!? 関節めちゃくちゃで、キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモいっ! 本当! マジで! ちょーキモいっ!! 超絶ウルトラスーパー虫酸ダッシュじゃん!!」と、化け物のありえない腕の伸び方に本気で引いていた。
「もう! こっちに来ないでってば! 気持ち悪いから!!」
少女の身体能力は、余程高いのだろうか……千里ほどではないが、化け物の腕を華麗に躱す。
「むむむっ、涼星めぇ……。こんなにも可愛いくてか弱い、乙女のこの私を……! こんなキモい奴と戦わせるだなんて……絶対に、タダじゃおかないんだからねっ!!」
そう文句を言う少女は、自分の長い髪を一本引き抜く。
「『太く、長くな~ぁれ!』」
抜いた自身の髪の毛を、空中に投げ――――――。
「『変換』! 『ロープ』!!」
そう叫んで、右手でキャッチする。右手に持った瞬間、少女の髪の毛が輝く。そして光が消えたと同時に、髪だったものは一本の太いロープに変換した。
少女はすぐに、そのロープで輪っかを作る。
「ちょっと、そこのアンタ! 腕は多いし、なんか所々継ぎ接ぎだらけだし!」
少女は化け物の攻撃を躱すと、そのままロープを投げつける。
「すっごく、キモいんだから! ……大人しくお縄にかかってなさいよっ!!」
少女の投げたロープは、化け物の首へと見事にかかる。そして化け物の背後に回り、そのままロープを勢いよく引っ張る。
「えええいっ!!」
バランスを崩した化け物が、その場に倒れる。
《ギィ……ギいィ゛ィィ゛い゛ゐ゛いい゛ぃぃギぃぃ゛ゐぃヰ゛ぃぃィい゛い゛ィ゛ィい!!》
《イ゛……ィ゛ダイイイ゛いいぃ゛ヰイイ゛イイ゛イ゛ギィヰぃぃ゛いゐ゛い゛イイ゛いい゛ぃぃ゛ぃぃ゛イ゛イ゛》
《グル、ぐっくグぐる゛シゐ、くクっ゛くググ、ぐルい゛ヰ゛いィい゛いイ゛イ゛ぃ゛ぃぃ゛ぃゐぃぃ゛ぃ゛ぃイ゛イ゛!!》
化け物は苦しそうに喚きながら、ロープを外そうと必死にもがく。
「……何よ、コイツ。デカい割には、動きは全然遅いし、楽勝じゃない」
少女は長い髪を軽くなびかせながら、化け物へと向き直る。
「……無駄よ。そのロープ、私の髪で作ったものだもの。抵抗するほど、ただただ苦しむだけよ」
冷ややかな視線を向けながら、少女は苦しむ化け物を見る。
「……って、言うか。この程度で『私』を呼び出したとか、本当にあり得ないんですけどー!?」
自身が呼び出された理由が、この目の前の化け物の退治だということに対し、余程納得がいかないのか……。
「さ・て・と。戻る前に涼星対して、な〜んか『恥ずかしいこと』をさせなきゃよね~? 一体、何が良いかしら~♪」
少女が何か悪いことを考え、化け物に背を向けた瞬間。
化け物がロープを外そうと足掻いている腕とは別の腕を、少女に向けて伸ばしす。
少女が気配に気づいた時には、既に回避出来る距離ではなかった。
「ちょっ……嘘でしょ……!?」
身体の反射が間に合わないと悟った少女は「最悪……私、こんな呆気なく死んじゃうのか……」と、小さく呟く。
そして覚悟を決めたかのように、瞼を伏せた……その時――――――!
――――――キィィィィイィィィィイイィィィィィイイン…………ッ!!――――――
廊下中に、金属音が鳴り響く。
覚悟していた衝撃や痛みはなく、少女は恐る恐るといった風に、ゆっくりと瞼を開く。
「………………えっ?」
少女の目の前には、全く知らない……たくましい背中の人影があった。





