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二十四限目 〜自己犠牲と覚悟〜

 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




 化け物が強制的に退場させられた後、黒板の亀裂(きれつ)についていた液体に、涼星が触れようと手を伸ばす。

 だが、その行動はすぐに桔梗から止められる。


「あまり無闇に触れるなよ、ヘタレ。こういう類のものは、何が起きるか分からない。なにか起きてからじゃ、遅いからな」


 桔梗にそう言われ、涼星は慌てて手を引っ込めた。


「えっ? あっ……は、はいっ! スイマセン……以後気をつけます……」


 桔梗は懐から薬品やら試験管を取り出すと、それを黒板の濡れた亀裂部分につけて調べ始めた。


「……どちらのリトマス試験紙も、反応は無し……つまり、これは中性の液体……」


 さらに札を一枚取り出しては、先程調べた亀裂部分へと貼り付ける。

 ……すると札は、溶けるように液体の中へと消えていった。


「うむ、呪詛や呪術系の反応も無し……この液体はただの『()』だな。害はない」

「……えっ? どうしてそんなことが分かるんですか?」


 涼星に問いかけられ、桔梗は振り返ると、無表情で答える。


「企業秘密、だ」


 その言い回しに、涼星は内心で「わぁ……この人たち、本当に兄妹なんだ……」と。千里と桔梗のこういう、ふとした行動や言い回しに、改めてそう思う。


 化け物の吐き出した液体を調べ終えた桔梗と涼星は、千里たちの後を追うように廊下へと出る。


「み、水……水っ……っ!!」


 廊下に出た涼星は、真っ先に水道を探す。


 ……が、水道は一つも見当たらない。


 ……いや、正確には、廊下の水道は化け物によってなのだろうか……全て破壊されて無くなっていたのだ。


「あっ……水、が……」


 予想以上に肩を落とす涼星を不審に思った桔梗が、疑問をぶつけようとした時。廊下の奥から、自分たちを呼ぶ声が聞こえた。


「ん……? あっ、桔梗~! メガネ~!」


 声の主は、先程化け物を廊下へと投げ飛ばし、さらに拳を見舞った張本人……千里であった。


「ねぇ〜! コイツの腕、マ〜ジで鬱陶(うっとう)しいんだけど~!!」


 千里は大きな声で、不服そうに訴える。

 それもそのはず……千里は今まさに、化け物の腕、十二本の攻撃を同時に一人で捌いているのだ。


 そんな千里の不満とは裏腹に、桔梗たちへ普通に話しかけてくる余裕さに「何であんな素早い動きをしてるのに、普通に喋ってるんだろう……」と涼星は困惑する。


 それと同時に「猫山先輩って……実は物凄い人なのかもしれない……」と、失礼ながらも涼星の中の、千里の評価が少しだけ上がった。


 涼星がそんなことを考えていると、二人に気づいた化け物が、顔だけを桔梗と涼星へと向ける。


「…………チッ」

「えっ……?」


 化け物は口の中に、再び『何か』を溜め込む。


「アレは……さっきの、液体……?」

「……っ! コイツ……!」


 千里は二人の元へと、一秒でも早く駆けつけようと、跳ぶように走り出す。

 ……だが、化け物の腕の一本が、千里の右足を掴む。


「あっ、ヤベッ……!」


 駆けつけるためにつけたその勢いで、千里は勢いよく転倒する。

 そして転倒した千里の右足を掴んだまま、化け物は勢いよく天井へと叩きつける。


「か……はっ……っつ!?」


 叩きつけられた衝撃による痛みで、千里が小さく苦痛の声を漏らす。そして少しだけ反応が鈍くなった千里の左足、左腕、右腕を、化け物の腕が掴む。


 さらに身動きの取れなくなった千里を、化け物は壁に押し付けて、そのまま勢い良く首を掴んで絞めつける。


「猫山先輩っ!!」

「まて、ヘタレ」


 助けに向かおうと駆け出そうとする涼星を、桔梗が制止する。


「どうして止めるんですか!? このままじゃ、猫山先輩が死んじゃいますよ……!?」


 涼星の必死な言葉に、桔梗は凍てつくような瞳と声色で答える。


「……それがなんだ? これが()()()()()()だ」


 桔梗のその無機質な一言に、涼星は凍りついたように固まる。そんな涼星に、桔梗は続ける。


「それに、ヘタレ……今のお前が行ったところで、なんの役に立つ? 今のお前はただの足でまといで、何も出来ずに無駄死にするだけだぞ?」


 的を得た桔梗の言葉に、涼星は「そ、それは……」と口ごもる。

 そんな涼星、桔梗はさらに言葉を紡ぐ。


「それでも、行きたければいけばいい。だがな、ヘタレ……『正義感』だけでは、何も救えない。そしてお前のその身勝手な『()()()()』なんて、お前が満足するだけで、誰もお前を称賛(しょうさん)などしたりしない」


 桔梗の容赦のない言葉に、涼星は只々黙るしか無かった。


 そんな涼星をしばし無言で見ていた桔梗は、小さく呟く。


「…………お前のその覚悟は認める。……が、()()()()()()()()()も、少しは考えてみろ……」

「えっ……?」


 上手く聞き取れない上に薄暗い廊下では、桔梗の表情は読めない。

 ……だが、その(まと)う空気からは、どこか『悲しみ』や『辛い』といった感情が現れているように思えた。


 化け物の腕の拳が、千里へと向けられる。


「あっ、ははっ……コレはちょ〜っと、ヤバイかも……♪」


 こんな状況でも、千里はいつものように笑っている。


「なぁ、メガネ……」


 千里は真剣な表情と声色で、涼星を見据える。


「優心が来るまで……桔梗を()()()()


 そう言い終えると、再び千里は『ニコッ』っと笑う。それと同時に、化け物の拳が千里の顔面へととんでいく。


「猫山先輩……っ!!」




 涼星の叫び声は、化け物の拳と破壊音で、かき消された。

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