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二十三限目 〜破られた結界〜

 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




「……というか、もういっそのこと『()()』れば良いじゃないですか」


 そろそろ札が限界という頃に、桔梗がそう口を開いた。

 その言葉に、千里は「う〜ん」と少し考える素振りをしては、桔梗の言葉に返答する。


「……まぁそうだけどさ~、今日は()()()()()から『()()』てもそんなに強くないよ、俺?」


 そこまで言ってから千里は、少し間を開けてから「……と、いうかさぁ〜」と言葉を紡ぐ。


「その案を一番最初に却下したのって……桔梗だよな?」

「…………さぁ? なんのことですか?」

「あ〜、分かった。コレは完全に、しらばっくれるパターンのやつだなぁ〜」


 桔梗の何食わぬ顔を、千里はじっと見る。そして「やれやれ」といった風に「困った妹、様々だわぁ〜」と、わざとらしい動作でため息をついた。


 そんな二人の会話を聞きながら、涼星はずっと疑問に思っていた事がある。

 ……そして涼星は、千里のセーターの端を引っ張って、思い切って聞いてみることにした。


「あっ、あの……っ!」

「ん〜? なんだぁ〜、メガネ?」


 涼星に視線を合わせるようにしゃがんだ千里は、顔を覗き込みながら問いかける。


「えっと、その……ずっと気になっていたんですが……」

「んん〜?」

「さっきからお二人が言ってる『()()()』って……一体なんのことですか……?」


 涼星の質問に、千里は「あぁ〜……」と少し考えるふりをする。

 そして人差し指を口元に持っていくと、千里は片目を瞑って……。


「そりゃあ、勿論! ひ・み・つ~♪」


 あざとくウインクをする千里に対し、涼星は引き気味に「先輩……今のはちょっと、キモイです……」と、ズバッと言う。

 そんな涼星の反応に、千里は笑いながら「メガネぇ! お前って案外、ズバッと言ってくるなぁ!! ヘタレメガネのくせに!!」と、涼星の背中をバシバシと叩く。


「はぁ〜♪ ……俺、お前のことちょっと気に入ったかもしんねぇわ♪」

「それは……ちょっと、嫌というか……遠慮しておきます……」


 千里は涼星のさらに容赦のない言葉にも「えぇ〜、仲良くしようぜぇ〜♪」と、めげずにウザ絡みをしている。


 そんな千里と涼星のやり取りを横目に、桔梗が冷静な声音で告げる。


「……猫山先輩、そろそろ結界が破れますよ」

「お〜。了解、りょうか〜い」


 無言で桔梗が札を取り出す。……と同時に。対・化け物相手に気持ちを切り替えた千里も、低い姿勢で身構える。




 ――――――ガッ……ガガッ、ガッ、ガガガッ………………ドガーンッ!!




 札が剥がれ、物凄い音と勢いでドアが吹っ飛ぶ。

 ……と、同時に桔梗が札に念を込め、新たな結界を張る。


「……ん?」


 ドアを破って入ってくる化け物を見た瞬間、千里は目を疑った。


「あ、あれぇ……? 俺、目、悪くなったかな~……?」


 千里は目をこすっては、もう一度目を凝らしてよく見る。


「どうしましたか、猫山先輩?」

「何か変わったことでも?」


 千里の行動に、涼星と桔梗が問いかける。


「あ、いや……なんかさぁ、気のせいかもしれないんだけどさ……」


 そう前置きをした千里は、化け物を指差しながら二人の問に答える。


「あの化け物の腕がさ……さっきよりも()()()()気がする……」


 千里のその言葉に、二人も習って化け物を見る。

 そして普段、感情を表に出さない桔梗も、さすがに『驚いた』という表情を浮かべる。




 ――――――……そう、化け物の腕が先程よりもまた、増えているのだ。




 元々あった腕が十本、優心が落ちていく際に増えていた腕が一本。合わせて計十一本だった。


 しかし、今目の前にいる化け物は、さっき見た時よりもさらに一本多くなっており、全部で十二本。


「ありゃりゃぁ〜。まるで、『千手観音(せんじゅかんのん)』だな♪」などと千里が呑気なことを言っていれば、桔梗が「まぁ……本物の『千手観音』には、あと九百八十八本の『腕』と、九百九十八個の『目』が必要ですけど」と、これまた冷静にツッコミを入れる。


「つかあれさぁ〜、普通に気持ち悪いな!」


 千里がそう口にした途端、背中に生えてる腕の一本がこちらに向かって伸びてくる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

『ぎゃあああああっ!』

『アイツ、腕が増えてるぞぉ!』

『のっ、ののの、伸びたぁぁぁ!?』


 涼星と雑鬼たちが、千里のセーターを引っ張りながら、悲鳴を上げる。


「うっ、わぁ〜! なにあれ、なにあれ〜! ねぇ、どうなってんの!? 関節がめちゃくちゃで、スンゲェ〜気持ち悪〜いっ♪」

「猫山先輩! 何呑気な事を言ってるんですか!? 確かに気持ち悪いですけど!!」


 涼星の言葉に、千里は「だって関節が十カ所くらいあって、しかも全部『カクッ! カクッ!』って曲がりながら来るんだもん! 普通に考えて、アレめちゃくちゃ気持ち悪いじゃん!!」と、率直な感想を述べる。


 そんな千里と涼星が不毛な会話してる間にも、化け物の腕が千里たちの所までくる。


「わぁぁぁぁぁぁああああ!!」

『こっちに来るぅぅぅぅ!』

『千里ぃぃぃぃぃっ! 桔梗ぉぉぉぉぉっ!』

『何とかしてぇぇぇぇえ!!』


 パニックを起こした涼星と雑鬼たちが、千里にしがみつきながら叫ぶ。


 ……だが、化け物の腕は桔梗の結界により跳ね返った。


「おぉ〜、跳ね返り方も気持ち悪い! ……なっ♪」


 どこか楽しげにそう口にする千里に、涼星と雑鬼たちは頼もしさと同時にどこか恐怖すら覚える。


 すぐさま化け物は、桔梗の結界に弾かれた腕を戻す。と、今度は口を大きく開いては『何か』を集め始める。


「……あっ。アレ何か普通にヤバそうだから、俺出るわ」

「えっ……!? 猫山先輩……!?」


 ……と、なにかに勘づいた千里は、しがみつく涼星と雑鬼たちを無慈悲かつ、容赦なく引き剥がすと、桔梗の結界から出る。


「あ、危ないですよ! 先輩っ!?」

『そ、そーだ! そーだ!』

『千里が殺られちまったら』

『俺たち、どーすればいいんだよー!?』

「はぁ〜……一々五月蝿いヤツらだなぁ〜」


 千里は大きくため息を吐くと、後頭部をガシガシと雑に掻く。


「桔梗は俺の大事な妹だから、絶対に守るけどさぁ……俺、ぶっちゃけ優心以外の野郎共には基本、興味無いから」


 そして振り返りながら、涼星たちにこう告げる。


「だからお前ら、テメェの命はテメェで守れ♪」


 そう言い終えると、千里は「んべぇーっ」っと、舌を出す。


 そんな千里に、雑鬼たちは『酷い!』やら『優心だけずるい!』やら『贔屓(ひいき)反対!』など、次々と不満の声を上げる。

 雑鬼たちのブーイングを完全に無視した千里は、床を蹴って机の上を素早く駆け抜ける。そしてあっという間に、化け物の背後へと回り込む。


 ……化け物の後頭部には、五つ顔が付いていた。


「……あっ、こんな所にも顔があったんだな」


 そう呟いては「目は……あと九百八十八個だなぁ〜」などとどうでもいいことを考えながら、千里は化け物の左足を捕まえる。


「……っ、オラァッ! 許可のない部外者は……お外に、出ましょう……かっっっつ!!」


 千里のその細身の身体からは想像もつかぬ怪力で、化け物をそのまま廊下側へと投げ飛ばす。


 その勢いで化け物が口に溜め込んでいた『何か』が、狙っていた桔梗たちから大きく外れて黒板へと当たる。




 ――――――当たった黒板には、大きな亀裂(きれつ)が入っていた。




 千里が投げた化け物は、その体躯(たいく)の大きさから窓の外までは落とせなかった。……が、勢いよく壁に当たったためか、化け物は短い悲鳴を上げる。


 《ィ……イダヰぃぃぃ゛……いだィ゛ィ゛い゛いゐイ゛!!》

 《イぃゐ、ダ……ヰ゛ダい……の、ヤダァ゛あ゛ァ゛あ゛ア゛ァ゛、あ゛あ゛ぁ゛ァ゛ぁ゛!!》


 化け物の顔の一部が、苦しそうにそう泣き喚く。

 そんな化け物を前に、千里は首をコキコキと鳴らしながら廊下へと出る。


「ちぇ〜っ、デカ物め……落ちろよなぁ〜」


 千里の考えでは、化け物を廊下の窓を突き破って外に放り出す予定だった。……が、今日は千里にとって『いい条件』が揃っていないがために、さすがにそれは叶わなかった。


 だが、先程の衝撃で少しだけ怯んだ化け物から、桔梗たちを少しでも遠ざけるため。……千里は右腕に『何か』を(まと)わすように力を込める。

 そして軽く息を吐きながら、そのまま化け物へと容赦なく拳を打ち込み、廊下の突き当たりまで吹き飛ばす。


 ……化け物を吹き飛ばしたあとに、千里は拳を『グーパーグーパー』と握ったり開いたりを繰り返しながら、己の感覚を確かめる。


「う〜ん、まぁ……『条件』的には悪いけど……コレくらいなら『化け』無くても、大丈夫かなぁ?」


 自身の力量を確認し終えた千里は、吹き飛ばした化け物へと振り向く。


「なぁ、化け物。悪いけど、俺……優心ほど、甘くも優しくもないからさぁ……」


 呻き声を上げている化け物へと向け、ゆっくりと歩き出す。


「痛いのも、辛いのも……」


 冷たい笑みを浮かべながら、化け物に告げる。




「全部……覚悟、してくれよな……?」

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