二十三限目 〜破られた結界〜
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「……というか、もういっそのこと『化け』れば良いじゃないですか」
そろそろ札が限界という頃に、桔梗がそう口を開いた。
その言葉に、千里は「う〜ん」と少し考える素振りをしては、桔梗の言葉に返答する。
「……まぁそうだけどさ~、今日は条件が悪いから『化け』てもそんなに強くないよ、俺?」
そこまで言ってから千里は、少し間を開けてから「……と、いうかさぁ〜」と言葉を紡ぐ。
「その案を一番最初に却下したのって……桔梗だよな?」
「…………さぁ? なんのことですか?」
「あ〜、分かった。コレは完全に、しらばっくれるパターンのやつだなぁ〜」
桔梗の何食わぬ顔を、千里はじっと見る。そして「やれやれ」といった風に「困った妹、様々だわぁ〜」と、わざとらしい動作でため息をついた。
そんな二人の会話を聞きながら、涼星はずっと疑問に思っていた事がある。
……そして涼星は、千里のセーターの端を引っ張って、思い切って聞いてみることにした。
「あっ、あの……っ!」
「ん〜? なんだぁ〜、メガネ?」
涼星に視線を合わせるようにしゃがんだ千里は、顔を覗き込みながら問いかける。
「えっと、その……ずっと気になっていたんですが……」
「んん〜?」
「さっきからお二人が言ってる『化ける』って……一体なんのことですか……?」
涼星の質問に、千里は「あぁ〜……」と少し考えるふりをする。
そして人差し指を口元に持っていくと、千里は片目を瞑って……。
「そりゃあ、勿論! ひ・み・つ~♪」
あざとくウインクをする千里に対し、涼星は引き気味に「先輩……今のはちょっと、キモイです……」と、ズバッと言う。
そんな涼星の反応に、千里は笑いながら「メガネぇ! お前って案外、ズバッと言ってくるなぁ!! ヘタレメガネのくせに!!」と、涼星の背中をバシバシと叩く。
「はぁ〜♪ ……俺、お前のことちょっと気に入ったかもしんねぇわ♪」
「それは……ちょっと、嫌というか……遠慮しておきます……」
千里は涼星のさらに容赦のない言葉にも「えぇ〜、仲良くしようぜぇ〜♪」と、めげずにウザ絡みをしている。
そんな千里と涼星のやり取りを横目に、桔梗が冷静な声音で告げる。
「……猫山先輩、そろそろ結界が破れますよ」
「お〜。了解、りょうか〜い」
無言で桔梗が札を取り出す。……と同時に。対・化け物相手に気持ちを切り替えた千里も、低い姿勢で身構える。
――――――ガッ……ガガッ、ガッ、ガガガッ………………ドガーンッ!!
札が剥がれ、物凄い音と勢いでドアが吹っ飛ぶ。
……と、同時に桔梗が札に念を込め、新たな結界を張る。
「……ん?」
ドアを破って入ってくる化け物を見た瞬間、千里は目を疑った。
「あ、あれぇ……? 俺、目、悪くなったかな~……?」
千里は目をこすっては、もう一度目を凝らしてよく見る。
「どうしましたか、猫山先輩?」
「何か変わったことでも?」
千里の行動に、涼星と桔梗が問いかける。
「あ、いや……なんかさぁ、気のせいかもしれないんだけどさ……」
そう前置きをした千里は、化け物を指差しながら二人の問に答える。
「あの化け物の腕がさ……さっきよりも増えてる気がする……」
千里のその言葉に、二人も習って化け物を見る。
そして普段、感情を表に出さない桔梗も、さすがに『驚いた』という表情を浮かべる。
――――――……そう、化け物の腕が先程よりもまた、増えているのだ。
元々あった腕が十本、優心が落ちていく際に増えていた腕が一本。合わせて計十一本だった。
しかし、今目の前にいる化け物は、さっき見た時よりもさらに一本多くなっており、全部で十二本。
「ありゃりゃぁ〜。まるで、『千手観音』だな♪」などと千里が呑気なことを言っていれば、桔梗が「まぁ……本物の『千手観音』には、あと九百八十八本の『腕』と、九百九十八個の『目』が必要ですけど」と、これまた冷静にツッコミを入れる。
「つかあれさぁ〜、普通に気持ち悪いな!」
千里がそう口にした途端、背中に生えてる腕の一本がこちらに向かって伸びてくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『ぎゃあああああっ!』
『アイツ、腕が増えてるぞぉ!』
『のっ、ののの、伸びたぁぁぁ!?』
涼星と雑鬼たちが、千里のセーターを引っ張りながら、悲鳴を上げる。
「うっ、わぁ〜! なにあれ、なにあれ〜! ねぇ、どうなってんの!? 関節がめちゃくちゃで、スンゲェ〜気持ち悪〜いっ♪」
「猫山先輩! 何呑気な事を言ってるんですか!? 確かに気持ち悪いですけど!!」
涼星の言葉に、千里は「だって関節が十カ所くらいあって、しかも全部『カクッ! カクッ!』って曲がりながら来るんだもん! 普通に考えて、アレめちゃくちゃ気持ち悪いじゃん!!」と、率直な感想を述べる。
そんな千里と涼星が不毛な会話してる間にも、化け物の腕が千里たちの所までくる。
「わぁぁぁぁぁぁああああ!!」
『こっちに来るぅぅぅぅ!』
『千里ぃぃぃぃぃっ! 桔梗ぉぉぉぉぉっ!』
『何とかしてぇぇぇぇえ!!』
パニックを起こした涼星と雑鬼たちが、千里にしがみつきながら叫ぶ。
……だが、化け物の腕は桔梗の結界により跳ね返った。
「おぉ〜、跳ね返り方も気持ち悪い! ……なっ♪」
どこか楽しげにそう口にする千里に、涼星と雑鬼たちは頼もしさと同時にどこか恐怖すら覚える。
すぐさま化け物は、桔梗の結界に弾かれた腕を戻す。と、今度は口を大きく開いては『何か』を集め始める。
「……あっ。アレ何か普通にヤバそうだから、俺出るわ」
「えっ……!? 猫山先輩……!?」
……と、なにかに勘づいた千里は、しがみつく涼星と雑鬼たちを無慈悲かつ、容赦なく引き剥がすと、桔梗の結界から出る。
「あ、危ないですよ! 先輩っ!?」
『そ、そーだ! そーだ!』
『千里が殺られちまったら』
『俺たち、どーすればいいんだよー!?』
「はぁ〜……一々五月蝿いヤツらだなぁ〜」
千里は大きくため息を吐くと、後頭部をガシガシと雑に掻く。
「桔梗は俺の大事な妹だから、絶対に守るけどさぁ……俺、ぶっちゃけ優心以外の野郎共には基本、興味無いから」
そして振り返りながら、涼星たちにこう告げる。
「だからお前ら、テメェの命はテメェで守れ♪」
そう言い終えると、千里は「んべぇーっ」っと、舌を出す。
そんな千里に、雑鬼たちは『酷い!』やら『優心だけずるい!』やら『贔屓反対!』など、次々と不満の声を上げる。
雑鬼たちのブーイングを完全に無視した千里は、床を蹴って机の上を素早く駆け抜ける。そしてあっという間に、化け物の背後へと回り込む。
……化け物の後頭部には、五つ顔が付いていた。
「……あっ、こんな所にも顔があったんだな」
そう呟いては「目は……あと九百八十八個だなぁ〜」などとどうでもいいことを考えながら、千里は化け物の左足を捕まえる。
「……っ、オラァッ! 許可のない部外者は……お外に、出ましょう……かっっっつ!!」
千里のその細身の身体からは想像もつかぬ怪力で、化け物をそのまま廊下側へと投げ飛ばす。
その勢いで化け物が口に溜め込んでいた『何か』が、狙っていた桔梗たちから大きく外れて黒板へと当たる。
――――――当たった黒板には、大きな亀裂が入っていた。
千里が投げた化け物は、その体躯の大きさから窓の外までは落とせなかった。……が、勢いよく壁に当たったためか、化け物は短い悲鳴を上げる。
《ィ……イダヰぃぃぃ゛……いだィ゛ィ゛い゛いゐイ゛!!》
《イぃゐ、ダ……ヰ゛ダい……の、ヤダァ゛あ゛ァ゛あ゛ア゛ァ゛、あ゛あ゛ぁ゛ァ゛ぁ゛!!》
化け物の顔の一部が、苦しそうにそう泣き喚く。
そんな化け物を前に、千里は首をコキコキと鳴らしながら廊下へと出る。
「ちぇ〜っ、デカ物め……落ちろよなぁ〜」
千里の考えでは、化け物を廊下の窓を突き破って外に放り出す予定だった。……が、今日は千里にとって『いい条件』が揃っていないがために、さすがにそれは叶わなかった。
だが、先程の衝撃で少しだけ怯んだ化け物から、桔梗たちを少しでも遠ざけるため。……千里は右腕に『何か』を纏わすように力を込める。
そして軽く息を吐きながら、そのまま化け物へと容赦なく拳を打ち込み、廊下の突き当たりまで吹き飛ばす。
……化け物を吹き飛ばしたあとに、千里は拳を『グーパーグーパー』と握ったり開いたりを繰り返しながら、己の感覚を確かめる。
「う〜ん、まぁ……『条件』的には悪いけど……コレくらいなら『化け』無くても、大丈夫かなぁ?」
自身の力量を確認し終えた千里は、吹き飛ばした化け物へと振り向く。
「なぁ、化け物。悪いけど、俺……優心ほど、甘くも優しくもないからさぁ……」
呻き声を上げている化け物へと向け、ゆっくりと歩き出す。
「痛いのも、辛いのも……」
冷たい笑みを浮かべながら、化け物に告げる。
「全部……覚悟、してくれよな……?」





