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二十二限目 〜漆黒のアイツの話〜

 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁




「とりあえず、入り口の結界が敗れたら私がすぐに直径二メートルほどの小さな結界を、ここに作り直す。それで良いか?」

「もっち、もち〜。いいともー♪」

「は、はい……!」

『『『さんーせー!!』』』


 桔梗の言葉に、全員が賛同した。


「では、優心が来るまで時間稼ぎ頼みますよ。猫山先輩」

「あ、結局その役目は俺なの?」

「アナタが一番すばしっこくて、反射神経も良い…大丈夫、死にはしない。……多分」

「ちょっと桔梗さん? 今、最後に小さな声で『多分』って言わなかった?」


 桔梗の言葉に、千里が反論する。


「……なに、先輩なら大丈夫です。阿久多牟之(あくたむし)都乃牟之(つのむし)御器噛(ごきかぶり)にコックローチ並みの生命力を持ってますから。何一つ問題ありません」

「ねぇ、まって。それ言い方変えてるだけで、全部一緒じゃん。てかさ、例えが酷くない? 問題しかないじゃん?」


 千里の反論を無視して、桔梗は淡々と続ける。


「……それに知ってますか、猫山先輩? 『()』は自分が捕った獲物を、飼い主に見せるんですよ?」

「いやいやいやいやいや、確かに俺は『()』だけどさぁ〜……本当の意味で『()』じゃないからね!? それに俺、()()人間だから! しかも、あんな化け物捕まえてどうするのさ!? 俺が自慢したところで、桔梗が見てくれるの!?」

「嫌ですよ、あんな化け物」


 キッパリとそう言い切る桔梗。そしてそのまま、流れるように「それならもう、優心にでも見せてやればいいんじゃないですか? きっと褒めてくれますよ」などと、この場にいない優心へと押し付ける。


「あー、なるなるー。なるほどねぇー。優心が褒めてくれるならワンチャン、それはそれでありかもしれないなぁー」


 千里も千里で、「それなら俺、頑張っちゃおうかなー」自然な流れで優心に見せて褒められる前提で、納得しようとしていた。


 ……そんな桔梗と千里の会話についていけない涼星は、桔梗が一体、千里を何に例えたのかが分からずに首を傾げている。……と、雑鬼たちが『ピョンピョン』と跳ねながら、二人に疑問をぶつけるのだった。


『なぁ〜なぁ〜。千里ぃ〜、桔梗ぉ〜』

『阿久多牟之や都乃牟之、御器噛は俺たち分かるけどよぉ〜?』

『コックローチって、な〜に〜?』


 まさかの『阿久多牟之』や『都乃牟之』、『御器噛』という言葉の意味を知っているという雑鬼たちに、涼星は内心で驚いた。


 疑問を解消しようと跳ね続ける雑鬼たちの様子に、桔梗と千里は顔を見合わせると、チラッと涼星を見る。すると、涼星も桔梗の例えの意味が分かっていないことを確信した二人は、不敵な笑みを浮かべた。


「ふっ、そうか……『コックローチ』は英語だからな。雑鬼(お前)たちには分からないか……」

「『阿久多牟之』や『都乃牟之』、『御器噛』に『コックローチ』……これらは読み方こそ違えど、全て同じ生き物だ……」


 千里の言葉に何かピンと来たのか……雑鬼たちの表情がみるみるうちに真っ青になっていく。


『ま……まさか……コックローチ、って……』

()()恐ろしい……』

『黒く光る、アイツ……』


 ガタガタと震え出す雑鬼たち、千里は深く頷く。


「そうだ……」




 ――――――黒い弾丸……。



 ――――――迫り来る黒い恐怖……。



 ――――――そして、数千年前を知るもの……。




「人々は恐怖し……今も尚、絶滅することなく生き続けている生命体……その名も……」


 もはや『アイツ』か『G』、それだけで伝わる……そう、『蜚蠊(ごきぶり)』である。




「『蜚蠊』って、漢字で書くと意外と字画的にはカッコイイよなー」

「それは気のせいでしょう」


 桔梗の鋭いツッコミに、千里は「そうか〜?」と口を尖らせる。


「な、なるほど……雑鬼くんたちはよく分かりましたね」

雑鬼たち(そいつら)は妖……伊達に長く生きていないからな」

「昔の呼び方だからなぁ〜。雑鬼たちは知ってて当然だよなぁ〜?」

『知ってるも何も……』

『アイツらは俺たち雑鬼ですら、怖いヤツらだもん……!』

『俺たち、何度アイツらに追いかけ回されたことか……!』


 相当怖い思いをしたのだろうか……三匹は互いに身を寄せあっては、プルプルと小刻みに震えている。

 涼星はそんな雑鬼たちを安心させるために、自分の膝の上に三匹を乗せた。


「しかし、メガネ……()()の別名を知らないとは……なぁ?」

「今度、優心も入れて四人でGの生態について勉強会でもするかぁ〜♪」


 普段の桔梗と千里の関係は、決して仲の悪い兄妹間ではない。しかし、一方的に千里が桔梗にウザ絡みをしては、桔梗の反撃に合うというのが毎回のパターンである。

 ……だがそんな二人も、優心を振り回すことに関してだけは利害が一致しているため、どんな状況だろうと容赦なく結託する。


 しかも()()()()()()()()()()、絶妙な匙加減で悪戯やドッキリを仕掛けるのだから……余計にタチが悪い。


 桔梗は言わずもがな、入学時からずっと学年一位の座を保持し続けている天才。そして兄である千里も、普段は授業をサボったり、部室でゲームばかりしている……が、常に学年十位以内をキープしているという、その言動とは裏腹に、以外にも秀才である。

 ……しかし、千里は基本的に気分屋である。そのため、常に十位以内には入ってはいる……が、順位が安定していないのはこのためである。

 やる気がある時とない時のこの千里の順位に、教師と共に、密かに優心も頭を悩ませていることは、千里本人も知っている。が、本人が改善する気が全くないので、教師陣は既に諦めてた。


 そんな二人は今、勉強会という名の嫌がら……悪戯の計画の詳細について考えをめぐらせ始める。優心を振り回す事となると、互いの持つ幅広い知識とその類まれなる頭脳を持って、綿密に計画を立てるのだ。

 この兄妹の優心に対してのみ発揮する、悪戯の才能は……無駄遣いにも程がありすぎる。


「ついでに雑鬼ーズも、一緒に受けるかぁ〜?」

『『『絶っっっ対に、ヤダー!!』』』


 嫌がる雑鬼たちを笑顔でおちょくる千里に、涼星は顎に手を当てながら、ふと気づいた。


「『阿久多牟之』や『都乃牟之』が、そういう意味なら……」


 そして真剣な表情で、千里を見る。


「来栖先輩の比喩(ひゆ)って、つまり猫山先輩はゴキ……」


 涼星が最後まで言い切る前に、普段の爽やかな笑顔とは違う……不穏な笑みを浮かべた千里が、涼星の肩に『ポンッ』と手を置く。


「よぉ〜し、メガネェ〜。今から俺が札を剥がすからさ〜……(おとり)役、頼んだぞ☆」

「えっ!? な、なんで僕……」


 戸惑う涼星に、一瞬で笑顔を消し去った千里は、ドスの効いた声で――――――。




「お前……あんまりイキがってると、次は素手喧嘩(ステゴロ)でシバキ倒すからな……?」




 千里の一切笑っていない表情と鋭い眼光に、涼星とその表情を見た雑鬼たちはカタカタと小刻みに震え出す。


「す、ステ……? シバ……!?」


 さっきまでの言い争いとはまた違ったさらに低い声と、聞き覚えのない単語に涼星は戸惑う。


「猫山先輩……『()』が出てるぞ」


 ため息混じりに桔梗がそう呟くと、千里は「おっと、いっけねぇ〜」とわざとらしく自分の頭をコツンとしては、いつも通りに微笑む。


「あっはっはっは〜っ! 冗談、冗談〜♪ なんだ、なんだ〜? メガネも雑鬼ーズも、ビビったかぁ〜?」


 いつも通りに笑いながら、涼星はバシバシと千里に肩を叩かれる。


「メガネ……お前、色々な意味で度胸があるな。見直したぞ」


 口では「見直したぞ」と、桔梗に言われたものの……その表情はどう見ても、嘲笑されているようにしか思えない。




 そんな千里のあまりの切り替えの早さと、即興でするには年季の入った圧という名の迫力。そして桔梗からの「見直したぞ」宣言に……涼星は只々、困惑するしか無かった……。

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