二十二限目 〜漆黒のアイツの話〜
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「とりあえず、入り口の結界が敗れたら私がすぐに直径二メートルほどの小さな結界を、ここに作り直す。それで良いか?」
「もっち、もち〜。いいともー♪」
「は、はい……!」
『『『さんーせー!!』』』
桔梗の言葉に、全員が賛同した。
「では、優心が来るまで時間稼ぎ頼みますよ。猫山先輩」
「あ、結局その役目は俺なの?」
「アナタが一番すばしっこくて、反射神経も良い…大丈夫、死にはしない。……多分」
「ちょっと桔梗さん? 今、最後に小さな声で『多分』って言わなかった?」
桔梗の言葉に、千里が反論する。
「……なに、先輩なら大丈夫です。阿久多牟之や都乃牟之、御器噛にコックローチ並みの生命力を持ってますから。何一つ問題ありません」
「ねぇ、まって。それ言い方変えてるだけで、全部一緒じゃん。てかさ、例えが酷くない? 問題しかないじゃん?」
千里の反論を無視して、桔梗は淡々と続ける。
「……それに知ってますか、猫山先輩? 『猫』は自分が捕った獲物を、飼い主に見せるんですよ?」
「いやいやいやいやいや、確かに俺は『猫』だけどさぁ〜……本当の意味で『猫』じゃないからね!? それに俺、一応人間だから! しかも、あんな化け物捕まえてどうするのさ!? 俺が自慢したところで、桔梗が見てくれるの!?」
「嫌ですよ、あんな化け物」
キッパリとそう言い切る桔梗。そしてそのまま、流れるように「それならもう、優心にでも見せてやればいいんじゃないですか? きっと褒めてくれますよ」などと、この場にいない優心へと押し付ける。
「あー、なるなるー。なるほどねぇー。優心が褒めてくれるならワンチャン、それはそれでありかもしれないなぁー」
千里も千里で、「それなら俺、頑張っちゃおうかなー」自然な流れで優心に見せて褒められる前提で、納得しようとしていた。
……そんな桔梗と千里の会話についていけない涼星は、桔梗が一体、千里を何に例えたのかが分からずに首を傾げている。……と、雑鬼たちが『ピョンピョン』と跳ねながら、二人に疑問をぶつけるのだった。
『なぁ〜なぁ〜。千里ぃ〜、桔梗ぉ〜』
『阿久多牟之や都乃牟之、御器噛は俺たち分かるけどよぉ〜?』
『コックローチって、な〜に〜?』
まさかの『阿久多牟之』や『都乃牟之』、『御器噛』という言葉の意味を知っているという雑鬼たちに、涼星は内心で驚いた。
疑問を解消しようと跳ね続ける雑鬼たちの様子に、桔梗と千里は顔を見合わせると、チラッと涼星を見る。すると、涼星も桔梗の例えの意味が分かっていないことを確信した二人は、不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ、そうか……『コックローチ』は英語だからな。雑鬼たちには分からないか……」
「『阿久多牟之』や『都乃牟之』、『御器噛』に『コックローチ』……これらは読み方こそ違えど、全て同じ生き物だ……」
千里の言葉に何かピンと来たのか……雑鬼たちの表情がみるみるうちに真っ青になっていく。
『ま……まさか……コックローチ、って……』
『あの恐ろしい……』
『黒く光る、アイツ……』
ガタガタと震え出す雑鬼たち、千里は深く頷く。
「そうだ……」
――――――黒い弾丸……。
――――――迫り来る黒い恐怖……。
――――――そして、数千年前を知るもの……。
「人々は恐怖し……今も尚、絶滅することなく生き続けている生命体……その名も……」
もはや『アイツ』か『G』、それだけで伝わる……そう、『蜚蠊』である。
「『蜚蠊』って、漢字で書くと意外と字画的にはカッコイイよなー」
「それは気のせいでしょう」
桔梗の鋭いツッコミに、千里は「そうか〜?」と口を尖らせる。
「な、なるほど……雑鬼くんたちはよく分かりましたね」
「雑鬼たちは妖……伊達に長く生きていないからな」
「昔の呼び方だからなぁ〜。雑鬼たちは知ってて当然だよなぁ〜?」
『知ってるも何も……』
『アイツらは俺たち雑鬼ですら、怖いヤツらだもん……!』
『俺たち、何度アイツらに追いかけ回されたことか……!』
相当怖い思いをしたのだろうか……三匹は互いに身を寄せあっては、プルプルと小刻みに震えている。
涼星はそんな雑鬼たちを安心させるために、自分の膝の上に三匹を乗せた。
「しかし、メガネ……ヤツの別名を知らないとは……なぁ?」
「今度、優心も入れて四人でGの生態について勉強会でもするかぁ〜♪」
普段の桔梗と千里の関係は、決して仲の悪い兄妹間ではない。しかし、一方的に千里が桔梗にウザ絡みをしては、桔梗の反撃に合うというのが毎回のパターンである。
……だがそんな二人も、優心を振り回すことに関してだけは利害が一致しているため、どんな状況だろうと容赦なく結託する。
しかも優心が本気で怒らない、絶妙な匙加減で悪戯やドッキリを仕掛けるのだから……余計にタチが悪い。
桔梗は言わずもがな、入学時からずっと学年一位の座を保持し続けている天才。そして兄である千里も、普段は授業をサボったり、部室でゲームばかりしている……が、常に学年十位以内をキープしているという、その言動とは裏腹に、以外にも秀才である。
……しかし、千里は基本的に気分屋である。そのため、常に十位以内には入ってはいる……が、順位が安定していないのはこのためである。
やる気がある時とない時のこの千里の順位に、教師と共に、密かに優心も頭を悩ませていることは、千里本人も知っている。が、本人が改善する気が全くないので、教師陣は既に諦めてた。
そんな二人は今、勉強会という名の嫌がら……悪戯の計画の詳細について考えをめぐらせ始める。優心を振り回す事となると、互いの持つ幅広い知識とその類まれなる頭脳を持って、綿密に計画を立てるのだ。
この兄妹の優心に対してのみ発揮する、悪戯の才能は……無駄遣いにも程がありすぎる。
「ついでに雑鬼ーズも、一緒に受けるかぁ〜?」
『『『絶っっっ対に、ヤダー!!』』』
嫌がる雑鬼たちを笑顔でおちょくる千里に、涼星は顎に手を当てながら、ふと気づいた。
「『阿久多牟之』や『都乃牟之』が、そういう意味なら……」
そして真剣な表情で、千里を見る。
「来栖先輩の比喩って、つまり猫山先輩はゴキ……」
涼星が最後まで言い切る前に、普段の爽やかな笑顔とは違う……不穏な笑みを浮かべた千里が、涼星の肩に『ポンッ』と手を置く。
「よぉ〜し、メガネェ〜。今から俺が札を剥がすからさ〜……囮役、頼んだぞ☆」
「えっ!? な、なんで僕……」
戸惑う涼星に、一瞬で笑顔を消し去った千里は、ドスの効いた声で――――――。
「お前……あんまりイキがってると、次は素手喧嘩でシバキ倒すからな……?」
千里の一切笑っていない表情と鋭い眼光に、涼星とその表情を見た雑鬼たちはカタカタと小刻みに震え出す。
「す、ステ……? シバ……!?」
さっきまでの言い争いとはまた違ったさらに低い声と、聞き覚えのない単語に涼星は戸惑う。
「猫山先輩……『素』が出てるぞ」
ため息混じりに桔梗がそう呟くと、千里は「おっと、いっけねぇ〜」とわざとらしく自分の頭をコツンとしては、いつも通りに微笑む。
「あっはっはっは〜っ! 冗談、冗談〜♪ なんだ、なんだ〜? メガネも雑鬼ーズも、ビビったかぁ〜?」
いつも通りに笑いながら、涼星はバシバシと千里に肩を叩かれる。
「メガネ……お前、色々な意味で度胸があるな。見直したぞ」
口では「見直したぞ」と、桔梗に言われたものの……その表情はどう見ても、嘲笑されているようにしか思えない。
そんな千里のあまりの切り替えの早さと、即興でするには年季の入った圧という名の迫力。そして桔梗からの「見直したぞ」宣言に……涼星は只々、困惑するしか無かった……。





