十九限目 〜非情な選択と決断・問い〜
『あっ! 千里だ!』
『本当だ! 千里だ!』
『た、助かった~!!』
そんな声がどこからか聞こえてくる。千里は、声の主を探して周りをみ渡すと、棚の隙間から小さな影を三つばかり見つける。
先程の騒動で群れからはぐれたのだろうか……影をよく見れば、それは数刻前まで群がっていた雑鬼の一部だった。
現れたのは、猿のような姿の雑鬼と、竜のような形をした雑鬼。そして先程優心が摘まみ上げた丸くて角が一本生えた雑鬼の、計三匹だ。
三匹は隙間から出てくると、『『『千里~!!』』』と名前を呼び、助けを求めるように千里の足元へと駆け寄る。
『良かったー! 俺たち、ほかの奴らとはぐれちまったんだ!』
『千里たちが来てくれて、本当に良かった!』
『これで俺たち、助かったも同然だぜ!』
ワイワイと跳びはねる雑鬼たち。その姿をしばし無言で見ていた千里は、何かひらめいたと言わんばかりに、唐突に笑みを浮かべる。
「よーし、雑鬼ーズ。お前らに重要な任務を与えよう!」
『『『重要な任務……?』』』
千里は「そうだ」と頷くと、三匹を捕まえる。千里はそのまま、扉の前に向かって歩きだす。そしてニコニコしながら、こう言った。
「ちょっとお前ら、あの化け物の『生け贄』になってこい♪」
それを聞いた雑鬼たちは、慌てて抗議する。
『待って待って! 千里!!』
『それ、ちょっとどころじゃない!!』
『俺たち、確実に死んじゃうよ!!』
三匹は当然、抵抗するために暴れ出す。
「何だよ~、往生際が悪いなー。そんなケチケチするなよー」
『全然ケチケチじゃないよ!』
『俺たちの命がかかってんだよ!?』
『そりゃ往生際も悪くなるよ!!』
必死に抵抗する雑鬼たち。しかし、普段はその群れの数で勝っても、個々の力で勝てるわけもなく……ほんの数秒で扉の前へと連れていかれる。
『お前ら、俺らの《命》と《時間稼ぎ》、どっちが大切だよ!?』
「え? そりゃ《時間稼ぎ》だろ?」
そう言って無慈悲に札を剥がそうとする千里に、雑鬼たちは『『『千里の鬼!!』』』と叫んでは泣きわめく。
あまりの騒がしさに、千里はため息をついては手を止める。そして仕方がないと言わんばかりに、新たな選択肢を提示する。
「じゃー、桔梗に滅されるのと、素直に生け贄になるの……どっちがいい?」
容赦のない選択肢に、勿論雑鬼たちは『『『どれも嫌だ!!』』』と、声を合わせる。
「何だよー、人がせっかく選択肢を与えてやったのにー。我が儘な奴らだなー」
『『『当たり前だよ!!』』』
「あの、先輩……さすがに今の選択肢は、可愛そうかと……」
さすがに可愛そうだと思ったのか。意外にも涼星が、千里と雑鬼たちの間に割って入った。
『そうだそうだ!』
『メガネの言う通りだ!』
『もっと俺らに優しくしろ!!』
涼星の言葉に、雑鬼たちが賛同する。そして隙を見つけた雑鬼たちは、千里の手から逃げ出すと、涼星の後ろへと隠れる。
そんな涼星に対し、千里は普段の笑顔からは想像ができないような冷たい瞳と声色で問いかける。
「じゃあメガネ、お前が『囮』になって、あの化け物を引き付けるか?」
「そ、それは……!」
その言葉に、涼星は言葉を詰まらせる。
『そ、それは無いんじゃないか千里!』
『そ、そーだそーだ!』
『そこまで言うなら、千里が囮になればいいじゃないか!』
「黙れ、喰うぞ」
涼星を庇うように、雑鬼たちが反論する。しかし、間髪入れずに千里から睨みつけられ、雑鬼たちはその眼光と殺気に押し黙る。
先程まで冗談めいていた千里とは打って変わり、本気の表情と声に、涼星はたじろぐ。
「メガネ……俺は別に、お前に意地悪をしたいわけじゃねーんだわ」
千里と涼星の会話を、桔梗はただ黙ってみている。
「まず俺は第一に、イカ部の部長として。そして第二に管理責任者……河樹たちの代理として。この部活動を、仕事を無事に終わらせる。そしてお前ら部員を、帰るべき場所に帰さないといけない」
そう。普段こそ飄々としているが、千里の肩書きは一応、このイカ部の部長。そしてこの部活動の時間……顧問である河樹や伊椰子が居ない今、全ての判断は千里にかかっている。
「そのためなら、どんなに罵られようが、非道と言われようが。雑鬼たちの命の一つや二つくらい……俺は簡単に犠牲に出来るぜ?」
それが他人……涼星や妖怪たちにとって、どんなに冷酷な結論だろうと、千里は……千里だけは、そう冷静に決断しなければならないのだ。
――――――重い空気が流れる。それでもなお、化け物はドアを殴り続け、結界を破ろうとしている。
只々、無駄に時間だけが流れていく。
「メガネ、お前はどうだ? お前に今、何ができる?」
その一言で、涼星はさらに俯く。膝の上で拳を握り、ぐっと唇を噛む。
千里の判断は正しい。それは涼星にも理解できる。
……しかし、涼星はどうしてもその判断を受け入れられることが出来なかった。
涼星の後ろには、恐怖で怯えている小さな雑鬼たちがいる。確率は低くとも……もしかしたら、自分なら守れるかもしれない、小さな命だ。
だが、その小さな命の灯火がまさに今、目の前の人物の決断一つで、いとも簡単に吹き消されてしまいそうなのだ。
冷や汗が背筋を伝って流れる。
入学して……ましてや、入部してひと月も経っていない自分が。何より、このような状況に立ったことのない自分が、そう易々と意見できるはずもない。
何もできない自分が悔しくて、涼星の目には涙が溜まる。
「ぼ、僕は……」
涼星は、喉の奥を締め付けられたように詰まる声を、必死に言葉に変換しようと何度も口を開く。だが、それらは全て、ただの空気の出入にしかならない。
焦りと緊張で、どんどん思考が低下していく。
「もうダメだ、無理だ」と諦めかけた、そんな時。涼星の服を、何者かが引っ張る。
それは、助けを求めて涼星の服を掴む、雑鬼たちだった。
『メガネェ……』
雑鬼たちが、小さく呟く。その目には、自分と同じ涙が溜まっている。
その涙を見た瞬間、涼星は覚悟を決めた。
今この場に居ない、あの先輩なら……経った一週間程度の付き合いだが、とても優しいと思った、あの先輩なら、きっとこう言うはずだと……!
溢れだしそうな涙を拭い、涼星はキッと千里を睨みつける。
「ぼ……僕はそれでも、雑鬼(この子)たちを犠牲にはできません!」
そう涼星は千里を目の前に、ハッキリと断言したのだ。
その言葉に、千里は不機嫌そうに眉根を寄せる。そして小さく舌打ちをし、鋭い眼光で涼星を睨む。
「……涼星。お前、俺の話を聞いて……」
「僕は……今の僕には、何もできません! でも、先輩は……宇辻、先輩は……宇辻先輩なら、きっと……いえ、絶対に! 反対します!!」
この一週間……千里たちから見た涼星は気が弱く、千里や桔梗たちにいいように遊ばれていた。その容姿や性格からか……一見他人の意見に流され安く、荒事を好まない。そして優心の後ろに常に隠れ、自信なさげに何かに怯えてばかりいた。
――――――それが……千里たちが涼星に対して、下していた評価だった。
それが今はどうだろうか?
この短時間で気づいた涼星は、気が弱いことに関しては変わらない。が、意外にもはっきりと意見を口にするし、今ここで一番立場の弱い雑鬼たちを、涼星だけが必死に守ろうと千里に楯突いているのだ。
この彼らしくない強い口調が、行動そのものが。本来の涼星の思いの強さを……全てを表しているようにも感じた。
小さく震える手や、再び溜まりだした涙を必死に堪え。それでもなお、涼星は千里を睨み続けたのだった……。
こんにちは、斐古です。
なんと本日、『イカ部! 〜 イカれた奴等の集まる部 〜』通称『イカ部』が一周年となりました!パチパチパチ。
遅筆ではありますが、これからも連載を頑張っていきたいと思います。
これからもどうか『イカ部』をよろしくお願いしますm(_ _)m





