十四限目 〜その名も雑鬼ーズ〜
数分後……何とか涼星から、全ての雑鬼たちを剥がすことに成功。その頃には、涼星は目を回していた。
「大丈夫か、涼星!?」
「は、はい……何とか……」
あぁ……頭の上に小鳥が飛び回っているように見えるのは、俺の気のせいだろうか……?
俺が申し訳なく思っている一方、猫山先輩は口元を抑えて笑いを堪えている。この鬼畜めぇ……。
「悪い、涼星……。俺が不甲斐ないばかりに、お前をこんな目に……本当にすまない」
あと猫山先輩とか、猫山先輩とか……猫山先輩とか。
涼星は、まだ目が回っているのだろう。フワフワする頭を無理やり振って、焦点を戻す。
「宇辻先輩が謝ることないですよ。これは、僕の不注意ですから」
「涼星……!」
お前って子は、何っていい子なんだ……!
こんな意味の分からない部活で、こんな酷い目にあっているのに……それでも俺を責めないなんて!!
「だってまさか、ププッ……。上から雑鬼が落ちてくるなんて……っ、クフッ! 普通は、思わ、ねーもん……くくっ、な! ……プッ、フハハハッ!!」
猫山先輩は堪えきれなくなったと言わんばかりに、大笑いし始める。本当に最低だな、この先輩は!
絶対、雑鬼の気配に気づいててわざと助けなかっただろ、この人! 涼星は騙せても、俺は騙せないからな!!
しかし、俺は涼星が後輩で、本当に良かったと心の底から思う。
こんな極悪非道で、血も涙もないサディストが後輩とか……俺は嫌だもん。
俺はしみじみとそう思いながら、涼星の頭を撫でる。よしよし、涼星。お前はいい子だ。
これからお前も、この兄妹にはたくさん振り回されることだろうが……これからも、素直で優しいお前でいてくれよ。
……と、考えていると。後ろから頭を軽くどつかれる。
「いてっ! ……急に何するんだよ、桔梗」
「……今、物凄く不快な思いをしたから」
「あ、それ俺も思った。優心、今失礼なこと考えただろー?」
くっ……! どうしてこの兄妹は、変なところでこんなにも勘が鋭いんだ……!
俺が後頭部をさすっていると、涼星が俺の服を軽く引っ張ってくる。
「それであの、先輩……」
「ん? どうした、涼星?」
涼星は先程、俺が剥がした雑鬼たちを指さしながら質問する。
「コレは一体、何ですか……?」
「あぁ、そいつらは悪戯が好きな妖怪、『雑鬼』だよ」
手のひらにちょこんと乗るくらいの小さな雑鬼たちは、俺を見上げながら各々不満の声を上げる。
『おい優心! 俺たちは悪戯が好きなんじゃないぞ!』
『そうだ、そうだ!』
『俺たちは悪戯が大好き、なんだぞ!!』
「余計に質が悪いわ!!」
雑鬼たちが、俺に向かって群がり始める。こいつら、個々の力は大したことは無いが、なにぶん数が多い。先程の涼星のように潰されれば、最悪圧迫死させられる。
「分かった、分かったから! 群がるな!!」
俺が雑鬼たちに襲われ始めたところで、猫山先輩が俺の説明を引き継ぐ。
「なぁ、メガネ。学校に置いてあった私物や備品とか……何かモノが、たまに無くなったりすることってねーか?」
「あ、それはたまにあります……」
「それ、ほとんどこいつらが原因だから☆」
「な、なるほど……?」
涼星は納得したように頷く。そして涼星は、俺を指さしながら心配そうに、猫山先輩に問いかける。
「あの……その、宇辻先輩は助けなくていいんですか?」
涼星の質問に、猫山先輩はニコニコと笑顔でこう答えた。
「大丈夫、大丈夫♪ 優心は強いから~♪」
「いや、助けろよ!?」
俺はツッコミと共に、近くにいたトカゲのような雑鬼を、反射的に猫山先輩へ目掛けて投げつける。
すると、投げた雑鬼は猫山先輩の顔面に直撃し、ピタッとばへばりついた。あ、ヤバい。
「………………」
……トカゲのような雑鬼を無言で引き剥がす猫山先輩から、微かに怒りのオーラが漏れ出た。……が、俺は気づかないふりをして、視線を逸らす。
猫山先輩の殺気……もとい、お怒りに気づいた雑鬼たちは、少しだけ大人しくなる。……賢明な判断だ。
俺は話題を変えるために、たくさんいる色も形も様々な雑鬼たちの中から、一匹をつまみ上げて眼前まで持ってくる。
「……で? 雑鬼たちよ。お前らは何しに、ココに来たんだ?」
俺がつまみ上げた、丸っこくて小さな角が一本生えた雑鬼は、不服そうに手足をばたつかせる。
『ちぇ~、優心を狙って落ちてきたのに、失敗しちまった〜!』
「お前ら、元々俺狙いだったのか!?」
雑鬼たちが『そーだ、そーだ!』と、声を合わせて肯定する。あぁ、本当に涼星には、悪いことをしたな……。
俺がそんなことを考えていると、猫山先輩が、雑鬼の群れに近づいてくる。そしてトカゲのような雑鬼の尻尾を掴んだまましゃがみ込み、雑鬼たちにこう質問する。
「なぁなぁ、雑鬼ーズ。俺に食われるのと、桔梗に滅せられるのと、優心に斬られるの……どれがいい?」
猫山先輩の表情は、いつもの笑顔だ。が、一切の光が宿っていない瞳で、そう、雑鬼たちに選択肢を与える。あぁ、これはかなりお怒りだ。
しかも、選択肢に『見逃す』と言うのがないのがまた、猫山先輩らしいと言えばらしい。
桔梗に関しては、すでに札を取り出して、スタンバっている。本当に、血の気が多い兄妹だ。
俺も雑鬼たちの討伐の選択肢に入っているのは、とても心外だが……ココで噛みついて、この兄妹をさらに怒らせるのは、最善策とは言えない。
猫山先輩からの究極の選択肢を与えられた雑鬼たちは、怯えながらも慌てて抗議する。
『ちょ、ちょっと待てよ千里~、桔梗~!』
『俺たち、お前らに【ヤバい奴】がいたのを、知らせに来たんだぜ!?』
「「「【ヤバい奴】……?」」」
俺たち三人は、声を揃えて首を傾げる。そして、雑鬼たちに言葉の続きを促す。
俺たちが耳を傾けたことで、雑鬼たちは『そうなんだよ!』と声を上げながら、コクコクと頷く。
『スゲー危なそうな奴でさ!』
『言葉も全然通じねーの!』
『そしたらいきなり襲ってきて!』
『俺たちの同胞も、何匹か殺されちまったんだ!』
雑鬼たちは小刻みに震えだし、肩を寄せ合う。
「それでお前ら、逃げてきたわけ? 俺らに助けを求めて?」
猫山先輩の言葉に、雑鬼たちは『『『そうそう、その通り☆』』』と、声を合わせて答える。
『だって千里たちのところに行けばさ』
『俺ら守ってもらえるし』
『千里たちは強いから』
『【ヤバい奴】を倒してくれるし』
それぞれ別々の雑鬼たちが、交代交代で言う。
『『『俺たちにとって、一石二鳥だもん♪』』』
最後は、雑鬼たちみんなで仲良く大合唱。
……まぁ、雑鬼たちのこういった依頼やお願い事は、今に始まったことではない。
雑鬼たちは力が弱く、よく『餌』として狙われやすい。
雑鬼たちが主にすることは、ちょっとしたモノを隠す悪戯。それとさっき涼星を押しつぶしたみたい……なことは、今までは俺しか被害者がいなかったので大目に見ていた。
そんな雑鬼たちの悪戯に目を瞑っては守る代わりに、雑鬼たちには様々な情報を提供してもらっている。
それは主に、学校内外の幽霊や妖怪……『隠世』や『現世』、『混沌の狭間』の世界の情報だ。
そして雑鬼たちはどこにでもいる妖怪。しかもどちらの世界にも存在し、俺たちと違って三つの世界の行き来も可能で簡単なため、彼らの独自のネットワークにはかなり助かっている。
そんな訳で、雑鬼たちが見つけた【ヤバい奴】。それがどれほどこの学校に影響を与えるか、俺たちで判断しなくてはいけない。
ふと、キャッキャしている雑鬼たちを見て、俺はある疑問が浮かぶ。その疑問を払拭するためにも、試しに聞いてみることにした。
「なぁ、お前ら。お前らはその【ヤバい奴】から、逃げて来たんだよな?」
『うん!』
「その話は、いつの話だ?」
『ついさっきの話だよ!』
「場所はどの辺だ?」
『このちょっと先かな』
………………嫌な予感がする――――。
俺は頭を抱え、半ば願いながら確かめる。
「ちょっと待てよ、お前ら……ちゃんと、隠れながら来たんだよな……?」
俺の期待は虚しく、雑鬼たちは元気よくこう答えた。
『『『ん~ん! そのままここまで走ってきた!!』』』
雑鬼たちは悪知恵こそは働くが、知能こそはさほど高くない。
俺はため息をついて、雑鬼たちを見下ろす。
「……そのまま?」
『うん!』
『あ、でも……』
雑鬼の一匹が、首を傾げながら、頭を掻く。
『優心たちが来る少しくらい前に、アイツいなくなったな』
その言葉に、涼星以外……俺、桔梗、猫山先輩の三人に緊張が走る。
それって、まさか……!?
――――ポタッ……。
天井から水が滴り、涼星の肩に落ちた。
「……? 雨漏り……?」
涼星の言葉に、俺たちの警戒心が一気に上がる。
静かに深呼吸をする。――――落ち着け、まだそうと決まった訳じゃない。
俺、桔梗、猫山先輩は、視線を交じり合わせ、互いに頷く。
そして俺たちは、天井を仰いだ。