十二限目 〜世界の仕組みについて〜★
「んじゃ、説明するからちゃんと聞けよ?」
「は、はい! よろしくお願いします!!」
「はいはーい♪」
俺たちは空き教室の黒板の前に集まり、涼星に説明を始めた。
涼星は一人、何故か机の上で正座をしている。
そして桔梗は教室の隅の席に座り、猫山先輩に関してはしれっと涼星の隣に座って混ざっている。……が、気にしないことにした。
俺はチョークを持って、説明を始める。
「いいか? 俺たちが暮らす世界は、大きく分けて三つに区分される。まずは俺たちが普段住んでいる世界……こちらの世界を『現世の世界』という。それからあちら側の世界を『隠世の世界』……いわゆる『黄泉の世界』や『あの世』と言われる、死後の世界だな」
この二つは、代表的な世界だ。
『体』という『器』があり、そこに『魂』が入ったのが、人や動物などの生き物。その俺たち『生のある』生き物が住む世界を『現世の世界』と呼ぶ。
『魂』はあるが『器』がない、いわゆる『幽霊』や『妖怪』と呼ぶもの。それらが住む世界を『隠世の世界』と俺たちは呼んでいる。
大きな円を二つ、少しだけ交わるように書く。
「それで。この学園は、その二つの世界のちょうど真ん中に位置する場所にあるんだ」
「なる、ほど……。あの、先輩。一つ、質問いいですか?」
涼星は机の上で正座しながら、手を挙げる。
「どうした、涼星?」
「えっと……その『もう一つの世界』って、何ですか?」
「あぁ、それを今から説明しようと思ってたんだ」
俺の言葉に、涼星は顔を真っ青にする。
「す、すみません! 話の腰を折ってしまって!!」
涼星は何度も、机の上で土下座をし始める。
いや、そんなに謝らなくても……。
「大丈夫だ、涼星! 分からないことは早く知りたいよな、うん! とりあえず、土下座をやめようか!?」
俺は涼星の土下座を辞めさせる。猫山先輩はそんな涼星を見て、隠す気など微塵もなく笑っている。
「えーっと……そのもう一つの世界って言うのが、俺たちが今居るココ。中間に位置する世界……俺たちは『混沌の狭間』と呼んでいる」
先程書いた円の、ちょうど交わる部分を塗りつぶす。
ココは二つの世界が入り混じる中間……入り口みたいな空間だ。
この世界は実に不安定な場所で、もし素人が迷い込んだら……どちらかの世界に行くか戻るまで、永遠にさ迷うことになる。
「この世界は割とココ以外にも、色々な場所にもあるんだ。有名なのが『黄泉比良坂』や『青木ケ原樹海』……あと『八幡の藪知らず』とかだな」
「神話や逸話のあるような歴史のある場所だけじゃなくて、良くも悪くも人の思いが集まりやすい学校とか病院とか。そう言った場所とかにも、この世界は出来やすいんだよなぁ〜」
俗に言う『神隠し』と呼ばれるものは、この『混沌の狭間』に迷い込んだものだと言われている。
「まぁ下手したら死ぬから、気を付けないとな~♪ ウチの学園も昔、何人か迷い込んで『神隠しだ!』って騒がれた時期もあったらしいし」
猫山先輩がさらっと笑顔で言うものだから、涼星が怖がってしまう。
「先輩、涼星で遊ぶのはやめてください……。まぁ、今ではウチの学園は夜間は立ち入り禁止だし、忘れ物とかして『どうしても』ってときは、先生が付き添うからある程度は大丈夫だよ」
「そー、そー。それ専用の先生がね☆」
「『それ専用の先生』……ですか?」
首を傾げる涼星に、俺と猫山先輩は同時に答える。
「伊椰子先生と河樹だな」
「そそ、伊椰子先生と河樹の二人だぜ♪」
「えっ……えぇぇぇぇぇっ!?」
よほど衝撃の事実だったのだろう。涼星は少しの間、大きく開いた口がふさがらなかった。
それはそうだ。
優しい保健室の先生と、教師らしくない教師が元々この仕事の管理者だったのだから。
「だから河樹が我がイカ部の顧問で、伊椰子先生が副顧問なんだよ」
「えっ!? 伊椰子先生って、副顧問だったんですか!?」
あれ? そう言えば……伊椰子先生が副顧問だって、涼星に言ってなかったか?
「まぁ、この学園の秘密を知っているのは、ココにいる俺らと、顧問の二人。あとは理事長と極わずかの卒業生。それと、一部の外部関係者だけだ」
「今は『イカ部』として活動してるけど、昔は『怪奇現象研究部』としてやってたらしいぜ♪」
「まだ『イカ部』より『怪奇現象研究部』の方が、名前的にはよかったんじゃ……」
俺も全く同じことを思っていた言葉を、涼星が口にする。
それを聞いた猫山先輩が、涼星の肩に腕を回し、爽やかな笑みを浮かべ――――。
「ん? な・に・か、言ったか?」
「いえ……何も、言って……ない、です……」
爽やか、と言うより……脅しているように見えるのは、俺だけではないはずだ。
しかし……猫山先輩が考えた部活動名『イカれた奴等の集まる部』、通称『イカ部』……。いつ聞いても、ネーミングセンスの欠片もないんだよなぁ……。
終いには「『イカ部』より、『ゲソ部』の方が良かったかな……? イカだけに」と、真剣な表情で考えだした時には、心底「どうでもいい」と思ったものだ。
俺はそんな事を考えながら、猫山先輩から涼星を助けてやる。
「でも良かったよ。涼星にはちゃんと見えてるようで」
「……? あれは普通の人には見えないんですか?」
涼星の言葉に、俺は頬をかいて説明する。
「普通はな……。動物とか子供とか、勘の鋭い生き物や敏感な人は何となく感じるんだが……色々な条件が重なると、たまに一般人でも見えたりするんだ」
「そう、なんですか……」
俯く涼星に、俺は確認するように質問をする。
「涼星……お前、河樹の見た目について、どう思った?」
「えっと……『先生っぽくないな』って……」
涼星は一般生徒が答えるような、模範解答を口にする。
……だが、俺や猫山先輩が求めていた答えでは無い。だから、質問の仕方を変えてもう一度聞く。
「印象じゃなくて見た目の話、な」
「それは……」
「正直に言ってみ?」
涼星は、一瞬口をつぐむ。そして、恐る恐ると言ったふうに、口を開く。
「……どうして、『顔に刺青があるのかな』って、思いました」
涼星の言葉に、俺は確信する。
涼星はちゃんと、『見えている』と。
「……でも、みんなは何も言わないし。試しに聞いてみても『そんなものない』って言われるし。だんだん、僕がおかしいのかなって……」
俯く涼星の肩を、俺は『ポンッ』と叩く。
「あのな、涼星……お前は何も間違ってない。でもな、周りの連中も間違ってないんだ」
「……どういう、ことですか?」
「河樹の刺青はな、俺たちにしか見えないんだ」
そう、河樹の顔の刺青は、俺たちにしか見えない。
それは俺たちが『何かしら特殊』だから他ならない。
そして特殊だからこそ、この部のような存在や活動が必要なのだ。
「さっき話しただろ? この学園の秘密を知るのは、この学園の関係者と一部の外部者のみ。そういった人達と一緒に、俺たちは他の生徒たちが安心して過ごせる学園生活を守ってるんだ」
俺の言葉に、猫山先輩が「そうそう」と頷く。
「まぁ、河樹の刺青も、さっきの幽霊も……ここに来るまで色んなやつをちゃんと認識してるんだ。少なくともお前は、こちら側の人間だぜ、メガネ」
「で、でも……」
猫山先輩が、涼星の頭に手を置く。
「別に、お前だけがおかしいわけじゃねーんだ。ココに居る俺らはみーんな、他のヤツらとは違う。イカれた奴等の集まりだ。お前がずっと抱えてた悩みとか不安……俺らにとっては共通点で、ちょっとした個性みたいなもんだ」
そしてワシャワシャと撫で始める。
「だからさ、お前の抱えてる『秘密』、俺らにはぜーんぜん、隠さなくてもいいんだからな♪」
その言葉で、涼星の瞳が大きく揺れる。
涙を堪えるように、唇を噛む。
「あり……がとう、ございます……」
「あはっ♪ メガネは泣き虫だなー」
涼星は耐えきれずに、泣き出してしまう。
きっと涼星も、今まで普通の人とは違うことで、沢山悩んできた一人なのだろう。
俺は口元を弛めて、そんな涼星の姿を見守る。
涼星も、早くこの部に慣れてもらいたいものだ。
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「いつまでも無駄口を叩いていないで、さっさと仕事を始めるぞ」
先程まで教室の隅で、黙って腕組みをしながら成り行きを見ていた桔梗が、あからさまに不機嫌な声で会話に割って入ってくる。
時計を見れば、かれこれ一時間ほど経っていた。さすがの桔梗も、それは怒るわな。
「悪い、桔梗……」
「僕のせいですみません、来栖先輩……」
俺と涼星が謝ると、桔梗は「フンッ」と言ってそっぽを向く。
しかし。そんな妹の姿を、あの兄が放っておくはずもなく……。
「あははっ、桔梗は寂しがり屋だな~♪」
猫山先輩が後ろから抱き着いて、桔梗の頭を撫でる。
「いや~、俺たちがずっと話してるから、桔梗は拗ねたんだなぁ」
「拗ねてないです、五月蝿いです。あとセクハラです」
桔梗のほっぺたを指で突っつく猫山先輩は、どこか嬉しそうだ。
「拗ねてる、拗ねてる~♪ お前というやつは、本当に可愛いや……」
「……この札。確か先輩にも、効きましたよね?」
いつの間にか取り出した札を、猫山先輩の眼前に差し出す。
「………………」
「………………」
しばし無言で互いに視線を交わらせた後、猫山先輩はそっと手を外し、静かに桔梗から離れる。
「桔梗さん、サーセンでした」
そう謝って、猫山先輩は俺の後ろに隠れた。
「お前……実の兄貴にまでやるのか……」
「今のは猫山先輩が悪いだろ」
「……まぁ、確かに」
俺は冷や汗をかきながら、自業自得の猫山先輩に、少しだけ哀れみのこもった視線を向けるのであった。





