十一限目 〜夜の学校〜
女子生徒が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
女子生徒は膝丈ほどの長さのスカートの、黒のセーラー服を着ている。
ココで余談だが……この学園が人気な理由の一つに、制服の種類が豊富なところがある。
例えば、普段の俺が白の学ランなのに対し、猫山先輩は式典などの際には黒のブレザーを着用している。
デザインから色の種類まで……校章の入った指定のものなら、組み合わせは自由。人によっては自分好みに制服をアレンジし、さらにカスタマイズしていく。
稀に、特注で作る生徒もいるようだが……勿論、そういった特注のものほど、追加料金でお金はかかる。これも全て、元々お金持ちが通う学園だった頃の名残なのだろう。
それにこれは『生徒の個性を尊重する』という、縁城学園の教育理念の元だ。
こう言うのも私立である、この学園ならではの特色の一つと言えるのかもしれない。
ちなみに、俺はと言うと。制服選びで迷った末に、桔梗と弟に相談して選ばした結果、今の制服になった。人に選んでもらっておいてなんだが……正直、俺的にはもう少し地味なものでも良かったのではないかと思う。
……しかし、目の前の女子生徒の制服は、俺が知る限り、この学園の制服のデザインのものではなかった。
それに、首は不自然なほど、ほぼ直角に右へと傾いていており、何故か全身ずぶ濡れである。
腰近くまである黒い髪はおろされており、毛先からは大きな水滴が廊下にポタポタと滴り落ち、水滴の跡が出来上がっていく。
足は素足で、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
『………………』
その目はどこか焦点が合ってなく、何かをブツブツとつぶやいている。
「どうする、猫山先輩? ……斬るか?」
俺の問いに、猫山先輩は少し考える素振りをすると、待ったをかける。
「……いや、大丈夫だろう。ほっとけ、ほっとけ♪」
そう言って、何事も無かったかのように女子生徒の横を通過していく。
「……いいか、涼星。このまま俺たちに、真っ直ぐついてこい。そして絶対に目を合わせたり、話しかけたりするなよ」
「えっ……?」
俺も桔梗も、そんな猫山先輩の後を無言でついて行く。
そんな俺たちの後を、涼星は慌てて追いかけてくる。
「あの、先輩……それって、どう言う――――――」
俺の腕を掴もうとした涼星が、何かに躓いてバランスを崩した、その時――――――。
ぶつかりそうになった涼星に、女子生徒の体がすり抜けた。
「……え?」
倒れそうになった涼星の腕を、俺は掴んで支える。
何が起こったのか分らない涼星が、反射的に振り返ろうとするのを、俺は間に立つようにして止める。
「やめとけ、涼星。お前もあんな風になりたくなかったら、アイツらとは絶対に目を合わせるな。声もあげるな。……いいな?」
女子生徒が立ち止まり、こちらを振り向いているのが気配で分かった。
涼星はやっと女子生徒の正体に気づいたのだろうか……。思わず悲鳴を上げそうになった口元を抑えて、コクコクと頷く。
一時すると、女子生徒は再び歩き出す。
《……ペタッ、ペタッ……ピチャ……ペタッ……》
音が遠のいていくと同時に、気配が消える。
涼星は口元から手を離すと、女子生徒が去っていった方向をジッと見る。
先程まで女子生徒の体から落ちた水滴で濡れていたはずの廊下は、まるで何も無かったかのように、一切の痕跡が綺麗さっぱり消えていた。
涼星は息も止めていたのかと思うほど、青ざめた顔で俺を見る。
「せっ、せせせ、先輩っ……今のって……!?」
今にも舌を噛みそうなほど顎を震わせながら、涼星は俺の腕を前後に揺らして問い詰めてくる。
「……まぁ、簡単に言えば、『幽霊』というものの類かな。人の願いや怨念、死霊に生霊……それに妖怪と言った、たくさんのものや思いが、あぁやって形になって現れるんだ」
俺の言葉に、涼星は理解出来ていないのだろう。明らかにクエスチョンマークが頭の上に並んでいるのが見て分かる。
「ありゃー昔、水難事故系でいった感じだな。最近『水漏れが酷い』って噂は、アイツが原因かな〜?」
「だったら、祓った方がよかったんじゃないのか?」
桔梗の言葉に、猫山先輩は「ん〜?」と少し考える素振りをする。
「まぁ人に危害を与えられるほど強くもないみたいだし、今は特に問題は無いだろ。それに……」
猫山先輩は一瞬、真剣な表情をする……。
「何より、今日は水滴とかの痕跡も残ってないから、掃除しなくて済むしな♪」
……と、実に不真面目な答えを返してきた。
「まぁ、何はともあれ。小物でよかったなー、メガネ♪」
猫山先輩は、未だに理解が追いつかず、怖がっている涼星を笑いながらそう言う。
確かに……猫山先輩の言うように、あれは小物だった。寧ろ、小物だったからよかった。……もし、あれが大物や害のあるものだったなら。今頃、涼星は……。
俺が最悪の事態を想像したのが、猫山先輩にも伝わったのか。猫山先輩は「なぁ、メガネ~」と言いながら、涼星に近づく。
「さっきのが小物だったから、全然良かったようなもんだけどさ~……」
猫山先輩は、そのまま涼星の肩に腕を回す。
「お前、死ぬぞ?」
耳元で、囁くように……しかし、普段の猫山先輩からは想像出来ないほどの低い声で……そう、ハッキリと言った。
「『死ぬ』って……え?」
涼星の疑問に、俺と桔梗は沈黙で答える。
「……まぁ、言ってもすぐには分かんないだろうからさ。実際、見てみた方が早いってもんだ♪」
そんな猫山先輩は涼星から離れると、近くの教室に入る。
その後ろを、俺たちは黙ってついていく。
教室に入ると、猫山先輩は窓際に立っていた。教室のカーテンは、全て固く閉められている。
「俺たちの部活は、そこらの部活動とは違う。ただ成績や、実績を残すためだけにやっている訳じゃない」
先輩が、カーテンに手をかける。
「俺たちは、ただ純粋に『生きるため』に、部活をしているんだ」
そう言って、勢いよくカーテンを開く。
そこにはたくさんの色の提灯や火の玉――――――いや、よく見れば、人や動物……またはそれ以外の、様々な形をした光や影が浮かんでいる。
「へっ……え、えぇっ!?」
昼間の学校の敷地とは全く違う光景……いや、世界が広がっていた。
「『現世』と『隠世』……この二つの世界で生き抜くために……な♪」
そう、これが……ココこそが、俺たちの正しい部活。
そして、我が『イカ部』の活動場所なのだ。
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『あ、千里だー!』
『本当だぁ、千里だぁ!」
いつの間にか、窓ガラスに子供が二人の子供が張りついて居いた。
『ねぇねぇ、千里ぃ~』
『一緒に遊ぼうよ~♪』
黒い髪が肩近くまである、おかっぱの女の子。それと、銀髪の髪のてっぺんに、小さなちょんまげを作っている男の子。
二人とも、昔の童たちが来ていそうな着物を着ている。
ふと、俺の制服を後ろから誰かが引っ張る。
……予想はついてはいるので、そのまま振り返る。制服を引っ張った張本人は案の定、涼星だった。
涼星は、口をパクパクと動かしながら、大きく開いた両目で俺を見る。
「せ、先輩……あの子たち、宙に浮いて……!?」
俺は頭を掻きながら、二人についての簡単な説明をする。
「あぁ、アイツらは『隠世』の世界の住人の、花子と又三郎だよ。猫山先輩の小さな友達。詳しい話は……また後でな」
猫山先輩は窓を開けて顔を出すと、二人と会話を始める。
「お~、花子に又三郎じゃん! 久しぶり~♪」
花子と又三郎は、顔を出す猫山先輩に近づく。
『ねぇ千里ぃ、どうせ暇でしょ? 遊ぼうよ♪』
花子が猫山先輩の手を引っ張って、外へ誘い出そうとしている。
そんな花子の手を、猫山先輩はやんわりと外す。
「悪いなぁ、お前ら。今日は一緒には遊べねーんだわー」
猫山先輩のその言葉に、二人は『『えぇー!?』』と声をそろえる。
『何で何で!? どうしてー!? いつもなら遊んでくれるじゃん!!』
『そうだよ! この間"さっかー"って言う遊び、教えてくれるって言ってたじゃんか!』
花子と又三郎が、猫山先輩の腕やら服やらを掴んで引っ張る。
「おわぁ!?」
猫山先輩の上半身が、窓の外へと引っ張られる。
「待て待て待て、二人とも! 危ないから、急に『隠世側』に先輩を引っ張るな!!」
俺は慌てて、猫山先輩を引き戻そうと腰に腕を回して引き戻す。
「悪いな~、又三郎。そもそもボール忘れたから、サッカーはまた今度な♪」
『えぇー!? 楽しみにしてたのにー!!』
又三郎が空中でジタバタと暴れ出す。
『千里のうそつきー!!』
「だから、悪かったって。次は絶対に持ってくるからさ♪」
『絶対だぞ!』
「分かった、分かった。ほら、指切り」
『あ、私も~!』
又三郎と花子は、互いに小指を立ててはそれぞれ片方ずつ猫山先輩の小指に指を絡めては、指切りを始める。
『ゆ~びき~り、げんまん♪』
「う~そついたら♪」
『は~りせんぼん、の~ます♪』
子供二人と指切りをする先輩の姿は、とても微笑ましい光景だ。
『『指切断♪』』
「「こわっ!!」」
花子と又三郎の最後の言葉に、思わず俺と涼星は声をハモらせる。
愛らしい見た目とは裏腹に、物騒なことを言う二人に、ドン引きする。そんな俺たちとは違い、指を切断宣告された当の本人はというと「わはははっ! 指切断は、痛いから嫌だなぁ~♪」などと、のんきに笑っているではないか。
さすが妖怪というか、なんと言うか……見た目に反して、発想が恐ろしい……。
『約束だからな、千里! 絶対だぞ!!』
「分かってるって〜。優心と……ほら、最近新しく入ったヒョロいメガネもいるんだぜ」
猫山先輩が涼星を掴んで、二人の目の前に引きづり出す。二人はジッと涼星を見た後に『メガネ!』や『ヒョロいメガネ!!』、『弱そう!!』とか『すぐやられそう!!』など。猫山先輩に毒されたのか、元々の性格なのか……二人は無垢な瞳で容赦なく毒を吐く。
「そこのへなちょこなヘタレメガネも入れて、みーんなでやろうな♪」
『へなちょこ!』
『ヘタレ!』
――――――俺は見た。猫山先輩とあの二人が棘のある言葉を発する度に、涼星の心がグサグサと刺される瞬間を……!
……まぁ、子供の無邪気な笑顔で言われる、本人に悪意のない言葉ほど、心にくるものはない。
猫山先輩に頭を撫でられた又三郎が『ニシシッ♪』と笑う。すると、頬を膨らませた花子が、猫山先輩の袖を掴んで引っ張る。
『千里~。又三郎だけじゃなくて、私とも遊んでよ~?』
「なんだ花子〜。拗ねてんのか〜?」
猫山先輩が意地の悪い顔で、花子を見る。花子は慌てて『す、拗ねてないよ!』と否定する。そんな花子を、先輩は「冗談だって♪ 本当に可愛い奴らだな〜、お前らはぁ〜」と言って笑う。
「でもまぁ俺らは今、お仕事中だからさ。花子も今度、夜光花で花冠作ってやるからな」
『約束だよ?』
そう言う花子の頭も撫でてやれば『えへへっ♪』っと、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、俺たちは今日も世界の平和のために、パトロールというお仕事頑張ってくるから~♪ お前らもなんかあったら、すぐに知らせてくれよな☆」
『うん、分かった! 千里、お仕事頑張ってね!』
『そこのメガネも、頑張れよ!』
「メガネって……」
花子と又三郎は猫山先輩から離れると、共に手を振り始めた。
『優心と桔梗も、お仕事頑張ってね♪』
『優心とメガネを、あまりイジメんなよ桔梗ー!』
「五月蠅い、消すぞ」
桔梗は懐から一枚の札を取り出すと、又三郎に見せつける。
『げぇっ!? 桔梗の鬼!! 逃げろー!!』
そう言って又三郎と花子は、慌てて窓のそばから離れる。
「あーぁ。そんな脅すなよなぁ、桔梗~。アイツら怖がって逃げちゃったじゃん」
「五月蠅いから黙らした。それだけだ」
そう言って桔梗は、札を懐に戻す。
「でも札を貼ったら、アイツらシャレになんねーからやめてやれよ。可哀そうだろ?」
俺がそう言ったら桔梗さん、実に涼しい顔でこう返してきた。
「だからだよ。脅しがいがあって……いいだろう?」
最後ら辺は、実に不敵な笑みだった。
本当……あの兄にして、この妹ありだな……。
俺は鬼畜兄妹に対して、内心ため息をつく。
そして去っていった二人の今後の無事を、ただただ祈ったのだった。





