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そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
十二 讃歌
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母の闇

2021.03.22 投稿

 やっと、殺してもらえると、思ったのに。

 無様さや醜悪さに耐えきれない。それすらも感じなくなってしまえばいいのに、感情ばかりは生々しい。幼い頃口に放り込まれた肉塊の味が、消えない。あの時の、怨嗟のような母の声も。私が何をしたというのだろう。母親が狂ってさえいなければ、私は正常でいられたのだろうか。洞窟で見た、虚妄を吐き続ける母。それでも、いとおしいと思った。親愛の情を思い出した。母に会いたくて地下に向かった。殺してくれるのが母だけだから。それだけではなかったように思う。那由他の時間の孤独が、胎内を思い出していた。そこにいるのは一人なのに、絶対的に一人になどなれない場所。

 月影に嘲笑われるように生き、身体がほとんどなくなってしまったかのように生き、何度も何度も死に溺れて生きてきた。もう人の身体も、なくなった。人の身体から落剝する、生でも死でもないものと合一し、ようやっと叫びが届くと思った。

 思ったのに。

 母なるものはじっと己に閉じ籠り、自己への憐憫に沈んでいる。もはや神たる力も失ってしまったかのように見えた。が、それは忘れているだけだと恒暗には分かった。思い出させてやらなければならない。自分という存在に対する罪ごと。死にきれない生たちが呼応するようにぎちぎちと鳴る。行き場を失ったものたちの素直な憤りが、沸騰したように響く。

 視界を覆うように、木の枝が太く、長く、伸びていく。死にきれない生が大木の隅々にまでいきわたり、時間の問題だろう。

それでも、母は気づいてくれないのだ。

 こんなに、強く訴えているのに。

 その目に、映してくれさえすればいいのに。

 母は会う度、彼女自身の運命に引っ張られて、自分に見向きもしない。逃げて、逃げて、逃げおおせる。運命そのものが、自分を見放していた。お前に構っている暇などないと、天地に宣告されているような無力感。本来、既に死んでいて然るべき身だからだ。そう言い聞かせていた。しかし何度も蘇る母が、自分に死を与えてくれる存在であり続けていた。彼女が覚えていようがいまいが、力を持っているのだ。そう自覚できる以上、まだ自分はこの世の仕組みに引っかかっている。

 そう希望を抱き、裏切られる度に思い出す。そもそも、生まれた時からずっと、母の目の中に入れたことが無かった。母はいつも、遠くを見ていた。自分を優しく撫でるその時も、その目に自分は映っていなかった。

 そういう、ものなのだ。

 いつもはそう諦めるが、死にきれない生たちが煽る。

「私が、あなたにとって、取るに足らない存在だから、殺すという沙汰を、与えてくれないのだろう」

咽が潰れたような声に、母は耳を塞ぐ。

「殺してくれ。早く。殺せ!」

 一斉に、死にきれない生たちが「殺せ」と鳴く。母は唇を噛み、瞳を閉じ、悲痛な叫びを聞いている。海底に沈められたような絶息の心地に、ぐしゃりと顔を歪めた。

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