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そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
十 愛着<下>
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愛情

2021.03.05 投稿

「まあた、こんな所で寝て!」

 くるまっていた丹前を剥がされ、乱暴な目覚めと共に身を縮める。

「寒……」

 空気がギンと凍っていた。

「今日は寒いよ」

「もしかして、また夕方?」

 青颯は身を起こして尋ねる。昨晩ハマが眠りに落ちてから、上の部屋に上がって調査を続けたのだった。

「いいや。朝だよ」

「よかった……」

 彼は散らばった本を集める。昨日よりも熱が上がっていた。頭痛がひどく、首から何かがぶら下がっているように身体が重い。

「アマトには、言えた?」

「言ったけど……」

「ダメだったのか」

 凌光はうなだれた。

「疲れてるのもあると思うんだけど、全然信じてくれないんだ」

「最低だね」

 と咳き込む。

「ここに連れてきてよ。冬至まであと二日なんだよ?」

「あんたらまた喧嘩するでしょ」

「そんな体力ないよ」

 不意に、地下の光が灯る。同時に響いた「どこにも行かないって、言ったじゃない!」という悲痛の声に、心臓が凍る。

「下に、人がいるのかい」

「え、なんのこと」

 白を切るしかない。

「兄さん!どこなの?」

「ほら、下から声が」

「え、なにが。凌光も疲れてるんだよ。ほらもう家帰ってゆっくり休んで」

 と彼女の背中を押す。

「どうして……」

 ハマのすすり泣きが聞こえる。

「いや、泣いてるじゃないか」

 凌光は彼の手に構わず地下を覗こうとする。

「どんな声が、聞こえるの?」

 彼女の前に立ちはだかる。

「女の子の声だよ。なんだか可哀想な」

「兄さん?上にいるの?」

 ガタン、と梯子が鳴る。

 まさか、上ってこようとしているのではないか。青颯が慌てて地下を見ると、同時に凌光も覗き込む。彼女は梯子を上れないと分かっているらしく、ガタガタと揺らしているだけだった。

「ねえ、離れないって言ったのに、なんでそこにいるの」

 涙交じりに哀切する先は、紛れもなく青颯だった。

「あの子……子供がいるのかい」

 控え目に、凌光が聞く。

「あの子って、え?誰かいる?」

「いつまでも嘘吐いてんじゃないよ」

 と頭をはたく。

「早く!おりてきてよ!」

「うるさいな……」

「そんなこと言わないでおりてやりな」

 階下の彼女は必死に梯子を激しく鳴らす。

「分かったよ。今おりるから、ちょっと大人しくして」

 とハマに言うと、彼女は梯子を手放す。青颯がおりると、続いて凌光もおりてくる。

「なんで凌光が来るのさ」

 異を唱える青颯の腕に、ハマが泣きつく。

「どこ行ってたの……」

「ねえちょっと待って」

 振り払いそうになるのをこらえる。

「その子、子供がいるのかい」

 凌光の声はいやに静かだった。

 青颯はすぐには答えない。避けられない問いが、ついにやってきた。

「……違う。病気なんだよ」

「誰……」

 ハマは彼女を見て、怯えたように青颯の背に隠れる。

「急にお邪魔して、ごめんなさいね。私は凌光。あなたの名前は?」

 優しく問うと、いくらかの沈黙の後、小さく「ハマ」と答える。

「何の病気なんだい」

「ハマは蠱術の犠牲になってるの。その病気」

 彼女は「嘘だね」と腰に手を当てる。

「なんで嘘だと思うのさ」

「ほんとだったら、もっとしゃべるだろ。これだから蠱術はどうとか、まあ蠱術を使っているんだから自業自得だとか」

 図星だと詰まりかけたが「熱あるから、余計な体力使いたくないんだよ」と彼女を睨む。

「いいや、熱でもあんたはべらべらよく喋る」

「勝手に思い込んでれば?ハマは病気だから近寄らない方がいいよ」

 余計な一言を足してみる。

「うつるのかい」

「……うつんないけど」

「それじゃあなんで近寄ったらいけないんだい」

「あの病気は精神にも異常をきたすんだよ。突然狂いだすから危ないの」

「でも、今は平気だろ」

「何?なんでそんな疑うの?」

「おかしいからよ」

 彼女の黒い目を見据える。逆に、自分の目の奥まで見透かされるようで、青颯は目を逸らす。

「あんたが私に嘘を吐けると思っているのかい」

 そこまで言われたら、もう逃げられない。別な方法を探して、なんとか誤魔化さねばならない。

「……ああ、嘘だよ」

「誰との子なんだい」

「別に誰でもいいじゃん」

 兄との子、などと彼女に言えば、どんな顔をするだろう。想像するのも恐ろしい。他人に漏らすなと言えば言わないでいてくれるはずだが、アマトには言ってしまうかもしれない。人の口には戸が立てられないものだから、あっという間に噂は広まるだろう。近親相姦は、ワタドでも禁忌のはずだ。人々はきっと地下に殺到し、ハマを誅殺するだろう。

極端な妄想を走らせる青颯の耳に、福音が訪れる。

「まさか、あんたの子供じゃないだろうね」

 震えた声に彼女を見る。その手があったか、と青颯は目を見開いて頷く。

「そう。俺の子供だ」

「夫婦になったのかい、この子と」

 思わず首を横に振ろうとした自分の頭を片手で抑え「そう」と頷いた。

「……嘘だね」

「嘘じゃないよ」

 自分の演技がまずいことは理解していた。凌光に通用するはずがないのだ。

 まずいはまずいなりで逆転を狙うしかない。青颯は背後のハマと並び、華奢な肩を勢いよく抱いた。

「好きだから、俺。ハマのこと。すっごい好きだから」

 嘘であっても、言いながら恥ずかしくなってくる。

「……ハマ、さんも、こいつのこと好きなのかい」

 ハマは自分を兄と誤認しているのだから、何の心配もいらなかった。彼女は満面の笑みで、「うん」と頷く。申し合わせたかのように頬まで寄せてきて、青颯は今すぐ彼女を振り払いたくなった。

 凌光はその光景をきょとんと見ながら、じわりじわりと目に光を宿していく。そして「良かった」と笑んで、両手で顔を覆った。その肩は、小さく震えている。

「凌光……?」

 彼女は、泣いていたのだ。

「そうね、あんたはひねくれてるんだから、そんなに素直に言うはずないわよね……」

「いや、ごめん、何の話」

「あんたに愛する人ができたって、簡単に言わないでしょ」

 違う。

「ましてや子供がいるなんて……うれしいよ」

「違うんだ」

 それは、真実ではない。

 嘘に歓喜する彼女が、耐えられなかった。

「何が、違うんだい」

 しかし、嘘と言ってしまえば、恐れていた事態を己で招いてしまうことになる。せっかく回避できたのに、そんな馬鹿な真似はできない。

「いや……なんでもないよ。それより、なんでそんなに嬉しそうなの」

「アマトとね、子供の話になるんだ。でもね、私は子供を産むことができないんだよ」

 それは、なんとなくではあるが知っていた。

「私が死んだのも、そのせいなんだ」

 彼女の過去を、ほとんど聞いたことがないと今になって気づく。

「嫁に行ったはいいけど、子が産めないから姑に強く当たられてね。優しかった旦那もどんどん冷たくなっていった。無理な仕事を押し付けられるようになってさ、田植えの時期に、二人で一日かけてやっと植えられる量の苗を、太陽が下りるまでに植えられなければ家を出ていけ、って言われて」

 彼女は悲しい顔をするでもなく、懐かしそうに語る。

「もう、必死に植えたんだろうね。その時のことはあまり憶えてない。ただ、あとちょっとってとこでお天道様が沈んじゃってね。私の命をくれてやるから、まだ沈まないでくれって叫んだんだ。そしたら、お天道様がひょい、って山の向こうから顔を出してね。私が植え終わるまでの間、ずっと照らしてくれていたよ。お天道様に感謝をしたら、ふっと意識がなくなって、気づいたら禰々島にいたんだ」

 青颯はしばらく言葉を失う。

「……そんな家、言われなくても出ていけば良かったじゃないか」

「行くあてなんて、ないだろ。実家に迷惑もかけられないし、その時の私は確かに子を産めない自分が悪いと思ってたから、なんとかして旦那の家に報いようと必死だったんだ」

 背中で、ハマが自分の服をキュッと掴む。

「また、自分がそうなってしまうと怖くなって、子供の話は避けてきたんだ。でも、あんたにできたって聞いて、なんか踏ん切りがついた」

「……なんで」

 嘘だと、言いたい。虚構に騙され、決意を固めようとするのを止めたい。

「分かんないけどさ……あんたの子供は、きっと自分の子供みたいにかわいいと思うんだ。だからかな」

「理由に、なってないよ」

「ハッキリした理由なんてないんだ。ただ、ちゃんと産めないって言おうって思えただけさ。ありがとうね」

 目の端の涙を拭い、彼女は梯子を上っていく。

 自分の子供ではないと分かったとき、彼女は欺かれたと落胆するだろうか。

何より、嘘に感情を動かされる彼女を見るのが辛かった。

「凌光!」

 上ってしまった彼女を呼び止める。しかし、結局自分の言ったことは嘘だと言えなかった。

「……生きた鳥を、籠かなんかに入れて、持ってきてほしい」

「また、どうして」

「術に、使うから……なるべく今日中に」

 彼女は「なんとかするよ」と頷いて、正面の戸から出ていった。

 落ちた沈黙の中、ざわざわと胸に広がる、罪悪感。

 嘘で人を守り、嘘で人を奮起させた。

 まるでナダになったような気分だ。

 これから凌光は、自分を妻のある人間だと思って見る、話をする。きっとハマとの話も聞くに違いない。その度に嘘を重ねて、ありもしない感情を語らねばならないのか。そうして凌光の中に、嘘で固められた自分の像が作り上げられていく。彼女と自分との距離はどんどん乖離して、やがて互いの本当の顔など分からぬようになってしまう。

 青颯は穴の中に突き落とされたような孤独に、天井の穴を見上げる。締め切られた部屋の暗闇が、こちらをのぞき込んでいる。

「さっきの人、可哀想だったね」

 ハマが背中に顔を押し付けてくる。

「……そうだね」

「でも喜んでくれて、良かったね」

「……良くないよ」

「よくないの?」

「だって、俺と君の子じゃないから。俺は嘘を吐いた」

「兄さん……?」

 青颯は、ゆっくりと振り返る。

「まだ俺が、兄さんに見えているの?」

 頭一つ分小さい彼女を、静かに見下ろす。淀んだ彼女の瞳は、落ち着きなく右へ左へ彷徨う。

「ねえ、ちゃんと見てよ」

 両手で彼女の顔を挟み、目線を合わせる。

「兄さんと同じ顔、してる?」

 彼女はしばらく青颯の顔を見た後、小さな声で「してる」と答えた。

彼は諦めの息を吐く。同時に、どっと熱病の苦しみがのしかかってくる。頭が割れそうに痛む。ナダが消えてから頭痛が消えていたのに、その時以上に痛かった。彼女の顔から下ろした手を、自分のこめかみにあてる。

「兄さん、具合が悪いの」

「うん」

「私が、看病してあげるよ」

「いや、いいよ」

 丹前だけ、なんとか上の部屋から回収する。それにくるまって、倒れるように眠りに落ちた。


 水の音に、目が覚める。

 見れば、ハマが盥の上で手拭いを絞っていた。

 思いがけない光景に、青颯は身を起こす。

「具合は、どう」

彼女は、この地下に閉じ込められたばかりの時にそっくりだった。山奥にしんと息をひそめた泉の様子が、青颯の脳裏に閃く。夢を見ているのかと頬をつねるが、確かに痛い。

「君、戻ったんだね」

「……なんのこと」

 彼女は覚えていないのだ。

「いや、なんでもない」

「具合は」

「……悪い」

 むしろ、悪化している気がした。高熱で息が苦しく、頭のみならず首筋や肩までが痛い。こめかみに太い釘を刺されているかのようだった。

 しかし、身体から沖だけで抜け出すには、具合が悪ければ悪いほど好都合だった。青颯はゆっくりと立ち上がる。バサバサと音がする方を見ると、小さな檻の中に、はみ出んばかりの鶏が入れられていた。

「凌光、来たの」

「うん。置いていってくれた」

「なんて言ってた」

「隠れていたから、話はしていない」

「そう。今から蠱術をやるんだけど、結界の要、いつもどうしてるの」

「ここに、用意してるわ」

 彼女は檻の横を指さす。紫の布の上に、十三の小さな黒い物が置かれていた。

「……これもしかして」

 その一つを手に取り、青颯は顔を顰める。

「胎児だね」

 彼女は床に目を落として頷く。

「いちいち、おぞましいね、蠱術って」

 言いながら、彼女の前に正座をする。

「お願いがある」

「……何」

「本当に悪いんだけど、神の分身として、蠱術を手伝ってほしい」

 昨日一晩本を読み、出した答えだった。

 神の分身としての力が十分になっていなければ、ナダも禁術の実行に踏み切らないだろう。沖が読めないため自分で測れないのが歯がゆいが、もしこの術が失敗するようであれば、禁術とて果たすことはできないはずだ。

「何をすれば、いいの」

「沖で身体を抜け出して、俺は故郷に行く。その間ずっと、結界の中にいてくれるだけでいい」

 彼女は細い目をわずかに見開く。「ここから、去ってしまうということ?」

「身体を残してるんだから、そんなことしないよ」

「きちんと戻ってくるのね」

「多分ね。無理だったら死ぬだけだ」

「それなら、協力しない」

「なんで」

「もう、私にはあなたしかいないの。いなくなってほしくない」

 淀んだ暗い瞳が、真っ直ぐに青颯を捉える。

 彼はその視線を、嘲りをもって返す。

「誰かにしがみついていなきゃ、生きていけないんだもんね」

「そうよ」

 彼女は膝の上で両手を握り合わせる。

「くだらないでしょう、私は。知っているの。私には何もない。あなたのように、守りたいものも、果たしたいこともないの」

 彼女は、片方の親指に、もう片方親指で爪を立てる。

「九の禁術を止める方法なんて、探しにいかなくてもいいでしょう。手っ取り早い方法があるわ」

 次の言葉を予感して、青颯は目を細めた。

「私を殺せば、それでいいじゃない。神の分身がいなければ、禁術を実行することはできない」

 彼は灯を孕んだ瞳で彼女を睨む。

「嫌だよ」

「どうして」

「……嫌なもんは嫌だ」

「でも、あなた以外に殺されるのは、嫌なの」

 彼女の底暗い瞳が灯に光る。青颯はそれを呆れて見つめ返す。

「なんて、勝手なんだ」

「ごめんなさい……。でも、これだけは、これだけは、どうしても……」

 彼女は顔を覆う。細い肩が細かに震えていた。手の平から漏れる嗚咽に、青颯は顔を曇らせる。

「気づいてないみたいだけど、君が今ここで死んだら、兄さんの努力は全部水の泡になるんだよ」

「……気づいてるわよ」

「じゃあ何。兄さんを裏切ろうっていうの」

「……そう」

 彼女は顔から手を下ろす。涙をポロポロ零しながら、唇を噛んでいた。

「だって、もう、あとは、私を殺すだけなんでしょ。それだけしか用がない。私は兄さんの、これじゃまるで、道具だわ……辛くて、辛くて、死んでしまいたいの」

――自分で死んでいった人を救い出すことがほんとにその人を幸せにするのかは疑問だね。

 かつて自分が晴瀬に言ったことを思い出す。

 死にたい人間を生き永らえさせるのは、残酷なことのように思える。

 やっと、気がついたのだ、兄の手酷い仕打ちに。そしてそれに報いてやる手段を、彼女は自死の他持ち合わせていない。

「こんな惨めな身体、早く失ってしまいたい……もうあとちょっとだって、息を吸っていたくないの」

 今ここにいる自分は、それを止めさせてやることができる。

使ったことのない術で故郷に戻るよりも、ハマを殺した方が確実だ。

「どうやって殺されたいの」

 彼の声は恐ろしく静かだった。

「首を、締めて欲しい」

 それが彼女を救うことになるのなら。未来を繋ぐことになるのなら。

 青颯は立ち上がる。その時、晴瀬に放った次の言葉が脳裏に浮かんだ。

――あんたの衝動でしかない気がする。

「衝動?」

 いくらかの思考を経た決断だ。

 これは衝動ではない。

 青颯はそっと彼女の両肩を床に付ける。大きな腹が内臓を圧迫するのか、既に苦しそうな顔をしていた。

「横向いたら」

「このままで、いい」

 咽の奥から紡ぐ。

「はやく、やって」

 そう懇願する声に、青颯は勢いよく彼女の細い首を掴んだ。

 足が、一瞬だけ抵抗をみせる。彼女は細い眼を目一杯に開いて、新緑の色をした瞳に彼だけを映す。

 青颯は彼女の首の妙な柔らかさに生身を感じて一瞬ひるむが、唇を噛んで咽を押さえつけるように体重をかける。

彼女の咽で、息が擦れる。唇が空気を求めて泳ぎ、白い肌がじりじりと紅くなっていく。冷たい彼女の指先が、力をこめる彼の手首を握った。苦しみをこらえるように、本能的に抵抗するように、強く強く力が籠る。

 扼殺されようとする首から伝わる、強い鼓動。昨日垣間見たばかりの彼女の過去が頭を巡る。何一つ喜びのない地下で一生を過ごし、己の命を恣にした兄への復讐のために死ぬ。それが彼女の、たった一つの幸福。

 青颯は彼女の顔を見る。見開かれていた目が、安らぎを以て閉じられていく。冷たい指先からは、力が失われようとしていた。彼女が死んでしまう。自分の手で幸福を貪っている。残されるこちらのことなど、少しも考えていない。ハマの死体を目の前にする光景が頭に閃いた瞬間、青颯はたまらず両手を離す。

「――無理だ!」

 彼女が激しく咳き込む。青颯は背中をさすり、おさまった頃に彼女を助け起こす。

「どうして、もう少しで」

 涙目が恨めし気に彼を見る。

「どうしてもこうしてもないよ!」

 と鼻声で怒鳴る。

「あんたの勝手な幸福のために、こっちが滅茶苦茶に辛い思いをするところだったよ」

「私が死んだら、嫌なの」

「嫌だからやめたんだろ!」

 彼は邪魔な書物を乱暴にどける。紙が破れようが、頁が裂けようが一向に構わなかった。それから、十三の胎児が載った布を捧げ持つ。丁寧な手つきで、円を作るように床に並べていく。彼は鶏の籠を持ち、恭しく一礼をし円の中に入る。ハマと対峙する場所に座り、鳥籠を置いた。

「他に類なき我が神に、謹んで申し上げる」

 床に手をつき頭を下げる。

「我が沖が自由にならん願いを、叶えさせ給え」

 最初は狼狽えていた彼女が、ぎんと目を見開きじっとしている。

 青颯は鳥籠を開けると、胎児の載っていた布で鶏に目隠しをした。

「此度捧ぐるは鳥の贄。我が沖を望む場所まで運ぶ贄なり」

 彼は暴れる鶏を押さえ込み、「嘉杖土まで」と小さく唱えくびり殺す。

「後は我が神の仰せの……」

 言い終わる前に、彼は意識を失い倒れる。

 ハマは石になってしまったかのように、ピクリとも動かない。

 部屋の灯が静かに落ち、地下の空気が洞窟のように凍えていく。

 この夜を越えれば、冬至。

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