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そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
九 愛着<上>
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繋がる時

2021.02.21 投稿

 晴瀬とマキの二人は、上つ宮に案内された。

 布団に横たわったマキの息は荒い。傍らに灯るあかりが、彼女の肌を透かしていた。闇が重たい液体のように、肌と肉の間を対流している。それが大きく動くと、彼女は呻き声を上げ、息をつめて耐える。肌に浮いた汗が、集まって流れていく。

 冬巫は彼女の額に触れる。上つ宮に着いた頃には、彼女の身体は発火するように熱くなっていた。今なお体温は上がり続けているようだった。

「治るのか、大丈夫なのか」

 晴瀬はマキから目を離さずに問う。

「これから申し上げることは、他言無用でお願いできませぬか」

「ああ」

「本当ですね」

 晴瀬は強い声に、顔を上げさせられる。マキを挟んで反対側に座った彼女は、まるで面を被っているかのように表情がない。ただその瞳が、雄弁を振るう。晴瀬はもう一度「分かった」と頷く。

「私も一部始終を見ておりましたが、マキ殿を祟ったのは、以前この神社の神職を務めていた一族の死霊だと思われます」

「なんで神社の一族が、あんな死霊になるんだ」

 昔の話なのですが、と前置きをし、元秋巫は声を潜める。

「この神社は月の神、海の神、神々の母を祀っておりました。その内、月の神と深く繋がった巫女がいます。その巫女は月神の言葉を下ろし、未来を正しく予見するという評判は、都にも届くほどでした。また白髪に赤目という珍奇な見た目から、彼女は王のもとに呼ばれたのです」

 白髪に、赤目。晴瀬の脳裏で記憶がざわつく。

「しかし彼女は王に牙を剥いたのです。月神が暴走したと……」

 彼の耳に、既に彼女の声は聞こえていない。記憶の糸を必死に手繰り寄せる。白い髪に赤い目の女を、見たことがある。しかし、この世で見たものだったろうか。もっと現の消失した場所で、しかも大切な存在でさえあったような気がする。

 しかし、白髪と赤目の娘には、常に恐怖の影がまとわりついている。見た目もさることながら、その言動にも恐ろしいものがあったのだ。見えたと思えばぼやけるもどかしさに、晴瀬は耐えられなくなってくる。

「もし、聞いているのですか」

 晴瀬はハッと我に返る。

「ごめんな、その、白い髪と赤い目の娘って、俺見たことあるんだ。同じ人間か知らないけどさ。名前は、なんて言うんだ」

 そう問うた瞬間、晴瀬の頭に答えが閃く。

「ケネカだ!」

「ケネカです」

 二人は同時に言うと、鏡合わせになったように目を円く開く。

「なぜ、ご存じなのです」

「夢で、見たことあるんだ」

「あなたがなぜ、明鳴神社の巫女のことを」

「ちょっと、ヘンな話なんだけどな」

 晴瀬は頭を掻く。

「俺には、海の神が……つっても、信仰されないから、力を無くした神に取り憑かれてるんだ。海って、月と繋がりがあるだろ。だからなのか知らねえけど、月の神に憑かれた女は、海の神に憑かれた男と必ず出会って、仲を深めた後に殺すんだ。それで、海の力を月神が得て、太陽の神を倒そうとするんだと」

 ケネカは確かに、太陽神の子たる王の殺害目前まで迫ったのだ。

「で、俺は今までの海の神に憑かれてた男が、どんな風に殺されてきたかってのを夢に見てるんだ。その中に、ケネカも出てきたから知ってるってわけだ」

「それで、あなたはまだ殺されないで済んでるんですか」

「毎日、殺されないかってひやひやしてるけどな」

 と暢気に笑う。

「といいますと、月神に憑かれた女はそばにいるので?」

「ああ。マキだよ」

 冬巫はゆっくりと大きく息を吐き「そういうことか」と横たわる彼女に目を落とす。

「話の続きですが、そうしてケネカが暴れたために、明鳴神社は反逆の意ありと見なされ、代々神職を務めてきた一族が根絶やしにされました。それを怨みに思ったのでしょう。一族は死にきれずに、神社の地下に潜んでいました」

「じゃあ、それが、マキに襲い掛かったのか」

 冬巫は「おそらく」と頷く。

「でも、なんでだ。マキは関係ないはずだろ」

「マキ殿、というよりも、「月神とそれに憑かれた女」に反応しているのでしょう。ケネカだと勘違いしているのです」

「でも……おかしいじゃねえか!マキは何もしてないのに、復讐されてるなんて」

「あなたの怒りは分かります。しかし、これが真実なのですよ。それ以上でも以下でもない」

「でも……絶対おかしい」

 晴瀬は沸き上がる怒気のぶつけ先を探す。

「おい!マキの身体から出て行けよ!」

 彼女の首の下で蠢く闇に文句をつける。

「お前らが復讐したい奴は、もう死んだ!マキは違う奴なんだよ」

 冬巫は彼を制するでもなく、静かな視線を注いでいる。

「マキは悪くないんだ。苦しめるのはやめてくれ!」

 返事をしているつもりなのか、彼女の皮膚の下で闇が逆巻く。マキは悲痛な声を上げた。

「下手なことはなさらぬ方が良い。死霊はもう、彼女を殺すことしか考えておりませぬ」

「そんな……」

「見たところ、彼女の生命力は強い。すぐには殺されないでしょうが、このまま目覚めなければ単純に餓死するでしょう」

「じゃあどうすればいいんだよ!」

 晴瀬は思わず立ち上がる。

「代々の巫女や神主たちが、手に負えないと放っておいた怨霊たちです。私などにはとても分かりませぬ」

 ひるむことなく、目だけで彼を見上げた。

「このまま放っておくっていうのかよ」

「まだ、ものを尋ねるという手段を失ってはおりません」

「誰か、いんのか。分かる人が」

 冬巫は頷き「ここから話すことはひなにも関係のあることです。呼んできましょう」と立ち上がる。

「いいよ。俺が行ってくる!」

 言うが早いが、晴瀬は上つ宮を飛び出した。

 術で小さな灯りをともし、行く先を照らす。海で育った彼は、全力で山を駆け下った。

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