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そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
八 黄泉
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懲罰

2021.02.11 投稿

 昼食後、彼は惰性で本を開いていた。次の本は、神縣を封じる術をなんとかして完全なものにしようとする者の手記だった。神縣の観察記や、時折子供の成長を喜ぶ一文が挟まる。術には何度も失敗しているようで、その度に「生贄を無駄にしてしまった」という懺悔の文言が並ぶ。

 願いを叶えるための蠱術は、生贄を必要とした。

 忌々しい記憶の噴出に耐えきれず、「だまれだまれ」と彼は手記を放り捨てる。頬杖をついた指でしばらくこめかみを叩いていたが、ふとあることに気づいてその手を止める。

 いくらか読んできて、神縣を封じる術が嘉杖土型の蠱術であることは確実だと分かった。もう何百年もこちらで使われていないその術を、ナダは使うことができるのだろうか。少しかじったくらいで、仮にも神を相手にする術が成功するとは思えない。

 しかし現に封じられているのだから、実は嘉杖土型の蠱術を使えるのだろうか。

 まずは、その真偽を探る必要がある。ハマに尋ねるしかないが、突然問うのは不自然だろう。青颯は机に置いたままの、昨日ハマに渡された薄い書物を手に取った。これを基にし、真偽を明らかにするための質問が考えられるかもしれない。

「亡国」と乱暴な筆記で題されている本。年代を確認すると、ここにある本の中では最古級に位置するものだった。

 読んでみると、これも手記のようなものだった。題字の筆跡に違わず、感情的な文章で綴られている。どうも、王の側近が、国を滅ぼされた後に書いたもののようだった。莫大な数の生贄の要求に業を煮やした民衆が、反乱を起こしたらしい。やはり神縣についての記述もある。三人の神縣に攻撃を受け、王都は壊滅状態になったようだ。生贄を要求するのは蠱術のためであるのに、神縣を消すという成果を出せなかったことに対し激しい言葉で罵倒していた。

 後半はそれが一転して、そもそも罪深い民族である我々が国を建てたことが間違いであったと懺悔に変わる。沖術という強力な武器を持ちながらどの土地でも敗北を喫するのは、過去の大罪によるものだと綴る。それが具体的にどのような罪なのかは書かれていないが、ひたすらに沖術を有してしまったことに対する嘆きが連ねられていた。

 青颯は眉を顰めた。族長は、自分たちが真理を見抜いてしまう民族だからこそ、どの土地でも排斥されるのだと言っていた。それを聞き、自分は沖術を連想したのだ。蠱術に対する罪悪は感じるものの、沖術に対してはない。それは嘉杖土もワタドも同じだった。

 なにせ、国が滅びたすぐ後に書かれたものなのだ。罪悪の思考に陥るのも無理はないだろう。

 しかし最後の二行に、一過性のものではないと気づく。

 ――ああ、私が今思い出すのは、沖術の罪深きことを解く老婆の言葉である。蠱術の生み出した忌まわしき沖術は、この後も何百何千年に渡って、我々を苦しめつづけるだろう。――

「どういうこと」

 沖術は蠱術が生み出したというのか。奇怪な文言に思えたが、考えてみれば想像に難くないことだ。蠱術は願いを叶える術でもある。

しかし、想像はあくまで想像にすぎない。ある物に沖術のような力を宿す、ということならまだ分かるが、沖術は何百何千年と渡って人の間に生きているのだ。また本来自分たちの民族とは無縁だった人々にまでも、沖術は及んでいる。それは、人を何千と斬っても切れ味の落ちない名刀を創り出すことはできても、何千年と自ら人を斬り続ける刀を創ることはできないのと同じだ。

 筆者の蠱術に対する憎しみがあまりに激しかったために、かつて聞いた老婆の言葉を曲解したのだろうか。しかしナダも馬鹿ではない。彼がここから沖術を消したいという願望を抱いた、それなりの理由があるはずだ。

 彼は顔を上げ、猫背で縫物を続けるハマに声をかける。

「ねえ」

 呼びかけられた彼女は、背筋を真っ直ぐ立てた。

「ここでは、沖術の起源は蠱術だって伝えられてるの?」

 ハマは首を横に振った。

「一人の男が死の神から沖術を奪ってきたのが、起源だって伝わってる。代わりに、私たちは長く住める土地を持てないようになってしまった、という話があるわ」

 手記の内容と、そう遠くはない話だ。

「この本……昨日あんたが渡してくれた本には、沖術は蠱術によって生み出されたって書いてある」

「願いを叶える蠱術を、使ったということ」

「多分ね……ここに、それは残っていないんだよね」

 ハマは頷いた。

「兄さんも使えない、と思う」

 都合よく、答えが向こうから転がり込んでくる。

 やはり神縣を封じたのは、彼ではないのだ。

 それなら、誰が?

「どうして、兄さんが沖術を消したいと思っているのか、分かったの」

「それがはっきり分かんないから聞きたいんだ。これは何百年も前に書かれたものだけど、蠱術が生み出した沖術は、子孫を苦しめ続けるだろうって書いてある。でもこの人の個人的な意見なのか本当のことなのかが分からないんだ。ナダがこの本だけから沖術を消そうと思うに至ったとは思えない。他に、なんか思い当たる節はない?」

「……あるわ」

 彼女の声は急に小さくなる。

「私がまだ小さい頃、物凄く強い人が、村に入ってきたの。あの人は一人で、ここを滅ぼせるだけの力を持っている……ほんの少しの間しかここにいなかったのに、何十人と殺された。私たちの母さんと父さんも……。だから、その本を読んで、対抗するには、沖術ごと消してしまうのがいいって、思ったのかしら」

 彼は琥珀色の目を持つ、人間離れした男の顔が頭をよぎる。自分の名前を聞き、立ち去った彼。

「この前、火事を起こした奴?」

「そう。あなたも、会ったことあるのでしょう」

 彼女は、なぜか悲しげに、床に目を落とす。

「あれ、何なの?シアラ?」

「分からない。でも、仲間かもしれない」

「じゃあ、あいつに対抗するために沖術を消すってのは突飛すぎる。あいつがいなくなったってシアラは消えないでしょ。せっかく沖術ではまだ優位に立てているのに、消したりしないでしょう。それにあいつ一人を殺す蠱術を使った方が早い」

「……じゃあ、分かんない」

「なにそれ」

 期待外れに溜息を吐くが、神縣を封じたのがどうやらナダではなさそうだということは分かった。

それなら、誰なのだろう。

次いでそれに迫らねばならないが、良い質問が思いつかない。考えあぐねている内に、俯いていたハマが顔を上げる。

「違う話、なのだけど。あなたは神縣を封じられて、沖術が使えなくなったのでしょう。沖術を消す九の禁術が、それに近いものってことは、ないかしら」

 彼女の方から、望んだ答えを導けそうな言葉がやってくる。

 しかし、あまりに都合がよくはないだろうか。青颯は葱を背負ってきた鴨を睨んだ。

「ナダが俺にどんな術をかけたか知らないから、分からないよ」

「あなた神縣を封じる蠱術の本、毎日読んでたのに、分からないの」

 バレていた。

 もう取り繕っても仕方がない。「そうだね。でも分からなかった」と苦虫を嚙み潰したような顔で言う。

「それなら、この何日かを全部無駄にしたってこと?」

 淀んだ瞳の表面だけが、冷たく光る。

「無駄にはしてないよ」

「何か、分かったの」

 彼女は、自分に何かを言わせようとしているのではないか。青颯は雲行きの怪しさに眉を顰める。

「……病を地の底に送るのと同じ原理で、神縣を地の底に送ったんだってことが分かった」

「私、沖を見るだけで、嘘ついてるかそうじゃないか、分かるの」

 ハマの顔は冷徹に凍る。

「……神縣を封じる術が、願いを叶える蠱術だってことは分かった」

 青颯は床に目を逸らす。

「それなら、兄さん、使えないじゃない」

「……そうだね」

 主導権は既に、彼女の手に握られている。

「神縣を封じたのが兄さんじゃないってこと、もう分かってるんでしょ」

 嘘は、吐けなかった。


 翌朝。

 身を引き裂かれたような絶叫に飛び起きた。

 間違いなく凌光の声だった。

 青颯は立ち上がろうとしてよろめく。後ろ手に手首を縛られ、猿轡をはめられていた。それでもここにいることを気づいてもらえるよう声の限りに叫ぶが、彼女の呻くような叫び声が重なってしまう。青颯は小さな灯に照らされた天井を睨み、なんとか縄を解こうと文机の角をおさえに手を引き抜こうとする。

 凌光の声は次第に小さくなっていく。叫びながら格闘しなんとか縛めを取り去るが、その時既に彼女の声は聞こえなくなっていた。

 青颯は梯子を上り、天井に向かって何度も彼女の名を呼ぶ。しかし彼が目にした顔は、自室から出てきたハマの顔だった。

 青颯は三白眼を剥いて彼女を睨み、梯子を下りてハマの首をおさえ床に倒す。

「凌光に何をした」

 首を絞める手に力をこめる。

「知ってるんだろ」

「やめて」

 彼女は涙目で抗う。

「何をしたのか言え!」

「神縣をとったんだよ」

 平然と言う、ナダの声。梯子を下りたところに、彼は後ろに手を組んで立っていた。

「この村に危害を加えるかもしれないから。何日間かは気分が悪いだろうけど、あとは別に支障ないよ」

 青颯は血走った目でナダを睨んでいる。

「凌光は神縣じゃない」

「僕だってそう思ってたさ。でもハマには分かるんだ。神縣を封じる術を使って苦しんだということは、神縣であることの証明にもなる。聞いただろう、あの声」

 彼はハマの首から手を離し、立ち上がった。怒りに、全身が震えていた。

「君には真偽を確かめようがないから疑う気持ちも分かるけど。いま凌光がうまく動けなくなったら僕だって困るから傷つけたりしない」

「そもそもお前に、神縣を封じる術は使えないはずだ」

「ああ、そのことに気がついたみたいだね。君はよっぽどここを出たいらしい」

 面白くもないのに、ナダはそう言って笑う。

「言ったろう。凌光は君が何かをしでかしたときに必要だってね。傷つけたわけじゃないっていうのが信じられないのは、何か思い当たる節があるからじゃないの?」

 瞳の温度が、絶対零度に急落する。

「ここを出ようとか、余計なことは一切しないことだよ」

 彼は最後にそう言うと、踵を返す。青颯は机の文鎮を手に取り、その背中に殴りかかっていた。ナダは振り返りざまに、振り下ろされた細い腕を掴んで捻り上げる。落ちた文鎮が床で鈍い音を立てた。

「君さ、力関係をよく理解した方がいいよ。馬鹿なのかい?」

 と青颯の鳩尾を殴る。彼は身を折り曲げて、床にうずくまった。

 ハマは既に、自室に逃れたのか部屋にいない。

 痛みをこらえ、青颯は音を立てて閉まった天井の蓋を睨む。やがて何を思ったのか、床に頭を打ちつけ自ら気絶した。

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