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そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
六 朙滅
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監禁

2021.01.28 投稿

 呼吸すら難儀で全身が燃えそうに暑い。夢に落ちて、燃える塔の像を見る。足に根が生えたように動けずに、燃え広がる炎に己も焼かれる。青颯は「たすけて」と口にする。光と熱と黒い煙が五感を残らず苛む。いっそ死んだ方がマシだと思うと、目が開く。夢であったことに安堵すると同時に、未だ悪夢に落とされうる身体を引き摺っていることに暗澹とし、瞳を閉じる。

 この繰り返しを、何百回越えたことだろう。地獄のような日々は、突然に終わりを迎えた。

 身体の熱はすっかり冷えている。天井が明瞭に見えるほどに意識が確かだ。

「おはよう」

 灯火に照らされ覗き込んできた顔があり、驚いて飛び起きようとする。が、全身に激痛が走るばかりで全く自由にならなかった。

「具合は、どう」

 そう問うのは、いつかの夜に出会った異様な少女だった。

「悪い……それより、ここどこ」

「村の、北西にある、家よ」

「それって、どこなの」

 少女は彼の傍を離れる。

 聞きたいことは山ほどあるのに、熱が下がったとは思えないほど気分が悪い。身体の中を細かな虫が這いまわっているような感覚さえおぼえた。意識は冴えたのに、頭は鈍重なままだ。

 しかし、ここがどこなのか分からぬ内に、休息することはできなかった。

「誰の、家なの」

 ぎい、と古びた扉の開く音がする。軋む首を無理矢理に上げると、室内に下がった梯子を、人が降りてきているのが見える。

 小さな灯りの暗がりから光の内に入り、明瞭になった顔面に青颯は目を見開いた。

「ここは僕の家だよ」

 ナダだった。

「やっと熱が下がったみたいで、良かった」

「なんであんたの家にいるんだ」

 鈍い頭に、下品な光が明滅する。最悪の事態に陥っていることなど分かりきっているのに、昼行灯のように警告を発し続けた。

「なんでだと思う?」

「分かんないから、聞いてる」

「じゃあ、教えてあげよう。君は何らかの感情を発端に、神縣に乗っ取られた。人間の身体で人間の力を超えた術を発した君は虚脱状態になり、そこをファリが気絶させた。今回は誰も巻き込まれなかったから良かったけど、同じようなことが起こったら殊だろう。だから僕が神縣の暴走を防ぐ術を君にかけるためにここに運んだ」

「そんな術ほんとに存在してんの?」

「自分の身体に聞いてみたらどうだい」

 憑いている神を、あえて意識することはない。それでも、普段あるはずのものが抜け落ちていたら、分かるものだった。

 脳内に明滅する光は、想定を超えた最悪の事態を告げていたのだと、青颯は覚る。

 沖の存在が、全く掴めなくなっていた。震える手の平を上に向けてみる。そこに小さく闇を現そうとしたが、できない。身体を動かせない今の状況と同じだった。普段身体を動かすのに、特に意識などしない。しかし今は、身体の動かし方すら分からない。

 青颯の動揺を、ナダは笑う。

「まさか沖の術まで抑えられるなんて思わなかった。これから使わせてもらうねありがとう」

「……ふざけんなよ」

「いいや僕は真面目さ。それからね、高熱が出ていたから治療をした。まだ具合が悪いみたいだけど、調子が戻ったら蠱術の研究を手伝ってほしい」

 青颯は思ってもみない言葉に二の句が継げない。

「勘付いていたとは思うけど、僕とそこにいる妹のハマは蠱術を受け継いでいる」

 彼は目だけで彼女を見た。ハマは何かを隠すように目を逸らす。

「君の熱を下げたのも、神縣の暴走を防ぐのも、蠱術。村を守る最後の砦も、蠱術。シアラや下界がどうにも不穏な今一番頼れるのも、蠱術。ワタドの存続には不可欠な術だ。君のところだってそうだったんじゃないのかい」

「そんなことどうでもいい。なんで俺が蠱術の研究なんか手伝わないといけないんだ」

「蠱術に興味ありそうだって、族長が言ってたよ」

 あの目の光を思い出す。

「だからって研究したいってことにはならないだろ」

「それは、勿論そうだ。まあ正直に言うと変に探られたら困るっていうのと、あと蠱術に関して君の力を借りたいっていう二つの理由があるね」

「勝手に決めるな」

「勝手に決めなきゃ、君がやるって言うわけないだろう。君は蠱術を憎んでいるようだからさ」

「決められたってやんないよ。こんな所出てってやるから」

「出すわけないでしょう」

ナダは首を傾げた。

「君を都合よくここに閉じ込められる機を、ずっと伺っていたんだ。ワタドと嘉杖土の蠱術が接触することなんて、後にも先にもこれきりだろうからね」

 と彼は笑う。

 目的のためには手段を選ばないのだろう。青颯は彼の中に化物を見る。陥れられた状況に憤慨していては、彼の術中にはまり、死ぬまで労力を吸い取られ続けるのだろうという気がした。

「心配しないで。ハマも外に出ないで、ずっとここで暮らしてるから、設備はちゃんと整っている」

「……じゃあ、もし俺が外に出たらどうするつもりなの」

 化物の瞳を睨み据える。

「ここは地下だから、簡単には出られないだろうけど。君が嫌がることをするだけさ……上に大怪我した人がいて忙しいんだ。水を飲んで、もうちょっと寝ていなさい」

 ナダは梯子に足をかけるが「あそうだ」と地に足を戻す。

「晴瀬はここから出すよ。君のことかぎ回ってるみたいだから」

「凌光は?」

「君がおかしなことをしたときに必要だろう。いつまでも村においておくさ」

 術が使えていたら、殺していたかもしれない。強い殺意は実体を伴うことなく、天井に消えた。

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