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そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
五 故郷
25/89

因縁

2021.01.19 投稿

 村の被害が明らかになり事態が落ち着いてきた夜、青颯は昨日の場所に呼ばれた。そこを政所と言うらしい。部屋には族長とノルの二人がいた。昨日のように、入り口には青年が二人控える。

「村を助けていただき、お礼申し上げる」

 二人は深々と首を垂れた。

「塀の外に人々を逃がしていたのですが、そこを危うくシアラに襲われるところでした。死傷者は出てしまいましたが、あなたが脅威を退け、火を消してくださったことで、被害は最小限にとどめられました」

「はい」

 青颯はおざなりに返事をする。

「この村を襲った脅威というのは、どのようなものだったのでしょう。化物のようだったと聞きましたが」

「化物のよう、っていうか化物なんじゃないかな」

 もう慇懃な言葉を使う気にもならず、ぞんざいに言う。

「と言いますと」

「術の使い方が普通じゃない。ぶつぶつなんかを呟いて、頭の上からあの黒い矢みたいのが生まれて飛んでいく。見た目も普通じゃない。身分の高い人みたいに見えたよ。んで最後は空中に消えてった」

「それは……」

 二人は強張った顔を見合わせる。

「数年前、単独でやってきたその者に、この塀の中へ入られたことがあります。恐ろしく強く誰も手がつけられなかったのですが、そのような者を、いかにして退治したのでしょう」

 ノルまでが丁寧な口調になっている。変わり身の早さに、青颯は内心呆れる。

「俺は何もしてない。あっちが、俺が名前を言えば退くと条件を提示してきたから乗っただけだ。攻撃してみたけど、掠りもしなかった」

「それは妙ですな。聞いたことが無い」

「俺が神縣だからじゃないの。名前は呪いに使われることもある。俺に呪いをかけようとしてるのかもしれない。呪いに暴走はつきものだから、やっぱり災厄をこの村にもたらすことになるかもしれないね」

「出ていけ」の四語を導くために、思っても無いことをのたまう。

しかし族長が目をチラリと光らせ言ったのは、真逆のことだった。

「お呼びしたのは、村を襲撃した者の様子を聞きたいからだけではありません。神に見込まれたあなたに、この村で我らと共に闘うことをお願いしたいのです」

 余計なことを言ったな、と舌打ちしたくなるのをこらえる。

「今日このような惨事に見舞われたように、我々は何百年もの長きに渡ってシアラというものの攻撃を受けております。シアラの術は大したものではございませんから、これまでは工夫をすれば、難なく退けることのできるものでございました。しかし、ほんの一月前からシアラは突然その力を強くし、村を守るための結界を破り、塀も壊され死傷者は増加の一途をたどっています。認めたくないことではありますが、一刻も早く事態を改善しなければ我々は全滅しかねません。ですから、この村の誰よりも術を巧みに操り、神に見込まれた御仁に協力を……」

「赤の他人であるあんたらのために、命かけろって言うの?」

「赤の他人?」

 ノルはぎょろりとした目を剥く。

「我らは村に、赤の他人をもてなすことなどせぬ」

「じゃあ何?同族だから一緒に命かけろって言いたいの」

「そうではありませぬ」

 族長が静かな声で言った。

「あなたも知っての通り、我らの祖先は一つの場所に定住することを望みながら、それを叶えられずにおりました。時にはいわれのない罪を被され、時にはあらぬ疑いをかけられ、その土地から追い出されるようにして各地を転々として参りました。もとの故郷すらも忘れた我々はなぜこのような扱いを受けねばならないのか。考え抜いた結果、一つの答えに辿り着きました」

 山の夜風が、青颯の背をさする。

「我らワタドは、真実を見抜きすぎてしまうのです。人は絶対なるものを求めながらも、曖昧の中にこそ安息を得る生き物です。真理を知る我らは、そうでない人々にとっては目障りに映ってしまう。しかし私たちは、今日この日まで生き残ってきたのです。これは我々の誇りであり、またこの世界の存することが求められている証しでもありましょう。だからこそ、我々は王土を下界と呼び融和することなく、純血を保ち続けたのです。何百という土地を転々としながらも生き残った我々の血を、途絶えさせるわけにはなりませんからね」

 青颯は黙って聞いている。反論したい一方で、納得せざるを得ない部分もあった。なぜ、彼らが生まれながらに沖を操り術とすることができるのかは分からなかったが、沖とは真実そのもののように思える。人間と相対したとき、自らの内にはその特徴を表す言葉が浮かぶ。しかし言葉は実体を忠実に示すようにはできていない。言葉と実体の間には、必ず少しのずれが生まれてしまう。言葉はそれそのものの姿に限りなく迫ることができるが、だからこそ錯視を起こすこともある。

 しかし沖は、人間的観点を超えた真の姿が表出したものである。それには善や悪といった、人が作り上げた観念を挟むことはできない。それは様態そのものを現す沖の認識を妨げることになる。

彼らはその沖を掴むことができる唯一の民族なのかもしれない。だとすれば、真実を見抜きすぎるということも誇大妄想とはいえないように思える。

「……それは御大層なことだよ。でもね、この村の沖、ものすごく歪んでるんだ」

 ただし、「歪んでいる」沖を自身の記憶に結び付け、それを嫌悪するといったことは、様態そのものの解釈を捻じ曲げる行為ではなく、様態に対して個人がどのように感じるかといった行動であるため、沖の姿に悖るものではない。

「ねえ、蠱術(こじゅつ)使ってるでしょ」

 青颯は族長の目を、真っ直ぐ見て問うた。

「コジュツ、とな」

 族長はそれを真っ直ぐ見返し口の中で繰り返す。

「知っての通り俺は嘉杖土の人間だ。俺は蠱術が大っぴらに使われてるあの村で、蠱術を受け継ぐ立場にあった。だから分かるけど」

 突如、後ろに控えた青年が大声を上げた。統御を失った人体が階段を転げる、鈍い音。

「大丈夫か」

 もう一人の青年が、上から叫ぶ。初めて気が付いたが、その青年はファリだった。

「大方、疲れから平衡を欠いてしまったのでしょう。鍛錬が足りずお恥ずかしい限りです。ノル、見に行ってやってくれ」

 青颯は唾を飲み込んだ。

 青年が落下する直前、族長が目を逸らした。それが異様な光を放ちはしなかったか。一瞬だけ、妙な沖が頭上を掠めた、気がした。しかし族長の内の沖に、術を使う前後に現れる波立ちは全く見られない。だから、それは気のせいであるか、族長のものではない沖か、ということになる。

 それでも、青颯は青年の落下がこの族長の仕業であるように思えてならなかった。

「村の術士は、このような有様なのです。無論、タダでとは申し上げません。貧しい所ではありますが、お連れの二人も含め生活は保障致します。ですから、どうか、ご助力願えませんでしょうか」

「……もし断ったら?」

「生活の保障はできない、というだけの話です」

「そうじゃない。俺はここを出たい」

「なぜ?」

 青颯は低い声で答える。

「この村は蠱術を使っているだろう。だからだ」

「それは同時に、我々に協力したくないという意味でしょうか」

「話を逸らさないで。蠱術使ってるんでしょう」

「コジュツとは何か分かりかねているため、そう問うた次第にございます」

 族長の沖が、これみよがしに戦闘態勢に入る。動きの滑らかな、量の多い沖だった。ノルよりも手強いだろうが、今日の化物男のように全く歯が立たない相手ではなさそうだった。   

これ以上踏み込めば、無事で済まないかもしれない。話題を逸らすために、一人の人間を犠牲にすることをも厭わない位なのだ。

 しかし日に二度も、力に捻じ伏せられるなどというのは堪えがたいことだった。青颯は尚も食い下がる。

「そんなにバレたくないの?逆に怪しいと思うんだけど」

 背後から殺気がうなじに当たる。

「嘉杖土がどのような場所だったのか、私には分かりません。しかし、ここでそのような」

「蠱術も、さっきあんたが言ったように真実を穿つ民族性だからこそ「あの」形まで極めることができたと思うんだよね。その誇りを強く持ち続けているここが蠱術を棄てるとも思えないんだけど」

 雨脚が、ひそやかに強まり屋根を叩く。

「……そこまで言うのなら、ここに滞在し、ご自分の目で確かめてみてはいかがですか。私が使っていないと言い続けたところで、あなたは納得されないでしょう」

 全否定するのならやりようはある。しかしそれを分かっているのだろう。族長の態度からして、蠱術を使っていることにほぼ間違いないと青颯は思っていた。青年を突き落とし、ノルを外に出したのは、話を聞かれたくないからではないか。

 蠱術。

 五十年前に切れたはずの因縁が、じくじくと忍び寄ってくる。このように自分の目の前に再び現れた以上、やはり曖昧に避けて人生を終えることはできないということなのだろう。薄れていた苦難の道が再び輪郭を截然とさせたことに、青颯は大きな溜息を吐く。

 逃げても仕方がない。渋面を解き、意を決する。

「シアラの退治に、協力させてもらう」

「ありがとう存じます」

族長は深々と頭を下げた。

「でも、俺たちを余所者だからって、何かの犠牲に差し出す真似はしないって約束して」

「言わずもがなのことです。それでは早速、明朝より部隊に加わっていただきたく思います。伺いに上がらせますので、お待ちしていてください」

「……分かった」

 青颯は唸るように頷いて、建物を出る。階段を下りきると、身体が緩んだ。存外緊張していたようだった。結局三人は今朝までと同じ政所の隣の建物を与えられていた。屋根は破れたままで雨が不断に振り込むが、壺や盥を隙間なく置き対処している。

「おかえり。随分疲れてるね」

 と言う凌光も、小さな灯に照らされ疲れた風だった。

「それりゃもうね、疲れたよ。しかも明日から俺はシアラってやつの退治をしなくちゃならなくなった」

「じゃあ、ここにいるってことね」

 と嬉しそうな顔が苛立たしく、返事をせずに床へ転がる。

「先に着替えちゃいなさい。ナダさん……あの、偉い人たちの中で一番若い人が、あんたに服を貸してくれたよ。風邪引きそうだからって」

「あいつが?」

 彼は苦々しい顔をする。

「あのナダっていうのは何なの?なんであんな偉そうなの」

「偉そうってあんたの方が偉そうだよ。ナダさんは医者だって」

「医者あ?」

 うそつけと言わんばかりに眉を顰める。

「あんな若いのに」

「若いって、あんたの倍は年上よ」

「言っとくけど、俺ほんとは六十ちょっとのじじいだからね」

「見えないんだよ。もうちょっとそれらしく落ち着いたらどう」

「凌光だって八十ちょっとじゃないか。全然見えないから」と言いたいところだったが、疲れて続ける気にならない。そのまま眠りたかったが、風邪を引きたくはなかった。ゆったりとした一枚の服を被って、帯で裾を上げる。少し大きかったが、悪くはない。

「そういえば、晴瀬は」

「そこにいるでしょ」

「……うわ、気付かなかった」

 彼は火の光が及ばぬ部屋の隅で寝転がっていた。眠っているのかと思ったが、名前を出されて目を開ける。

「俺……思いだしたんだ」

 彼らしからぬ声でぼそりと言う。

「何を」

「海の神に助けてもらうとき、必ず月の女に会うって約束したんだ。それができなければ、命なんてくれてやるから、俺「たち」を助けてくれって言った。それで三人とも助かったから、俺だけじゃなくて二人の命も、もしかしたら……」

 青颯は顔を引き攣らせる。

「晴瀬が月の女に会えなきゃ俺たち死ぬってことだよね。もっと早く言ってよ」

「でも……期限なんて約束してねえし、いつか会えたらいいんじゃねえか……」

「暢気なことだね。相手は神なんだよ」

「それは、そうだな」

 と彼は頭を伏せる。

「寝ないで」

「疲れてるんでしょ」

「いや、危機感おぼえてよ。このままここにいて月の女探せなかったら、死ぬかもしれないんだよ」

「……でも、みちは今、死の底にいるんだ。ゆすら様は、地上のどこかにそこへ繋がる場所があるって言った。ここ、沖が歪んでるんだろ?なら、ここから探すこともできるかも、しれねえ」

「かも、って。ねえ」

 晴瀬はそれきり答えなかった。

 やがて、村中が静かになる。敵襲の衝撃が冷めやらぬ村を、糸のような雨が包んだ。

村は大きく分けて、四つの場所に区分される。北の住居区、南の田畑、西の職務区、東の祭政区である。此度火災の被害が最も大きかったのは、住居の集密する北側だった。皆が起き出した時間であったため、住居のほとんどが焼け焦げたものの死傷者の数は十に達しないほどであった。

 しかし、悲嘆の大きさが死者の数に比例することはない。村人は、皆の顔や名前、人柄を知っている。昨日まで当たり前に話をし、食事を共にした人が暴力に捻り潰される。鎮火や救助、戸惑いや恐怖に疲れた人々も、眠れぬ夜を過ごす。また、死者の中には子供もいた。どの場所でも同じだろうが、子孫の繁栄が希求されるワタドでは、子供は特に宝のような存在だった。

 それぞれの中で渦をまく感情が集まって、更に大きな渦になる。それを取り囲む塀の縁、見張りは研ぎ澄ませた神経で、わずかな沖の動きをも逃がさぬと暗闇を睨む。これ以上仲間を殺されるのは耐え難い。明日からの攻防を思い、静かに闘志を燃やした。

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