表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
四 生活
15/89

崩壊

2021.01.09 投稿

 その日を境に、マキは塔に出入りすることが多くなった。食事を共にすることはなかったが、時間をずらして食べに来る。凌光は「飯屋を開いたみたいだ」と楽しそうだった。

 青颯は書庫に籠る時間が長くなった。田の世話をしないため凌光がそれを咎めたが、晴瀬は彼に調べ物を頼んである手前、代わりに請け負うと手を挙げる。

何をやれば良いのかを教えてもらい、晴瀬は毎日、田に通った。土とは無縁の生活を送っていたが、その匂いや感触になぜか懐かしさを感じる。日に日に伸びる青い稲が、風に煽られ躍る姿も、柔らかい稲の先が日光をちらちらと跳ね返す姿も、あるはずのない郷愁を誘うのだった。

季節は進み、長雨の頃になる。濃くなった木々の葉に雨が注ぎ、滴るような緑に染まる。

 晴瀬は雨の日も、田や海に出た。動いている魚と沖を繋げ、銛を打つこともできるようになった。百発百中とはいかないが、術を使わないときに比べれば面白いように魚がとれる。二人の勝負を見て以来、読沖の敷居が低くなった。その結果、なんとか闇を光に変える感覚が掴めるようにはなる。しかし光を統御することができず、したがって刃に変えることもできない。ひたすら練習していると、いつの間にか夜が深くなり、意識を失うように眠りに落ちる。

 ある日の朝、晴瀬は半分寝ながら朝食を食べていた。

「明日は夏至だから、マキに会ったら言っといて」

「あい」

「……何をだ?」

 妙に気になって、目を開く。

「毎年夏至は、田んぼに雷を落とすんだ。晴瀬も夕方ごろには塔の中にいてね。危ないから」

「そんなことしたら滅茶苦茶になっちまうじゃねえか」

「そうなんないようにしてるから」

「でもなんでそんなことするんだよ」

「そうしたらよく育つからさ。肥料みたいなもんだよ」

「でも、今日はこんなに晴れてるぜ」

 目が痛くなるほど青い空には、雲一つない。

「術と雷神の力で雲を呼ぶんだ」

「それ見てもいいか」

「やだよ」

「四階でやってるから、こっそり見に行きな」

 と凌光が大きな声で言う。

「もうそれこっそりにならないじゃん」

 とは言うものの、本当に来てほしくないわけではなさそうだった。

 その日の夜、晴瀬はふと窓の外を見た。満月が、海をじらじらと照らしている。

 春軌が現れた日から、もうそんなに経ったのかと金に滲んだ月に溜息を吐く。

 夏至の頃の月は高度が低く、昇ってから沈むまで鈍い金に光る。清澄な気高さが息を潜めるその月に、晴瀬はじっとりした視線を感じる。

「頑張るから、待っててくれ」

 晴瀬は月にかなしい眼差しを流し、窓を閉めた。

 翌日、彼は昼食後に浜に下りた。夏至のその日は貝を獲ってきてくれと頼まれた。

 一年で一番高いところにある太陽が、ギラリと見下ろしてくる。海の中はいっぱいの光を湛えて、喜びをあげるように輝いていた。どこまでも青い世界に、銀の泡がつぶたつ。小魚の群れが鱗をひらめかせ、光の網をくぐっていく。日光は浅瀬の底まで達し、岩は月のようにひっそり白く輝いた。太陽の息吹と海の生命が呼応しているようで、晴瀬にも力が漲る。その日の漁は、今までで一番手早く終えた。

 上機嫌で塔に戻り、勝手口の外で莚を敷いて貝を開いて肉と殻に分ける。

「お」

 光る粒がコロリと地面に落ちた。手に取って日の光を浴びると、虹色の光を纏う。

「真珠だ」

 小粒ではあったが形がよく、意匠の凝らされた工芸品のように真ん丸だった。昔浜辺で暮らしていた頃真珠がとれると、普段は機嫌の悪い養母が顔を綻ばせていたのを思い出す。「売って金にしてこい」と言うような人だったが、真珠ばかりは手元に置き、時折こっそり眺めていた。

 二本の指で真珠を持ち、青空を背景にぼんやり眺めていると「阿保面」とマキがやってくる。

「ちょうどいいや、これお前にやるよ」

 と手の平に載せて差し出すが、マキは「なんだそれは」と顔を顰める。

「真珠だ。聞いたことくらいあるだろ」

「それが真珠なのか?」

 と心持ち目を見開く。

「綺麗だろ」

 と手の平を彼女に近付ける。マキは白い手を伸ばして、ひやりとする虹色を手に取る。星屑が舞い降りたかのような輝きに、彼女は息を飲んだ。

「無くさないように気をつけろよ」

「……ありがとう」

 思いがけない言葉に、晴瀬は笑って頷いた。

 夕方、ごろごろと空がかき曇る音に、晴瀬はうたた寝から覚める。大急ぎで四階へと走った。

「やるのか!」

「来ないでって言ったのに」

 と南の窓に望んだ彼はしかめ面で振り向くが、追い返しはしない。晴瀬は階段に腰かけて彼を見る。その向こうの空はまだ青いが、吹き込んで来る風は確実に冷たくなっていた。辺りが薄暗くなったと思うと、すぐに墨色でいっぱいになる。空気は水を帯びて、濃い雨の匂いに壁すら濡れるようだった。

青颯は窓に両手をつき、俯いている。晴瀬は沖を読むでもなく、尋常ではない沖が彼の身から溢れて蠢いているのが分かった。肩のあたりから、何千といった細い糸のようなものが空と大地の方へ伸びている。それを空と繋げて雲を作ったとして、大地の方へは何のために伸ばしているのだろうか。やってくる雲へと意識を移すが、その沖は茫漠で捉えきれない。彼の沖が雲の中に混ざっているようにも見えなかった。

 雨雲を作っているのではなく、呼んでいるのだろうか。

 晴瀬はそっと立ち上がる。近づいた方がよく分かるかもしれない。足音を殺して、青颯の視界に入らないよう二つ隣の窓辺に立つ。必死に意識を凝らして空の沖を読むが、見えてはこなかった。たった数歩の距離などささいなもので、読沖の精度には何の関係もないらしい。

 青颯の纏った沖が突然彼の中心に集まったのを感じ、晴瀬は我に返って彼を見る。その球体から鋭く、一本の太い沖が雲を貫く。刹那、眩い光と爆音が劈き、そこにあるありとあらゆるものを震撼させた。

 晴瀬は咄嗟に目を瞑り耳を塞いでいた。身の内に未だ響く余韻に、心臓が猛っている。目と耳を開くと、普通に戻った青颯が田を見下ろしていた。

「……すご、かったな」

 躊躇いがちに声をかける。

 彼が萌黄の瞳を向ける。「いつものことだよ」と言って田に目を戻す。

「どこに、落とすんだ」

「あれだよ。石の柱」

 晴瀬は田んぼと道の間に三本、四角に成形した石が積み上げられているのを怪訝に思っていた。田の横幅の両端と、その二つを結んだ線上のちょうど中央に、石の柱があった。

「下の方に沖を伸ばしてたけど、それはあの石の柱にか?」

「そう。沖で石の柱に目印みたいなのをつけて、そこに空から落とすんだ」

「それにしても、どうやってあんなことやってるんだ」

「沖を読まなかったの」

「読んだけど、分からなかった」

「……説明はできないや」

 彼は壁にもたれて座る。

「昨日の夜、前に言ってた神話のことが分かったよ」

 と目を瞑って言った。

「ほんとか!」

「うん……」と頬杖をつく。

「寝ないで教えてくれよ」

「寝ないよ。疲れてるだけ……なんか特別な言葉で書かれてた上に、虫食いが酷くてさ、大枠しか分かんなかったんだけど」

 そう前置きして、彼は神話を語り始める。

「ある女神が、光の世界から闇の世界に降りた。女神は襲いくる死を克服しようとしたけどうまくいかず、その肉体は死んで闇の底に横たわった。女神の去った地上からは光が失われ、生死の境すらも闇に溶けた」

灰色の空から、冷たい雨粒が落ち始めたかと思うと、滝のように雨が降り注いでくる。細かな飛沫に窓辺が濡れた。ザアっと風が荒れ、冷たい雨が青颯の頭を濡らす。

「本物の雨が来たね」

 彼は立ち上がって窓の横の壁に移る。大きく伸びをしたその時、下から「おおーい、ご飯!」と凌光の声が響き渡る。

「よくまああんな大声が出せるよ……」

 と独り言ちる。

「そんで、続きは」

「ああ、そんで女神の……これがなんて意味の言葉なのか分からなかったんだけど、多分」

 晴瀬は青颯に続いて、階段に足を踏み出した。灰色の床が赤くなっている。気のせいかと思い目を凝らすと、それは見たこともない模様を散りばめた絨毯だった。

 顔を上げ辺りを見回すと、目の眩むような赤の絨毯が、いくつも床に敷かれていた。少しずつ赤の色が違い、中心に向かって色が濃くなっている。円い部屋の天井からは、幾色の透けた布が何十枚と垂れ下がり、窓から吹き込む海風に揺れていた。

 部屋の中央の寝台に、瑠璃の瞳を持つ女が座っていた。晴瀬は目を擦った。目の前に、確かに人の形をした女が座っている。それなのに、人の気配をまるで感じないのだった。むしろ、海と対峙した感覚に似ていた。

『ご機嫌イかが』

 その妙な口調に、聞き覚えがあった。

「あ、なたが、ゆすら様」

『ソうよ。よろしクね』

 青颯の説明を思い出す。突然、彼女の部屋に引っ張り上げられていると言っていた。窓の外を見てみると、四階よりも地面が遠くにある。

 一歩、みちに近付く。青颯の神話はまた後で聞けばいいだろう。密かに拳を握った。

「死の底に行く方法を……あ、春軌さんが来た時、助けてくれて、ありがとうございました」

『イイえぇ。青颯が言ッタ通り、こノ島ヲ汚サれチゃ困るかラ』

 身の丈に達する深い青の髪を、細い指で梳く。

「聞こえてたんですか」

『こノ島で話されタ言葉、起こッタことは、全部知ッてイるワ……ソれにしテもあなタは上手に潜るノね。感心しタワよ』

 と赤い唇を引っ張り艶然と笑う。

「いや、とんでもないです……」

 晴瀬は照れて下を向いた。

『あなタ、死ノ底に落ちちゃッタみちッて子をすクッてあゲタイ。ソれで一緒に暮ラしタイ、ノダッタでしょ』

「はい!そうです。俺はどうしたらいいんでしょうか」

 彼は顔を上げた。

『あノ子に聞イてきタ、そうしてほしイかッて。あんまりソうしてほしクなイみタイよ。でもちょッとはソうしてほしイッて』

 衝撃を一度に投げられ、晴瀬は咄嗟に言葉が出ない。

「あの……みちは、やっぱり、消えてない、んですね」

『ソうとも言えるし、ソうじゃなイとも言えるし』

「どっちなんですか」

『どッちもよ』

「みちは元気……ではないと思いますけど……どんな、調子でしたか。まだ、俯いてる感じでしたか」

『なんて答えると思う?』

「……俯いてるし、俯いてないし……」

『あタりよ』

 みちのことを、もっと聞きたかった。しかし「どっちも」の調子なのだろう。

「あの、みちのいる所にはどうやって行くんですか」

 ゆすらは、手の平に顔を預ける。銀の装身具が高い音を立てた。

『地上ノどこかは、絶対にあちラに繋がッてイる。そこヲ突クノ』

「それは、どこなんですか、この島にあるんですか」

『あるかもしれなイし、なイかもしれなイ』

「……どんな所にあるんですか」

『ありソうな所にあるワ』

「どんな所なんですか」

『ありそうな所』

 埒があかない。

「……みちのところに行けたとして、どうやったら救えるんですか」

『簡単よ。落ちタ人を助ケればイイんダかラ』

「それをだから、どうやってやるんですか」

『落ちた人、どうやッて助ケる?』

「引っ張り上げる」

『そう』

 違うのだ。知りたいのは具体的な方法だ。

 しかし彼女が答えない以上、言葉を変えても無駄だろう。

「……みちと、一緒に暮らせるようになるんでしょうか」

『あなタが、あノ子が、誰かが、ソれを欲するなラば』

「はっきり、答えてはもらえないんですか」

『これがこノ島ノ生ヲ司る玉よ』

 まるで夢のように脈絡が飛ぶ。彼女は古風な衣装の懐から、青い玉をとり出した。それは、日光を集めた海のような光を湛えている。ふと視線を感じて顔をあげると、寝台の向こうにマキが立っていた。

『地上に戻りたイノなラ、あなタはきちんと生き返ラないとイケなイ』

 瞬きをした次の瞬間、彼は階段の上に戻っていた。危うく転げ落ちそうになる。

 茫然としていると、階段を上ってくる音が響いてくる。それも、性急な、高い音だった。

 薄闇に白い面が現れる。

「どけ」

 寝台の対岸で会ったばかりの彼女の剣幕におされ、後ろ向きに階段を上った。

「お前も、ゆすら様のところにいたな」

「そうだ。私も願いをかけたのだ」

 と階段を上ったすぐそこで止まると、光の槍を手にする。ずり落ちた袖から露わになった腕には、赤い火傷の痕があったはずだった。しかし今は、鈍い金の色に光っているように見えた。

「お前……腕、どうしたんだ」

「さあ、どうしたと思う?」

 彼女はあの、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「これは没した太陽の神を憑けた時負った傷だということだけ、教えてやろう」

彼女は槍の石突きを床に打ち付ける。反対に切っ先が勢いよく伸びて天井を突き破った。

 パラパラと落ちる石と共に、光の槍を真っ赤な血が駆け下る。

「お前……何やってんだよ!」

 晴瀬が彼女を止めようと走り出すと共に槍を抜き、切っ先をそのまま晴瀬に向ける。

「邪魔するな。お前ではどの道私に敵わない」

血が滝のように流れ落ちるのに紛れて、青い光が落下する。それをマキは片手で掴み取る。紛れもなく、ゆすらの持っていた玉だった。彼女はそれを淀みない動作で口まで運び、飲み込む。

 晴瀬は目を疑う。

 それは、この島の生を司るものであったはずだ。

 途端に天井が音を立てて崩れ始める。晴瀬は頭を守りながら、階段を滑るように下りる。崩れ落ちていく石の波から逃げ、激しい雨に打たれながら塔を見上げたとき、その最上階が火を上げていた。

「何ぼっとしてんの!」

 と凌光が走ってくる。

「青颯は」

「もう浜に行かせてある。逃げるよ!」

 と森へ飛び込む。鬱蒼と茂った森の中は暗かった。しかし皮肉にも、燃える塔が道を照らす。夢中で浜に下ったとき、塔の火は、降りしきる強い雨もものともせず、烈しさを増していた。

 浜辺で青颯は、燃える塔を睨み上げている。唇を、血が出そうなほどに噛みしめていた。

「あれマキのせいでしょ」

「ああ、あいつ、ゆすら様を殺しやがった」

「なんだって?」

 青颯は目を一杯に見開いて晴瀬を見た。

「それじゃあ俺らも死んでしまう!」

「塔が!」

 凌光が指さす先、火を吹く塔が、ゆっくりと倒れていく。衝撃に島が揺れた。森も田も、一瞬で火の海と化す。

 燃え盛る焔の中から、青い光が飛び出す。

マキだった。

「あいつ」

 青颯はマキを睨みつけ、雷を振るおうと身構える。

「その位置からなら、お前らにも当たるぞ」

 中空から見下ろすマキが言う。冷たい目の光に反して、温かな光を纏っていた。

「あんただけを狙うんだよ。絶対外さないから」

 空が、ごろごろと唸る。マキは額に貼り付いた髪を払った。

「お前に取り合っている暇はない。私は故郷へ渡る。術士を人間にするため、反乱を起こす」

「勝手にやれよ!塔を、全てを、壊しやがって!」

 空がピカリと光った。雷が近付いている。雷電が弾けるほんの少し前に、彼女は光となって故郷の陸がある北へと駆け去った。

 青颯は舌打ちをして、標的を失くした雷を海へ落とす。高い飛沫が、炎を映して赤く光る。彼は遠くの沖へ、何度も何度も雷電を落とした。

「やめて、もう」

 凌光が肩に手を置く。

「あいつを許せるの?」

 と血走った目で振り向く。

「俺らの何十年を、一瞬で奪いやがった」

「また作ればいいよ」

「は?塔も無い苗も焼けた森も灰になる。全部なくなったんだ!」

「それでも、私たちにできることは、それしかないよ」

 凌光は静かだった。

「俺は、あいつを殺してやんないと、気が済まない」

「それはやめておきな。そうしたところで、何も戻ってこないよ」

「んじゃあこの怒りを!どうしろっていうのさ!」

 稲妻が闇を引き裂き、爆音が空を破裂させる。

「あんたの怒りを収めるために、人を殺すもんじゃない」

 と凌光は静かに青颯を圧する。

「凌光はなんとも思わないわけ」

「……思わないわけ、ないだろう」

 俯くその顔を見て、青颯はギラつかせた瞳を逸らす。

「でもだって……ああそうだ!あいつゆすらを殺した。俺たちだってもうまずい」

 冷たくなる指先は、雨のせいではない。

「……死ぬの?」

「このまま何もできなきゃね」

 彼はこめかみに拳を打ち付ける。

「ねえ、もう。なんか……」

 凌光は震える両手を見下ろす。

「まずい」

「そんなこと言わないで!言葉に食われる……」

 そう言う彼も真っ直ぐ立てずに、膝を突く。激しい雨はあらゆるものを地にねじ伏せるように、降りしきる。

「ああ……なんでこんな時に、何も思い浮かばないんだ!」

 と濡れた砂に拳を叩きつけて、横向きに倒れる。

「……こんなんで死にたくない」

 晴瀬は足先から冷たさの這い上る中、茫然としていた。

 何も打開できなかったまま、このまま、死んでしまうのか。

 またあの荒野に行けるとも、思えない。 

 凌光が疲れたように腰を下ろし、動かなくなる。

 自分を生かしてくれた人すらも、助けられない。晴瀬は冷たくなっていく身体と自己嫌悪に溺れる。

 術が多少できるようになるだけでは、自分が渡り合おうとしている世界を引っ掻くことすらもできないのだ。自力で生を掴み取ったマキ。彼女はただの人ではない。神を憑けその力を取り込み自ら振るっている。

 条件は自分も同じなのに、その力を使うことすらも考えない。

「俺は……何やってきたんだ」

 目の前で荒れ狂っているのは、海だ。それは凶暴な姿ではあったが、全てが死に転落しようとしているこの島においては、唯一生命的な力を持っているように見えた。

「お願いだ。助けてくれ。俺は……俺たちはまだ死ねないんだ」

 黒い海は答えない。それは、人を生かす海の姿ではなかった。

 晴瀬は波に殴られながら膝をつき、波打ち際に手の平を沈める。

 沖へと、術で光を伸ばす。激しくうねる波がそれを纏い、その律動の狭間に青い光を宿す。晴瀬は目を閉じ、太陽の光に溢れた海を思い出す。その光を己の底から引っ張り出して、海の光と繋げるように。

「こたえてくれ、海の神。俺は絶対に、月の女と出会ってみせるから」

 光の波を浴びる。

「できなかったら命なんかくれてやる。だから俺たちを生かしてくれ!」 

 一際高い波が、溢れんばかりの光を湛えて三人に覆いかぶさった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ