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そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
四 生活
14/89

術勝負

2021.01.09 投稿

 翌朝。

 晴瀬はマキと青颯の声に目を覚ました。

「勝負しろ」

「明日とは言ったよ。でも誰がこんな早くにって言ったのさ」

 窓の隙間から漏れてくる光は、まだかすかだった。空気もまだ冷えているところをみると、夜明け前だろう。

「夕方にして」

「そう言って逃げるつもりだろう」

「勝手に解釈してな」

「なになにどうしたの」

 と凌光の面白がる声が聞こえる。

「こいつが今から術の手合わせしろって言うんだ」

「いいじゃない」

「こんな朝早くにすることなくない」

「たまには早起きもしてみるもんさ」

 晴瀬も起き出して、戸を開ける。両手で戸を閉めようと踏ん張る青颯を、凌光が片手で止めている。

「こんなクソ眠いのに術なんて使ってられるかっての……」

 彼の手が戸から滑り、後ろ向きに倒れる。

「いった……もうどっか行けよほんとに……俺は眠いんだよ」

「それなら尚更、夕方よりも今やっておいた方がいいだろう。負けたとて口実ができるからな」

 とマキは無表情だった面に笑みを刻む。

「はあ……?今やっといた方がいいのはあんたの方だよ。俺が眠気で手加減しないと泣くことになるから。早く表出なよ」

 と怖い顔で立ち上がって、ずんずんと階段を下りて行く。

 挑発に簡単に乗ってしまうところは、見た目の通り子供っぽいなと晴瀬は思う。

 東の水平に、日輪が顔を出す。朝の浜辺は凪いで、殺伐と睨み合う二人をよそに穏やかに寄せる。

「ほれ、お弁当」

 凌光は並んで座った晴瀬に、木の箱からおにぎりを手渡した。

「中に漬物入ってるよ」

「こんなもん、いつの間に作ったんだ」

「今朝は元々、おにぎりの予定だったんだ」

 箱を見れば、まだ二つ残っている。

 青颯がマキを睨んだそのままの目で、こちらを見る。

「何食ってんの」

「おにぎりだよ」

 凌光の間抜けた声に、晴瀬は思わず吹き出す。

「あったま来る……」

 とずんずん近寄って、箱の中からおにぎりをひったくり大口を開けて食べ始める。

「今日はむしゃむしゃよく食べるねえ……もしかして緊張してるの?」

「うるっさいな、んなわけないじゃん」

 あっという間に食べ終わった彼は、元の場所に戻る。

「準備はもう済んだか?負けるための勝負に挑むには覚悟も要るだろう。時間はいくらでもやる」

「なんであんたは勝てるつもりでいるわけ?」

「マキから挑んだのに随分上からだねえ」

 凌光がぼそりと呟く。

「いつもの青颯ならそう言い返しそうだな」

「ふふ。あいつ朝は相当機嫌悪いからね」

「……そういや、勝ち負けはどうやって決めるつもりなんだ」

「たしかに。おーい。どうなった方が勝ちなの?」

 二人は揃って「相手に負けを認めさせた方が」と答える。

「こわいなあ。もっと穏やかにできないの」

「穏やかな勝負なんて勝負じゃないでしょ」

 二人は合図をするでもなく同時に身構える。マキは先手必勝とばかりに大きな鳥の炎を頭上に現す。息苦しくなる熱と光が辺りを包んだ。火の鳥は明けたばかりの空を旋回し、青颯へと急降下する。

 彼はそれを一睨みし、巨大な水塊を出現させて、指さしたそれを空に上げる。火と水が相殺され、火の鳥の断末魔のような声と共に真っ白な水蒸気が辺りを飲んだ。

 観客の二人は熱を帯びた水蒸気を手で払う。靄が晴れたとき、勝負をする二人は既に術をぶつけ合っていた。

 晴瀬は意識を凝らし、沖を読む。その動きは速すぎて、鮮明に捉えられない。分かる所から明らかにしようと、晴瀬はもう少し遠目から見るように全体を捉える。ひたすらに攻めるマキの方が、沖の量は圧倒的に多かった。それを直接的にぶつけるように、術で少年に殴りかかっている。対する青颯は沖を細かに操り、マキの術をいなしていた。最小限の動きで、マキの隙を伺っては彼女にひやりとするような攻撃を与えている。

「どっちが勝つと思う?」

 凌光がハラハラした顔で聞く。

「分かんねえなあ……」

 術士としては、青颯の方が何枚も上手だろう。しかしマキの闘争にかける姿勢が、不意にその差を超えそうでもある。彼女の顔は見たことも無いほど生き生きしていた。

 マキは突然間合いを取る。闇の槍を手にし、目にもとまらぬ速さで彼に突き込んだ。不意打ちに驚いた青颯は、転ぶようにしてなんとか避ける。

「武術は反則でしょ」

 と言いながら手の平をマキに向かって突き上げる。一直線に彼を目指していた切っ先が曲がり、マキはピタリと動きを止める。彼女の鼻先に、鋭利な黒が迫っていた。

「負けを認めな。でないとそのままぶっ刺すよ」

 マキは乗っ取られた闇の沖を離して飛びのく。青颯は闇を伸ばしていくつもの槍の先端を作り出し彼女に向ける。

「ほら、死ぬ前に降参しなよ」

 しかし彼女は余裕の顔を崩さない。青颯は突如口を塞がれる。背後から水塊が、彼の口をとらえていた。青颯が気を逸らした隙に闇をそっくり乗っ取り返し、切っ先を彼の方に向ける。水を飲みまくる青颯は砂浜に膝を突いた。マキは水塊を彼の眼に移動させる。痩せた身体を震わせ、青颯が激しく咳込む。

「溺れたいか、串刺しになりたいか、選べ。それとも敗北を認めるか」

「た、んじゅんな術で俺を殺れると思うな」

 彼の言葉と共に、闇も水も、跡形もなく消える。

 空気がビリビリと波立っているのが、術士でない凌光にも分かった。晴瀬は目を細める。青颯の沖が明らかに変質していた。沖の量が一気に増える。そしてそれは、マキの沖に酷似していた。

 青颯を中心に、風が渦を巻く。砂や潮が巻き上げられ、嵐のような様相を呈する。二人は岩の階段に避難し、浜を覗く。

「ちょっとまずくねえか」

「面白いもんだと思ってたのにねえ……殺し合いみたいな雰囲気になってきたよ」

 砂嵐のせいで、どうなっているのかはっきりと見えない。晴瀬は目を瞑り、必死に読沖する。大きな風のうねりの中で、小さな沖が対抗しているのが分かる。マキが何かの術で己を守っているようだった。青颯が風ではない……おそらく闇の刃で彼女の小さな沖を引き剥がそうとする。彼女は頑として耐えているが、次第に後退っていく。

 これにはマキも防戦一方だろうか。晴瀬がそう思った直後、彼女の沖が跳び上がった。

「あれ!」

 と凌光が指さす先、砂に紛れても見て取れる。マキが炎を踏んでいた。

「熱くないの」

 晴瀬も理解ができず「分かんねえ」と首を横に振る。

 彼女は風が及ばないほど高くに飛び上がり、竜巻の中心へと落ちていく。すると渦は止み、代わりにギュッと集まった瞬間一気にマキへと解き放たれ、彼女を遠くへと吹き飛ばす。

「あいつ危な」

 しかしマキは炎を操り、中空で体勢を立て直す。二人が走って浜辺に戻ると、彼女もゆっくりと宙を下って砂に降り立つ。その身体には、細かなかすり傷が無数に走っていた。

「あの大技でこの程度か」

 頬の血を指で拭ってマキは笑う。

「なんでマキは怪我してるの?もしかして砂のせい?」

 それにしては、鋭利なもので裂かれたような傷になっている。

「分かんねえけど……風に刃の性質を持たせてたんじゃねえかな。闇とかを混ぜて」

「そうなんだ……とりあえず青颯が危ないってことね」

「ああ、なんかおかしいな」

 どうにも、冷静さに欠けている。いつものように言い返したりはせず、今にも唸り声を上げそうな顔でマキを睨んでいた。

「あいつ朝は本当にダメで……元々負けん気が強いけど、それがモロに出て感情で走る……んだけど、なんか、おかしい。そういう感じでもない」

 彼の沖の量が変わることそれ自体が、異常なことだった。その人の持つ沖の量が増えることはあり得ないのだ。多少の増減はあるものの、体内の水分と同じで、瞬時に樽一つ分を蓄えることなどできない。

そしてその沖が、マキと似ている。となると……?

「あ」

 晴瀬は膝を打つ。

「憑いてる神の沖か」

「はい?」

「二人とも、神が憑いてるだろ。それが自分の中に侵入してきてるんだ。マキはどうか知らねえけど、青颯は普段は身体の外にある神の沖が、中に入ってきてる」

「それまずいの?青颯は雷使ったりするけど、んでそれは神の力を借りてるって言ってるけど、あんなんなることはないよ」

「今は、自覚が無いのかもしれないな。神に乗っ取られてる……みたいな感じだろ」

 マキの余裕は、それに自覚が伴っているからだろう。むしろ、彼女自らが意識的に行っているのだろうか。青颯の瞳の色が、心なしか猫のような金に変わっているように見えた。

「来ないなら私からいくぞ」

 とマキが灼熱の炎を宙に躍らせる。青颯の周りには、青白い幾条もの光が走っていた。

「雷か……!」

「ねえあれはまずいよね」

 互いに決定的な傷を与えることしか考えていない。

「おい!二人とももう止めな!」

 晴瀬の背中に冷や汗が伝う。凌光が大声で叫んでも、二人はピクリとも反応しない。そして徐に、二人は腕を振り上げる。それを振り下ろすと同時に、あの術が身を襲うのだ。なんとかしないと大変なことになるのは目に見ている。凌光がどんな言葉を放っても駄目だった。炎の荒れ狂う音、雷の爆ぜる音は益々高まっていく。身の毛のよだつ光景と音に、晴瀬は自分と凌光の身をどう守るかということが脳内を占め始める。二人が、その腕を振り下ろした。

「そうだ!」

 と凌光が振り返った。

「あんたの光で、目を眩ませれば」

 晴瀬はハッとして瞠目する。「目を守ってろよ」と言い終わらぬ内に目を瞑り、手の平に光の球を弾けさせる。すると激しい音は静かになり、潮騒だけが残った。

 光を収めて目を開けると、砂浜の二人は揃って目を押さえていた。驚きにたじろいでいるが、すぐに腕を振り上げ術を使い始めようとする青颯の頭を、凌光が小突く。

「もうやめなさいよ!誰が殺すまで闘おうとしてるの!」

「いったいな!邪魔しないでよ!」

 と言い返す彼に、凌光はほっとして彼の頭を抱く。

「ああ良かったよどうなったかと思ったよ」

「死ぬ死ぬ死ぬ」

 彼女の力の強さに暴れてもがく。

 マキもその会話を耳にしてなのか、それ以上を続けようとはしなかった。二人は視界が開けるのを待ち、睨み合う。

「今日はここまでにしてやろう。なかなか面白かった」

 満足そうに笑う。

「次は絶対泣かしてやるんだから」

 青颯は凌光の腕の中で喚いた。

「マキ、あんた消毒した方がいいから、塔においで。ちょっとの傷でも膿んだら面倒だよ」

 彼女は案外素直に頷いた。

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