第3話【鬼】
修羅界に通ずる門を前に星熊勇儀は悠然と歩き続ける。
周囲からは悲鳴や断末魔も聞こえたが彼女は足を止める事なく、右手をゴキゴキと鳴らせて進む。
そんな勇儀の前に修羅の門から鎧姿の人間の群れが迫る。
「私達は幻想郷の嫌われ者だ。
今更、切った張ったで驚く事でもないさ」
勇儀は誰に囁くでもなく、独り呟くと斬りかかって来た鎧姿の人間の刀を無防備に晒したその身体で受け止めた。
次の瞬間、勇儀に斬りかかった人間の後方で音がする。
人間は振り返らない。
ーー否、振り返れなかった。
何故なら見なくても結果が見えているからである。
「修羅に堕ちた人間ってのはこの程度かい?」
折れた刀を凝視する人間の頭部に拳を叩き込み、その衝撃で粉砕された脳髄や目玉を撒き散らせ、転がる遺体の皮切りに勇儀は自身に降りかかる修羅に堕ちた人間達を肉片にしながら進んで行く。
逃げようとする者は追わなかった。
ーーいや、追う必要がない。
彼女が取り零した修羅の人間達は後方に潜む闇に喰われる。
つまり、戦おうが逃げようが、修羅に堕ちた人間の死の運命は変わらない。
そんな風に歩みを止めぬ勇儀に横一列に並ぶ火縄銃を手にした兵士が身構える。
そして、それが一斉に発射され、味方ごと勇儀に弾丸の雨が降り注ぐ。
だが、勇儀を倒すには至らなかった。
「ぬるいねぇ。武器に頼り過ぎて腕が鈍ったんじゃないかい、人間?」
勇儀は鉛弾を埃でもついたかのようにパンパンと左手で払う。
その足元には金属音を響かせながらひしゃげた弾丸が落ちる。
ここまでされたら逃げる手がないが、逆に云えば、これ程の妖怪を討ったとならば、修羅界でもかなりの地位を約束されるだろう。
修羅に身を委ねる者はそんな人を斬る事を糧にのしあがって来た人間が堕ちる地獄である。
故に骨の髄まで修羅に染まった人間には勇儀が築き上げられた金の山に見えた。
そして、そんな彼女を屈服させたいと云う支配欲も・・・。
故に一部を除いて人間達は止まらない。
そして、肉片となった人間の遺体は新たな修羅に堕ちた人間の霊が宿り、再び戦闘を再開する。
「良かったよ。弱い者いじめは嫌いなんでね」
勇儀はニタリと笑うと修羅の人間達を肉片も残らぬ力で粉砕し、逃げる者以外を除いて全て排除して行く。
あとには勇儀がばら蒔いた肉の欠片と血の海が残される。
そんな血の海を眺めながら、童程の小柄な鬼である伊吹萃香は人間だった肉の欠片を一口摘まんでムシャムシャと口の中で味わい、ゴクリとそれを飲み込む。
「やっぱり、私も鬼だね。天下の銘酒を飲み干もうと人間の肉の味は忘れてないようだ」
萃香はそう呟くと瓢箪に入った酒を飲み、勇儀の後を追う。
「さて、私もかつて、人間が恐れた鬼だってところを見せないとね?」
萃香は口元についた人間の血をペロリと舐め、その童顔に似合わぬ獰猛な笑みを浮かべると勇儀と同様に誰に囁くでもなく、独り呟く。