レオナルド、護衛騎士やめるってよ
一日に一回、陛下は忙しい公務の合間を縫って中庭を散策される。
それに同行し、安全をお守りするのも、女王の護衛騎士である俺の大切な仕事だった。
多くの場合は午後。
むせ返りそうな程の粉白粉で顔面をデコった貴族の令嬢たちが、『このマカロン、〇〇国から特別に取り寄せたんですの』とかほざきながら紅茶をすすっている時間帯。
あの婦女子達は、結婚後どうするのだろう。
夫となる相手に、いつ、どのタイミングで素顔を晒すのか。
貴族間の婚姻は、利権問題が必ず絡んでいるから、婚約者のすっぴんが不細工だという程度では、破談になる事はないのだろうが。
全力を投じた顔しか知らない男達の中には、騙された、と肩を落とす者も少なくはなかろう。
「そういう点でも、陛下は尊いお方です。陛下ほどすっぴんが美しい女性を、私は知りません」
「……ねえ待って。どうして私の素顔を知ってるの?」
咲き乱れる花々の間を、ゆっくりと歩まれる陛下のお背中に向かってお声をお掛けした所、返ってきたのは鋭い眼光だった。
「先日、陛下がお休みになられている際に、お部屋の中から物音がすると近衛兵から報告を受けまして、失礼させて頂いたのです」
「わ、私が眠っている間に、勝手に部屋に入ってきたということ!?」
「ご安心を! お体には一切触れておりません! 夜露に濡れる百合のようにしなやかな肢体に、獣のようにまたがりたい衝動に駆られましたが……鍛え抜いた精神力で自制致しました!」
「当然です!」
髪の毛と同じ金色の眉を吊り上げて、ぷりぷりと怒る陛下は、一層愛らし……いや、もうそんな風に思ってはいけないのだ。
「そんな事より……本気なのですか? 護衛騎士の職を辞したいというのは?」
「はい。これから、騎士団長に異動の希望を出す所存です。陛下のご信任を賜っておきながら……申し訳ありません」
「……辞めるのは、私が男だから? 昨日、あなたに真実を打ち明けてしまったから?」
そう、どこか悲し気に微笑む陛下。
「狭量な私をお許し下さい。男でも何とかならないものかと……昨夜、男色専門の店を訪れてみたのですが……やはり私には受け入れがたい世界で……」
「ああ、そういうエネルギーがあるなら大丈夫ね。ひどく落ち込ませてしまったのではないかと、心配していたのだけれど」
心配なんて、しないでほしい。そんな優しさ、もういらない。
だって……俺への思いやりを口にする、果実のようなその唇のまわりには、朝になれば短い無精ヒゲが顔を出すのでしょう?
その姿を想像しただけで、俺の心は張り裂けそうに痛むのです。
「お心遣い、感謝申し上げます。1年という短い間でしたが、誉れある護衛騎士として陛下にお仕え出来ました事、心より――」
鈍痛が横たわる胸を押さえ、陛下に最後のご挨拶をしようと頭を垂れた時だった。
二階のバルコニーから、陛下の頭上めがけ、花瓶が落ちてきたのは。
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