お邪魔します
魔王城に人間が訪れたのは何百年ぶりのことか。
門番の話によれば、ソイツは何処からともなく現れ、門の前にいたという。
忘れかけた記憶を思い出すため参謀役である老ガーゴイルに対し、
「我が魔王城に辿り着くためのルートは幾つ存在する」
「陸海空地、全ルートに配置された四天王の誰かを倒すほか、道はございませぬ」
「ならば、その内の誰かが倒されたということか?」
「いえ、確認したところ誰かが通過した形跡は無いとのこと」
「クククッ、ソイツは何か特殊な力を持っているというわけだな」
昨今、人間どもに不穏な動きがあるとの報告が入っている。
勇者復活の儀。
我を討ち滅ぼすことが可能な唯一の存在。
その復活を企てる動きがあると部下の報告から聞き及んでいた。
つまり、勇者不在の今、我が宿敵でない何かが接触して来たということになる。
実に面白い。
「早急に四天王を呼び戻せ。そして、客人を我が前に案内しろ」
「御意」
「もう来てるので大丈夫です。お邪魔しますね」
「!?」
玉座の前に佇む謎の女。
何の気配も感じさせず、我が前に立つとは何者だ。
いや、我が油断していたに違いない。
数百年の間、人界に赴くことは無かった。
何故なら、脆弱な人間どもに脅威を感じることが無かったからだ。
勘が鈍ったか。
魔王城に訪れたということは相応の実力者なのであろう。
この女を我が力の錆落としに利用するとしようか。
「貴様、何のためにこの場所に訪れた?」
「すみません、時間が無いのです。早急に私とお手合わせ願いませんか?」
「やはり、我を倒すためにこの地を訪れたのだな」
「そんな物騒な考えで訪問したのではないです。貴方の実力が知りたいだけです」
「無礼な物言いだ。気が変わった。その尊大な態度、我が相手をするまでもない」
女の四方を囲むように最強の下僕達が出現する。
我が魔王軍最強の四天王。
最強の剛腕は一振りで国をも砕く。陸の守護神、巨神ヴェルナザード。
海竜をも沈ませる水を操る貴公子。海の守護神、魚人ラグシーナリト
空を裂く雷光は全てを焼き尽くす。空の守護神、翼竜フォーザラグナ。
大地に眠りし邪悪なレイス達の長。地の守護神、妖魔アンランテポブ。
「一斉に掛かり嬲り殺せ。手心は要らん」
命令に従い、己の持つ必殺技を一斉に繰り出す四天王達。
これでは、肉塊も残るまい。
それは一瞬の出来事。
四天王達が肉塊も残さず、この世から消え去った。
我との繋がりが絶たれたのだ。
「スライムみたいな雑魚を相手にしてる暇はないのです! 早く魔王様が相手を!」
す、スライム?
我の最強の手下達を最弱モンスター呼ばわりだと。
側にいた老ガーゴイルが膝をつきながら、
「魔王軍の最大戦力である四天王様がいとも簡単に……」
「えっ? 四天王だったんですか? す、すみません、勘違いで倒しちゃいました」
瞬殺だったというのに頭を抱えて蹲る女。
またドジを踏んだ、と言っているが何に対しての失敗だというのだ?
此奴は危険だ。
早急に息の根を止める必要がある。
最速の動きを以って、女の背後へ。
小細工は無用。
我が魔力の全てを使用した極大魔法でケリをつける。
「グラヴィディイイイイイイ・ダークブルァァァストウォォォォ!!!!」
女の背中に暗黒の魔力が直撃する。
終わりだ。
我のグラヴィディ・ダークブラストは肉体はおろか、魂を貪る……、何だ?
黒の力に覆われる中、女が何やらモゾモゾと動いている。
右手にペン、左手に羊皮紙。
書いている?
我の全力を受けて、メモを取っているだとおおおおぉぉぉぉ!
ペンを顎に当て、何やら考える仕草。
納得したという様に、左手で軽く極大魔法を掻き消す。
「わ、わわ、我の最強、ま、ままま、魔法が……」
「有難うございます。かなり、参考になりました」
「な、何をしていたんだ、貴様……」
「ちょっと、情報をと思いまして……。大丈夫です、手加減して作りますんで」
悪気のない無垢な笑顔で我に語り掛けてくる。
何を?
何を手加減して作るというのだ?
すごく、怖いんですけど!!
生まれて初めて感じた恐怖。
「では、失礼しますね」
丁寧に頭を下げた後、窓を開け飛び立っていく謎の女。
信じられぬ。
時間にすればほんの僅かな時。
それだけで、魔王軍半分以上の戦力が削られたことになる。
そして、謎の言葉。
"手加減して作る"。
人族の女であることは確かだ。
あの特記戦力に加えて、恐らく勇者も仲間として追加される筈だ。
勝てるか、いや無理だ。
少しの手合わせで分かった。
我が何千年努力しても、あの領域には近付けん。
人族へ戦争を仕掛けるのはあまりにも無謀。
参謀の老ガーゴイルに対して一言だけ告げる。
「今日で魔王軍は解散だ……」
勝てぬ戦に部下を巻き込むのは愚の骨頂。
初めてだな、このような気分は。
逆に清々しい気分でもある。
もう二度と人族に手を出すことは止めよう。
願わくば、我を超える魔王が出現することを祈るのみだ。