片思いの案件 後編
次の日、僕たちはお店にみんなで集まっていた。
「まさかあんなにトントン拍子に進むとは思ってなかった。このまま放っておいてもくっつくんじゃないか?」
「んー…とりあえずその試合もついていこう。ボン君予定は空いてる?」
「はい。その日なら空いてます。」
「じゃあ行ってきてくれるかな。」
僕は依頼人の様子見をしたことがないので経験という意味でも行ってきてほしいらしい。こちらとしても興味はあるので是非、と言おうとしたところ
「はいはい!私も行く!」
あーちゃんが口を挟んできた。
「え、でも日中寝てるんじゃ…」
「起きるもん!おにいだけじゃ心配だし」
新人だからあたりまえだが、さらっと貶されて地味に傷ついた。しかし一人で行くよりは誰かいたほうが心強いか、と気持ちを切り替えてその日を待った。
あーちゃんは生活リズムを少しでも変えるために頑張っているようだった。時々日中にも仕事はするので慣れているとは言っていたものの、少し体が心配になった。
練習試合当日。快晴で程よく暖かかった。あーちゃんはすでに起きていた。いつも見るとワンピース姿なのに、今日は白いトップスにジーンズ、そしてグレーのカーディガンを羽織っており、新鮮で少しドキリとしてしまった。僕も着替えて出発しようと声をかけると、トップスに引っかけていたピンク色のサングラスをかけ、さらには日傘まで持っている。彼女の容姿でそれを身に着けると、休日の芸能人みたいに見えてしまう。隣にいることに居心地の悪さを感じた。
「私、吸血鬼の末裔だから。太陽の光浴びちゃダメなの」
「…」
「ちょっとおにい!なんか言ってよ。気まずいじゃない!」
ははっと乾いた笑いが零れる。ちょっと本気にしてしまったことは内緒にしておこう。
そんな会話をしていると、目的に辿り着いていた。
練習試合が催されている体育館に入ると、もう試合が始まろうとしていた。
二階の観覧スペースに行くと、そこそこ人がいる。その中に水無月さんの姿もある。
あーちゃんはこそこそっと近づき、何かを伝えた後こちらに戻ってきた。
「どうした?」
「アドバイスしてきた。応援して存在感アピールしなって。多分、浅岡くんファンいるっぽいし」
そうして試合が始まる。バスケのルールはよく分からないがとりあえず水無月さんの様子を見つつ試合を観覧する。彼が活躍する度に、ファンであろう人たちの歓声が一際響く。
「すごいねぇ…真央ちゃん大丈夫かな」
「あれには負けるよなぁ…」
水無月さんは、ファンの人たちを気にしつつ試合をじっと見ていた。時折がんばれと声をかけているが歓声にかき消されている。
そして試合は終了してしまった。前半は相手チームが押していたものの、後半に巻き返しを見せて浅岡くんたちのチームが勝っていた。
彼らに拍手を送った後、水無月さんはとぼとぼとその場を後にする。
僕はあーちゃんに言われ、二人で隠れながらその後をついていく。
「水無月さん!」
名を呼んで水無月さんのもとに走り寄ってきたのは、他でもない浅岡くんだった。あーちゃんは隣で嬉しそうにキャーキャー楽しそうにはしゃいでいる。まるで自分のことのように喜んでいる姿に少し感心してしまう。
「来てくれてありがとう」
「あ…あの、お疲れ様でした。見ていてすごく楽しかったです。」
突然のことで驚いたのか、水無月さんはかなり顔を赤らめて俯いている。
「よかった。応援してくれてたのちゃんと聞こえてたから、来てくれたんだと思って慌てて追いかけてきちゃった」
少し照れたように彼がはにかむ。そしてじゃあ、と行こうとしたその時だった。
「あ、あの!」
「ん?」
先程よりもさらに真っ赤にして、しかし俯かずにしっかり彼のほうを見ている。
「ずっとかっこいいなって思ってて…この間の勉強会とか今日の試合とかで少し関わっただけだからどうかなって思うかもしれないけど…私、浅岡君のこと好きです。」
その言葉を言い終えて、また俯いてしまう。浅岡君はというと、少し顔が赤い気がする。
僕たちの心臓は早鐘を打っていた。返事は―――
「ごめん…あの、俺」
ハッと顔をあげる水無月さんから、動揺が見て取れる。そして目を泳がせて「すみませんでした」と小さく呟き、すぐに走って行ってしまった。
「追いかけるよおにい!」
あーちゃんは即座に立ち上がって走り出す。僕も慌てて追いかける。
すぐさま追いつき、あーちゃんが彼女の腕を掴んだ。水無月さんは、涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
「あの、私、振られて…ごめんなさい…」
「謝ることないよ。よく頑張ったよ」
「…私、期待しちゃって。私なんかが釣り合うわけないのに…おこがましいですよね。もう、諦めます。ありがとうございました。」
そういって彼女は立ち去ってしまった。僕たちはどうしていいかわからず、立ちつくすしかなかった。
*****
S高校に、見慣れぬ人影があった。艶やかな黒髪に指定の制服姿の彼女は一見すれば普通の高校生だが、ピンク色のサングラスをしているために少々不審である。
紛れもなくあーちゃんなのだが、なぜここにいるのかというと先日の一件である。
依頼人、水無月真央は想い人である浅岡コウに告白するものの玉砕。もう諦めるという彼女の言葉に従いこの依頼は失敗ということで依頼料もとらないとの店長の指示だったが、あんなに頑張っていた彼女の恋が叶えられないと知るや否や、こうして勝手に潜入していたのである。
姿を隠すように陰から様子を伺っていると、目的の人物がようやく現れた。
「浅岡コウさんですよね?」
「はい…えっと君は?」
「私、水無月真央さんの友人です。先日告白したところ振られたということで理由を」
「違うんです!」
「え?」
はぁ、と一つ溜息が零れた。水無月真央は図書室に一人、本も読まずに座っていた。
理由は浅岡コウを避けているからである。告白してからというものの、なぜだか彼の視線が気になるのだ。時折見計らって声をかけてくるようなそぶりも見せてきて――おそらく彼は優しいから気まずくならないようにしてくれているのだろう――しかし気まずさからか反射的に避けてしまっていた。休み時間ごとに教室を離れ、放課後は急いで帰るふりをして図書室で時間を潰した後帰る。こんなことなら告白なんてしなければよかったのかなと思っていると、ふいに視界が陰った。顔を上げると、そこにはあーちゃんと名乗っていた、ボヌールの女の子がいた。
「うわぁ!」
「ごめん驚かせちゃった?」
「い、いえ…どうしたんですか?」
「えっと…別の依頼人がこの学校にいるから潜入してるんだ。」
意外と身近にも依頼する人はいるんだな、と少し驚いた。勝手に繁盛してなさそう、とか思ってしまって少し申し訳ない。
「依頼人と待ち合わせてるんだけど、時間まで暇なんだよね。真央ちゃん暇だったらちょっとお話ししない?」
あーちゃんの笑顔は破壊的だった。この子に誘われて断る人なんかいないだろうというくらいに可愛すぎる。水無月はつい承諾してしまい、気軽に話が出来る場所として空き教室に向かった。
そこで話をしてから三十分以上経っただろう頃。
「あの、時間は大丈夫なんですか?もう結構経つと思うんですけど…」
あーちゃんは、腕時計を見やると「あと少しでくるよ」と言った。ここに来るなら自分は出ていったほうがいいのでは、と立ち上がろうとするとガラッとドアが開く音が聞こえた。そこには、浅岡コウがいた。
「え…」
とっさに逃げようとするが、なぜかあーちゃんの姿がないことに気が付き、訳が分からなくなって慌てふためいていると浅岡くんが言葉を発した。
「水無月さん待って。話を聞いてほしい。」
そちらに顔を向けぬまま俯いていると、彼が近づいてきてこちら側に回り込んだ。水無月は何を言われるんだろう、怖い…と地面を凝視するよりほかなかった。
「顔を上げてくれない?」
なぜ?と思ったが、どうしても顔があげられない。すると顎に手が添えられ優しく顔をあげさせられる。
「なに…」
「水無月さんが好きです」
え…という言葉すら掠れて声にならなかった。夢でも見ているんじゃないかと思った。
「あの時…告白されてうれしかった。けど、そういうのって男からするものだと思ってたし、俺からしたかったから…それにあの場所には俺のファンだっていう他校のガラの悪いやつもいたから、水無月さんが目をつけられたら大変だって思ったのもあって。ごめんね、勘違いさせて。ずっと避けられてたから話しかけるタイミングもなくて。それで君の友人に協力してもらっちゃった。」
友人―――それはあーちゃんのことだ。別の依頼(咄嗟のはったり)と言っていたのは浅岡コウのことであり、この教室に彼女を時間までに呼び出してほしいという簡単なもの。
教壇の中に隠れて見守っていたあーちゃんは、無事うまくいったとの報告を店長にメールすると、そっと教室から出て行った。
*****
後日、ようやくそれが届いた。
「ん~おいし~い」
顔を綻ばせながら食べているのは、先日の賭けの勝利品である高級プリンだ。人気のために連日売り切れだったらしいが、ようやく手に入れられたらしい。優しいパソ君はメンバーの分まで用意してくれたため依頼がないにもかかわらずこうして招集された。
しかし嬉しいお届け物はプリンだけではなかった。僕にとっては初めての案件である依頼人の水無月真央から手紙が届いたのだ。
要約すれば一人一人へのお礼(長文)が記されているほか、水無月の彼氏となった浅岡君からもあーちゃんへの感謝が書かれており、初々しい様子の二人の写真も同封されていた。それと共に菓子折りも届いたのであーちゃんはご満悦そうだ。
僕は何をしたわけではなかったが、彼女たちが幸せになったことはもとより、それにより僕たちも心なしか幸せな雰囲気に包まれていて、なんだか嬉しかった。
パソ君からもらったプリンのように、甘く甘くしかし時には苦さも含みつつも幸せな気持ちになれる彼女たちの恋を、これからも密かに応援しようと心に誓った。