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橘さんは異世界の森に神隠しに遭った模様です  作者: 雪待
【第一章】橘さん異世界の森に立つ!
1/9

【第一話】橘さんは森で迷子になってしまったようです

8/27(月)第一話を大幅に加筆修正しました。

異世界転移前の日常描写はちょっと必要だったかなぁと言う不満がありましたので、文字数が倍の8980文字になってしまいました

001




 夜が明けたばかりの陽の光はまだ低く、朝もやが(ただ)う登山道を(あけみ)は歩いていた。


 ベージュ色のつば付き帽子を被り、ほっそりとしたからだに薄緑の長袖シャツを羽織り、タンカラーの長ズボンに革製のトレッキングシューズという格好は、初夏向けの登山定番コーデといったところか。 背負ったサンドイエローのリュックサックには寝袋(シェラフ)とトレッキングポールが括り付けられている。



 朱は黄金週間(ゴールデンウィーク)の五日間を使い、この山へ登山をかねて山小屋のお手伝いのアルバイトをするためにやってきたのだ。


 右手首に巻いたGショックを見ると時刻はまもなく午前七時。初心者でも歩きやすい登山ルートが混雑する時間には、まだ早いためか朱以外に人の姿は無い。


 山小屋へ到着するには早すぎる時刻だが、道中の沢で魚を釣り上げて山小屋の管理人夫婦へのおみやげにしようと思って、早めに旅館を出たのだ。


 このペースだと昼前に沢に到着できる。お昼ごはんは旅館でもらったおにぎりがあるが、釣りあげたイワナをおかずにしたいと思っていた。





 歩きだしてそろそろ二時間近くになるので、登山道わきにある石製のベンチで休憩することにした。


 リュックを肩から降ろし、足場が悪い沢までの道のりにそなえ、リュックにしばりつけていたトレッキングポールをベンチに立てかけ、サイドポケットからペットボトルのお茶を取り出し一息入れる。


 ベンチは(くすのき)の木の根本に設置されており、初夏の朝日を(さえぎ)り朱に木陰を提供してくれる。


「ん〜!」っとベンチの上で背伸びをして肩をほぐし、帽子を取る


 朱のくせが強く襟元で外にはねるショートカットの髪の毛は、淡いブラウンで木漏れ日を受け天使の輪っかが出来ていた。朝日を受けた淡い褐色(ヘーゼル)の瞳は薄緑色に輝き、白磁の様な肌は久しぶりの山歩きで薔薇(バラ)色に上気し、目元から鼻すじに散らばるそばかすは汗に濡れキラキラと輝いている。こぶりな唇といいその姿は人形の様に美しかった。


 この日本人離れした容姿の少女の名は、(たちばな)・カミュ・(あけみ)という。


 彼女の父母は生粋の日本人だが、スウェーデン系フランス人の祖母の血筋を強く受け継いだクォーターである。おなじく祖母の血筋をくっきりと受け継いだ二つ上の姉と、街へ出かけると西欧系外国人が少ない地方都市では、かなり注目されてしまう。


 朱はお茶を飲みながら地図をひろげて、沢までの道のりを確認する。いつもは家族や友人たちと山登りをしていたので、今回の山小屋行きは、朱の人生初の単独登山なのである。歩きなれた登山道とはいえ「単独行動は常に用心するのだぞ」とお祖父ちゃん(パピー)はいつも言っていたので、確認はだいじ。



浩之(ひろゆき)ちゃんと会えるのは明日かぁ ちゃんと合流できるかなぁ?」


 予定では一緒に山小屋のバイトへ行く予定だった幼馴染の少年の名をつぶやいた。


 朱は小学校入学を機に、日本に住むお祖父ちゃん(パピー)の家に引っ越して来た。そのお向かいの家に住んでいた朱と同い年の男の子が高橋浩之(たかはしひろゆき)だ。


 三人兄弟の長男の為かとても面倒見がよく、外国暮らしが長かった朱の世話をいろいろと焼いてくれて、小学校からこの春入学した高校までずっと一緒に過ごしてきた大切な友達であり大恩人である。


 一昨日の午後、橘家のバラ園のかたすみに設けられているテラスで、お婆ちゃん(マミー)が差し入れしてくださったお茶とお菓子を、浩之ちゃんとお婆ちゃん(マミー)の三人でいただきつつ、今回の登山の話を詰めていたとき時の事を振り返った。


――――――――――――――――――――――――――――


「プルルル!プルルル!」

 浩之ちゃんは胸ポケットからスマホを取り出し通話を受けた。


「もしもし…… 母さんか、何だよ? え!? そうか、うん…… わかったよ」


 どうやら浩之ちゃんのお母様からの電話だったようだ。


「くそっ!」っと悪態をつきながらスマホを胸ポケットにしまう浩之ちゃん。


「あのな朱、俺のばあさまが夕べ怪我したみたいでさ、俺のこと呼んでるんだ。今回のアルバイトは中止か日程変更になるな。本当にすまない!」


 浩之ちゃんは頭をかきながら、申し訳なさそうにボクに謝ってきた。


「そうなの? それじゃあ仕方がないよね。ボクひとりで、おじさんの山小屋に行くことにするよ。」


 浩之ちゃんと一緒にアルバイトが出来ないのは残念だけど、今までひとりで山歩きをしたくても、心配性のお祖父ちゃん(パピー)お父さん(パパ)と一緒になって、浩之ちゃんも反対するものだから、ボクは軽めの登山ですら、ひとりで行ったことがないのだ。


「うーん。あの山小屋までのルートは何度も行っているから慣れたものだけどさぁ、お前トロいから大丈夫かよ?」


 むぅ、トロいとは心外なのですよ!


「あらヒロユキ。アケミにはワタシとアキトで、しっかりと山との付き合い方を教えたから大丈夫なのは知っているでしょう?アケミのことを心配してくれるのは嬉しいのだけれども、ワタシとアキトの事は信じてくれないのかしら?」


 お婆ちゃん(マミー)は、目を通していたバラ園の観察日誌を閉じて、浩之ちゃんに向かって、いたずらっぽく上目遣いに首をかしげ、ボクの初の単独行を支持してくれた。


「いやイネスさん、それはわかってるんだけどさぁ……」


 浩之ちゃんは、お婆ちゃん(マミー)から顔を背け赤面しつつ、ティーテーブルに人差し指をトントンしている。

 

 ボクのお婆ちゃん(マミー)は実年齢を知っても、信じられないくらい若々しい容貌のため、浩之ちゃんは初対面時に僕の親戚のお姉さん(フランジン)と勘違いしたほどだ。

 僕のお婆ちゃん(マミー)と知ったときの浩之ちゃんの驚いた顔は今でも思い出し笑いしてしまう


「美人さんにお婆ちゃんとは、とても言えねぇよ」とお婆ちゃん(マミー)の事を、レディとして扱う態度は紳士的だなぁと思うのだけど、ボクのお祖父ちゃん(パピー)に対してはジジィ呼ばわりなのはどうしてなんだろ?


 浩之ちゃんの初恋の相手が、この蜂蜜色(はちみついろ)の豊かな頭髪を巻き上げた、碧眼(へきがん)のすらっとした美女だったのは、ボクと浩之ちゃんだけの秘密だったが、お姉ちゃん(フランジン)にばらされてからはお婆ちゃん(マミー)も、時折こうやって浩之ちゃんをからかうのだ。



「なんじゃ、やっぱりここに居たか。ワシもお茶をお呼ばれしてもよいかな?」


「あっ! お祖父ちゃん(パピー)いらっしゃい! お茶入れるね!」


 バラのアーチをくぐってテラスにやって来た、ガッシリした大きなからだに白衣を羽織り、白髪に立派なヒゲを生やしたアニメや漫画に出て来そうな、THEハカセ!みたいなヒトが私のお祖父ちゃん(パピー)。頭がボサボサになって白衣はシワだらけなので、夕べは徹夜で研究室に籠もっていたのだろう。


 ボクは、脇に控えていたメイドさんの律子(りつこ)さんに手のひらで合図を送り、テラス脇のミニキッチンへ律子さんと向かい、ネルドリッパーをさっと、流しですすぎサーバーにセットする。


お祖父ちゃん(パピー)夕べも徹夜したの?頭がボサボサだよー」とお祖父ちゃん(パピー)に向かってめっ!する。


 お祖父ちゃん(パピー)は、照れくさそうにボリボリと頭をかき「そうはいってものぅ研究がおもしろいじゃろ?それにホラ、お前とおそろいじゃろ?ハハハ」と言い訳するのであった。


 むぅ、今朝もきちんとブラシしたし……

 お祖父ちゃん(パピー)の反撃に傷ついた!ボクは傷ついた!


 律子さんが挽いたコーヒー豆を手渡してきたので、お礼を言いドリッパーにトントンと入れて、ドリップポットで豆を蒸らしてふくらんだところでゆっくりと抽出する。


 律子さんに「どう?」と確認をとると「タイミングも注ぎ方も適切です。腕を上げましたね。お嬢様」とニッコリとうなずき、保温棚から出したカップを台に置いてくれたので、サーバーからカップに注ぎ、お婆ちゃん(マミー)の真正面に座ったお祖父ちゃん(パピー)へ持って行って渡した。ボクとお婆ちゃん(マミー)と浩之ちゃんの分は、律子さんがトレイでテーブルまで運んでくれた。


 ボクが淹れたコーヒーを、目をしばたたかせつつカップに口をつけるお祖父ちゃん(パピー)をじーっと見つめる。定期試験の解答用紙を、先生から受け取るときよりちょっぴり緊張する。


 「おうありがとうなぁ朱や。おいしく入っておるのぅ 律子さん、豆はなんじゃの?」


「はい、先日横須賀の倉庫で見つかった『ハワイコナ』でございます。 若旦那様が入手されたもので残り400グラムですので、しっかりとご堪能くださいまし」


 律子さんは銀縁の眼鏡をくぃっとあげ、キリリとした顔でお祖父ちゃん(パピー)にお辞儀する。


 律子さんの背筋がすっと伸びた姿はセミロングストレートの黒髪と相まって、いつ見ても綺麗だなぁと思ってる。ボクも律子さんのような素敵な大和撫子(ヤマトナデシコ)って、なれるのかなぁって……なれないよね?ボクの髪の毛くせが強すぎるもの……


 それにしてもハワイかぁ 爽やかな酸味のコーヒーの風味を口の中で味わいつつ、ビデオでしか観た事がない、美しい海岸を持つ観光で有名だった島に思いを馳せる。一度行ってみたかったけれど、ハワイ諸島は二年前に跡形も無く消滅したから現在の地図には無い。 もしかしたらこの400グラムの豆が、最後のハワイコナかもと思うと切なくなる……


「ジジィ。朱を止めてくれ……」


 浩之ちゃんちょっと待って! お祖父ちゃん(パピー)がボクの単独行を知ったら反対するに決まってるじゃないの!!

 事情を説明する浩之ちゃんに、ふむふむと頷くと空を見上げて眉間を指でもみはじめた。


 あー これお祖父ちゃん(パピー)が相当悩んでる仕草だよー 初の単独行終わったよー 浩之ちゃんなんて事してくれたんだよぅー!


 

「ほんとっウチの男性陣は、心配性ばかりなんだから! 朱だって素人って訳でもないのだし、行きたいって言っているんだから、行かせていいじゃないのっ!?」


 いつの間にかテラスに入ってきて、ボクの擁護をしてくれた勝ち気そうなつり目がちな青い目に、薄茶色の頭髪を、ポニーテールにまとめたセーラー服の少女が、ボクのお姉ちゃん(フランジン)(まどか)だ。


「うぅだってなぁ…… 最近は、異常な天候に落雷とかあるだろ?ワシは心配なんだよ」


 お祖父ちゃん(パピー)は、うぐっと言いよどむ。橘家の男性陣は、気性が激しい女性陣に弱いのだ。その証拠に普段は、「〜じゃよ」と芝居がかった口調をしてるお祖父ちゃん(パピー)が素のしゃべり方になってるよー!

 

「だーかーらー! そうやって過保護にするから、こんなぽややんな無防備な子に、なっちゃったんでしょうがー! ヒロ坊! アンタも過保護すぎんのよ!!」腕を組み仁王立ちで吠えるお姉ちゃん


「ぐっ…… 姉貴、そうはいっても朱だぞ。転けて沢に落ちて下流で発見とか、鳥を見つけて追いかけて崖から転落とか危険すぎるだろが!」


 時々、浩之ちゃんって、ボクのことなんだと思ってるんだろうと思う。ほんとひどいよね

 でも浩之ちゃんは、ガキ大将として君臨した碧眼の悪魔には逆らえない


「じゃぁ多数決! 多数決で決めたらいいんじゃないのかなぁ」とお祖父ちゃん(パピー)が微かに震える手を上げ提案してきた。


「あら、いいわね。それじゃあアケミのはじめてのひとり登山に賛成の人は手を挙げてね。」お婆ちゃん(マミー)がニィっと目を細め、にっこりと手を挙げるとお姉ちゃん(フランジン)も「当然じゃん。かわいい子には旅をさせろって言うじゃない」と手を挙げる。


「ひとりで登山とか最近の時くゲフンゲフン! お天気事情からワシは反対じゃからなっ!!」


「で、ヒロ坊アンタはどうなの? 当然どうするかは決まってるわよね?」

 お姉ちゃん(フランジン)も目をうっすらと細めて微笑む。


「ぐっ…… それは…… だけど朱だぞ何が起きるか……」

 浩之ちゃんはテーブルの上で手を組みぐぐと唸る。


「ヒロユキ。アケミを信じてあげるのも愛情ってモノじゃないかしらぁお婆ちゃん(マミー)悲しくなってきちゃうわ」


 お婆ちゃん(マミー)は涙ぐんだ目で浩之ちゃんを見つめているが、あの涙は…… 嘘だっ!!

 お婆ちゃん(マミー)が浩之ちゃんの方を向く際に、目尻をぎゅっと絞ったのをボクは確かにみた! さすが中華欧州連合に軟禁されていた際に、人民解放軍の面々を手玉にとった魔女と称されたヒトの演技力!


「うぅっ…… イネスさんにそこまでいわれちゃ仕方がねぇ…… わかった、わかったよ。そのかわり絶対に無理すんなよ!天気が悪けりゃ即撤収!天候が急に変わったら動かずビバーク(緊急避難的野営)だからな!」


 よし! 浩之ちゃんも落ちたっ!! さすがお婆ちゃん(マミー)


「ちょ、ちょっと待て待て待てーい!! 浩之っ!貴様っ裏切るつもりか!!」

 お祖父ちゃん(パピー)が、浩之ちゃんの襟を締め上げガクガクとゆすり回す。


「しょーがねーだろーがジジイ! アンタだってイネスさんと姉貴にゃ逆らえないだろがー!」

 お祖父ちゃん(パピー)は浩之ちゃんより10センチ以上も背が高くて、からだつきも格闘家並みに鍛え上げられてるから、それ以上揺すっちゃ浩之ちゃんが肉体的にも落ちてしまいそうだ。


「じゃぁ結果は決まったわねアキト、ヒロユキ」

 

 ニッコリと微笑むお婆ちゃん(マミー)に、浩之ちゃんとお祖父ちゃん(パピー)はがっくりとうなだれ、ボクのひとりでの山小屋行きは決定されたのだった。

 お父さんとお母さんはお仕事で、しばらく帰ってこられないけれど結果は、居ても居なくても変わらなかったんじゃないのかなと思う。橘家の女性陣に男性陣は絶対逆らえないのだ。


 はじめてのひとり旅に、ボクは戸惑いつつも(切符の買い方なんてすっかり忘れていた)無事に宿にたどり着き、お風呂をいただいてぼんやりしてたところへ、浩之ちゃんから電話があり、おばあさまの容態は軽い怪我で、全然かまってくれない浩之ちゃんに甘えただけだった様で「人騒がせなババァだろ?無事で清々したぜっ!明日の朝イチで追いかけるからな!」と順調ならば明日の夕方に山小屋で合流することになったのだ。


—————————————————————————



 はじめてひとりで山を歩くと、ペース配分や休憩のタイミングも、ひとりだとついつい先へ先へと、気分がはやってしまい、歩き出した最初の一時間できつくなったぁとか、いつも隣にいる浩之ちゃん達が、ボクに気を配っていたんだなぁという、気づきもあってこれはこれで、新鮮な体験が出来たと思ったのだけれども、そばに誰も居ないのはちょっと寂しいかなぁなんて思ってしまって、これじゃぁ無理言ってひとりで来た意味あるのかしらとか、思ったりしたわけで……


 いけない。ちょっと寂しい。


 ボクはスマホを取り出し、もうすぐ沢に到着するよとメール文を打ち、ベンチから見える山々を背景に自撮りした写メを添付して浩之に送信した。



 ピロロン♪


< いい景色だな。いつものベンチか。気をつけてゆけよ ∠(`・ω・´) >

 と即座に浩之ちゃんから返信が来た。いつもすぐに返信をくれるマメなところは、すごいなぁと思ってる。



< 魚釣れたら写メ送るからー (*´∀`) >

 と返信してリュックサックを背負い沢に向かうことにした。


 今回の道のりは、幼い頃から祖父母に連れられ歩いたコースで慣れたものである。


 目的地の山小屋のおじさん夫婦は、祖父母の若い頃からの友人で、朱自身幼い頃より可愛がってもらっており、アルバイトへ行くというより、久しぶりにおじさん夫婦に会える!とそれはもう楽しみにしていたのだ。



 

 あと30分くらいしたら視界がひらけて、足元に沢が見えてくるなぁと思っていたら霧が出てきた。

 天気予報と山の雲の流れから霧の発生は無いと踏んでいたが読みが甘かったようだ。


 この辺りから先は、足を滑らせると沢へ転落して、危険なので道の脇の(けやき)の木の根本で腰を下ろし、霧が収まるのを待つことにした。






————————————————————————————






 ……のだが、霧は一層深くなり陽光を遮り真っ暗になってきた。


 肌寒さを感じてきたので、リュックからレインウェアを取り出し身につけた。

 時計は11時30分と表示されている。


……天候次第では沢での釣りを諦めて山小屋へ向かうしかなさそうだ。



「おじさんたちにお土産持ってゆきたかったなぁ」


 とつぶやきつつ天候の回復を待つが霧は更に濃くなり、手を伸ばせば手のひらが見えなくなるほどであった。

 いよいよ視界は真っ暗になり、いくら慣れている登山道とはいえ、非常に不安になってきた。


 シェラフは持ってきているが、テントは持ってきていない。

 タープと銀シートはあるので最悪ここで野宿かなぁーとか、ここで野宿して浩之ちゃんを待ち構えて、びっくりさせるのもいいかしら

 とか割とどうでもいいことを考えていると、霧から甘ったるい香りが漂い朱は思わず顔を(しか)めてしまう。


 なんだろうこの匂い…


 頭の芯が締め付ける様な感覚が、じわりと広がってきて、次第にからだ全体に、ふわっとした浮遊感を覚え

 朱の意識は沈んでいった…











—————————————————————————










 朱は目を覚まし上体を起こし周囲を見る。いつの間にかうたた寝してしまった様だ。

 時計を見ると表示は12時30分。


 霧はすっかり晴れているが周囲の状況に違和感を感じた。


 リュックサックを、抱きしめて眠っていたらしいが、ここは木の根元でもない。

 眼の前にあるはずの遊歩道が消えている。


 木陰で休んでいたはずなのに、森のなかで眠っていたのもおかしな話である。

 それに欅の木に立てかけていたトレッキングポールが見当たらない。


「うー お年玉奮発して買ったのに…」


 トレッキングポールは、落として紛失する機会が非常に多い、消耗品扱いの道具である。

 しかし普段は部活動で忙しくアルバイトも両親から反対されているため、一本7800円のトレッキングポールを二本とも失ったショックは大きい。

 山小屋までのルートは朱の登攀技量(とはんぎりょう)なら、ポール無しでもなんとか辿り着けるし、ポールを探してうろつくのも、危険だろうから(いさぎ)(あきら)めることにした。


 スマホを取り出し、登山アプリを開き見ようとしたが、いつまで経っても画面が開けない。

 画面上のアンテナを見たら「圏外」の表示だった。


 そんなバカなことがあるだろうか?この山は国定公園の中とはいえ、何年も前から基地局が出来て携帯電話は使える場所のはず。


 GPSも座標が取れないので、首にぶら下げてる方位磁石(コンパス)で方角を確認すると、朱から見て左手が北を示している。


 周囲は木々で(おお)われ鬱蒼(うっそう)としてる。

 獣道(けものみち)は見当たらない。この場に朱がやってきたとしたら、多少は下ばえも折り目があるはずなのに、そういう様子は全く見受けられない。


 それに自分の足跡が周囲に全く無いのだ。


 これは何者から、ヒョイとお空からここに置いてかれたのでは?

 というありえない考えがよぎったが、かすかに右手から水っぽい匂いを感じた。



 休んでいた欅の木の根本から沢の方角は、北西の方角のはずだけど、いつの間にかこんなに違う場所へ移動したということだろうか?

 

 自分に起きている状況の異常さに、薄ら寒さをおぼえつつ水辺の方向へ、あたりを付け歩くことにした。



 森の木々は、朱が今までみたことがない黒い幹の広葉樹っぽいのやら、魚のうろこのような樹皮の針葉樹っぽいモノで、思っていたよりさほど密集していない下ばえを、慎重にかき分け進むと沢に辿(たど)り着くことが出来た。



 ここの沢は川幅が10m以上はあり、周囲と川面に長さ2〜3mくらいの、非常に角ばった岩石の柱が川下に向け斜めに林立している景観が広がっていた。


 こんな風景は朱が知っている沢では見たことがない。川幅もせいぜい5mあるかないかだ。


 ここは本当に何処なのだろう?


 登山申請は昨日、宿に泊まる前に役場で出した。

 町役場の人も朱の目立つ容姿故か、よく訪れていることを覚えていてくれたので、申請のやり取りはすんなり通ったし、もしかしたら明日以降に朱と合流できなかった浩之ちゃんが捜索(そうさく)願いを出すかもしれない。


 とにかく落ち着こう。

 ペットボトルを取り出し、お茶を飲もうと岩に腰掛けようとしたとき、ぷんと鉄臭い匂いが漂ってきたのを感じた。


「血の匂い?」


 昔、祖父と登山した時に滑落(かつらく)した人を見つけて救助した記憶がある。

 誰か怪我をした人がいるかも知れない!


 岩に足元を取られないように、匂いをたどってゆくと岩場で横たわる人影を見つけた。

 見上げれば高さ20m以上はありそうな崖の側である。

 おそらく崖から足を滑らせ転落したのではないだろうか?


 朱は、急いで倒れている人物に近づく


 うつ伏せに倒れている人は男性のようで、周囲一面にはべっとりと大量の血が流れていた。

 助からないかもしれない。という嫌な考えがよぎったが、それを振り払い駆け寄った。


 そでが抜けた藍染(あいぞ)めのような青い上着に、土木作業をしているおじさんが履いているような太もも部分がふくらんだ白いズボンを履いていて、足首まで蔓で編んだ様なサンダル履きという格好だった。


 よく見てみると右足が不自然に折れ曲がっている。

 そして身体つきが非常に大きい。朱の身長は155cmあるが、この男性は2mを超えているのではないだろうか?

 幼い頃住んでいた、リヨンのカフェのおじさんを思いだし…じゃない早く容態を確かめないといけない!


 男性の肩に手をかけ仰向けにしよう!

 こちらから見える背中と、黒くてボサボサの長い髪の毛が生えた後頭部には怪我はない様だ。


「んー! よっこらしょっ!!」


 てこの原理を使うとはいえこんなに大きな人を動かすのは大変……




 ボクは、男性の顔を見て思わず息を飲んでしまった。










 赤銅色の赤い肌の精悍な顔つきをした、男性のおでこの両端に長さ10cmはあろうかという白い立派な角が生えているのだ。










 ボクは森で鬼と、出会ってしまった。







10話程度のプロットを組んだ段階で書きたいから書いてみたという体たらくですが週に一話くらいのペースでお話を書いてゆきたいです。

結末はおおまかに決まってますが結末までのプロットは全く出来ていないのでのんびりダラダラさせていただきます。

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