君僕
君の想いに応えることは今の僕にはできない。
だからせめて……。
僕が彼女…高梨千鶴に出会ったのは高校二年生の時。
僕が飲み物を買うために廊下を歩いていた。
その時、携帯を見ながら歩いていた僕は教室から出てくる人に気づかなかった。相手も気づかなかったらしくぶつかってしまった。
ぶつかったのと驚いた拍子に僕の手から離れた携帯は、重力に従い落ちていった。
(…トンッ、カシャーン……)
「…あ。」携帯を見てぶつかった相手を見て声をかける。
「ごめんなさい、怪我はない?」
「私は大丈夫、こっちこそごめんね?携帯…。」
彼女は僕と携帯を交互に見ながら言った。
その携帯は勢いよく落ちた結果なのか、落ちどころが悪かったのか、何かに飾られた後の果物のマークを僕に向け周りには透明なキラキラしたものが多数散らばっていた。
「大丈夫、怪我するといけないからいいよ。
僕に使われるのは嫌だったんだろうね。ごめんね。」
携帯を拾おうとする彼女を止め、何かを言って教室に戻って行った彼女を気にせず、たまに画面を見るだけの携帯に謝りながら、本体を破片を拾っていく。
「手で触ったら危ないよ!これ使って!」
彼女が持っていたのは右手に剣、左手に盾…ではなく、ホーキをチリトリを使い破片を片付けてしまった。僕は破片とホーキとチリトリを片付けに再び教室に戻っていった彼女に小声で
「ありがとう」を言いバリバリに割れた携帯を片手に自販機へ向かった。
買い物が済んだところで始業のチャイムが鳴ったのを聞きトイレを済ませてから教室に戻った。焦る必要は特になかった。教室に戻っても先生は来ないことがわかっていた、そこに僕以外の生徒もいないことも。
僕は体育が嫌いなわけではないし、体を動かすことに嫌だとは思わない。ただ、団体行動が苦手で何より体育の先生が嫌いだった。
お昼を食べた後の体育の1時間を寝て過ごし、その後の授業も聞き流していた。
放課後、部活動に所属していない僕はクラスの知り合いと少し話した後別れを告げ図書室に向かう。
放課後は図書室にいることが多く一人の時間を堪能している。
だいたいいつもの時間といつも空いている窓側の席。
僕の癒しの時間が今日はやってこなかった。
図書室に入るといつもの席を見て先客ことを確認すると、方針を変える。本棚を眺め早々に退室することに決めたのだ。
(家にあった読みかけの本を読もう。)
退室する前にもう一度いつもの席を見たが先客がまだ座っていた。見たことがあるような姿だったが、特に何もすることなく退室。靴を履き替え外へと歩き出す。
正門を出たところで後ろから、「ねぇ!待って!」と声がした。聞いたことがあるような声。
僕は振り向くことなく家までの通学路に歩を進めた。
「ちょっと!ねぇ!あき君っ」と、どんどん近づいてくる声と足音と間違った名前で呼ばれた僕は振り向いた。
「やっと振り向いてくれた!はぁ〜〜っ…疲れたっ」
息をきらした様子も疲れたような顔もなく、笑顔を向けて僕に言った。
人を嫌いになるのはとても簡単で楽なものだ。
逆に、人を好きになるのはとても難しく、苦しい。
今、僕の目の前にいる人は笑顔を向けたまま僕を見つめている。その笑顔を僕は見ていられず目を背け言う。
「あきじゃない、しゅうだよ」と言い、歩き出した。
「あー、あき君じゃなくて、しゅう君、ね!名前間違えてごめんなさい!」頭を下げたであろう彼女。
「結城君があきって呼んでたからそうなのかと思っちゃって…ごめんね?」
僕についてくる彼女に返事をする。
「結城は昔からだから…大丈夫だよ、あんまり気にしてないよ。」
「良かったぁー、怒っちゃったかと思ったよー!」
いつの間にか隣を歩いている彼女は、僕を覗き込むように見て言った。
「ねぇ、途中まで一緒に帰ろ?携帯のことも謝りたいし…」
「あきちゃーーんっ、待ってぇーーっ!」
その声に彼女だけが歩くのをやめ、振り向いた。
この声に聞き覚えのある僕は一歩一歩前へ進んでいく。
「待ってってば!ハァ、一緒に帰ろうよ!」
裾を引かれたので立ち止まり声の主を見ると、こっちは息をきらし疲れたように膝に手をついていた。
そうこの男が結城、結城要。小学生の頃から良く一緒に遊んでいた唯一友達と言える奴。親同士での仲も良かったため、お互いの家を行き来していた。
「結城君…。」「ん?あれ?えっ…えっ!」僕と彼女を交互に見る結城を見て僕は思った。(絶対勘違いしてるな)と。
「あきちゃん、彼女いたのー!?知らなかった!なんで教えてけれなかったんだよー!」と僕に向かって言う結城を身を細め見ていた。
「あ、違うのね、わりーわりー。」理解してくれて何より。
「大丈夫、今日部活は?」僕は問う。
「今日はやっすみーっ!昨日一昨日って試合だったからなー。ありがたや〜っ。」手を合わせ拝む結城。
「で、彼女じゃないのは分かったけど、邪魔しちゃった感じかな?高梨…高梨千鶴さん、だったよね?」
彼女、高梨千鶴さんに言った。
「うん、合ってるよー。結城要君っ。」と笑顔答え、続ける。
「昼休みに私とぶつかってしゅう君が携帯落としちゃったの。それで割れちゃって使えなくなっちゃったみたいなんだけど、その事でちゃんと謝りたくて…。」
「携帯の事か!あきちゃんも迂闊だったね。なんでその時携帯見てたのか俺も気になるよー。」と僕に視線を向ける結城。
「時間を見ようと思ったんだよ。そこでたまたまぶつかったんだ。」と僕は答える。
「そうだったのかー。それはあきちゃんが悪いね!教室の時計を見れば良かったんだから。」と結城は笑いながら言う。
確かにそうだ。まぁ、ただ画面を眺めていただけ。なんて言ったら結城がまた心配するだろうから言わないけど…。
「そういうことだから気にしないで。僕の不注意の結果だから。」と高梨さんに言う。
「でも…。」
「大丈夫。新しい携帯は結城がくれるから。」
「そうそう、僕があきちゃんに携帯をプレゼントするから安心して!」
「いやいや、私も不注意でぶつかっちゃったんだし、ちょっとくらいなら…。」
「……大丈夫だよ。携帯が無くても生きてはいける。」
「…ごめんなさい。」
「………ねぇ?」
「ん?」「ん?」
「せっかくだし、お茶しない?」
「高梨さんも部活休みなんでしょ?これからあきちゃんと本屋行くんだけど、その近くにカフェあるから寄ってこうよ!高梨さんが良ければ、だけど。」
雰囲気が悪くなりそうな時、結城の明るい性格はありがたいが、僕らは本屋に行く約束なんてしていない。