08:11年後
それから約11年、15歳になったユウリは村で年下の子達の面倒を見ていた。
バルログの件の後の11年間の内なにかあったかと聞けばこの日何々があった、何々が出来るようになった等の日常の些細な事か、「何もなかった」と答えてくれる事だろう。しつこく聞けば「15歳の誕生日の日に前世の年齢を超えた事に気が付いたが、今生に前世の事と特に比較する事の出来るものが無かったので今一実感が沸か無かった」という事を答えてくれるかもしれないが、それくらい何事もなく平穏無事に過ごしている。
あれからダレスが見つかることはなく、カストール男爵も偽の文書について関与を否定しているので話は進んでいない。あまりにも見つからないので何処かで魔獣に襲われて喰われているのではないかと言う噂がたった事もあるが真偽不明のままである。
その調査の際に村に冒険者ギルドが立てられたが、元々村人にも対処可能な魔獣しかいない場所なのであまり依頼はなく、前々から村に来ていた冒険者が利用する程度だ。
今はフウカ指導の下、年下の子達に魔術・もしくは呪文の使い方及び戦い方を教えており、ユウリは失敗時の爆発や誤射等の万が一に備えて何時でも動けるようにしながら見守っている。
魔技を教えないのは想像がしっかり出来ていないと危険だからだ。不発に終われば良いが暴発が起こった時、ユウリのように生命力を上げていなければそれだけで死ぬ事さえあるのだ。
魔技と魔術、それから呪文とそのどれもが基本的には同じ魔法なのだが、制御方法が違うので区別するために違う名称のまま呼ばれている。また技は武器を媒介に発動する魔技であり、そのどれか一つ使えるのであれば他も練習すれば使えるはずなのだが、それを知った時、実験的に村の自警団で最も技に長けた者が魔技を使おうとした際に手元で爆発を起こしてしまい死に掛けるという出来事があった。その時は制御不能に陥った事に気付いた術者が抑え込んだことでユウリが障壁を差し込むだけの時間が出来た為、障壁を通じて伝わって来た衝撃で怪我をする程度に済んでいるがそれでもかなりの傷を負っているのだ。それより幼い子達が耐えられるとは思えないし、そもそも抑えられない為護る事も出来ないだろう。というのがその場に居た者達の見解である。
その点、魔術と呪文は間違えたり省いたりしなければ、不発以外の失敗をする事はまずないので、教える側としても非常にやりやすい。技についても同様である。
「『我が身を護る盾となれ【アースウォール】』」
年下の子ども達の前に立ったフウカが後ろを向いて呪文を唱えると、ボコッという音を立ててフウカの前に小学校の扉ほどの大きさの土の壁が出来上がった。
それを満足そうに見た後、再び子ども達の方へと向き直り「これを覚えてほしい」と言った。
初めての呪文が土の壁と地味な事に不服そうな子が多かったが、これは教え始める時に指導者たるフウカと大人達で決めた事なので仕方ないと思ってほしいとフウカは思う。ユウリもその場にいたがユウリは呪文の事を殆ど知らないのでその会話には参加していない。
【アースウォール】を教えるのは比較的安全であるという事もあるが、候補に挙がった他の呪文と違いもしもの時には身を護る盾になるという事でムニエルが推したからだ。後で話を聞いたユウリ達の同年代の子の殆どは納得しなかったが、ディスト襲撃の時やその後からは自衛をするようになったユウリを知る年上の者達からは賛同されたのだ。探索時には先に斥候役の者が道を確認してから進むのだが所詮人による索敵であり、完璧ではないので突如襲われる事がある。ユウリが使うのは魔技であり呪文ではないが、例えそれが悪あがきでしかなくとも護るべき対象がいざと言う時にやられるのを待つだけの荷物にならないというのは幾らか気が楽になるのだそうだ。
ユウリは時々不注意や悪戯で【アースウォール】によって他の子が作った土壁の上に上げられてしまった子をピョンと壁に飛び乗って助けつつ年下の子ども達の間を歩く。勿論ユウリに仕掛けて来る子も居るのだが、呪文と比べて発動速度が圧倒的に早い魔技によって抑えつけられてしまうので全て失敗に終わっている。最も、成功したところで彼らの作る土壁ではユウリは困らないのだが。
「『椅子となれ【アースウォール】』」
そんな中一人の男の子が教えられたモノとは違う詠唱文を唱えた。
ボコッと男の子の膝くらいの高さの台のような椅子が出来上がり、男の子はそこに座って「ふぅ」と息を吐いた。少し離れた所には長椅子があり休憩する事は止められていない。まだ開きがあるのでそこまで行くのが面倒臭かったのだろうと思われる。
呪文は魔術とは違い詠唱と仕様魔力量によってその効果が変化する。故に術名が同じでも違う術のようになるのだ。その事をユウリはフウカから聞いたが、その事はまだ内容を決めた時の会議に参加していた人物にしか話して居ない。にも関わらず詠唱を変えた男の子は恐らくフウカと同じ世界の転生者なのだろうと思いながらユウリは男の子を見る。
「…あんま魔法に頼ってっとゼライムにも弾かれんぞ」
そんな横着をした男の子に対しどこからかそれを見ていたモヨモトがやって来て呆れたように言う。
「そんなことあるわけないじゃん」
ゼライムは最弱の魔物である。それは小さな子ども達でも知っている常識であり、ゼライム相手に攻撃が通らないなんて事は想像できない男の子はそれを否定した。
「いやあるんだよなぁ、なぁユウリ?」
「そうなの?」
しかしそれをモヨモトが否定した事で男の子はユウリにモヨモトの言葉の真偽を問う。男の子はモヨモトが嘘を言って自分を揶揄おうとしているのではと疑うような眼だ。
「…今はちゃんと刺さるんだよ…」
それに対し話を振られたユウリはそっと目を逸らしながら答えた。
ディストの一件以来、人前でも魔技を使うようになったユウリは、力の要る事をする際に手の代わりに魔技を使う事が多々あったのだが、6歳の時、戦闘練習として戦うゼライムに対して同い年の子らが一突きでゼライムを倒したり、貫いたりとする中一人だけ木槍が刺さることすらせずにボヨンと弾かれてしまうという珍事を発生させている。元々筋力が増えにくいとされる魔人ではあるが、ユウリはそれに輪を掛けて筋力が上がりにくい日常を送っていた為だ。
一応削る程度の事は出来ていたので、その後何度も突く事でなんとか斃せているし、今現在はゼライムよりも生命力の高い猪にも傷を負わせることが出来るようになっているが、成長した現在も揶揄われる事があるのだ。
有るか無いかの質問にユウリが"今は刺さる"と答えた意味が分からず男の子はユウリを訝しむように見つめていた。それを見てモヨモトはケラケラ笑っていると彼の背後からやって来たムニエルに頭をはたかれた。
「ってぇ…何すんだよ」
「下らない事してるから」
襲撃の際子ども達の引率役だった彼らは翌年隣町にある学校で外の事を学び、その後商人になったり冒険者になったりとそれぞれの進路を決めて行く。今現在、村に居るのは村か村の周辺で仕事をしている者達である。モヨモトは村長の息子である事も理由ではあるが、2人は村の冒険者として村に戻ってきたのだ。襲撃の後から村の自警団と冒険者が情報共有し、共に活動する事もあるようになったためか2人共自警団の一員でもある。彼のパーティーにはもう一人この村の出身者が居るが今はいないようだ。
「で、なんだよ…」
「時間、こないから」
「げぇ、遅れるとおっさん煩いんだよなぁ…」
どうやら集合時間になっても来ていないモヨモトを呼びに来たようだ。おっさんとはジャレッドの事である。彼はユウリ達が産まれるよりも前から村に居る冒険者であり今は村側の人物として動いているが、小さい頃からの知り合いであるためかこの村出身の若い冒険者に対して厳しいのだ。
「教えてくれてサンキューな」
モヨモトはムニエルに礼を言うと走り出す。そんなモヨモトの背をムニエルは不服そうに見詰めた後「頑張って、ね」とユウリ達に言ってモヨモトの後を追いかけて行く。それを見送った後、男の子とユウリは元の呪文の練習と警護に戻る。その後何か問題が起こる事もなく無事教習は終わった。
◇
15歳になるまでの11年間でユウリが知ったのはこの村から最も近い街は馬車で二日かかるという事と、成長は同じ1のステータス上昇でも現在の能力値のレベルに応じて必要経験値が増えるという事だ。街は森から出てすぐの街道を左右どちらに行っても同じ日数で着くのだが、王都より街の方が若干早く着く。
10歳以降の子ども達の服は大人達に連れられて街へ行き自分達で選ぶのだが、その際にユウリはゲーム時代に気に入っていたロングスカートのワンピースに似たデザインになる服の組み合わせを発見したので、ユウリの分の服はすぐに決まった。最もゲームのキャラクターとは髪も目も色が違うし、毎日同じ服を着ていると思われるのも嫌なので、色の違う物を何着か買ってその日の気分で組み合わせている。
下着や生理用品も説明と共に一緒に買うのだが、9年間女の子として生きてきた事に加え、元々ユウリの前世では男女関係なく学校で習う事だったのであまり恥じらう事でも驚く事でもない。寧ろ男女に別れて説明を受けた事にユウリは驚いた。
ブラジャーについても前世で"着けないと激しく動いた時に痛い"と聞いていた事に加え、実際着けていないと少しずつダメージを受けるので面倒臭いと思いながらも着ける事にしている。
能力値の向上は大人達からLvが上がると上がり辛くなって行くと聞いていたにも関わらず、生命力の上昇が一向に落ちない事を疑問に思ったユウリが周囲の者達に話を聞くと、大人達はほぼ毎日同じようなダメージしか受けていない事が分かった。全く同じダメージでも生命力が高くなればその傷は浅くなり、そのうち傷にもならなくなる。ユウリは自身の体力を%でしか見ていなかったため早かったというわけだ。
魔力についても同じようで、ユウリはその事を大人達に伝えると後日、日々の訓練が厳しいものになったと自警団の男達の一部から苦情が入り、その時はユウリには関係ないと適当に聞き流したが後日子ども達の玩具や一部の日用品が重いものに変えられていたり、より魔力を消費するものになっていたりとしている事に気付いて後悔した。最も、そのおかげでユウリは猪を狩ることの出来る筋力を得たのだが。
そんなわけでユウリ達子どもを含めた村人達の能力値は11年前よりも高く、今の村の子ども達の初めての狩りはゼライムではなくハウンドドッグになっている。ハウンドドッグはゼライムよりも少し生命力が低いが、猪よりも狡猾で危険な魔獣だ。だがそれは群れで行動するためであり、単独なら最も弱い魔獣の候補に上がるほどである。何らかの理由で1匹だけになった個体が村に現れる事があるのでそれを練習台にしてしまおうという事だ。因みに猪は普通の動物であるため魔獣としては比較される事はない。
今の村の6歳以上の子ども達はユウリも含めて皆簡単な呪文なら全員が使えるのでハウンドドッグの群れであっても7匹までなら危なげなく戦う事が出来るが、5歳以下の子達を護らなければならないので3匹以下の時にしか手は出さないようにしている。勿論ユウリが魔技を使って護り続ければ10匹以上に囲まれたとしても全員無傷で斃せるだろうが、他の子達の為にならないからとあまり使わないよう大人達に厳命されている。
そんな訳でユウリは探索時は手元で遊びながらぼんやりと集団から少し離れて殿を付いていくのだ。殿を離れて歩くのは、その方が奇襲を受けた際に耐久力のあるユウリが狙われやすいからであり、もしも集団が狙われた場合には前方であるためすぐに気付く事が出来るからである。
前方でフウカ達がハウンドドッグの群れと戦っている最中に後方の草叢から飛び出してきた個体が一人の少女を押し倒し、首に噛みつこうとした寸前に障壁を差し込む事で防ぐ。その間に別の個体がユウリの首に噛みついてきたが、牙が刺さることはないのでそれを無視して少女が無事な事を確認するとただ一言「『【ファイア】』」と唱えると、ボッとユウリの目の前に大きな炎が生まれた。その炎はユウリを巻き込みハウンドドッグの体を焼き尽くすと、噛みつかれながらも微動だにしないユウリに近付いて来ていた別の個体が鼻先を燃やされ、その事に悲鳴を上げながら離れた後、再び飛び掛かって来たので口に手を突っ込み内側から両刃剣のような物を生み出し絶命させ、服が焼失したので魔技を使って代わりの服を生成する。
「…くさっ…」
「ちょっと、危ない事しないでよ!」
その後少女に組み付いていた個体が斃され、前方で行われていた戦闘が終わった後、ハウンドドッグの口に突っ込んだ事によって何となく獣臭のする血塗れの腕を嗅いでしかめっ面をしていると、自爆したのを見ていたのかフウカに注意された。
呪文は詠唱が魔法を制御しているため術名が間違っていても発動するのだが、術名だけを唱えても発動はするのだ。ただし、その場合自身で制御しなければならず、呪文の種類によっては今のユウリのように自爆する結果になる。ユウリは何ともないが、普通は大怪我をするような使い方なのだ。
「他の子が真似したらどうするのっ!」
「えぇ…自爆したのは駄目だったか…」
ユウリが自爆したのは後方から首に噛みつかれており、他に手段が無かったためでもあるが、それ以前にユウリには引き剥がす程の筋力が無いので、誰かの手を借りずに引き剥がすには対象を噛み付かれたまま斃すか何らかの方法で相手から離れて貰うしかなく、その為に自爆したのだが、後から考えると森で火の呪文を使ったのは不味かったかもしれないと反省する。
「でもそもそも私以外に噛みつかれながら呪文が使える人はいないから大丈夫だよ」
「そういう事じゃない…」
が、首に噛みつかれながら術名だけでも唱えることの出来る者は少なくともハウレルの村には居ないのでユウリは誰かが真似をする心配はしていなかった。首に噛み付かれた時点で普通は重症であり、呪文を唱えるような余裕などないのだ。ユウリが無事なのは高い生命力と魔技による鎧があるためであり、今現在魔技はユウリ以外はフウカと実験的に魔技を使った事のある男性の二人だけがユウリの前世の人々と同じくらいの範囲で扱えるだけなのだ。また、ユウリは無事だったが一緒に焼かれた服とハウンドドッグは炭化しており、それを見て恐怖していた。その事を傍で見ていた男の子が伝えるとフウカは渋々了承した。
◇
その後普段通りに公園着いた後、ユウリを含めた15歳の子ども達は急いで村に帰った。ユウリはすぐに家に帰って新しい服に着替えた。燃え尽きた服は探索時に汚れても良いよう着ていた簡素な服だったのであまり気にしていないが、魔技で作った服は硬くて着心地が悪く、ずっと着ているのは嫌だったのだ。尚、探索後の整備は村に置いてある武具を使わないのでユウリには無い。
そうでなくとも彼女は他の同い年の子達と共に街へと向かわなければならないのだ。この国での15歳は学校へと行く歳であり、数日掛けて着くような街に魔技の服で行くわけにはいかない。魔技はユウリの意思によって発動するため寝れば解けてしまうのだ。その際に全裸では不味いとユウリも理解していた。
他の子達は初めて行く学校に対し緊張や不安、それから期待を込めてソワソワとしていたが、ユウリとフウカの2人は転生者である。他の子ども達程の不安も期待もない。
着替えた後、時間までふらふらと村の中を歩いていると村長の家の裏から声のような物が聞こえてきたのでそちらへと向かう。そこにはジャレッドと村長、それから村によく来る冒険者が話をしていた。ユウリが見つけた時は話の終わり頃だったようで、ユウリが集団に近づく前に話は終わり冒険者は去って行ってしまった。
「何の話をしてたの?」
その声に振り返った村長は少し考える素振りを見せてから「ああ、ユウリちゃんの方か」と言った。ユウリとフウカは本人達が意図して作っている髪型の違いと服の趣味以外は殆ど同じ見た目と声であるため、すぐには判断が付かないのだ。
「ここ数年、各地でディストが現れているらしい」
「えっ」
ディストが現れていると聞いてユウリは驚いた。それは11年も前に突如としてこの村に現れたにも関わらず、今までは話題に上るほどは出なかったのかと言う驚きだ。
「幸いすぐに討伐されてるから被害は殆ど無いそうだが、この村にまた現れるかもしれんからな」
「外の人は強いんだねぇ…」
「何でも各地に現れたディストを斃して回っている奴がいるんだと」
この村の人々が偶々弱かっただけでこの世界の人々はディストよりも強いのかと思っていると、どうやらそうではないという事が分かった。
「どんな人なの?」
「昔話の勇者みたいな青色の鎧を着た剣士って話だな」
「アリスさんみたいな?」
昔話の勇者、というのは"破壊神と勇者"の勇者の事ではあるが、ユウリが知っている勇者は大人達が作った紙芝居の全身鎧の青い中世の騎士みたいな勇者だ。流石にそんな人物は居ないだろうとアリスを例えに出して問う。アリスが着ていた鎧は瑠璃色ではあるが、青かと聞かれれば青と答える色であるためだ。
「いや、全身鎧だ」
「…あの絵そのままの人だったんだね、勇者」
「そういう事だ。…てかあの人みたいな恰好の方が珍しいだろ…」
ディストの一件以降アリスは偶に村を訪れる為、ユウリを含めたハウレルの村人達にとっては見慣れた格好になっているが、日常の中で鎧ドレスの者を見かける事はまずない。あるとすればそれは何かお祭りの衣装かコスプレなのでその姿のまま戦う事は無いのだ。その事を思い出しユウリはそれもそうかと納得した。
「後は…スタクって男らしい事だけだな」
「かっこいいの?」
「さあな。てか興味ないだろ?」
「まあね」
ユウリが何となくで質問をするが、ジャレッドはそれに適当に答えると去って行った。
「馬車が来たぞ!」
そうしているとユウリ達が乗る予定の馬車が見えてきたことを知らせた。馬車は学校という教育機関を運営している国によって出されているので乗車賃はないが、遅れると置いて行かれてしまい徒歩で街まで行く事になるのでその知らせを受けてすぐにユウリは広場へと向かった
「あ、来た」
広場に着くとそこには既にフウカや他の子ども達以外にも二人の両親がおり、後はユウリただ一人であった。フウカに「遅い」と言われたがユウリは「間に合ったからいいかじゃないか」と返す。その後、二人は両親と話をしていると馬車が到着したので乗り込む。
ユウリは馬車に乗った後で両親に「行ってきます」と伝え、馬車は全員乗り込んだのを確認すると走り出した。