05:幼女は篭る
アリスが去ってから一週間程後、一向に減る気配を見せないゼライムと以前要請した冒険者達に村人達は頭を悩ませていた。
ゼライムは魔物である為寝る必要が無い。この世界における魔物とはその身体を動かすエネルギー全てが魔力によって行われる存在の事であり、生命体では無いからだ。ゼライムを含むスライム種はその最たる例であり、彼らはその身体さえも殆ど魔力によって構成されている。
ゼライムの役割は魔力の残滓の除去であり、生命では無い為に突如発生し昼夜問わず働き続ける彼らは、目的が達成されれば自然と居なくなるのだ。それが数週間経っても全く減らないということはつまり、先日のディストは無関係もしくは原因の一部に過ぎず、魔力溜まりを作っている原因がまだ取り除かれて居ないということでもある。
ゼライムが大量発生しているという事はそれだけ大きな魔力溜まりがあるという事であり、それを放置すれば人に害を為す魔物が生まれたり、ダンジョンと呼ばれるの周辺の地域に大きく影響を与える魔物の巣窟が発生したりとするためだ。
中でもオリジンスライムと呼ばれるゼライムよりも遥かに大きく、強い力を持ったスライムの起源とも言われる魔物が発生した場合、村はおろか森さえも消失することになる。
ゼライムを含めスライム種には元々触れたものを消化する能力を備えているのだが、生物に対しては殆ど意味を為さないゼライムとは違いオリジンスライムは体内に摂り込んだどんな物質をも6時間以内に跡形もなく消化してしまうほどに強い。
またゼライム以外のスライムには物理攻撃がスライムを飛散させるだけで何の役にも立たないので焼いて蒸発させるしかないのだが、オリジンスライムはそれさえできないほど巨大であり、再生能力も高い。その為ただ自然に居なくなる事を待つしかないのだ。
そうならない為にも一刻も早くゼライムの大量発生の原因を見つけ出し解決しなければならないのだが、稀に森の奥に生息する魔獣が村に来る事があるため戦い慣れた者が村に残っている必要がある。
ディストの襲撃によって負傷者や死亡者が多く出ているため今の村には戦える村人が少なくなっている現状、ディストを除けばこの村の自警団に所属していない大人達は熊より強い生物と戦った事が無いので基本的に自警団の大人達が対応しなければならない。
子ども達も居るがユウリやフウカのような異世界の魔法技術を持った転生者は極稀にしか居らず、またユウリの体力と二人の魔力と敏捷が高いだけで他はこの世界の標準的な4歳児の能力値であると言っても良いので戦力として期待することは出来ないだろう。
フウカの呪文による治療によって負傷する以前と同様の生活ができるほど回復した者も居るが、それは自警団の中でも比較的傷の浅かった極一部の者だけである。
村の外からの出入りがある冒険者達には元気な者達が多いのでもしもの時には頼りになるだろうとは思うが、このハウレルの村には冒険者ギルドと呼ばれる冒険者達の拠点になる施設は無いので、この村を拠点にする冒険者は偶に帰ってくるこの村の出身者しか居ない。
それ以外の外から来た者達はゼライムの大量発生と聞いてこの村に集まって来たが、未知の怪物が現れた事で「危険な調査をするのだから増額しろ」と言うばかりで何もしていない。
元々ゼライムの大量発生という異常事態に何を言っているんだという事もあるが、ディストが現れたのは彼らが来る前の2体のみであり、実際に相対していない彼らに増額するような理由もない。
彼らもずっと村に篭っているわけではなく、周辺で狩りをしたり村の仕事を手伝ったりといるので少なからずともその恩恵を受けているのだが、ゼライムや周辺の生物を手当たり次第に殺すだけ殺して放置したり夜遅くまで騒ぎ続けたりと素行の悪い者も居るので、人同士での諍いが起こりやすくなっているだけの迷惑な存在となっている。
またその事が村の治安の為に調査にあまり人員を割く事が出来ない原因の一つとなっているため、冒険者の数が増えた事で村周辺の安全性は以前よりも増したが、それ以上に問題が増えた。というのが村人達の見解であった。
◆
村の大人達が複数の問題に頭を悩ませている一方でユウリは一人魔術の練習をしていた。
魔術は村では習わず、14歳で村から出て学校に行った時に習うものなのだが、魔術はユウリが使う魔技とは違い、火を起こしたり水を出したりとできるため便利だろうと思ったためだ。
ユウリは村長の家の隣にある集会所の棚に置いてある書物や魔導具を見て独学で学び始めた。本当は呪文も覚えたいと思っていたが、大人達から質問攻めに遭っているフウカを見て今は無理だろうと考える。
ユウリはディストの一件で転生者だとバレてしまったので魔技を隠さず踏み台や物取り棒などとして日常生活の中でも使うようになっていた。
人前でも普通に使うようになった為か大人や他の子ども達に教えて欲しいと言われた事もあるがユウリは自分がそれをどうやって使っているのか考えた事もないので説明する事はできない。
ユウリにとって魔技は前世の頃から指を動かすのと同じくらい普通の事であり、扱う際に意識はしてもその原理を考える必要がないのだ。なのでユウリは初めてその質問をされた際に1時間程長考した末に出した答えが「イメージ?」というなんとも曖昧なものであり、その答えを聞いて殆どの村人は「訊いても無駄だ」と思ったのかそれ以降は村の外で活動している冒険者以外の誰からも訊かれなくなったのだ。
フウカも隠さなくなったので同じように訊かれる事があるが、ユウリが居た世界とは違い呪文はされて居たので説明に困る事はない。
呪文は、声に魔力を乗せる事で空中に魔方陣と同じ役割をする制御装置を作り出し、そこに起点となる魔力を撃ち込む事で発動する魔法である。
故にフウカが困ったのは声に魔力を乗せる方法ただ1つだけだ。彼女が居た世界でも魔力の操作は自然と出来るようになる技能だったので誰かから教わるようなものではなかったのだ。
ハウレルの村では魔法陣に対して自身の魔力を流す方法以外を教える事はない。それを一か所―喉に集めてから放出する必要がある彼女の魔法は困難に思えた。集める以前に魔法陣に触れる手と足以外の場所に魔力を流す方法が分からなかったのだ。
「これ、使えませんかね」
フウカから説明を受けた後、一体どうすれば自分達も呪文が使えるようになるのかと頭を捻る彼らの様子を見て一緒に説明を受けた村に滞在中の青年がテニスボール程の大きさの球を持って戻ってきた。彼は普段この村の周辺で採取や狩猟をしており、村の大人達と懇意にしている冒険者だ。また、ディストに襲われた冒険者のパーティメンバーでもある。
彼が目をつけたのは普段子ども達が使っている玩具に描かれた魔方陣だ。それは子ども達が魔術を使うための魔力を高める為の物であるが、まだ魔力の少ない幼い子どもが意識せずとも放出している僅かな魔力でも起動し、所有者の魔力を吸いとって魔力が流れる感覚を掴ませる為の物でもある。通常手に持って使う物に描かれるそれをスプーンやフォーク等の食器のように口元に当てる物に描いてはどうかという事だ。
効果があるかどうかは分からないがやってみようという話になり、一部を除いた村にある全ての食器にその魔法陣が描かれることになった。勿論ユウリ達の食器にもそれが描かれたので、隠れて魔技を使用していたユウリにしても襲撃以前と比べると圧倒的に魔力の一日の消費量が増えている。
それでもフウカが質問攻めに遭っているのは、呪文を唱える際の魔力操作さえできれば後は詠唱する呪文を覚えればいいだけだからだ。毎日フウカは自分の元にやってくる大人達を見てげんなりとしていた。同じような質問を複数人からされるため酷い時は1日中拘束されるので逃げ惑ったりとしている日もあるほどだ。そういった時にはリディアやジャレッド達が助けに行っている。
基本的には全く関わりのない人々が別口で追いかけているのだが、中にはグループで交代しながらであったり一人でずっと追いかけていたりとする者達も居るので、そういった者は村から追い出されたり集会所の地下にある牢屋に入れられたりする。
おかげでフウカの敏捷のステータスはたった数日のうちに目に見えて上がり、後日事情を知らない子ども達にはフウカが突然速くなったように見え驚かせていた。
双子であるため容姿が似ているユウリも追いかけられる事があるのだが、フウカとは違い魔技によって踏み台や橋を生成する事でユウリは素早く家や樹に登る事が出来、そのまま窓から家の中へと逃げ込んだり木々を伝ったりと出来るので大して苦労することなく撒く事が出来る。
ユウリ達が頻繁に追いかけられているのは2人が村人達にはない魔法を扱うためであるが、それだけではない。ディストは斃したがゼライムがまだ大量発生したまま残っているため、子ども達だけでの探索へと行けていないのだ。それはそれは常に大人達と共に居るという事であり、フウカから何としてでも聞き出したい者達から離れる事が出来ないという事も原因となっていた。
村人達全員が節度を持って行動する事が出来ればそうはならなかったのだろうが、このハウレルの村は幼少期からずっと一緒に居る者達ばかりの村だ。家族同然と言ってもいいほど親しい間柄である他の村人に対して遠慮が無い者が多い。そこに自身の欲を優先する一部の冒険者達が混ざり24時間常に狙われるというような事態に陥っているのである。
流石に家に侵入してまで聞き出そうとする者は今のところ現れてはいないが、その時は捕まって村から追放されるかフウカを含めたフェイル家の人々から手痛い反撃を受ける事になるだろう。ハウレルの村では滅多にない事ではあるが、村を襲う魔物や盗賊等が普通に居るこの世界では不法侵入で殺されても仕方ない事なので死ぬ可能性もある。また、過剰防衛による罪もないので拷問のような事をされるかもしれない。
そんな訳でここ数日間フウカにとって安全な場所というのは家の中だけになっていた。家の中で長い時間を潰す事の出来るゲーム機や小説があれば良かったのだがあいにくとそんなものはフェイル家には無い。あるのは生活の知恵や魔法陣について書かれた書物か日用品の魔導具だけだ。ユウリであればそれでも良かっただろうがフウカには物足りない。室内用の玩具もいくつかあるがそれは1時間も経たずに飽きた。
フウカは家で遊ぶよりも外で遊ぶ事が好きな少女であり、ずっと家に居るのは窮屈でつまらないのだ。だからと言って外に出れば追いかけまわされ捕まれば質問攻めに遭い一日中拘束されてしまうような追いかけっこはしたくない。なので外が晴れているにも関わらず出れない現状を恨めしそうにしながら窓の外で遊ぶ他の子ども達を見ていた。
そんな日が更に何日か続いたある日の事。コンコンコンと家の扉を叩く音がした。そのノックに「はーい」とリディアが扉を開くとそこには学校机の天板に使えそうな板とペンを持ったジャレッドと同じような板を複数枚両手で抱えている2人の男性が居た。
「フウカちゃんは居るか?」
「ええ、居ますよ」
リディアはジャレッドを玄関から入ってすぐのリビングへと案内する。
「呪文をこれに書かせてくれないか?」
ジャレッドはリディアに軽く礼をした後、フウカに自身が持っている板をペンで指し示しながらそう言った。
「それは?」
「ただの木の板だ」
木の板に文字を書くというジャレッドにフウカは不思議そうな視線を向ける。
「普通紙じゃない?」
「あんな薄いのじゃ破れるだろ?」
「何を言っているんだ?」という風にジャレッドはフウカに問い返す。そしてふとフウカは転生者といってもこの世界の常識とは違う世界からの転生者であり、知識はともかく常識に関しては殆ど見た目通りの幼子と変わらないことを思い出して、自身の胸ポケットに持っていた手帳を一ページ破り「これに書いてみろ」と言ってペンと共にフウカに渡す。
「あっ…」
紙を渡されたフウカがその紙に1本線を引こうとペンを動かすとペンを持った手に抑えられた紙はペンを動かす手の下で握りつぶすように動いてしまい、ならばと反対の手で紙を押さえ手から離れるようにペンを走らせると今度は力を入れた瞬間に紙に穴が開き、その後バリバリバリッと音を立てながらペン先に引き裂かれた。
フウカとしてはどちらにもそんな意図はなかったのだが、紙が脆くて全く書けないという事を理解しジャレッドが木の板を持ってきた理由に納得した。因みに破れた紙には始めにペンを置いた位置の点しかなく、破れた際に引かれた線は紙を置いた机に残っている。
この世界には様々な種類の紙があるのだが、薄くて軽い紙は帳簿や手紙などを書く事のある大商会や貴族間以外ではあまり普及していない。薄いものは大抵破れやすく、破れやすいものはステータスによって筋力が増強されているこの世界の人々には扱い辛いのだ。書物に使われるようなそれなりに堅い紙もあるが、不特定多数が使うならば一緒に修復や強化の魔法陣を書く事が出来るこちらの方が良いだろうという事でもある。
「これに呪文の詠唱を書けば教材になるだろ?教材があればこの村の者達が呪文を覚えられる可能性が上がるし、呪文を扱う奴が増えれば次にディストが現れた時に前よりも少ない被害で斃せるかもしれん」
「それにだ。誰もが見る事の出来る教材があれば村の奴らはそっちへ向かう。同じ内容なら訊くより読む方が確実だしな。そうなればフウカちゃんが追い回される事は減るだろ?」
ジャレッドはフウカに呪文の板書をする利点を説明をする。そこには勿論ジャレッド自身が知りたいという欲求もあっただろうがその事を態々追求する者はいない。
フウカは始めは「この人もか」とげんなりしていたが、説明を受けていくうちに外に出る度に追いかけられる現状を変えられるかも知れないと思い始め、すっかり板書に乗り気になっていた。
ジャレッドがフウカに説明を終えたタイミングでユウリ・レント・シュナのフウカを除いたフェイル家の子ども達が帰ってきた。玄関から「ただいま」という3人と「おかえりなさい」というリディアの声が聞こえる。
「…うぇ…」
いの一番に扉を開け部屋に入ったユウリは、木の板とペンをフウカに見せて何やら楽しそうな顔をしているジャレッドを見て「変なモノを見た。」というような声を上げた。家に帰ってきたら近所のおっさんが幼児に板を見せてニヤニヤしているのだ。当然だろう。だがその理由を知ると「なるほど」と納得した。
後から入って来た2人には思う事は無かったようで、人の顔を見るなり嫌そうな反応をしたユウリに対し「失礼だろ」とレントが窘めていた。
ジャレッドと共にやって来た2人は文字が書けないのでジャレッドかフウカが書くという話で進んでいたのだが、書きはじめてすぐにジャレッドの字が読めないほど汚いという事が発覚し、フウカは綺麗に文字を書くが傾きが酷いので読み辛く、リディアは話の途中で出かけてしまったのでその場で他人が読める程度には綺麗に書く事が出来るレントとシュナが書くことになった。因みにフェイル家で最も綺麗に文字を書く事が出来るのはアルトであるが、残念ながらこの時には仕事に出ており家には居なかった。
ユウリもジャレッドとフウカの2人よりは綺麗に書く事が出来るのだが、呪文は声によって発動するので発動してしまった呪文が人や家等周囲に被害を与えないよう障壁を張る必要があるので板書には参加していない。
この時作成された板書は後日、村の集会所の棚に置かれ、自警団にはその模写が貼られる事となった。これによりフウカから聞き出そうとする人物は減りフウカは以前と同じように外へと出られるようになった。最も減っただけでフウカを捕まえて聞き出そうとする者がいなくなったわけではないので時々村から追い出される冒険者の姿があるが、ユウリ達フェイル家の子ども4人を除いた子ども達が気にすることはない。
◇
更に数週間後、無意味な殺戮や他人に危害を加える行為を注意をしても繰り返す冒険者達も追い出す事にした事で素行の悪い者達が減り、徐々に平和になりつつあったある日の事。
「新種のモンスターが発見されたというのはここか?」
"モンスター"と言うのはこの世界の人類種と対話不可能な存在の総称だ。基本的には様々な種類の生物を指して使われるのだが、対象の生物が動物・魔獣・魔物どれに該当するか判明していない時にもそう呼ばれる。
「おい、このダレス様が聞いているんだ。答えろ」
「お、俺は知らねぇ!」
声を掛けられた冒険者の男はその青年の問いに答えると慌てて離れて行く。
ダレスと名乗ったその男はモヨモトやムニエルよりも少し年上くらい青年であり、赤銅色の髪と瞳から人族である事がわかる。人族の髪色は茶色から黄色系統であり、瞳は橙色から青色系統までと幅広い。
赤銅色の髪に栗色の瞳はドワーフ族にもある組み合わせではあるが、ドワーフ族は低身長寸胴の体型に加えて肌の色も赤っぽいのだ。
彼は誰が見ても高そうだと思うような装飾を付けた紫紺のロングコートを着ていた。
服の至る所に付けられた煌びやかな金の装飾の事もあるが、ハウレルの村が所属する国では紫系統の色は貴族の色と呼ばれるほど高価であり、少なくとも金持ちではあるのだろう事が見て取れる。
「っち、使えねぇな…」
ダレスは男が逃げる後姿を見ながら舌打ちした。
面倒な輩が来た。というのがその場に居た者達全員の思いだ。
ハウレルの村は基本的に狩猟と林業で生計を立てている村であり、畑もあるが森以外何もないと言っていいほどの場所である。そのため店は外から仕入れてきた日用品を売るよろず屋か外から来た行商人や冒険者を泊める為の宿屋しかなく、貴族や金持ちだからと言って然程優遇されることはないのだが、だからこそこの村のような辺鄙な場にそれらしい格好で来るのは傲慢で自己顕示欲の強い者が大概なのだ。故にダレスの姿を見た者は誰もが関わりたがらず、寧ろ離れて行く。
ましてやダレスのように服の至る所にこれでもかと言うほど金の装飾を付けた者は滅多に居ないので、彼は相当甘やかされて育った貴族か成金の息子であると思われる。
ダレスはこの村で発生している異常を解決しに来た冒険者ではなく、ゼライムの大量発生の原因と未知の怪物の死骸等の異常を見る為だけにやって来たのだろう。村に着くなりその場に居る人々を手当たり次第に捕まえては「原因は見つかったか」とか怪物の死骸や戦った場所はどこかとかと聞いて回っている。そこには自身が解決しようという意思どころか探し出そうという気概すらなく、ただひたすらに自身の欲求を満たそうという意欲のみが見て取れた。
「おい、そこの女」
「なんですか?」
そんな中偶然にもリディアが声を掛けられた。
「新種のモンスターが発見されたというのはここか?」
「らしいですねぇ」
ダレスの問いに対しリディアは特に隠す事でもないので肯定する。"らしい"というのはディストが"新種"と呼ばれているのをリディアは、ディストが出現したという事を知ってからこの村に来た冒険者から聞いて初めて知ったからだ。
「そのモンスターは今どこに?」
「あっちで燃やしたそうですよ」
入口側を指しながら言った
「そうか…そいつはどんなモンスターなんだ?」
「さぁ?私は見てないので…」
「なら誰か詳しく知っている者を紹介してくれないか」
「ぇえ?…判らないですね…斃したのも他所の人らしいですし…その人も今居ないですからねぇ」
勿論「見ていない」というのは嘘である。当時村に居た人々の中にディストを見ていない者はいない。だがリディアは出現直後の僅かな時間とその後死骸となって運び込まれた状態のモノしか知らないので、ディストについては"ユウリとフウカを追いかけて行った事"と"アリスが斃した事"の2つの事しか知らないのだ。
また、詳しく知っているという条件で考えた際にリディアの知り合いに該当する人物はいない。最も、この村で新種とされるディストに詳しい者など村人の中に居るはずもないのだが。
「…まぁいい。そのモンスターと大発生の関係は―」
「無いから今皆さんが集まっているんじゃないですか?」
リディアはダレスの問いの途中で答える。ダレスは自らの言葉を遮られるとは思っていなかったのか少し驚いたような表情を見せた後、「それもそうだな」と同意した。
ディストの出現はゼライム大発生の原因の一部ではあったのかも知れないが、収まっていないからこそ今も募集されているのであり、そうでなければ冒険者達は平時は旨みの無いこの村に留まらず、自らが来た街や他の依頼がある村等へと去っているだろう。
「所でこの村には未知の魔術が伝わっているそうだな?」
ダレスは自らが求める答えを得られないと悟ったのか話題を変えた。それに対しリディアは「そうなんですか?」と初めて聞いたという風に答える。
「その魔術に付いて聞きたいのだが何か知らないか?」
「さぁ…私にはわからないですねぇ…」
ダレスがその魔法について何も言わないのでリディアは何のことやらと思いながら返答する。
ダレスの言う"未知の魔術"が呪文か魔技のどちらかの事であるとリディアは予測はしているが、知らなかった事にするつもりでいる。否定した後で知っていたとバレると面倒ではあるが、そうであると言う確証もないので、"未知の魔術"とされている事に気付いていない事にする事も出来るからだ。
「なら―」
「ちょっといいですか」
ダレスが更に質問を重ねようとしたところで橙色の髪の青年がダレスに話しかけた。
「なんだ?」
「この辺りで強引に話を聞きだそうとする男が居る。との通報を受けて来たのですが」
青年はダレスを不審者を見るような目で見ながらそう告げる。
「っち…仕方ない…」
ダレスはその青年の視線に気付いてか、それとも青年の後ろから成り行きを見守っている冒険者や村人達に気付いてか忌々しそうに青年を見て去って行った。ダレスが去った後、後ろで見ていた者達も解散する。
「ウェインさん、ありがとうございます」
「構いませんよ。隣人が困っていたら助けるのは当然でしょう?」
リディアがお礼を言うと"何かおかしな事を言っているだろうか?"とでも言うかのようにそのウェインと呼ばれた青年は言う。
ウェインはユウリが目を覚ましてからの数年でこの村の自警団になった人族の青年だ。彼は元々この村出身の冒険者であり、他の村の人々とは小さい頃からの付き合いがある。
彼は採取を中心に支援役として活動していた冒険者だったのだが、ある日パーティーメンバーが結婚したのを機に引退した為、パーティーとして活動が困難になり解散してこの村に戻ってきたのだ。
この村の周辺で活動することもあったため、村に来る冒険者達とも親しい間柄であり「見慣れない人物=不審者候補」という考えの元、リディアにしつこく聞いていたダレスに声を掛けたのだ。リディアとしてもディストの事であればともかく、ユウリやフウカの事まで話す気は無かったのでウェインの介入は助かっていた。
「そういえば、早かったですね」
リディアが「普段ならもう少し遅いのに」と言外に疑問を言うと「面倒な男が居ると報告はされていましたからね…」とウェインは軽く事情を説明し始めた。
それによると、ダレスは他の街や村で度々問題を起こしていた人物であるらしく、村に来ている彼の姿を見た冒険者達から要注意人物として報告されていたのだ。その為通常よりも早い段階で現場に駆け付ける事が出来た。と言うわけである。
実際にはディストの話がされている時からウェインも他の自警団の者も近くに居たのだが、流石にその話まで注意しては他の冒険者達が訊けなくなるので黙っていたのだ。
ウェインはダレスがあっさりと引いたのを不審に思いながらダレスが去って行った村の入口側を見ていた。