04:鎧の女性
怪物が現れた翌日、村の広場に運び込まれた怪物の死骸の前に人々は集まっていた。怪物は頭部を真っ二つに分けられ誰が見ても死んでいると思わせるものであり、自警団以外の非戦闘員の村人も安心して触れていた。まぁもし生きていたとしても両の鎌の腕は折られ肘より先は無く、脚も根元からもぎ取られているので人々を襲う事はないだろう。
「なんだこいつは、所々引き伸ばしたみたいで気味がわりぃ」
「頭から鎌が生えているのか…?」
「なんだこの牙は…いや花か…?これ…」
歪んだ頭や胴体下部から伸び翅のようになっている脚等に気が付いた村の大人達が怪物の死骸を見て口々に言っていると、そこへやってきた鎧の女性が「ふむ…こいつはアリか…?」と独り言のように言った。
「あんたは…」
「私は冒険者のアリスという」
「冒険者だったのか…俺はジャレッドだ。この村の自警団…みたいな事をしている」
ジャレッドはその格好で?とは思ったものの、冒険者はこうと決まった服装があるわけではないので人によって様々な格好をしている。奇抜な格好をしている者は稀とはいえ居ないわけではないので態々尋ねる事はしない。また"自警団みたいな事"というのは男達は自ら自警団だと名乗っているわけではないからだ。ただ村にやってくる者達に時々自警団扱いされるためにそう名乗っている。
「ところで…あの怪物がアリってどういうことだ?」
代わりにジャレッドは自身の疑問をぶつける。
「ああ、ここ最近こいつみたいな変なやつ現れるようになったんだが。そのどれもが生物を他の生物の形に歪めた感じでな。その一つだろうと」
「それで…アリ?」
「尻から酸を飛ばしていただろう」
「ああ!それでか…!」
酸という言葉にはジャレッド達にも思い当たる節があった。アリスが来る前、後ろに回り込んだ際に突然体液が飛び出て触れた者達が皮膚を溶かされ苦しんでいたからだ。
「強靭な牙、6本脚、尻から酸。後はこの土みたいな体色の生き物ときたらアリしか私には思いつかん」
「そ、そうか…」
他に知らないからそれだろうというアリスの言葉にジャレッドはガクッと肩をこけさせた。
「まぁそれは置いといて、異世界人がこいつらに故郷を奪われたらしい」
「異世界人がかっ…!?」
そこはどうでもいいと言うような発言をしたアリスに若干呆れたものの驚愕した。
「異世界人だとなんかあるのか?」
ジャレッドが驚いたのを近くで話を聞いていたモヨモトは不思議に思い問う。
「異邦人はこの世界の外…他の世界から何らか目的をもってやって来た人物を指す言葉だ。そして世界から世界へと移動する場合には膨大とは言わずとも大量の魔力が必要する為、それが出来るのは力のある存在…とても強いってことになる。最も、他人の力で来た場合はその限りではないんだが…理解できるか?」
「遠くから来た人は強いって事?」
「まぁそうなる」
アリスからの説明を聞いてモヨモトは「ふーん」と納得すると共に驚いていた。
「助けていただきありがとうございます」
「…私は礼を言われる程の事はしてないはずだが…」
ユウリがアリスから説明を受けている間にやってきていたのであろう頭と腕に包帯を巻いた男がアリスに対し礼を言った。突然の礼に何の話かわからなかったアリスは少し考えて、その男が怪物の周囲で倒れていた内の一人だと気付き謙遜するようにそう答えた。
「ですがあなたがあの怪物を倒してくれたと…」
「ああ、それはあの魔人の子達のおかげだ。あの子が教えてくれたおかげで私も助けに向かえたし、もう一人の子のおかげで不意を討てた…ところであの子達はどこだろうか…?」
アリスは男に広場を見回して髪を結んだ幼女2人が居ないことに気が付き、質問する。また答えた内容に嘘があるが事実を知らない男とジャレッドにはわからない。
「あの子達?」
「あの魔人の子だ。フウカ…ちゃんと…ええと…」
言いかけてアリスはフウカの名前は知っているがユウリの名前は知らない事に気が付いた。
「ああ、フェイルさんとこの双子なら今は家に居るはずだ」
「そうか、ありがとう」
アリスが言い詰まった事に気付いたジャレッドがその僅かな情報から誰を探しているのかを推測し答えると、アリスは礼を行ってユウリ達の家がある村の奥側へと歩を進める。
「…何か…あるのですか?」
「ああ、少し聞きたいことがな」
男の疑問に対してそう答えるとアリスは去って行く。
そんなアリスを追いかけて村人の女性が「案内します」と声をかけるが「大丈夫だ」と軽く手を振って断った。
残されたジャレッド達は村に点在する家々の中から迷いなくフェイル家へと向かうアリスを不思議に思いながらも、誰かから聞いていたのだろうと納得した。
◆
ユウリとフウカの二人は母―リディアの前で正座をさせられていた。
「さて、今日は貴女達の誕生日なわけですが、その前に。ユウリ、フウカ、二人は異世界の転生者ですね?」
「うっ…はい…」
ユウリは魔技をフウカは呪文を。
二人ともこの世界の魔法―魔術以外の力を人前で使ったのだ。言い逃れは出来ないだろうと正直に認めた。フウカは最初の火球こそ発動を見られていないが、村に残っていた大人達を連れてきた後、倒れている人々に対して回復呪文を唱え、村に戻るまで持たない重傷者の応急処置をしていた為だ。ユウリと違いこれまで訓練用具以外で魔力を使っていなかったフウカでは魔力量の都合上全員回復させることも、応急処置以上の事もできなかった。
「まずフウカ、貴女は何処の世界から来たの……わからないんですね…」
リディアは"何処の世界"と言った瞬間"何を言って居るのか分からない"という顔をしたフウカに呆れるように言った。
「まぁ呪文は珍しくはありますが無いわけではないです」
「そうなの?」
リディアに怒られるのだろうと思っていた二人はキョトンとした。
「ええ、この世界には度々異世界から人が来るので、そういった人達が使ったり教えたりしているのです。お父さんが同じ魔法を見た事があるらしいのできっとそのどこかなのでしょう」
意外そうに言ったフウカにリディアは簡単に説明する。ユウリ達の父親は元々この村の出身ではなく、冒険者として旅をしていた時期があるのだ。今は村の近くの街で商売をしているため家には居ないことが多い。
その説明になるほどと言った顔をしたフウカを見届けてから「ですが」と付け加えてユウリの方へと視線をずらし
「ユウリ、貴女の魔法は見た事も聞いたこともないです。貴方は何処から来たのですか」
「私は大輪…確か【セヴィアス】と呼ばれる世界から…」
ユウリはそれに対して国で答えるか星で答えるか少し迷ってから大輪と言ったところでふと、前世のゲームでユウリ達プレイヤーは"【セヴィアス】の来訪者"と呼ばれていたことを思い出し、言い直した。
「【セヴィアス】…?」
「【セヴィアス】はこの村の噴水を作った異世界人達の世界の一つだ」
ゲームと同じ世界ならきっとこれで通じるだろうと言ったのだがリディアにはわからなかった。しかし聞き覚えはあるのだが何か思い出せない。そんな表情をしていた所にいつの間にか家に入ってきていたアリスが割って入った事で手を合わせて「ああ!」と声を上げた。
「ところで貴方は…」
リディアは村の英雄の世界だと聞いて驚嘆した後、アリスの方を見て冷静になったのか尋ねる。
「アリスという。その子に尋ねたいことがあって来たのだが…」
アリスはユウリを見ながらそう困ったように言った。
「私がどうかしたの?」
「君が珍しい魔法を使っていたのでな。転生者だろうと」
「ユウリの魔法を知っているのですか?」
「魔法?」
珍しいと言ったアリスにリディアは尋ねる。
「ああ、彼女が使うのは魔技と呼ばれている魔法だ。想像通りの魔法が発現することから使いこなせれば万能だろうと言われているが…制御が悪かったりイメージが曖昧だったりすると燃費が悪くなったり暴発して自身に降りかかったりと想定外の結果を産むため使う者は殆どいないし、使えても大概が1つの事しか出来ない」
「えっ…」
ユウリは魔法と呼ばれたことに疑問を抱いたもののすぐに納得した。が、アリスの説明に驚いた。万能と言われた事もだが、それ以上に前世では不発する事はあっても自滅するなどと聞いたことが無かったからだ。
「…君が驚くのか…ああ、そういえば【セヴィアス】の人は魔力が少ないからしっかりとしたイメージが無いと不発すると聞いたな…」
「少しでも魔力が増えると足りなくなるってことかな」
「そう言うことだろう」
ユウリの反応を意外に思いつつアリスはふと思い出したように言うと、ユウリは自身の疑問の答えに思い至った。ユウリが「なるほど」と頷いたのを見てアリスは「それから」と付け加えるように言って
「魔技は…呪文もなんだが手法が違うだけで基本的には魔術と同じ魔法だ。だから教えれば他の者も使う事が出来るだろうが、先程も言った通り魔技は失敗する可能性が高い。不発に終われば良いが暴発した魔法は自身だけでなく周囲も巻き込むと聞く。十分注意してくれ」
と説明した。
「他の二つは大丈夫なの?」
ユウリは魔技以外の2つは安全なのかという疑問を問う。
「呪文と魔術は制御を術式に任せているからな」
「術式?」
リディアとフウカは特に何の疑問も抱かない理由ではあるが、魔技は念じれば発動すると言っても良いので"術式"は存在せず、ユウリにとっては初めて聞く単語である。
「詠唱と魔法陣の事だ」
「じゃあそこが間違ってれば暴発するの?」
「するな」
ユウリが「ほへぇー」と納得したのを見てアリスは「聞きたいことはあるか」と質問を促すと、ユウリは口に手を当て考え始めたが、フウカにはあったようで手を挙げた。
「…挙手制ではないんだが…なんだ」
「アリスさんは何者?」
「ただの冒険者だ」
「…"ただの冒険者"が呪文はともかく、私の事を知ってるとは思えないんだけど」
先の話で呪文を知っている事は不思議ではなくなったが、呪文をフウカが使える事を初対面のアリスが知っているのはおかしいのだ。当然の疑問だろう。
フウカの前世は村の誰にも言っていない。それどころか呪文が使えるかどうか確認した事すらなかったので誰かに見られたという事も無いのである。それに対し、アリスは「しまったな」と小さく呟いてから「私には『先視』の恩恵があるんだ。それで知った」と思いついたように言った。
先視の恩恵とは予知能力の一つである。予知といっても未来に起こりうる可能性の一つを視る事が出来るだけで必ずしも起こる出来事を知るものではない。その為便利ではあるが、予知能力としては欠陥と見られ保持者を保護するようなことはなく。頻繁にあるものではないが特段珍しいというわけではない恩恵だ。
「むぅ…何か嘘っぽい…」
フウカは納得いかなさそうではあるが確認できない事でもあるので追求する事を辞めた。それを見てユウリが「そうだ。この世界の名前って【アウレーリア】であってる?」と思い出したように言った。ゲームと同じなのではないかとは思っているが確認できる機会が無かった為だ。異世界の転生者であることがバレたので開き直って聞いてしまおうという事である。
「ああ、【アウレーリア】であってる。それがどうかしたか?」
「いや、この世界とよく似たゲームをする予定だったんだけど、そのゲーム設定の世界が【アウレーリア】だったから同じなのかなって」
「なるほど…それで?」
この世界にもロールプレイングゲームやシミュレーションゲームが存在するため会話が詰まることなく進む。魔力の訓練用具として売られているが娯楽用の玩具としても使え、仮想のとはいえ強さを自由に設定できる敵や罠を簡単にしかも安全に用意できるため、決められた手段と能力しか持たないキャラクターでどう敵を倒すか、どう進むかという生きる術を考えるために使われる事もあるのだ。
「そこに厄災がどうとか書かれてたんだよ」
「その厄災については」
「知らない。来るってことしか書かれてなかったから」
「…そうか…」
厄災という単語にアリスは興味深そうな反応を示したが、続けられたユウリの返答にアリスは残念そうにがっくりと肩を落とした。
「…まぁいい。知らないなら仕方ない。…ところで、あの怪物について何か知ってることはないか?…ディストと呼ばれるキメラに似た異世界の怪物であるという事だけは判ってるんだが他はさっぱりでな…」
「ん、あれもディストなの?」
ユウリの前世ではディストは複数の生き物を粘土のようにくっ付けて作った歪な生物の事だ。先日現れたカマキリのように明確に何かの形をしていたという目撃例はない。
因みにユウリの前世にもキメラはおり、複数の生物をくっ付けた生物という点では似たような生物なのだが、キメラには車に轢かれて傷1つ付かない皮を持たせる事も魚のヒレの先端に蹄を付ける事もできないので別物である。
「あれも?」
「他にも知ってるのか?」
"あれも"と言ったユウリに対しリディアとアリスが不思議そうに聞き返す。
「他のしか知らないって感じだけどね。前世で一度だけ」
そういうとユウリは前世で見たディストの特徴を並べ立て、それと共にテレビで得た情報も付け加えながら説明する。しかしそこにはアリスが求めている情報は無く、ただユウリとアリスの知るディストのどちらも「奇妙な形をしており、体のどこかに毒々しい花が咲いている」という共通点があるという事しか判らなかった。フウカとリディアに至ってはディストという名前すら今まで聞いたことが無かったようで、どちらも知らないと答えるとアリスは「そうか…もしかしたらと思ったんだが」と残念そうに言った。
その後、幾らか話をした後に一緒に夕飯とケーキを食べないかと誘われたが、アリスはそれを断りフェイル家を去って行った。
アリスが去った後、ユウリ達が食卓の準備をしていると2人の兄と姉、それから父親が帰ってきた。3人ともユウリ達が手伝っているのを見て驚いたが、リディアが転生者だと言うとすぐに納得したので転生者もさほど珍しくないらしいとユウリ達は知り、あまり隠す意味はなかったのかもしれないと2人は思った。
「ユウリ、フウカ、誕生日おめでとう!」
「ありがとうー!」
夕食の後暫くしてからケーキを食べる。すぐに食べないのは夕食後すぐにケーキを食べる事が出来るほどの食欲は無いためだ。2人が自分達の誕生日を祝ってくれた4人にお礼を言うと父―アルトが2つの長方形のプレゼント箱を取り出し「はい、プレゼント」と言ってそれぞれに渡した。
開けていいか尋ねると快く了承したので包装取り箱を開けた。2人とも包装を破って開けたがユウリは包装を留めているテープの部分だけを破り、フウカは全体的に破ったのを見てリディアとアルトは少しおかしそうに笑った。
「これは?」
中を見たユウリが問う。中身は懐中電灯のような形の先端に何らかの魔法陣が描かれている棒であり、フウカの方も色違いなだけで同じ物のようだ。
「それは魔灯器というもの…なんだけど…」
「けど?」
「…魔術の練習具なんだけど、2人は別の魔法が使えるみたいだからライトか何かだと思って使ってほしい」
言い淀んだアルトにフウカが不思議そうに復唱し、その後に続けられた説明にユウリ達は何となく理由を察した。
魔灯器はユウリ達が住んでいる国では8歳までに誕生日プレゼントとして親から子へと贈られる品の一つだ。この道具は魔力の少ない小さな子でも簡単に魔法陣を起動できる魔術の練習用のものである。
名前に灯と入っている通り、この道具に書かれている魔法陣を起動すると魔法陣から光が放たれ、陣が描かれている棒の先の周囲を照らす事が出来る。また、光には僅かながら攻撃性があり小さな虫程度なら払う事が出来るため、誰もが持っている道具の一つである。
魔法陣を起動するためには自身の魔力を魔法陣に向かって流すことが必要であり、それが出来なければ魔技も呪文も使う事が出来ない。それどころか不発による魔力の消費すらしないので練習という点では役に立たないが、明かりや虫除けとしては使えるので二人は喜んだ。
◇
翌朝、村の奥、森の前で村人の男達は集まっていた。
男達は伐採用の手斧や鉈、その他農具で武装しており、剣や槍等のまともな武器を持つものは少ない。
「準備は出来たか?行くぞ!」
「森に入るのか?」
ジャレッドの号令と共に森へ入ろうとしたその時、集団の元にアリスがやって来た。
「ああ、ゼライムを見に行くんだ」
「ゼライムを?」
「ここ数日群れていたんでな。まぁあの…ディスト?っての倒したから元に戻るだろうが」
地上に落ちたゼライムは魔力の残滓を回収して空へと消えていく。ゼライムが増えるのは回収する魔力が増えているためであり、異変が収まれば魔力を回収し、この地に来る理由が無くなるためゼライムは減るというわけである。
「ふむ…私も同行していいか」
「あんた、急いでどこかに行く途中だったんだろ?大丈夫なのか?」
同行を志願したアリスに対してフウカから聞いていたジャレッドは問う。
「ここから隣街まで、どっちに向かっても草原以外何も無いだろう?だから駆け抜けてしまおうかと思っただけで、急いでるわけではないのでな。ゼライムが落ち着くまでここに居ても大丈夫だろう」
「まぁあんたが大丈夫ってなら良いが…何もないかもしれんぞ」
「その時はその時だ。それに何もないなら良いが、何もせずに何かあったら後悔しそうでな」
何処か楽し気なアリスに小首を傾げながら男達はアリスと共に森へと入って行った。
森に入るとはいっても今回彼らが進むのはディストが作った倒木の道である。倒木には時々血や肉が付着しており、村に現れるまでにも何度か生き物が被害を受けている事が窺えた。
「なんだ…これは…」
その後、彼らはディストが現れたのであろう村へと続く倒木を辿り、その起点と思わしき少し開けた場所に到着した彼らは夥しいほどの血が広がる広場を発見した。周辺には森の奥に住む魔獣の死骸や飛び散った骨や肉片が散乱しており、この場で殺戮劇が展開されたことは誰の目にも一目瞭然であった。
あまりにも凄惨なその光景に一部の者は吐き気を催しその場から離れ、そうでなくとも殆どの者は気を悪くして目を逸らす中、アリスだけは森に入る前と変わらない表情で広場へと入って行く。一歩毎に赤黒い土と共にまだ乾ききっていない血が跳ね靴やスカートの裾を汚すが特に気にする事なく進む。
そして広場の中央、最も大きな血溜まりの前に辿り着くとおもむろに剣を抜き、血溜まりに向けて剣を突き刺した。
「む?」
アリスが剣を突き刺した瞬間、血溜まりがブクブクと泡立ちそれと共に中から「ッピギュゥ」と何かの悲鳴のような音が聴こえた。
悲鳴が聞こえた瞬間アリスは更に深く突き刺し、そのまま泡が消えるまで待った。泡が消え、アリスが血溜まりから剣を引き抜くと、そこにはラグビーボールほどの大きさのテルテル坊主のような奇妙な物体が突き刺さっていた。刺されたそれはビチビチと暴れていることから
「それは…?」
アリスが突き刺した生物を見てジャレッドが極力周りを見ないようにしつつ近づいて尋ねる。
「…これはあの怪物と同じモノだな。ディストと言うらしい」
「あれと…?」
アリスが村に現れた怪物と同じモノと言った事でその生物を注視したが、ジャレッドにはどうにもその時の怪物と目の前で剣に貫かれ絶命している生物が結びつかない。
それを察してかアリスはその場に魔法陣を描き、魔術でその生物に付いている血を洗い流すともう一度ジャレッドに見せた。
赤く蛸のようだったその生物は、血が取れた事により先日の怪物の口内にあったモノと似た形の紫色と黄色の毒々しい花の見た目になりジャレッドを驚かせた。
「こいつが居る事を知ってたのか?」
アリスが一切躊躇いなく血溜まりに剣を突き刺した事に対してジャレッドが問う。
「いや、以前似たようなモノを見た時にこいつに襲われてな。もしかしたらと思っただけだ」
「その割には躊躇いなく行ったな…」
「襲われてから対処するのは面倒だからな」
何でもない事のように言ったアリスにジャレッドは若干呆れつつ広場の入り口に戻る。そこで気を悪くした者の看病に当たっていた集団の元に戻ると、彼らはアリスの剣に刺さったままの花に驚き、その説明をしていると今度は体調を崩していた者達が血で汚れたアリスを見て卒倒した。
倒れたのは比較的若い者ではあるが、動けない者を背負って調査を続行する事は出来ないという事で軽く周辺を探索した後、村に戻ることになった。
村に戻ると背負われた人物が居た事で心配した村人達が集まったが、単に気を失っているだけだとわかると皆興味を失い散開する。その後ジャレッドが持っていた花へと興味を移すのだが、アリスは何度も同じ説明をする気は無いようなのでジャレッドが説明をする。元々アリスは帰り際に捨てるつもりだったのだが、ジャレッドが無理を言って持ち帰ってきたのだ。
そのアリスは村に戻ってくるなり地に陣を描くと、魔術で血塗れの装備を綺麗にして宿にしている空き家へと入って行き、再び出てくると荷物を持って出てきた。とは言っても腰に着けていた布袋一つだけだが。
「もう行くのか?」
入口側へと歩いて行くアリスにジャレッドが声を掛ける。
「ああ、あまり長居するわけにもいかんのでな」
そうだと答えると「そうか」とジャレッドは残念そうに言うとそこへフウカが走って来た。
「どうした?」
急いでやって来たフウカにジャレッドが少し驚いたように問うと、フウカは息を切らせつつも「私も連れてって!」と言った。
「連れてけと言われてもな…」
それに対しアリスは困ったように呟く。フウカは転生者であるが、つい先日4歳になったばかりの幼女であり、冒険者の旅に連れて行くには幼すぎる。村が壊滅していたり、行き場のない孤児や迷子であれば連れて行く事も考えるのだが、村は所々壊れているだけでディストと戦った自警団以外の人的被害は少なく。両親も揃って生きているためアリスが勝手に連れて行くわけにはいかない。
「駄目ですよ」
アリスがどう断ろうかと悩んでいるとフウカの後ろからリディアが少し遅れてやって来た。フウカは駄目と言われるのは予想はしていたのだろうが不服そう唇を尖らせてリディアを見つめる。そんなフウカにアリスは苦笑し、「大きくなってたらな」と言って屈み込んでフウカの頭を撫でた。
「約束っ!」
「ああ、約束だ」
手を小指だけを立てて差し出したフウカに対しアリスも同じようにして小指を引っ掛け合う。
「そりゃあなんだ?」
そんな2人を不思議そうに見ていたジャレッドが問う。
「指切り?」
「異世界の風習かなんかか?」
「ああ、そういえばこっちにはないのだったな。まぁそんなところだ」
その行為の名称を答えたフウカにジャレッドが再び疑問を呈すると、アリスが「そういえば」と言う風に肯定した。
「…どうした?」
そんな会話をしているといつの間にかリディアが蒼褪めていた。
「指切りって…本当に指を切るのですか…?」
少し震えた声で言ったリディアにアリスとジャレッドがその理由を把握し、フウカが「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな呆れた視線を向ける。
「…本当には切らないらしいぞ」
アリスが今はしないのだという事を伝えるとリディアはほっとした表情を見せていた。後に「昔は切っていたらしい」とか「男性は頸、女性は指を切る時代もあったらしい」とかと続いた追加の説明にジャレッドもフウカも驚いていたが。
その後ひとしきり話した後、アリスは立ち上がると「じゃあ、私はこれで」と言って村から去って行った。
後日改めて森の奥で見つかった広場に来ると、魔獣の死骸や飛び散った骨や肉片に群がるゼライムが確認され、恐らくあの惨状を作り上げたのであろう怪物が原因じゃないかという事でゼライムの調査はその日は解散となった。